ノン フィクション マキ さん 歯磨き。 ジブリ史上最も美少女なキャラは?フィオリーナに決まっとる阿呆が。

ザ・ノンフィクション

ノン フィクション マキ さん 歯磨き

いくらフィクションです。 といっても。 パヤオのやったのはそういうこと。 幸いにして堀越二郎のご子息が宮崎駿がやるなら。 自由にやってください。 と承諾したので 訴えられずに済んでるけど。 堀越二郎の人生において会心の作、九試単戦の完成とともに奥さんが亡くなるなんて物語として美しいじゃん。 って理由で死んじゃうんだから。 ちなみに堀越二郎氏は零戦よりも九六式艦戦の試作機となった九試単戦をいたく気に入っているらしくて 堀越二郎に零戦の話をするといつのまにか九試単戦の話になってしまう。 と言われるほど。

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ザ・ノンフィクション

ノン フィクション マキ さん 歯磨き

涙はコンテナに乗って <語り>浅利陽介 那覇から船で13時間、東へ400キロにある南大東島。 この島では、昔から1年に1度、悲しい別れが待っている。 それは、中学校を卒業すると、親元を離れ、島を出る事になるのだ。 今年の卒業生は男女合わせて11人。 ところが、この中に大切な受験を前に心が揺れる2人の生徒がいた…。 松田絵龍瞳(えりゅうと)君は、突然、高校には行かず島に残ると言い出した。 大慌ての両親…。 その噂は島中に知れ渡ることになる…。 一体、絵龍瞳君に何があったのだろうか…? 知念芙有華(ふうか)さんも、揺れていた。 それは、お父さんの竜児さん(40)の再婚。 何の説明もなく若い依寿々さん(23歳)と籍を入れたのだ。 しかも、依寿々さんのお腹には赤ちゃんが…。 ぎくしゃくする親子関係。 近づく受験。 芙有華さんは、勉強が手につかない。 そこに、担任の先生から、悲しい事実を突き付けられる…。 番組では、2016年3月に島を旅立つ中学3年生の2人に密着! 彼らを取り巻く、家族、島民たちの愛情あふれる日常。 友情、恋愛・・そして生活や進路をめぐる人間模様を描きます。 【地上波放送日】2016年4月10日 涙はコンテナに乗って <語り>浅利陽介 那覇から船で13時間、東へ400キロにある南大東島。 この島では、昔から1年に1度、悲しい別れが待っている。 それは、中学校を卒業すると、親元を離れ、島を出る事になるのだ。 今年の卒業生は男女合わせて11人。 ところが、この中に大切な受験を前に心が揺れる2人の生徒がいた…。 松田絵龍瞳(えりゅうと)君は、突然、高校には行かず島に残ると言い出した。 大慌ての両親…。 その噂は島中に知れ渡ることになる…。 本音をなかなか語ろうとしない絵龍瞳君。 兄弟4人を助けるために島に残って働こうとするのが理由らしいが…。 知念芙有華(ふうか)さんも、揺れていた。 それは、お父さんの竜児さん(40)の再婚。 何の説明もなく若い依寿々さん(23歳)と籍を入れたのだ。 しかも、依寿々さんのお腹には赤ちゃんが!ぎくしゃくする親子関係。 近づく受験。 結局、芙有華(ふうか)さんは、推薦入試に落ちてしまった。 そこに、赤ちゃんを産んだ依寿々さんが島に帰ってくる。 家族の向かう先は?そして肝心の受験は? 番組では、2016年3月に島を旅立つ中学3年生の2人に密着。 彼らを取り巻く、家族、島民たちの愛情あふれる日常。 友情、恋愛・・そして生活や進路をめぐる人間模様を描きます。 【地上波放送日】2016年4月17日 エイゴの「青 ブルー 」 ~義足のシングルファーザー~ <語り>竹内結子 川島晋一さん、48才。 あだ名は「エイゴ」。 エイゴには、両足がありません。 今から20年前、28才の時に事故に会い、切断。 現在、義足で生活しています。 そんなエイゴは、4年前に離婚。 現在、長男は母親が、次男以下の3人を、エイゴが男手ひとつで育てています。 中学1年生の次男・望亜(のあ)、小学4年生の長女・さら、小学1年生の三男・世主亞(よしゅあ)。 早朝から子供たちのご飯を作り、学校に送り出し、洗濯…。 なかなか言うことを聞かない子供たち。 義足のシングルファーザー、エイゴには休む暇もありません。 そんなエイゴの仕事はステンドグラス職人。 「海」を題材にしたステンドグラスをいくつも作って来ました。 そして、ある日、エイゴは旅に出ます。 そこは沖縄、ケラマの海。 エイゴは、自分で義足を改造してフィンをつけ、ケラマの海に潜り、その風景をステンドグラスにするというのです。 その海の底で、エイゴは家族にとって大切なものをひとつ、掴むのです。 事故で、両足を失ってしまったエイゴ。 離婚して、シングルファーザーとなったエイゴ。 エイゴはどうやって悲しみを乗り越え、今日を生きているのか?番組は、義足のシングルファーザー、エイゴの生きる姿を通じて、「人が生きる」ということを、改めて問い直します。 【地上波放送日】2015年2月8日 エイゴの冬 ~義足のシングルファーザー物語2~ <語り>鈴木杏樹 川島晋一さん、49歳。 あだ名は、エイゴ。 エイゴは、約20年前の事故で両足を失い、現在は義足で生活をしています。 そして5年前、妻と喧嘩が絶えず離婚。 4人の子供はバラバラになってしまいました。 長男は母親と暮らし、エイゴは下の3人の子供を男手ひとつで育てています。 中学2年生の次男、望亜(のあ)。 小学5年生の長女、さら。 小学2年生の三男、世主亞(よしゅあ)。 そんな4人の家族の暮らしを見つめた前作「エイゴの青(ブルー)~義足のシングルファーザー~」。 今回のザ・ノンフィクションは、その続編をお送りします。 前回の最後の取材から1年。 エイゴの家を訪ねてみると、次男の望亜とエイゴの関係がおかしくなっていました。 そしてとうとう望亜が「家を出て、母親と暮らしたい」と言い出したのです。 いったい何があったんでしょうか? 日々、壊れゆく、親子の絆。 望亜は、本当に家を出て行ってしまうのでしょうか? 義足のシングルファーザー、エイゴは、壊れた親子の絆を取り戻すことができるのでしょうか? エイゴの冬に、密着しました。 【地上波放送日】2016年2月21日 旅芸人北へ帰る <語り>矢島健一 オルカは北海道網走に近い雪深い町「佐呂間」で生まれた。 現在35歳。 生まれつき弱視で、少年時代徹底したいじめにあったせいか人交わりがうまく出来ない。 19歳で札幌に出、家具工場で働くが一年足らずで首になった。 その後いくつかの仕事に付いたがどうにもうまく行かない。 そんなとき繁華街・薄野の路上でダンスを踊った。 拍手をもらい、わずかな金ももらった。 楽しかった、うれしかった。 その快感が忘れられない。 「よし路上で芸を披露しその上がりで生きてゆこう」と決心した。 必然的に普通の暮らしは出来ない。 札幌で路上生活が始まる。 それしか道はなかったし、ごく自然な流れだったと本人は言う。 以来北海道を転々とし、本州各地を流れ、野良犬大道芸人の道を歩んできた。 5年前、ひょんなことから代々木公園で暮らし始めた。 「毎日違ったものを食いたいというのは贅沢です、食えるだけで感謝しなければ」と言いつつ極安のインスタントラーメンだけで食いつなぐ。 贅沢は一升580円の合成清酒での晩酌、夜渋谷で大道芸を披露し終わった深夜、静まり返ったテント村で独り酒を飲む。 そんなオルカの暮らしに変化が起きたのは今年の4月のことだった。 代々木公園のホームレステント村をなくそうと言う東京都の施策が動き始めた。 危険は事前に察知し回避する。 人交わりはしない。 野良犬のような本能を頼りに生きてきたオルカにとってこれは危険信号だった。 満開の桜が散った4月11日、オルカは代々木公園を後に北へ向かった。 以前住み慣れた札幌が目的地だった。 やっとたどり着いたまだ雪の残る札幌。 そこは以前の札幌とすっかり変わっていた。 町の中にホームレスの居場所がない。 暖かい地下街では座ること、寝そべること、飲食すること、すべてが禁止されていた。 街からホームレスを一掃する動きが高まっていた。 オルカの暮らしがまた変わった。 朝5時半から10時前までの4時間弱しか地下街では眠れない、それ以外の時間は街をうろつき座ったまま仮眠をとる。 飯は冷たいおにぎり、薄いテントでもあれば人目をよけられるのだが、それを張る場所はどこにもない。 体が少しづつ弱ってゆく、このまま札幌で生きてゆけるのだろうか、不安が高まってゆく。 しかし大道芸の方は順調だった。 渋谷と違い札幌の人たちはオルカの芸を一緒に楽しんでくれた。 田舎くさいと言われればそれまでだが、その暖かさが心地よかった。 そして夏が終わりに近づいた8月の終わり、オルカは再び旅に出た。 目的地は旭川、北見、釧路の道東地方。 多分そこにはまだ田舎の匂いが残るから、芸を楽しんでくれる人も多いし、稼ぎも増えるだろう。 そんな思惑だった。 そしてまた金無し、宿無しの旅が始まった。 旅は思いもかけず波乱万丈の旅となった。 警察に連行され、10年ぶりに故郷の母と再会し、道東の人々の暖かい気持ちに触れ、大金を稼ぎ、最後は一文無し、何でもありの不思議な旅だった。 家も無い、金も無い、その日暮しの野良犬・大道芸人オルカの漂流人生は今も続いている。 【地上波放送日】2005年11月20日 その後のオルカ <語り>矢島健一 10前の春、私たちは東京・代々木公園のブルーテントに住み、渋谷の街角で小銭を稼ぐホームレス芸人「オルカ」に出会いました。 以来東京を離れ、北海道各地を転々とする彼の「流れ者人生」を密着取材。 その中で幾多の名シーンが生まれました。 北海道の雪深い町で彼の帰りを待ちわびる母の涙ながらの言葉「這いつくばってでもいいから帰ってきて欲しい」。 その言葉に背を押されるように東京を離れ北海道を転々とするオルカ。 嫌な客にいじめられる日もあれば、旭川で奇跡的に2万円以上の投げ銭を手にしたことも。 「こんな事がたまに起こるから10年以上続けられたんだ…」。 そこには流れ者人生の凄みと喜びが垣間見えました。 また北見では客とのトラブルからパトカーに連行されるという衝撃的な事件もありました。 警察官に本籍はと聞かれ「ホームレスです」と答えるオルカの姿には流れ者の悲哀と矜持がうかがえました。 そして旅路の果てに母の待つ故郷に帰ったオルカと母のつかの間の交流。 母が「初めて小遣いをもらいました」と見せてくれた一万円。 「本当に初めてです」と嬉しそうだった母親、しかし、オルカは母とふるさとに背を向け、旅を続けます。 なぜふるさとを捨て、母を捨て、辛い思いをしながら旅を続けるのか。 それは以前の取材では決して明かされる事のない謎でした。 10年という歳月を経て、新しい取材で明らかになった母の死。 その母への思いを猛吹雪に包まれたふるさと佐呂間と札幌で探ります。 なぜオルカはふるさとを捨て、旅を続けるのか。 その謎が次第に明らかになります。 【地上波放送日】2016年2月28日 銀座が俺を呼んでいる <語り>武田祐子 「ふざけるな。 俺をなめるんじゃねぇ!」 およそ料理人の言葉とは思えない過激な発言。 小林幸司(57歳)。 イタリアンの鬼才と呼ばれる、孤高の料理人だ。 5年前に始めた軽井沢の1日1組限定のレストランには、全国から数多の食通が訪れ、数カ月先まで予約が取れないほどの人気ぶりだった。 しかし、去年夏、小林は、その軽井沢の店を閉め、借金をしてまで銀座に客席30以上の広々としたレストランを出した。 「ハレの街・銀座に、ハレの食事ができるレストランが今あると思えない!」「俺が銀座を変える!」安定した生活を捨て、家族を犠牲にしてまで銀座にこだわり、勝負を挑む。 確固たる地位を築いている小林が、リスクを背負って銀座にやってきたのには、もう一つ理由がある。 それは若い料理人を育てること。 これまでは料理人の妻と二人三脚で自分のやりたい事だけをやってきたが、還暦を目前にし、自分の料理に対する考え方を引き継いでくれる次世代を育成する気になった。 その実践的な教育の場としては、銀座でなければならない、と小林は考えたのだ。 しかし、そこは銀座。 小林自らが「魔物がいる街」と評するように、予想もしなかった事が次々と起こる。 期待していた弟子からの不満、思いもよらないネットでの書き込み、そして移ろいゆく客の心。 理想と現実の狭間で格闘するイタリアンの鬼才の1年を見つめた。 その中で、最近増加していると言われる「孤独死」という死の形…。 誰にも看取られることのない死、その後始末。 それを業として行っているのが「特殊清掃人」である。 無数のハエが飛び交い、死臭が立ち込める部屋で、床や畳に染みついた死体痕、そんな壮絶な死の現場の清掃だ。 特殊清掃の会社を営む高江洲敦さんは、これまで二千件以上の現場を見てきた。 どんなに汚れた部屋でも、悪臭を完全に取り除き100%原状回復するプロフェッショナル、彼はそう自負する。 …時に、自殺の現場。 清掃の途中で出てきたのは、亡くなった娘に宛てた母親の手紙。 文面にあふれる親心に、高江洲さんの作業の手も止まってしまう… …時に、孤独死の現場。 その部屋はまるで時が止まったかのように家族との幸せな記憶が封印されていた。 すべての孤独死が不幸な死であるとは限らない… …時に、遺族が覚悟していた死の現場も。 元警察官の転落人生はアルコール依存症という悲しい終焉に辿り着いた。 彼の人生に一体何があったのだろうか? 高江洲さんには「死の現場」に立ち続けるある理由があった。 それは、幼い頃に病気で夭折した妹の存在。 そのやるせない思いが遺された家族の悲しみに重なり、看取られることなく死んでいった孤独な死の現場に対して強い使命感を持つのだという。 しかし、同時に「家族の崩壊」という人間関係の影の部分をも幾つも目の当たりにしてきた高江洲さん。 いつしか、彼は「家族を持つ」ということに興味を持たなくなっていた。 しかし、そんな高江洲さんにも彼の事を深く理解してくれる女性が現れる。 そして「独身主義」を標榜していた彼の姿勢も変わっていく。 彼の心を動かしたもの…実はそれも、「孤独死」の現場でのさまざまな経験だった…。 高江洲敦さん、45歳。 孤独死や自殺で亡くなった人の部屋の後始末をする特殊清掃人。 これまで3000件以上の死の現場を見てきた。 どんなに汚れた部屋でも悪臭を完全に取り除き、100%修復するプロフェッショナルだ。 孤独死の現場は古びたアパートの一室が多い。 高江洲さんは部屋の前で、合掌し、防毒マスクをつけるという物々しい装備だ。 足の踏み場もないゴミ屋敷と化した部屋の奥には、食べかけの食事。 干したままの洗濯物。 そして、人型の染み。 人の脂が染み込んだ床は、通常の清掃では決して匂いまでは取れない。 しかし発見の遅れた孤独死の部屋では、金銭トラブルも多い。 世の中との繋がりを絶っていた夫や兄弟、親の突然の死を受け入れられず、支払いを拒否し、遺品の受け取りをも拒否する遺族も多いという。 その負担は誰が負うのか。 「特殊清掃」の仕事は、高江洲さんの人生も大きく変えていった。 高江洲さんの人生を追いかけ、2013年に放送した『ザ・ノンフィクション』は世界各地で大きな反響を呼び、数々の賞を受賞。 それから3年…。 取材を続けると、もう一つの知られざる問題が見えてきた。 前回の放送では伝えきれなかった孤独死の真実とは。 【地上波放送日】2016年10月2日 不幸の履歴書 <語り>梅津弥英子 どうして男に産んでくれなかったのか- 女の子として産まれて来た石井夏喜さん(29)は、心と体の不一致にずっと悩んできました。 夏喜さんが2年前、未経験ながら飛び込んだのが芝居とダンスの世界。 アポロ(芸名)として自分らしく生きる。 あえて、多くの人の目に触れることで、自分自身の殻を破ろうとしています。 昼は舞台の稽古、夜は飲食店で働く毎日。 今後も役者を続けられるのか-いま、正念場を迎えています。 22歳の時に性別適合手術を受け、男として新たなスタートを切った夏喜さんですが、心の中には、かつて待望の長女誕生に誰よりも喜んだ父への思いがあります。 はじめて男同士で向き合った親子。 父が涙を流した理由とは- 【地上波放送日】2016年5月8日 雄太とユキノ <語り>武田祐子 18年前暴走族のリーダーとしてこの番組の取材を受けた当時18歳の不良少年「雄太」、彼は取材直後に逮捕され少年院に送られました。 彼のその後の人生を描き昨年10月に放送された番組「その後の不良たち」は大きな反響を呼び、36歳の元不良少年が20歳の恋人、千乃(ユキノ)と同棲しながら、新しい人生に立ち向かうその姿に多くの共感が寄せられました。 それから半年経った今年の3月、雄太はさらに大きな人生の選択を迫られていました。 会社を辞め、ユキノと一緒に福島県に移り住もうというのです。 ところが、周囲は、大反対。 果たして、ユキノは雄太についていくのでしょうか?そして、雄太の手にはユキノに内緒で婚姻届が…。 36歳の元不良少年「雄太」と20歳の恋人「ユキノ」、二人を結ぶ奇妙な愛の物語です。 【地上波放送日】2016年7月31日 せつなくて 故郷~女になって47年目の帰郷~ <語り>野際陽子 戦後まもなく、一人の青年が故郷鹿児島枕崎を後にしました。 その青年の現在の名前は「真紀」、新宿ゴールデン街の名物ママです。 76歳の真紀さんは、店の2階で4匹のネコと暮らし、半世紀近く、ゴールデン街で生きてきました。 "鹿児島生まれの江戸っ子"と言われ、気っぷの良さが、お客さんから人気です。 また、近所のママ達からも愛され,頼りにされています。 47年前、真紀さんは男から女への性転換手術を受けました。 あのカルーセル麻紀さんよりも早く、日本で性転換した草分けの人。 波瀾万丈の人生をおくってきました。 そんな真紀さんは、女になってから47年間、一度も故郷に帰っていません。 酔うと60年も前の母校の校歌を歌い、望郷の念は強いのに、ずっと帰れなかった…枕崎では、96歳になるお母さんが今も暮らしています今、会わなくては、もう時間がない…47年ぶりに、故郷へ向かうことになった真紀さん。 家族は受け入れてくれるのでしょうか?そして、母親との再会は- 【地上波放送日】2013年4月7日 ボクは梅湯の三次郎 <語り>斉藤由貴 消えゆく銭湯を守りたいと立ち上がった若者がいる。 湊三次郎25歳。 2015年5月。 廃業寸前だった京都の銭湯「サウナの梅湯」を引き継ぎ、たった一人で経営を始めた。 学生時代は全国600もの銭湯を巡った銭湯マニア。 大学卒業後、一度はアパレル会社に就職するも、銭湯の仕事がしたくて9か月で退職した。 その頃、以前のアルバイト先だった梅湯の廃業を聞き、ならば自分がと申し出たのだ。 しかし、客でいるのと経営するのは大違い。 銭湯経営の厳しい現実が三次郎を待ち受けていた。 朝の薪の荷卸しから番台、掃除と一日中、途切れない仕事。 そして最大の問題は、設備の老朽化によって、浴槽から水が漏れていたのだ。 しかし、どこから漏れているのか、業者を呼んでもわからない。 しかも、客足は伸び悩んだまま。 開店から半年、三次郎の口から「もう僕の力ではどうにもならない…」と廃業の危機が迫っていた。 若き銭湯経営者・三次郎の「タタカイ」の8か月を追った。 【地上波放送日】2016年6月12日 それでも母娘で生きてゆく <語り>武田祐子 日本一の温泉県として、全国にその名を轟かせる大分県。 しかし時は流れ、中でも別府温泉は不況の波にあえいでいました。 そんな別府で温泉旅館を営む、母と娘がいます。 温泉旅館「竹乃井」の名物女将、小川雅代さんとその一人娘、裕子さん。 女手ひとつで裕子さんを育ててきた雅代さんは、いずれは一人娘、裕子さんに「竹乃井」を託したいと願っていますが、なかなか言い出すことが出来ません。 実は2人の間には大きな心の溝がありました。 家族を守る為、従業員を守る為、仕事一筋に生きてきた雅代さん。 一方で、一人娘の裕子さんは母親の姿を追いながら、幼年時代からずっと寂しい思いをして成長してきました。 精神的に追い詰められた裕子さんはその成長とともに生活も荒れていき、深く傷付いていたのです。 そして、母親らしいことも殆どしてやれず娘を精神的に追いこんでしまった罪悪感に、雅代さんはずっと心を痛めて生きてきました。 そんな雅代さんは旅館「竹乃井」を守りぬこうと孤軍奮闘します。 しかし、実母のきくみさんが倒れ入院。 その介護に追われる中、不況による経営難など、ピンチが次々と雅代さんを襲います。 そしてついには雅代さんはダウン。 頑なだった裕子さんでしたが、そんな母親の姿を目の当たりにし、その心は揺れ動きます。 果たして裕子さんの決断は? 情緒あふれる別府温泉の四季を織り交ぜながら描く、母と娘の絆の物語です。 【地上波放送日】2017年1月15日 すしバカ、ハワイへ行く <前編> <語り>渡部建(アンジャッシュ) 東京・四谷にある名店「すし匠(しょう)」の主人・中澤圭二を本物の食通たちは、敬愛をこめてこう呼ぶ…「日本一のすしバカ」。 すしとは何か、その答えを見つける旅路に人生の大半を費やし、24時間365日、自分のすしがどうしたらうまくなるかをただひたすら考える。 だから一貫一貫に、気が遠くなるほどの時間と手間をかけ、その味わいは進化し続ける。 そして、世界の富裕層が集まるワイキキのしきたりとアメリカの流儀が中澤を苦しめる。 工事の遅れ、仕上げの荒さ、高額な保険料。 そして最大の苦しみは、魚の乏しさ。 ハワイに揚がる魚は、想像以上に質が悪い。 とは言え、築地から仕入れたのでは意味がない。 さらに、中澤を苦しめる訃報が届く。 修業時代からの無二の親友であり最大のライバルだった男、名店・青山「海味」の長野充靖がこの世を去った。 実は、長野は中澤のハワイ行きを反対していた。 中澤の心が揺れ始めた…。 【地上波放送日】2017年2月19日 すしバカ、ハワイへ行く <後編> <語り>渡部建(アンジャッシュ) 東京・四谷にある名店「すし匠(しょう)」の主人・中澤圭二を本物の食通たちは敬愛をこめてこう呼ぶ…「日本一のすしバカ」。 すしとは何か、その答えを見つける旅路に人生の大半を費やし、今も探し続ける。 しかし、世界の富裕層が集まるワイキキのしきたりとアメリカの流儀が中澤を苦しめる。 工事の遅れ、仕上げの荒さ、高額な保険料。 そして最大の苦しみは、魚の乏しさ。 ハワイに揚がる魚は、想像以上に質が悪い。 とは言え、築地から仕入れたのでは意味がない。 さらに、中澤を苦しめる訃報が届く。 修業時代からの無二の親友であり最大のライバルだった男、名店・青山「海味」の長野充靖がこの世を去ったのだ。 「圭ちゃんなんでハワイなんて行くんだよ」。 病床の長野が中澤にそう言ったことがある。 揺れ動く中澤…、だが、2016年9月、ついにリッツカールトン・ワイキキ内に新生「すし匠」が誕生した。 その日に至るまで4年に渡る中澤の格闘、葛藤、技の集大成をカメラは捉え続けた。 【地上波放送日】2017年2月26日 中年純情物語 ~地下アイドルに恋して~ <語り>林原めぐみ 地下アイドル「カタモミ女子」の活動から見えてくる、ファンとの激しくも熱烈な結付きの深さには驚かされます ライブ後の「物販」でCDやチェキで金を集め、握手で返す地下アイドルの姿には、メジャーではない道を選んだ彼女たちの大変さが伺えます よくある売れないアイドル物語に出てくるアイドルでさえ彼女たちにとっては夢見る存在なのです 途中でメンバーが辞めることがわかってから卒業発表までの期間、ファンは何も知らないのに、物事がどんどん動いてゆきます いつ彼らは事実を知るのだろう、その時どう反応するのだろう そんな思いを抱きながら進む番組のスリリングな展開はドキュメンタリーならではの真実味にあふれています、メンバーが辞めることを知った瞬間のファンの反応には胸打たれると同時に、奇妙なおかしさも感じられます、事実の持つ力とでもいうのでしょうか 番組全体を通して地下アイドルというあまり知られない世界を舞台に描かれる「きよちゃん」と地下アイドル「りりあ」の絆の深さには、新鮮な驚きを覚えます こういう形の喜びってありなのかも、そう思わせる一種奇妙で不思議な恋の物語です オタクの街・秋葉原を舞台にした大人の童話のような素敵な時間を楽しんでください 【地上波放送日】2015年7月5日 その後の中年純情物語 <語り>武田祐子 あなたには何か夢中になれるものがありますか? 2年前私たちが秋葉原で出会った53歳にして独身のサラリーマン、きよちゃんは地下アイドルに夢中でした。 お相手は23歳のりあちゃん。 りあちゃんはカタモミ女子という名のアイドルグループに所属し、店でファンの肩を揉みながらステージに立つ地下アイドルでした。 30歳も年下のアイドルりあちゃんに抱く胸のときめき、そしてその成長を見守る喜び。 きよちゃんにとって、それは人生で初めて体験する甘美な思いでした。 そんなきよちゃんの思いを、優しく受け入れてくれるりあちゃん。 中年ファンとアイドルという枠を超えた二人の不思議な結びつきに驚かされました。 しかしグループが解散する日が来ます、もう会えなくなります。 きよちゃんはサヨナラ公演の後、「夢のような日々でした」と語りながら涙しました。 あれから2年、二人のその後はどうなったのでしょうか? 今年55歳になったきよちゃんが地下アイドルりあちゃんに抱く子供のような恋心、その後の顛末を描きます。 【地上波放送日】2017年4月2日 泣き虫舞妓ものがたり4 <語り>上白石萌音 はんなり…明るく華やかに、日本の伝統を受け継いできた芸妓、そして舞妓。 京都には、芸妓や舞妓が暮らす花街(かがい)が五つあります。 中でも最古の歴史を持つのが、今回の舞台となる上七軒(かみしちけん)。 私たちが、上七軒にあるお茶屋「大文字」で取材を始めたのは、2004年でした。 「大文字」は、芸妓や舞妓が暮らす置屋、京都でいう「屋形」も兼ねます。 伝統や格式、礼儀を重んじる「花街」という厳しい世界で、舞妓さんが成長していく姿を、10年間に亘って追いかけ続けてきました。 2012年3月。 舞妓になるために、一人の女の子がまた「大文字」の門を叩きました。 三島果帆さん、15歳。 高校進学を勧める両親から反対されましたが、「生まれ変わってでも舞妓になりたい」と両親を説得、中学卒業後すぐに、この世界へ身を投じました。 花街で舞妓になるための修行は、厳しいことで知られています。 耐え切れず、舞妓になる前に辞めていく子も少なくありません。 果帆さんの修行は、最初から全てが順調でした。 幾つもの稽古初日、それぞれのお師匠さんから、出来の良さを褒める言葉を頂きます。 花街の言葉もきちんと覚え、礼儀作法もきちんと身に着けていく果帆さん。 正に優等生です。 入門2ヶ月、3ヶ月、半年…果帆さんの口から出てくるのは、「楽しい」という言葉だけ。 辛いとか辞めたいという言葉は、決して出てきません。 今まで10年間取材してきた女の子達は、例外なく全ての子が、修行の辛さに涙を流してきました。 涙の数だけ成長してきたのです。 ところが、果帆さんだけは、入門以来、涙を流すことがありません。 このまま順調に行ってくれれば、型破りの新人として、メデタシメデタシだったのですが… 一方、天真爛漫な笑顔が取り柄の、勝瑠こと、小川千鶴さん。 彼女は、ガラス細工のような繊細すぎる心の持ち主で、舞妓時代は、些細なことで直ぐに涙を流す、泣き虫でした。 誰が名付けたか、「泣き虫舞妓」。 舞妓は、芸妓になるための修行期間です。 千鶴さんは、流した涙の数だけ成長し、ようやく目標だった芸妓になることが出来ました。 そして、六年間の年季奉公も勤め上げ、「大文字」から独立。 今では一人前の芸妓として、活躍中です。 勝瑠さんは、果帆さんのことが心配でならないと言います。 舞妓としての修行時代、自分は沢山の涙を流したが、その時々で感情を溜めずに吐き出してきた、果帆さんの様に弱い部分を見せないのは凄いことだが、修行で抱えるストレスを外に出さないと、いずれ破裂してしまうのでないか… 果帆さんを預かる「大文字」の女将さんや勝瑠さんをはじめとする周囲の心配通り、やはり大きな壁がやってきました。 予想外の理由で、果帆さんは、入門以来流すことのなかった、大粒の涙を流すことになったのです。 その理由とは… 果たして果帆さんは、立ち直って修行を続けていくことが出来るのでしょうか… そして、初代「泣き虫舞妓」の勝瑠こと、小川千鶴さんが人生の大きな決断をしました。 なんと、花街での8年間の生活に終止符を打つというのです。 千鶴さんの身に一体なにが起こったのでしょうか… 10年に亘る長期取材。 彼女たちの成長物語を、京都の豊かな四季と共に描きます。 【地上波放送日】2014年9月14日 みんな泣いている3 ~玄さんと家族の旅立ち~ <語り>本仮屋ユイカ NPO法人ソーシャル・マイノリティ協会・新宿救護センターの代表を務める玄秀盛。 歌舞伎町のど真ん中であらゆる弱者の相談に乗る「駆け込み寺」だ。 3年目を迎えた救護センターの新たな発展を、玄は考えていた。 カフェを併設させて人々の語らいの場を作ることだ。 そのためにボランティア寄付などを募り、精力的に働きかけていた玄だが、ある日、大口の寄付の話が飛び込んでくる。 それを元に、かねてより目をつけていた歌舞伎町の物件の申し込みをしていた。 一方、神戸の家はとうとう手放さなければならなくなった。 競売で売主が決まったのだ。 神戸に戻り、家族とともに移転先の公団アパートを下見する玄。 これまでの家の半分以下の広さ。 しかし、今の玄には、大きな家を家族に用意するだけの金がない。 また家族を犠牲にしてしまった…。 引っ越しを決め、東京に戻った玄に信じられないような展開が待っていた。 子どもたちも再び、玄の仕事ぶりを見にやってきた。 自分の中に欠けていた「愛」というものに、センターの活動を通して気づいた玄。 そして、その「愛」を家族に向けて気負いもてらいもなく表現することができるようになった玄。 その玄を見つめる子どもたちの視線も以前のものより温かいものになっていた。 「犠牲になっている私たちのためにもやり遂げてほしい」。 玄秀盛・新宿救護センター4年目の新たな出発である。 資金難から1人で24時間相談の電話を取り続ける玄さんは悪戦苦闘する。 「新宿救護センター」歌舞伎町のビルにあったその場所は、玄秀盛さんの活動原点である。 DV、家出、借金など現代の縮図ともいえる様々な問題と、それを解決していく玄さん。 多忙な活動とは裏腹に、玄さんは資金難に悩まされていた。 たった一人で24時間、相談を受け付けていたことも…そして、神戸に残した家族の元へ2年ぶりに帰る玄さん。 そこには意外な再会が待っていた。 家族を犠牲にしながら、人のために生きるのはなぜか…。 【地上波放送日】2014年2月9日 花嫁のれん物語3 <語り>竹内結子 能登の老舗旅館に嫁いだ女性を追いかけた「花嫁のれん物語」シリーズ第三弾。 2011年冬。 弥生さんが和倉温泉の老舗旅館「多田屋」に嫁いで5年の歳月が流れていました。 弥生さんの夫である多田屋専務の多田健太郎さんとの間に生まれた長女、光希ちゃんも1歳になり、弥生さん自身も子育てが中心だった生活から、本格的に旅館の仕事に復帰する時期を迎えていたのです。 そんな弥生さんは女将業の他に、フロントや予約、その他館内の食事処であるレストランの仕切りなど、現場の全ての指揮を任されることになりました。 光希ちゃんも保育園に預けられ、弥生さんも本格的に現場復帰です。 しかし、東日本大震災の影響は観光業に大きな打撃を与えました。 日本中が旅行を自粛する様になり、多田屋も予約が取れず休館を余儀なくされるようになります。 台湾でスーパーマーケットを経営する実業家の末娘で、何不自由なく育ったように見える彼女だが、中学生の頃にいじめにあい、以来、他人に心を閉ざすようになった。 しかし、彼女を待っていた新婚生活は、言葉の壁、過酷な仕事、大家族との同居などの現実。 「東京ラブストーリー」を始め数々のドラマ音楽を手掛けた日向敏文氏が、今回この番組のために挿入曲を書き下ろした。 花嫁のれん物語4 ~夫・健太郎 社長への道~ <語り>藤木直人 能登の老舗旅館に嫁いだ女性を追いかけた「花嫁のれん物語」シリーズの4作目。 今回は夫である健太郎さんを中心に描きます。 2012年夏。 能登の老舗旅館の跡取り息子、多田健太郎さんが赴任先の東京の営業所から、弥生さん(旧姓:岡田弥生)との結婚を機に実家に戻ってきて6年が過ぎていました。 長女の光希ちゃんも2歳半となりすくすくと成長しています。 そして弥生さんは、多田屋の7代目になるかもしれない子を身ごもっていました。 少しずつ客足が戻ってきた多田屋でしたが、人出不足は相変わらずです。 従業員総出で書き入れ時の夏休みを乗り切ろうとしていました。 しかし、健太郎さんにとって父親でもある社長の多田邦彦さんが、まったく会社に姿を見せなくなりました。 どこに行ったのか家族はもちろん従業員も誰も知りませんでした。 そんな父親の姿勢に怒り心頭の健太郎さんは、もはや父親をあてにしないで、専務として多田屋を切り盛りし始めます。 多田屋の次期社長としての自覚が健太郎さんに、強く芽生えていたのです。 目標であり、憧れでもあった父親をいつか越えて、多田屋の6代目の社長として活躍したい。 それは、健太郎さんを信じて千葉から能登までついて来た妻、弥生さんの期待にしっかり応えたいという健太郎さんの気持ちでもありました。 しかしそんな健太郎さんに不満を持っている人がいました。 多田屋の料理の要、酒井料理長でした。 酒井料理長は、健太郎さんに不満をぶつけますが…。 そしてさらに、健太郎さんがやり手社長に認めさせようと企画したブライダル。 その本番当日に、トラブルが発生します。 しかも、そのトラブルは、健太郎さんとの確執がある酒井料理長しか収めることができませんでした。 社長不在の多田屋を守るために健太郎さんは悪戦苦闘します。 しかし、そんな時、社長が問題を起し多田屋を混乱させました。 業を煮やした健太郎さんは社長を呼んで…。 シリーズ4作目は、頼りない旅館の跡取り息子であった健太郎さんが、かつて言葉も交わせないほど怖かった父親を乗り越えて行く姿を描きます。 【地上波放送日】2013年12月1日 私、ツヨくなりました ~その後の花嫁のれん物語~ <語り>梅津弥英子 能登の老舗旅館に女将として嫁いだ女性の姿を追いながら、新しい家族との関わりの中で、「愛とは何か」、そして「家族とは」といった、普遍的なテーマを掘り下げて来た「花嫁のれん物語」シリーズ。 今回の放送は10年以上撮り続けてきた素材の中から秘蔵映像も含め、弥生さんが老舗旅館、多田屋を若女将として背負って立つまでを丁寧に描きます。 今から11年前、千葉県から嫁いできた弥生さんは、地元の古い風習である「花嫁のれん」をくぐり多田屋の嫁として迎えられました。 多田屋は、能登半島の付け根にある和倉温泉の老舗旅館を代々営む家族。 弥生さんは、将来的には多田屋を背負う女将として迎え入れられたのです。 夫である健太郎さんの母親は女将、そして祖母は大女将。 弥生さんはこの二人のベテラン女将に指導され、懸命に女将修行を積んでいきます。 しかし、弥生さんを大いに悩ませたのが、なかなか子供ができなかった事。 結婚して3年が過ぎても、多田屋の後継ぎとなる子供を授かることができなかったのです。 思いつめた弥生さんは人工授精に踏み切ります…。 一方で、多田屋にも問題がありました。 それは、社長である多田邦彦さんと息子であり後継ぎの健太郎さんとの間にあった父と子の確執でした。 そして、多田屋は不景気の波に押され、経営的にも追い込まれて行きます。 そんな能登の老舗旅館に嫁ぎ、成長してきた弥生さんの10年に渡る物語です。 【地上波放送日】2017年4月9日 しっくりくる生きかた <語り>水川あさみ きらら当時38歳。 きららの日常は、凄絶だった。 仕事は解体業。 生活をそこまで切り詰めるワケは、あることが原因で背負った450万円もの借金。 人生どん底…そんな彼女が、時折うっとりとした表情で口にする言葉…「しっくりくる」その言葉にこだわるわけは、24歳まで男性として生きてきた、きららの過去にあった。 38歳にしてようやくみつけた、しっくりくる居場所、しっくりくる自分の姿…それは小さなライブハウスにあった。 満たされた気持ち、幸せを感じていた。 そんな矢先のことだった。 事故に遭い意識不明の状態で救急搬送。 仕事を失い、借金が返せない。 焦ったきららは、とにかく1日で高額の収入が得られる仕事に手を出すが… 「しっくりくる」ただそんな感覚に嘘をつかずに、自分の人生を生きたいともがく彼女の1年半を追った。 【地上波放送日】2017年2月12日 生きてます17歳 ~井上母娘・自立へ~ <語り>大坪千夏 生まれた時の体重が500グラムの少女がいます。 井上美由紀さん。 未熟児網膜症という病気によって光を失いました。 一時は助からないと思われた命…。 しかし、母親(井上美智代さん)の強い想いによって、美由紀さんは元気に生育することができました。 母の願いは、自分が亡くなった後も、目の見えない美由紀さんが自立して生活していくこと。 そのために、母の厳しい躾がありました。 美由紀さんに、雑巾がけをさせたり、料理をさせたり。 自転車を運転させるなどという無謀なことにも挑戦させました。 美由紀さんは時々に母親に反抗します。 そしてケンカに発展。 その母娘の激しいやりとりは、他人がみたら漫才のように微笑ましいものでした。 それは、何があっても娘を守り抜くという母親の愛が根底にあったからです。 17歳になった美由紀さんは将来どのような方向に進むのか、自立への決断に向かう母と娘の姿を追った感動ドキュメンタリー番組。 【地上波放送日】2002年10月20日 わ・す・れ・な・い 明日に向かって~運命の少年~ <語り>武田祐子 フジテレビでは「わすれない」と題した検証特番・ドキュメンタリー番組をこれまで14本にわたり放送、あの悲劇の検証、そして被災者の姿と復興の歩みを伝えてきました。 その中で、2012年3月放送「わ・す・れ・な・い~それでも僕らは生きていく」、そして2013年9月の「わ・す・れ・な・い~明日の君に逢いたい」では、家族や仲間、故郷を失った子供たちの姿を取材、そこには、小さくも歩み進んでいく健気な姿が映し出されました。 そして今回は、子供たちがこの5年で彼らなりに乗り越えた悲しみ、気づいた「大切なもの」、見つめ始めた「未来」に迫ります。 主人公は宮城・石巻市に暮らす2人の少年です。 一人は、全校児童のおよそ7割が犠牲となった「大川小学校」で、津波から奇跡的に助かった「てっちゃん」こと只野哲也くん(当時小5)。 最愛の家族、母・妹・祖父の3人、そしてたくさんの学校の仲間を失いました。 てっちゃんは5年間、メディアの取材を受け続けました。 もう一人の主人公は、家族全員を失くし伯母と暮らすことになった辺見佳祐くん(当時小1)。 2人の子供たちの5年、祖して周りの大人たちの姿に映し出された、明日に向かっての「現実」と「希望」を見つめます。 【地上波放送日】2016年3月6日 せいらの結婚 <語り>武田祐子 不仲の両親を見て育ち、結婚に憧れや夢を抱けなくなった女性がいます。 今回の主人公は、我那覇せいらさん、28歳。 彼女は幼い頃から争う両親の姿に心を痛めてきました。 こんなせいらさんでしたが、彼女の心を溶かす男性が現れました。 日本では数少ないプロのライフガードの音野太志さん、39歳。 11歳年上の太志さんと出会い、せいらさんは変わりました。 この上なく優しい太志さんと居る時、せいらさんは自然体でいられます。 太志さんからプロポーズをされ、せいらさんは太志さんと生涯を共にする決心をします。 ハワイで結婚式を挙げるために貯金をしていた二人を悲劇が襲います。 婚約者の大志さんが、野犬を車ではねてしまったのです。 ひき逃げしようかと考えましたが、優しい大志さんにはそれはできませんでした。 二人で貯めた結婚資金の全てを野犬の治療費に費やしたのです。 4時間に及ぶ大手術は無事に成功し、この野犬をマロと名付けて二人で育てることにしたのです。 しかし、半身不随となったマロの介護、治療やリハビリにかかるお金は想像を絶するものでした…。 行き詰ってしまうせいらさん。 でもマロは、最後に奇跡を起こすのです。 それは…。 【地上波放送日】2016年3月13日 夢を追う男、ついてゆく女 <語り>武田祐子 今回の主人公は、望月六郎さん(58歳)と、妻の克美さん(58歳)。 望月六郎といえば、ピンク映画から劇場用映画へと成り上がり、奇才と謳われた知る人ぞ知る映画監督。 1985年に「本番ビデオ、剥く」で鮮烈デビューを果たし、自伝的映画「スキンレスナイト」では海外から高く評価を受けた。 しかし、結婚して10年。 六郎さんは突然、演劇界へ進出。 踊り・歌・芝居で魅了する「踊り子女優化計画」をぶち上げます。 そして、劇団成功のあかつきには、俳優養成所を作るという壮大な夢を計画していたのです。 しかし、現実は違っていました。 公演をする度に赤字の連続。 克美さんは劇団のプロデューサーとして支えますが、劇団経営は全くの素人。 次の公演を行うには借金するしか方法がありません。 まさに火の車状態でした。 六郎さんは作品の内容にこだわるあまり脚本が遅れ、集まってくれた出演者にも迷惑をかける始末。 望月家は、夫婦と克美さんの両親の4人家族。 生活費は両親の年金と克美さんが介護ヘルパーの仕事で稼いだわずかなお金。 ところが、勝負を賭けた公演の最中、同居している母・静子さんが倒れ、緊急入院する事態が発生。 さらに、劇団10年目を迎えた節目の公演前に看板女優が突然退団したいと申し出てきたのです。 果たして、夫婦の運命はいかに…。 【地上波放送日】2016年8月21日 私、人生変わりました。 <語り>武田祐子 あなたには、夢中になれるものありますか? 取材を始めた時、晴吉はまだ16歳。 地元ではちょっと知られた不良でした。 学校、家族、友達…。 今の生活に何の不満もないのですが、なぜか心は満たされなかったのです。 ところが、ある人との出会いが晴吉の人生を大きく変えることになります。 スケさんは、39歳。 妻とは13年前に離婚。 以来、18歳の娘・沙希さんを一人で育ててきました。 スケさんの今の悩みは、沙希さんの進路。 卒業後は、実家を出て東京に働きに出たいと言い出したのです。 でも親子には、絆を結ぶ意外な趣味が…。 それは一体? 達也さんは、43歳。 妻と離婚し、今は一人暮らし。 仕事以外のほとんどを家で過ごしてきました。 でも、そんな達也さんを外に連れ出すある出来事が…。 それは、何だと思いますか? 【地上波放送日】2016年12月11日 横断5500キロ!僕の知らないアメリカ <語り>清水御冬 トランプ大統領の誕生によって、全世界の脚光を浴びる事になったメキシコとの国境と壁。 今、この国境近くに暮らす両国の人々は、何を思い、暮らしているのでしょうか。 今回の舞台は、そんなアメリカ側から見たメキシコとの国境線。 テレビディレクターの清水御冬がロサンゼルスを起点に東へ5500キロ、車、バス、列車を使って撮影を続けました。 国境の壁付近で、一体、何が起きているのか。 その長い道中で見えてきたもの。 それは、意外な事ばかりでした。 なぜかトランプ大統領を指示するメキシコ人家族。 一体なぜ?いとも簡単にメキシコに入国出来るアメリカ人。 この初老男性は、メキシコ人の恋人に会いに、国境を越えます。 そして、海まで続く国境の壁。 知られざるアメリカ。 緊急ドキュメントです。 【地上波放送日】2017年3月26日 われら百姓家族~子どもたちの15年~ <語り>松本明子 脱サラした父親と共に兵庫県の山村に移り住んだ6人の子供たち。 15年後…当時10歳だった双子の姉妹は24歳になった。 都会で暮らす彼女たちの心の中には… 30年近く前、脱サラして兵庫県の山村に移り住んだ家族がいます。 田畑を耕し、炭を焼き、鶏を飼う、一家は自給自足の生活を続けてきました。 子どもは6人。 母親は山の生活に馴染めず離別。 それからは父親と兄弟が力を合わせ生きてきたのです。 取材を始めたのは、15年前、当時末っ子の双子、あいちゃんとれいちゃんは10歳でした。 2人は、畑仕事や鶏の世話、そして家事をこなし、一家の労働の一部を担っていました。 そのため、2人はほとんど学校にも通わず、大人になりました。 その2人は、現在24歳。 都会に暮らしています。 一見すれば、都会に馴染んだ今時の女性。 しかし山村の価値観とは全く違う都会の生活に、あいちゃんは…。 【地上波放送日】2014年3月2日 シンデレラになりたくて… <語り>千葉雄大 人生を変えるために、美容整形を決意した若き女性たちがいます。 顔を変えてまで、今の自分と決別したい10代女性の整形事情とは…。 女性たちが救いを求めたのは「整形シンデレラオーディション」。 手術費は全額無料。 ファイナリストに選ばれれば、来場者3万人を超えるイベント「ガールズアワード」でランウェイを歩くことができ、さらにグランプリには賞金300万円が手渡される、まさに、現代のシンデレラストーリー。 2回目の開催となる今回は230人の応募者が集まりました。 市川睦さん。 年齢は19歳。 中学3年の時に顔の事でイジメを受け、高校に進学するも中退。 その後、仕事にも就かずに、いまは一日中メイクを繰り返す生活を送っています。 メイクが決まらないと、外出できないからです。 そんな自分の顔のコンプレックスを、すべて母親のせいにする睦さん。 親子の関係は破綻していました。 今の自分を変えるため、決心した美容整形。 母親との絆は修復することが出来るのでしょうか? もう一人は、後藤華さん。 19歳。 小学3年生から、10年間の引きこもり生活を続けています。 キッカケは友人の何気ない一言。 美容整形によって、華さんは外に出られるようになるのでしょうか? 顔のコンプレックスに囚われて、外の世界に踏み出せない二人の女性を追いました。 【地上波放送日】2017年4月30日 シンデレラになりたくて… <語り>千葉雄大 女性にとって身近になった美容整形。 自分を変えたいと強く願う女性たちが、美容整形の先に見るものとは? 昨年4月、日本最大級のファッションイベント「ガールズアワード」で異色の女性たちがランウェイを歩きました。 彼女たちは全員整形をした女性たち。 「整形シンデレラオーディション」と題されたこのイベント、手術費は全額無料、さらにグランプリには賞金300万円手渡される、まさに現代のシンデレラストーリーです。 馬場汐音さン。 23歳。 ボーイッシュに見られるのが悩みで、整形シンデレラに応募しました。 順調にオーディションを勝ち進む汐音さん。 しかし彼女には、ある秘密があったのです。 実は性同一性障害で一年前まで男性だったのです。 体も戸籍も女性になった今、女性らしさを追求する汐音さん。 夢のランウェイを歩くことが出来るのでしょうか? もう一人は、田中その子さん。 年齢は19歳。 若手女優 として芸能界に身を投じるも、自分の容姿に限界を感じ、「整形シンデレラオーディション」に夢を賭けました。 そして、後藤華さん、19歳。 小学3年生から10年間にわたる引きこもり生活を続けていた彼女は、美容整形によって、その生活から脱出。 グランプリの賞金300万円で海外留学し、失った学生時代を取り戻したいという夢を抱いていました。 はたして彼女たち3人は憧れのランウェイを歩くことができるのでしょうか!? 【地上波放送日】2017年5月7日 崩壊の音が聴こえる~さ迷う家出少女たち~ <語り>林原めぐみ 東京渋谷、2012年を迎えるカウントダウン。 深夜12時前、駅前のスクランブル交差点やセンター街には、新年を祝う若者たちで溢れ返っていた。 お祝いムードの街中で一人、人ごみから少し離れた場所で携帯を見つめている女性がいた。 NPO法人bond(ボンド)プロジェクト代表、橘ジュンさん。 彼女のもとに「私何で生まれてきたの?」「いいことなんて何一つない」といった、生きづらさを訴えるメールが届いていた。 ボンドプロジェクトでは、家庭環境・生活環境で精神的な拠り所のない少女たちを保護し、人間関係の不信感に対するメンタルケアやカウンセリングを実施している。 橘さんは、週末、夜の繁華街を歩き、気になる少女を見つけては、声をかけ、話を聞いている。 橘さんも18歳の時に暴走族のリーダーを務め、大人たちに対する不信感を抱き続けていた一人だった。 自身の経験を活かし、同じような境遇の少女たちの話を聞き続け、今の子達には仲間がいなくて孤立した子が多いと感じていた。 その後ライターに転身し、社会から孤立した少女たちの声を聞き続け、ますます助けたいという気持ちが強くなっていった。 話を聞く少女たちは、援助交際やリストカット、OD(薬物過剰摂取)などといった、広い意味での自傷行為を繰り返している子たちが多い。 橘さんは「街角をさ迷う少女たちの支えになりたい」と3年前にボンドプロジェクトを立ち上げた。 週一回実施している電話相談には、彼女の噂を聞きつけ全国から悩みを抱えた少女たちからの電話が絶えない。 渋谷の街で出会った二人の家出少女、カオルとミカ。 大人たちに窺い知れない部分で、孤独に陥り、自分の居場所や価値観を見つけられずにさ迷う。 少女たちは何を思い、どこに向かおうとしているのか。 彼女たちの不安や葛藤、声にならない思いは、現在、『家族』というものが崩壊している事を物語っていた。 橘さんはどのように彼女たちと向き合い、どのような言葉をかけるのか? 【地上波放送日】2013年2月10日 僕がホストになった理由~大阪・ミナミ青春物語~ <語り>伊藤蘭 2005年・夏、大阪ミナミの歓楽街に巨大ホストクラブがオープン。 そこに集まってきたのは、人には言えない過去を持ったワケありの若者たち。 しかし、その裏には不器用だけど熱くて人情味溢れる、ナニワの青春模様がありました。 番組では、200人のホストが在籍する関西最大のホストグループのホストたちに密着。 嘘や大金が飛び交い、うわべだけの華やかさに目を奪われがちなホスト界。 「ホストこそ基本的な人間性が大事」だと考える若きオーナーホストが、複雑な家庭関係に悩むホストや、家出同然で九州からやってきたホストなど、夜の世界を必死で生き抜こうとするワケありの若者たちに体当たりで挑んでいきます。 新人ホストが捨てたはずの過去と正面から向き合い、そして共に故郷の両親を訪ね、家族関係のわだかまりを修復すべく奔走。 そんなオーナーの熱意がいまどきの新人ホストたちに伝わり、失いかけていた家族への思いを蘇らせていきます。 失意と困難を乗り越えるナニワのホストたちの七転八倒人生に迫ります。 【地上波放送日】2006年1月22日 僕がホストになった理由2 友情と裏切りの街角 <語り>伊藤蘭 関西最大のホストクラブ「プリンスクラブ 紫苑」。 そこには一攫千金を求めてさまざまな若者が集まってきます。 借金を抱えた者、家庭に問題を抱えた者、家出同然の者など。 そんな若者たちを、ホストとしても人としても一人前に育て上げようとするオーナー・井上敬一、31歳。 かつては月収1600万円を誇ったナニワの伝説的ホスト。 彼は、悩みを抱えたホストに、まるで学校の先生のように熱いハートで接します。 そんな敬一に対して若者たちが徐々に心を開き、成長していきます。 しかし、オープンから1年が経ったホストクラブをのぞいてみると…ホスト同士のけんかやもめごとも増え、人間関係がくずれはじめていたのです。 そして敬一の方針に反発するホストの出現。 それは敬一がもっとも信頼を寄せていた教育係のホスト・タクマでした。 ベテランホストと新人との間には確執が生まれていたのです。 そんな中、タクマが新人ホスト・アイルとけんかをし、「辞めてしまえ」と怒鳴りつけてしまいます。 その後アイルは店に来なくなってしまいました。 それだけではありません。 タクマは店で酔っ払ってお客さんにケガをさせてしまったのです。 さらに苛立つタクマは体調を崩し入院してしまいます。 敬一はそんなタクマを、ホストの仕事をしてからまったく連絡をとっていなかった長崎の実家の母のもとへ連れて行きます。 しかし、母はまったくとりあってくれません。 悩み苦しむ敬一。 そして自分自身の気持ちを引き締めるためにも、なんと、敬一は自分の頭を丸めます。 そしてタクマがケガをさせてしまったお客さんに謝罪に行き、もう一度タクマの母のいる長崎へ。 なんとかタクマの母から理解をもらった二人。 タクマはそんな敬一の姿を見て、店に来なくなった新人ホスト・アイルを取れ戻すため、彼の実家を訪れるのでした…。 【地上波放送日】2006年10月22日 特選 女たちの約束~45年後の共同生活~ <語り>宮崎あおい かつて大阪でバスの車掌さんをしていた15人の少女達が、老後も一緒に暮らす約束をした。 45年後、お金を出し合って共同住居を建てた。 それぞれの人生をドキュメント。 見かけ上逆転しているが、男女であるため、戸籍上の結婚には問題ないのだ。 そんな二人には今、切実な悩みがある。 結婚した当初は、二人とも30代、40代の女盛り、男盛りで、このシリーズの第1弾が放送されたのが2008年だった。 それから8年が経ち、2人はタイトル通り、老いが迫りくる50代、60代になった。 今回は、就職難、生活苦、その世知辛い今を伝えながら、今までの過去三回のシリーズでは明かされなかった秘密の過去を再現ドラマで描く。 そこには、バブル全盛の頂点からの都落ち、恋人との破局…同性愛ならではの壮絶な苦悩と悲劇もあった。 同性愛者として生きる道を決心したものの、世間の波に翻弄され、自らの性に悩み、傷ついていく若き日の姿と老いの現実、そして二人の絆、ご期待ください。 【地上波放送日】2016年5月1日 マキさんの老後~絶望と希望の旅立ち~ 前編 <語り>武田祐子 ご存知、ゲイのマキさんとレズビアンのジョンさんの逆転夫婦。 2人は、老いが迫りくる50代後半、60代半ばになった。 忍び寄る肉体の衰え、二人の老後への不安と生活苦の中で、マキさんは、この状況から脱却しようと、かつての仕事仲間と滝行を決意する。 だが、それを知ったジョンさんは、マキさんと大げんか。 一体、ジョンさんに何が…? そんな中、マキさんは母校の早稲田大学に向かう。 当時、早稲田に通いながら、夜の六本木で仕事をしていたバブル全盛の頂点と、そこからの都落ち、恋人との破局…同性愛ならではの苦悩と悲劇。 マキさんの青春時代、学生時代の栄光と転落をマキさんは語りはじめる。 同性愛者として生きる道を決心したものの、世間の波に翻弄され、自らの性に悩み、傷つき、もがくマキさんとジョンさんの老いの現実をご覧下さい。 【地上波放送日】2017年6月4日 マキさんの老後~絶望と希望の旅立ち~ 後編 <語り>武田祐子 2008年放送から続く大人気シリーズ「マキさんの老後」。 ご存じ、おかまの夫、マキさんとオナベの妻、ジョンさんのあべこべ夫婦が主人公。 2人は、老いへの不安と生活苦の中でもがき苦しんでいた…。 そこへ、番組を見てマキさんに興味を持ったという1人の男優が現れる。 ポルノの帝王と呼ばれる久保新二さんである。 同性愛者の老いや多くの哀れな末路に、自らにも忍び寄る老いも重ね合わせ、2人に共感するものがあるというのだ。 久保さんは、マキさんに自分の舞台に出演するようお願いをする。 だが、この9年余、定職も持たず、ジョンさんの世話になってきたマキさんの煮え切らない態度に久保さんは怒り爆発、仕事の依頼もよそにマキさんをののしり始めてしまう。 痛いところを突かれたマキさんは、帰宅し、今度は、ジョンさんに八つ当たり、最悪の事態に…。 だが、強引で老獪な久保さんの話術にマキさんは、ついに老骨にむち打ち、ステージに立つ決意をする。 果たして、マキさんは、ショーダンサーとして復活できるのか…。 同性愛者として生きる道を決心したものの、世間の波に翻弄され、自らの性に悩み、傷つき、もがく老いた同性愛者2人のつらい現実と深い絆を描きます。 【地上波放送日】2017年6月11日 母さん!なぜ僕を捨てた4 ~母の幸せ~ <語り>宇梶剛士 昨年夏。 小林友和(21歳)、利男(29歳)兄弟の下から失踪した母・信子(57歳)が茨城県潮来市で見つかった。 母の暮らす家には知らない男性が一緒に住んでいた。 男性が言うには、駅のベンチで寝ていた信子さんを可哀想に思い、家に連れてきたという。 男性は「母を大切に思っている」という。 幸せそうに暮らしている母の姿を見て複雑な思いになる友和。 男性の名は、高橋進(64歳)。 妻と別れて30年前に北海道から出稼ぎで上京し建設関係を転々としながら暮らしてきた。 彼自身も友和と同じように母とは音信が途絶え、今は連絡先もわからないという。 アルコール依存症の母に酒をやめさせ大事にしてくれる高橋さん。 そんな彼に友和は感謝し、父の姿を重ねた。 一方、友和は一緒に住む兄・利男さんとの関係に溝ができはじめていた。 そして友和は置手紙を残し、一人暮らしに戻った。 そして再び信子さんがいなくなった。 高橋さんには心当たりがあったようで、ある男性の家を訪ねると、母はそこにいた。 高橋さんの目を盗んで再び酒に手を出し、男性の家に行ってしまったという。 信子さんに裏切られた高橋さんの怒りと失望。 「お母さんをよろしくお願いします」と頼まれた高橋さんは友和に合わせる顔がないと嘆くがそのことはすぐに友和の耳に入った。 友和は母をアルコール依存症の人たちの集まりにつれていき、母と高橋さんの暮らしは落ち着きを取り戻しつつあった。 友和と信子さんの関係を見ていて、高橋さんも 会っていない北海道の母に信子さんを紹介しようと旅立った…。 【地上波放送日】2006年12月10日 母さん!なぜ僕を捨てた特別編 ~運命の家族~ <語り>宇梶剛士 2004年から取材を続け、過去4回放送してきた話題作「母さん!なぜ僕を捨てた」。 数奇な運命をたどる母と子の物語に、息子の「今」を加えた特別編です。 塗装工として働いていた小林友和。 彼は5歳の頃、兄と共に養護施設に預けられ、母親は音信不通になっていた。 しかし2003年、18歳のとき母・信子(当時54歳)を捜し当て、ついに再会を果たす。 しかし母は友和たちを預けた後、離婚し、さらに酒に溺れアルコール依存症に悩んでいた。 そんな母と友和は翌年、13年ぶりに一緒に暮らし始める。 しかし収入の乏しさに加え、アルコール依存の後遺症が残る母との生活が次第に重荷になる。 それを察した母は、ある日友和の元から姿を消してしまった。 2005年春、母が無銭飲食で捕まって保護されていると警察から連絡が。 引き取りにいく友和と兄(当時28歳)。 そして兄は長男としての責任を感じ、母と同居することを決める。 しかし間もなく、兄も母との生活に悩み、今度は兄が失踪してしまった。 兄を探し出し連れ戻した友和は、6畳一間の自分のアパートに母と兄を引き取り、家族3人の生活が始まった。 一皿に盛った目玉焼きをつつきながら3人で食べる夕食。 貧しくても家族3人で暮らす生活に友和は、生まれて初めて「家族の絆」を感じる。 狭い部屋での3人暮らし…暮らしやすさを求めて友和は、広いアパートへ引っ越すことに。 ところが引越し2日前、またもや母が失踪してしまう。 「長男の自分がふがいないから友和や母を幸せに出来ない」と自分を責める兄…。 翌年、母が今度は、見知らぬ男性と一緒に暮らしていることが分かる。 しかし、その暮らしは以外にも幸せそうだった…。 それから5年。 2011年、26歳になった友和は、道路の舗装工事の仕事をしていた。 彼は現場を仕切るような立場になっていた。 そんな友和には、新たな目標ができていた…。 【地上波放送日】2011年10月9日 母さん!なぜ僕を捨てた ~幸せのカタチ~ <語り>宇梶剛士 幼い頃から児童養護施設で育った一人の青年が、行方知れずの母と兄弟を探し出し、自らの力で再び「家族」を作ろうと懸命にもがく姿を14年間、追い続けたドキュメンタリー・シリーズ「母さん!なぜ僕を捨てた」。 これまで過去5回にわたり放送してきたその完結編となる今回は、32歳になった主人公・小林友和さんが今、ついに手に入れようとしている「幸せ」を描く。 友和さんの取材が始まったのは2003年・夏。 養護施設を出て塗装工の仕事をしながら一人暮らしをしていた当時18歳の彼が、ふとしたきっかけで13年間、音信不通だった母・信子さんの住所を知ったことが物語の始まりだった。 すぐにその住所を頼りに母親のもとを訪ねる友和さん。 しかし、そこで目にしたのは、重度のアルコール依存症に苦しむ母の姿だった。 友和さんは、母とともに暮らすことを決意。 しかし…家族の記憶がない彼と母の生活はすぐにほころびを見せる。 その生活に友和さんの兄も加わり、彼らは新たな「家族」を作り上げようと懸命に模索を続けるが、アルコール依存症が癒えない信子さんは度重なる失踪騒動を起こし、共同生活はついに限界を迎えてしまう。 それから10年以上の月日が経った今年2月、友和さんはある決意を固めていた。 好きなだけ寝て、好きなことして過ごしたい」という思いを綴った「ニートの歩き方」(技術評論社2012)で、日本一有名なニートになったpha(ふぁ)さん、34歳。 (phaはインターネット上のハンドルネーム)。 京都大学を卒業後、就職するも、28歳で会社を辞め、定職を持たずに暮らしている。 ニートというと、ネガティブないめージが強いが、phaさんやその仲間たちは、「お金がなくても楽しく暮らす方法」を実践している。 Phaさんの収入源は、ブログの原稿料や広告料、たまにするバイトなどで月8万円ほど。 月8万円しか収入のないライターといえば、苦しそうだが、ニートなのに月8万円も収入がある、と考えたら結構いいのではないか、要は考え方次第だと言う。 食べて行くのに必要なギリギリの分だけ働いて、ゲームやマンガを楽しみ、お金をかけずに仲間と遊ぶ毎日だ。 額に汗して働くことを是としてきた世代からは批判されるが、格差が広がり、過労死、鬱病、引きこもり、高い自殺率など、資本主義が揺らぎ始めているなか、彼の生き方は人間らしい暮らしを取り戻すための挑戦にも見えてくる。 「弱い者は集まっていると死ににくい」「家族以外と暮らす方法もある」といい、仲間とシェアハウスに暮らす。 そんな生活なのに、彼は田舎に別荘を持っている。 費用はほとんどかからずに手に入れたという。 夏休みや正月は仲間とゆっくり田舎で過ごす。 Phaさんのまわりには、彼のように「お金にしばられずに」好きなことをして暮らす人たちが多い。 鈴木健太郎さん(31歳)もまた、お金をほとんどかけずに、東京・檜原村にゲストハウスをオープンした。 元は、「チームラボ」というIT業界の最先端が職場だった。 死ぬほど働いていた生活をやめて、田舎暮らしを選んだ。 彼らのように「働きすぎず」「お金がなくても楽しく暮らす」若者がじわじわと増えつつある。 働き続けてきた大人たちが築き上げたこの国がゆらぐ今、彼らの生き方は是か非か。 【地上波放送日】2014年7月13日 会社と家族にサヨナラ…ニートの先の幸せ 前編 <語り>又吉直樹 今回の主人公は、日本一有名なニートpha(ふぁ・ハンドルネーム)さん。 名門、京都大学を卒業しているのに、「働かない」生活を「ザ・ノンフィクション」では、2014年7月に「お金がなくても楽しく暮らす方法」で放送。 あれから3年。 phaさんは、以前、仲間達とシェアハウスに暮らしていましたが、今は、練馬区から浅草に近い都心のビルに引っ越していました。 そこは、ビルの1階、倉庫やガレージとして使われていた空間です。 彼らなりの工夫をして、面白おかしく生活を始めました。 phaさんはライターとして、自身の暮らしぶりを綴ったり、インターネット放送をチェックするバイトをしたり、相変わらず、定職にはつかずにいます。 一方で、働けない人、お金がない人のために、手軽に暮らせるスペースを作ったり、バイトの斡旋なども行っていました。 phaさんのモットーである、「弱い者は集まっていると死ににくい」を実践していたのです。 phaさんの仲間達にも変化が訪れていました。 定職につかず、webで漫画を発表していた小林銅蟲さんは、ついに漫画家のアシスタントとして働き始めました。 10年近く引きこもっていた銅蟲さんを変えたのは…?そして、銅蟲さん、さらなる変化をつづけ、ある大きな出来事が起こります。 働き始める人もいれば、そのままノンビリ暮らす人もいる。 phaさんとその仲間たちの新しい生き方を4年間追いかけました。 【地上波放送日】2017年6月18日 会社と家族にサヨナラ…ニートの先の幸せ 後編 <語り>又吉直樹 日本一有名なニート、pha(ふぁ・ハンドルネーム)さん。 名門、京都大学を卒業しているのに、「働かない」生活を送っています。 「ザ・ノンフィクション」ではphaさんの暮らしを2013年から4年間に渡って取材してきました。 前回の放送で(6月18日)、phaさんが練馬の一軒家から、秋葉原に近い、ビルの1階の倉庫に引っ越したところまでを紹介しました。 後編では、その後の彼らの意外な暮らしぶりをお届けします。 引っ越しから1年(2016年)、倉庫を改装したphaさんは、なんとバイトをしていました。 彼がバイトを始めた理由とは…?そして、phaさんは、あらたに「行き場のない人達のための住み処をつくる」ために、倉庫を改装、次々とスペースを広げていました。 新しい住人も増え、ギークハウスはますますにぎやかに。 その頃、小林銅蟲さんは、人気漫画家・松浦だるまさんのアシスタントを始めていました。 「働くことは苦手」と言っていた銅蟲さんですが、果たしてうまくいくのでしょうか。 その後、松浦さんの仕事場でまかない飯も担当することになり、これがきっかけで、銅蟲さん、いよいよ人気漫画雑誌での連載が…。 さらに、私生活でも大きなイベントを迎えました。 「働きたくない」「社会が苦手」というphaさん達ですが、それぞれのやり方で、自分の好きな生き方を実現しています。 彼らは一体どこにたどりつくのでしょうか? 【地上波放送日】2017年6月25日 特選 おっぱいと東京タワー ~私の乳がん日記~ <語り>石田ひかり 「私」は40代の独身テレビディレクター。 故郷の広島を離れ、仕事漬けの日々を送りつつ、心の中はいつも結婚、出産への焦りや、仕事でもっと成功している人への嫉妬で一杯で、いわば「自分の欲深さに苦しめられている」毎日を過ごしていた。 43歳で子宮筋腫のため子宮摘出。 44歳で列車事故に遭い骨盤骨折。 そして45歳で告知された乳がん。 しかし、死すら覚悟したこれらの経験は、「私」の心に、想像もしなかった変化をもたらしてくれた。 「私」の幸せのハードルは下がり、ささやかなことにも幸せを感じられるようになったのだ。 番組は乳がん闘病の様子を密着した映像を中心に、「私」の心の軌跡を「私」自身が語る一人称形式で描いていく。 ニューヨーク・フェスティバルで銀賞受賞。 2年後の彼女は… 【地上波放送日】2011年8月7日 渋谷黄昏ぱらだいす2~円山芸者の心意気~ <語り>谷原章介 東京、渋谷。 ファッション、カルチャー、ムーブメントなど情報発信地として全国の若者が集うこの街にひときわまぶしいネオンを放つエリアがあります。 渋谷円山町。 またの名を「ラブホ街」。 ホテルが乱立するちょっと怪しい場所。 しかし、この街に一歩足を踏み入れると、ネオンの間に一昔前、隆盛を謳歌した名残がひっそりと残っています。 雨戸を閉め切ったお屋敷の数々とそれを見守るように立つお地蔵様。 そう、ここはかつて、100軒以上の料亭が立ち並び、夜な夜な人々の笑い声と三味線の音色がたえない花柳界の街でした。 艶やかに振舞っていた芸者は、最盛期には400人いました。 しかし、現在はたったの2人。 三味線弾きの「小糸姐さん」と日本美人で踊りの名手でもある「鈴子姐さん」。 そのほかはみな、時代から取り残されていく花柳界に未練を残しながらも辞めていきました。 芸者を呼べる料亭もたったの2軒。 元料亭を営んでいた女将も「やっても客が来ないよ、客層が変わっちゃったね…」とポツリ。 残された2人の芸者、小糸姐さんと鈴子姐さん。 しかし、その小糸姐さんも年齢的なものから膝の容態が芳しくありません。 正座していることさえままならない状態です。 「芸者は手をついて立つとか、足が痛いとか言ったらもうダメよ」と小糸姐さんがポツリ。 でも体が動かなくなるまでやるつもりです。 一方、鈴子姐さんも「仕事になってないですよね、日本の芸は」とポツリ。 現状を打破したくても思うようにいかないこの世の中。 このままでは渋谷円山の花柳界が消える。 残された鈴子姐さん、ある捨て身の行動にでました…。 【地上波放送日】2006年7月30日 渋谷黄昏ぱらだいす ~2013愛と想い出の街~ <語り>安藤サクラ 渋谷駅東口に新たな巨大商業施設「ヒカリエ」が誕生した。 若者の街と云われて久しい渋谷の人の流れがまた変わり、よりビッグシティに変貌していく。 駅前のスクランブル交差点も今日もまた大勢の若者たちで賑う。 その一方、実は、渋谷は老人たちにも大人気の街なのだ。 今回は4人の元気な老人にスポットをあてました。 道玄坂の中ほど、雑居ビル4階にある麻雀店「ガラパゴス」では、「賭けない飲まない吸わない」を合言葉に「健康麻将」大会が開かれていて、老化防止のために訪れる大勢の年寄りたちで連日、満員の盛況ぶりだ。 なんと客の平均年齢は70歳代半ば!80代後半、90代なんて老人もザラ。 中には今年12月に満100歳を迎える超元気なお婆ちゃんもいる。 【地上波放送日】2013年4月21日 「負けるな!泣き虫三姉弟2」~楽屋は人生の教室だ~ <語り>貫地谷しほり 「子供たちに自分たちが残してやれるものは何なのか…親として恥ずかしくない背中を見せたい」。 こう語るのは大衆演劇の世界で活躍する、長谷川武弥劇団の女総座長・愛京花(あいきょうか)31歳。 劇団の看板女優であり、3人の子供の母親でもある。 長女・未来(みらい小4)と次女・詩音(しおん小1)は小学校に通いながら、長男・愁(しゅう6歳)も幼稚園には通わず、劇団の子役としてみんな舞台に上がっている。 「舞台に上がる以上は一人前の役者」。 愛の指導はとても厳しく、泣いても容赦はしない。 しつけもしかり。 愛の教育方針は学校優先。 親も大衆演劇の役者で、幼い頃から子役として舞台に立っていた愛。 学校にはほとんど行けず、遠足や運動会に参加することも出来なかった。 イジメにあい、友達もいなかった。 「自分と同じ経験を子供たちにはさせたくない」。 結婚する時の夫との約束だった。 夫の長谷川武弥(たけや)49歳も役者。 愛とは対照的で、子供たちにはとても甘い。 劇団は総勢14名。 ひとつ屋根の下で寝食をともにしながら生活をしている。 公演は一箇所一ヶ月、終わるとトラックで引越し。 日本全国をまわる。 1年で計12回、小学生の未来と詩音は12校を転校する。 毎月繰り返される出会いと別れ。 「母と同じ道を歩んで立派な役者になりたい」と未来は言う。 子供たちにとって楽屋は宿題をしたり、ご飯を食べたり、芝居の稽古をしたり、怒られたり、泣いたり、笑ったり、ケンカしたり…学校では学ぶことの出来ない人生勉強の場でもある。 取材開始から2年。 最初の頃は、泣いてばかりいた三姉弟。 未来は芝居の上達ぶりが目ざましく、そんな姉に妹の詩音はライバル意識を燃やしている。 舞台に立つのを嫌がっていた弟の愁もだんだんやる気を出して、日々成長している。 「子供たちに残してやれるものは何なのか…親として恥ずかしくない姿を見せたい」 子供たちに強烈なメッセージを送る母の姿を、長女・未来の目線を通して描く。 【地上波放送日】2012年4月15日 「負けるな!泣き虫三姉弟3」~新スター誕生~ <語り>冨永み~な この番組は、2011年2月「負けるな!泣き虫三姉弟」、2012年4月「負けるな!泣き虫三姉弟2」として放送された回の続編です。 アベノミクスもままならず、長引く不況の陰はこんなところにも…。 大衆演劇の世界で活躍する長谷川武弥劇団。 総座長は愛京花(34歳)。 劇団の看板女優であり、3人の子供の母親でもある。 夫も座長の長谷川武弥。 長女・未来(中学1年)、次女・詩音(小学4年)、長男・愁(小学3年)は学校に通いながら、劇団の子役としてみんな舞台に立っている。 「舞台に上がる以上は一人前の役者」。 愛さんの指導はとても厳しく、泣いても容赦はしない。 しつけもしかり。 子供たちにとって、楽屋は宿題をしたり、ご飯を食べたり、芝居の稽古をしたり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、ケンカしたり…。 学校では学ぶことの出来ない人生勉強の場でもある。 劇団の公演は一カ所一ヶ月。 1年で12回、日本全国を回り、子供たちは転校を繰り返す。 不況の影響を受け、今、劇団は最大のピンチを迎えている。 客が入っているのは、若いイケメンのいる劇団。 長谷川劇団も以前は16人の劇団員を抱え、中にはイケメンも在籍していたが、若い劇団員がどんどん辞め、今では愛京花さんの一家5人と長谷川舞さんの一家5人の計10人になってしまった。 このピンチに立ち上がったのが、子供たち。 若いイケメンに変わる劇団のスターの座を目指して奮闘。 中でも、舞さんの長男の一馬くん(中学1年)は、未来ちゃんと同い年で、一緒に楽屋で育った仲。 顔はいいが、やる気はなし。 今まで子役として舞台に上がるのを嫌がっていた一馬くんが、自分から舞台に上がると言い出したのだ。 化粧をするとなかなかのイケメン。 だんだんと人気の出てきた一馬くんに、総座長の愛さんが秘策を用意。 果たして、愛さんの秘策は、劇団の人気回復につながるのか…。 親の背中を間近に見ながら、逆境の中で子供たちがたくましく成長して行く姿を、5年前に取材した映像を織り交ぜながら描く。 【地上波放送日】2014年5月25日.

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アメトーーク 2月20日 フジテレビに許可なし!?大好きな番組を語る「ザ・ノンフィクション大好き芸人」

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涙はコンテナに乗って <語り>浅利陽介 那覇から船で13時間、東へ400キロにある南大東島。 この島では、昔から1年に1度、悲しい別れが待っている。 それは、中学校を卒業すると、親元を離れ、島を出る事になるのだ。 今年の卒業生は男女合わせて11人。 ところが、この中に大切な受験を前に心が揺れる2人の生徒がいた…。 松田絵龍瞳(えりゅうと)君は、突然、高校には行かず島に残ると言い出した。 大慌ての両親…。 その噂は島中に知れ渡ることになる…。 一体、絵龍瞳君に何があったのだろうか…? 知念芙有華(ふうか)さんも、揺れていた。 それは、お父さんの竜児さん(40)の再婚。 何の説明もなく若い依寿々さん(23歳)と籍を入れたのだ。 しかも、依寿々さんのお腹には赤ちゃんが…。 ぎくしゃくする親子関係。 近づく受験。 芙有華さんは、勉強が手につかない。 そこに、担任の先生から、悲しい事実を突き付けられる…。 番組では、2016年3月に島を旅立つ中学3年生の2人に密着! 彼らを取り巻く、家族、島民たちの愛情あふれる日常。 友情、恋愛・・そして生活や進路をめぐる人間模様を描きます。 【地上波放送日】2016年4月10日 涙はコンテナに乗って <語り>浅利陽介 那覇から船で13時間、東へ400キロにある南大東島。 この島では、昔から1年に1度、悲しい別れが待っている。 それは、中学校を卒業すると、親元を離れ、島を出る事になるのだ。 今年の卒業生は男女合わせて11人。 ところが、この中に大切な受験を前に心が揺れる2人の生徒がいた…。 松田絵龍瞳(えりゅうと)君は、突然、高校には行かず島に残ると言い出した。 大慌ての両親…。 その噂は島中に知れ渡ることになる…。 本音をなかなか語ろうとしない絵龍瞳君。 兄弟4人を助けるために島に残って働こうとするのが理由らしいが…。 知念芙有華(ふうか)さんも、揺れていた。 それは、お父さんの竜児さん(40)の再婚。 何の説明もなく若い依寿々さん(23歳)と籍を入れたのだ。 しかも、依寿々さんのお腹には赤ちゃんが!ぎくしゃくする親子関係。 近づく受験。 結局、芙有華(ふうか)さんは、推薦入試に落ちてしまった。 そこに、赤ちゃんを産んだ依寿々さんが島に帰ってくる。 家族の向かう先は?そして肝心の受験は? 番組では、2016年3月に島を旅立つ中学3年生の2人に密着。 彼らを取り巻く、家族、島民たちの愛情あふれる日常。 友情、恋愛・・そして生活や進路をめぐる人間模様を描きます。 【地上波放送日】2016年4月17日 エイゴの「青 ブルー 」 ~義足のシングルファーザー~ <語り>竹内結子 川島晋一さん、48才。 あだ名は「エイゴ」。 エイゴには、両足がありません。 今から20年前、28才の時に事故に会い、切断。 現在、義足で生活しています。 そんなエイゴは、4年前に離婚。 現在、長男は母親が、次男以下の3人を、エイゴが男手ひとつで育てています。 中学1年生の次男・望亜(のあ)、小学4年生の長女・さら、小学1年生の三男・世主亞(よしゅあ)。 早朝から子供たちのご飯を作り、学校に送り出し、洗濯…。 なかなか言うことを聞かない子供たち。 義足のシングルファーザー、エイゴには休む暇もありません。 そんなエイゴの仕事はステンドグラス職人。 「海」を題材にしたステンドグラスをいくつも作って来ました。 そして、ある日、エイゴは旅に出ます。 そこは沖縄、ケラマの海。 エイゴは、自分で義足を改造してフィンをつけ、ケラマの海に潜り、その風景をステンドグラスにするというのです。 その海の底で、エイゴは家族にとって大切なものをひとつ、掴むのです。 事故で、両足を失ってしまったエイゴ。 離婚して、シングルファーザーとなったエイゴ。 エイゴはどうやって悲しみを乗り越え、今日を生きているのか?番組は、義足のシングルファーザー、エイゴの生きる姿を通じて、「人が生きる」ということを、改めて問い直します。 【地上波放送日】2015年2月8日 エイゴの冬 ~義足のシングルファーザー物語2~ <語り>鈴木杏樹 川島晋一さん、49歳。 あだ名は、エイゴ。 エイゴは、約20年前の事故で両足を失い、現在は義足で生活をしています。 そして5年前、妻と喧嘩が絶えず離婚。 4人の子供はバラバラになってしまいました。 長男は母親と暮らし、エイゴは下の3人の子供を男手ひとつで育てています。 中学2年生の次男、望亜(のあ)。 小学5年生の長女、さら。 小学2年生の三男、世主亞(よしゅあ)。 そんな4人の家族の暮らしを見つめた前作「エイゴの青(ブルー)~義足のシングルファーザー~」。 今回のザ・ノンフィクションは、その続編をお送りします。 前回の最後の取材から1年。 エイゴの家を訪ねてみると、次男の望亜とエイゴの関係がおかしくなっていました。 そしてとうとう望亜が「家を出て、母親と暮らしたい」と言い出したのです。 いったい何があったんでしょうか? 日々、壊れゆく、親子の絆。 望亜は、本当に家を出て行ってしまうのでしょうか? 義足のシングルファーザー、エイゴは、壊れた親子の絆を取り戻すことができるのでしょうか? エイゴの冬に、密着しました。 【地上波放送日】2016年2月21日 旅芸人北へ帰る <語り>矢島健一 オルカは北海道網走に近い雪深い町「佐呂間」で生まれた。 現在35歳。 生まれつき弱視で、少年時代徹底したいじめにあったせいか人交わりがうまく出来ない。 19歳で札幌に出、家具工場で働くが一年足らずで首になった。 その後いくつかの仕事に付いたがどうにもうまく行かない。 そんなとき繁華街・薄野の路上でダンスを踊った。 拍手をもらい、わずかな金ももらった。 楽しかった、うれしかった。 その快感が忘れられない。 「よし路上で芸を披露しその上がりで生きてゆこう」と決心した。 必然的に普通の暮らしは出来ない。 札幌で路上生活が始まる。 それしか道はなかったし、ごく自然な流れだったと本人は言う。 以来北海道を転々とし、本州各地を流れ、野良犬大道芸人の道を歩んできた。 5年前、ひょんなことから代々木公園で暮らし始めた。 「毎日違ったものを食いたいというのは贅沢です、食えるだけで感謝しなければ」と言いつつ極安のインスタントラーメンだけで食いつなぐ。 贅沢は一升580円の合成清酒での晩酌、夜渋谷で大道芸を披露し終わった深夜、静まり返ったテント村で独り酒を飲む。 そんなオルカの暮らしに変化が起きたのは今年の4月のことだった。 代々木公園のホームレステント村をなくそうと言う東京都の施策が動き始めた。 危険は事前に察知し回避する。 人交わりはしない。 野良犬のような本能を頼りに生きてきたオルカにとってこれは危険信号だった。 満開の桜が散った4月11日、オルカは代々木公園を後に北へ向かった。 以前住み慣れた札幌が目的地だった。 やっとたどり着いたまだ雪の残る札幌。 そこは以前の札幌とすっかり変わっていた。 町の中にホームレスの居場所がない。 暖かい地下街では座ること、寝そべること、飲食すること、すべてが禁止されていた。 街からホームレスを一掃する動きが高まっていた。 オルカの暮らしがまた変わった。 朝5時半から10時前までの4時間弱しか地下街では眠れない、それ以外の時間は街をうろつき座ったまま仮眠をとる。 飯は冷たいおにぎり、薄いテントでもあれば人目をよけられるのだが、それを張る場所はどこにもない。 体が少しづつ弱ってゆく、このまま札幌で生きてゆけるのだろうか、不安が高まってゆく。 しかし大道芸の方は順調だった。 渋谷と違い札幌の人たちはオルカの芸を一緒に楽しんでくれた。 田舎くさいと言われればそれまでだが、その暖かさが心地よかった。 そして夏が終わりに近づいた8月の終わり、オルカは再び旅に出た。 目的地は旭川、北見、釧路の道東地方。 多分そこにはまだ田舎の匂いが残るから、芸を楽しんでくれる人も多いし、稼ぎも増えるだろう。 そんな思惑だった。 そしてまた金無し、宿無しの旅が始まった。 旅は思いもかけず波乱万丈の旅となった。 警察に連行され、10年ぶりに故郷の母と再会し、道東の人々の暖かい気持ちに触れ、大金を稼ぎ、最後は一文無し、何でもありの不思議な旅だった。 家も無い、金も無い、その日暮しの野良犬・大道芸人オルカの漂流人生は今も続いている。 【地上波放送日】2005年11月20日 その後のオルカ <語り>矢島健一 10前の春、私たちは東京・代々木公園のブルーテントに住み、渋谷の街角で小銭を稼ぐホームレス芸人「オルカ」に出会いました。 以来東京を離れ、北海道各地を転々とする彼の「流れ者人生」を密着取材。 その中で幾多の名シーンが生まれました。 北海道の雪深い町で彼の帰りを待ちわびる母の涙ながらの言葉「這いつくばってでもいいから帰ってきて欲しい」。 その言葉に背を押されるように東京を離れ北海道を転々とするオルカ。 嫌な客にいじめられる日もあれば、旭川で奇跡的に2万円以上の投げ銭を手にしたことも。 「こんな事がたまに起こるから10年以上続けられたんだ…」。 そこには流れ者人生の凄みと喜びが垣間見えました。 また北見では客とのトラブルからパトカーに連行されるという衝撃的な事件もありました。 警察官に本籍はと聞かれ「ホームレスです」と答えるオルカの姿には流れ者の悲哀と矜持がうかがえました。 そして旅路の果てに母の待つ故郷に帰ったオルカと母のつかの間の交流。 母が「初めて小遣いをもらいました」と見せてくれた一万円。 「本当に初めてです」と嬉しそうだった母親、しかし、オルカは母とふるさとに背を向け、旅を続けます。 なぜふるさとを捨て、母を捨て、辛い思いをしながら旅を続けるのか。 それは以前の取材では決して明かされる事のない謎でした。 10年という歳月を経て、新しい取材で明らかになった母の死。 その母への思いを猛吹雪に包まれたふるさと佐呂間と札幌で探ります。 なぜオルカはふるさとを捨て、旅を続けるのか。 その謎が次第に明らかになります。 【地上波放送日】2016年2月28日 銀座が俺を呼んでいる <語り>武田祐子 「ふざけるな。 俺をなめるんじゃねぇ!」 およそ料理人の言葉とは思えない過激な発言。 小林幸司(57歳)。 イタリアンの鬼才と呼ばれる、孤高の料理人だ。 5年前に始めた軽井沢の1日1組限定のレストランには、全国から数多の食通が訪れ、数カ月先まで予約が取れないほどの人気ぶりだった。 しかし、去年夏、小林は、その軽井沢の店を閉め、借金をしてまで銀座に客席30以上の広々としたレストランを出した。 「ハレの街・銀座に、ハレの食事ができるレストランが今あると思えない!」「俺が銀座を変える!」安定した生活を捨て、家族を犠牲にしてまで銀座にこだわり、勝負を挑む。 確固たる地位を築いている小林が、リスクを背負って銀座にやってきたのには、もう一つ理由がある。 それは若い料理人を育てること。 これまでは料理人の妻と二人三脚で自分のやりたい事だけをやってきたが、還暦を目前にし、自分の料理に対する考え方を引き継いでくれる次世代を育成する気になった。 その実践的な教育の場としては、銀座でなければならない、と小林は考えたのだ。 しかし、そこは銀座。 小林自らが「魔物がいる街」と評するように、予想もしなかった事が次々と起こる。 期待していた弟子からの不満、思いもよらないネットでの書き込み、そして移ろいゆく客の心。 理想と現実の狭間で格闘するイタリアンの鬼才の1年を見つめた。 その中で、最近増加していると言われる「孤独死」という死の形…。 誰にも看取られることのない死、その後始末。 それを業として行っているのが「特殊清掃人」である。 無数のハエが飛び交い、死臭が立ち込める部屋で、床や畳に染みついた死体痕、そんな壮絶な死の現場の清掃だ。 特殊清掃の会社を営む高江洲敦さんは、これまで二千件以上の現場を見てきた。 どんなに汚れた部屋でも、悪臭を完全に取り除き100%原状回復するプロフェッショナル、彼はそう自負する。 …時に、自殺の現場。 清掃の途中で出てきたのは、亡くなった娘に宛てた母親の手紙。 文面にあふれる親心に、高江洲さんの作業の手も止まってしまう… …時に、孤独死の現場。 その部屋はまるで時が止まったかのように家族との幸せな記憶が封印されていた。 すべての孤独死が不幸な死であるとは限らない… …時に、遺族が覚悟していた死の現場も。 元警察官の転落人生はアルコール依存症という悲しい終焉に辿り着いた。 彼の人生に一体何があったのだろうか? 高江洲さんには「死の現場」に立ち続けるある理由があった。 それは、幼い頃に病気で夭折した妹の存在。 そのやるせない思いが遺された家族の悲しみに重なり、看取られることなく死んでいった孤独な死の現場に対して強い使命感を持つのだという。 しかし、同時に「家族の崩壊」という人間関係の影の部分をも幾つも目の当たりにしてきた高江洲さん。 いつしか、彼は「家族を持つ」ということに興味を持たなくなっていた。 しかし、そんな高江洲さんにも彼の事を深く理解してくれる女性が現れる。 そして「独身主義」を標榜していた彼の姿勢も変わっていく。 彼の心を動かしたもの…実はそれも、「孤独死」の現場でのさまざまな経験だった…。 高江洲敦さん、45歳。 孤独死や自殺で亡くなった人の部屋の後始末をする特殊清掃人。 これまで3000件以上の死の現場を見てきた。 どんなに汚れた部屋でも悪臭を完全に取り除き、100%修復するプロフェッショナルだ。 孤独死の現場は古びたアパートの一室が多い。 高江洲さんは部屋の前で、合掌し、防毒マスクをつけるという物々しい装備だ。 足の踏み場もないゴミ屋敷と化した部屋の奥には、食べかけの食事。 干したままの洗濯物。 そして、人型の染み。 人の脂が染み込んだ床は、通常の清掃では決して匂いまでは取れない。 しかし発見の遅れた孤独死の部屋では、金銭トラブルも多い。 世の中との繋がりを絶っていた夫や兄弟、親の突然の死を受け入れられず、支払いを拒否し、遺品の受け取りをも拒否する遺族も多いという。 その負担は誰が負うのか。 「特殊清掃」の仕事は、高江洲さんの人生も大きく変えていった。 高江洲さんの人生を追いかけ、2013年に放送した『ザ・ノンフィクション』は世界各地で大きな反響を呼び、数々の賞を受賞。 それから3年…。 取材を続けると、もう一つの知られざる問題が見えてきた。 前回の放送では伝えきれなかった孤独死の真実とは。 【地上波放送日】2016年10月2日 不幸の履歴書 <語り>梅津弥英子 どうして男に産んでくれなかったのか- 女の子として産まれて来た石井夏喜さん(29)は、心と体の不一致にずっと悩んできました。 夏喜さんが2年前、未経験ながら飛び込んだのが芝居とダンスの世界。 アポロ(芸名)として自分らしく生きる。 あえて、多くの人の目に触れることで、自分自身の殻を破ろうとしています。 昼は舞台の稽古、夜は飲食店で働く毎日。 今後も役者を続けられるのか-いま、正念場を迎えています。 22歳の時に性別適合手術を受け、男として新たなスタートを切った夏喜さんですが、心の中には、かつて待望の長女誕生に誰よりも喜んだ父への思いがあります。 はじめて男同士で向き合った親子。 父が涙を流した理由とは- 【地上波放送日】2016年5月8日 雄太とユキノ <語り>武田祐子 18年前暴走族のリーダーとしてこの番組の取材を受けた当時18歳の不良少年「雄太」、彼は取材直後に逮捕され少年院に送られました。 彼のその後の人生を描き昨年10月に放送された番組「その後の不良たち」は大きな反響を呼び、36歳の元不良少年が20歳の恋人、千乃(ユキノ)と同棲しながら、新しい人生に立ち向かうその姿に多くの共感が寄せられました。 それから半年経った今年の3月、雄太はさらに大きな人生の選択を迫られていました。 会社を辞め、ユキノと一緒に福島県に移り住もうというのです。 ところが、周囲は、大反対。 果たして、ユキノは雄太についていくのでしょうか?そして、雄太の手にはユキノに内緒で婚姻届が…。 36歳の元不良少年「雄太」と20歳の恋人「ユキノ」、二人を結ぶ奇妙な愛の物語です。 【地上波放送日】2016年7月31日 せつなくて 故郷~女になって47年目の帰郷~ <語り>野際陽子 戦後まもなく、一人の青年が故郷鹿児島枕崎を後にしました。 その青年の現在の名前は「真紀」、新宿ゴールデン街の名物ママです。 76歳の真紀さんは、店の2階で4匹のネコと暮らし、半世紀近く、ゴールデン街で生きてきました。 "鹿児島生まれの江戸っ子"と言われ、気っぷの良さが、お客さんから人気です。 また、近所のママ達からも愛され,頼りにされています。 47年前、真紀さんは男から女への性転換手術を受けました。 あのカルーセル麻紀さんよりも早く、日本で性転換した草分けの人。 波瀾万丈の人生をおくってきました。 そんな真紀さんは、女になってから47年間、一度も故郷に帰っていません。 酔うと60年も前の母校の校歌を歌い、望郷の念は強いのに、ずっと帰れなかった…枕崎では、96歳になるお母さんが今も暮らしています今、会わなくては、もう時間がない…47年ぶりに、故郷へ向かうことになった真紀さん。 家族は受け入れてくれるのでしょうか?そして、母親との再会は- 【地上波放送日】2013年4月7日 ボクは梅湯の三次郎 <語り>斉藤由貴 消えゆく銭湯を守りたいと立ち上がった若者がいる。 湊三次郎25歳。 2015年5月。 廃業寸前だった京都の銭湯「サウナの梅湯」を引き継ぎ、たった一人で経営を始めた。 学生時代は全国600もの銭湯を巡った銭湯マニア。 大学卒業後、一度はアパレル会社に就職するも、銭湯の仕事がしたくて9か月で退職した。 その頃、以前のアルバイト先だった梅湯の廃業を聞き、ならば自分がと申し出たのだ。 しかし、客でいるのと経営するのは大違い。 銭湯経営の厳しい現実が三次郎を待ち受けていた。 朝の薪の荷卸しから番台、掃除と一日中、途切れない仕事。 そして最大の問題は、設備の老朽化によって、浴槽から水が漏れていたのだ。 しかし、どこから漏れているのか、業者を呼んでもわからない。 しかも、客足は伸び悩んだまま。 開店から半年、三次郎の口から「もう僕の力ではどうにもならない…」と廃業の危機が迫っていた。 若き銭湯経営者・三次郎の「タタカイ」の8か月を追った。 【地上波放送日】2016年6月12日 それでも母娘で生きてゆく <語り>武田祐子 日本一の温泉県として、全国にその名を轟かせる大分県。 しかし時は流れ、中でも別府温泉は不況の波にあえいでいました。 そんな別府で温泉旅館を営む、母と娘がいます。 温泉旅館「竹乃井」の名物女将、小川雅代さんとその一人娘、裕子さん。 女手ひとつで裕子さんを育ててきた雅代さんは、いずれは一人娘、裕子さんに「竹乃井」を託したいと願っていますが、なかなか言い出すことが出来ません。 実は2人の間には大きな心の溝がありました。 家族を守る為、従業員を守る為、仕事一筋に生きてきた雅代さん。 一方で、一人娘の裕子さんは母親の姿を追いながら、幼年時代からずっと寂しい思いをして成長してきました。 精神的に追い詰められた裕子さんはその成長とともに生活も荒れていき、深く傷付いていたのです。 そして、母親らしいことも殆どしてやれず娘を精神的に追いこんでしまった罪悪感に、雅代さんはずっと心を痛めて生きてきました。 そんな雅代さんは旅館「竹乃井」を守りぬこうと孤軍奮闘します。 しかし、実母のきくみさんが倒れ入院。 その介護に追われる中、不況による経営難など、ピンチが次々と雅代さんを襲います。 そしてついには雅代さんはダウン。 頑なだった裕子さんでしたが、そんな母親の姿を目の当たりにし、その心は揺れ動きます。 果たして裕子さんの決断は? 情緒あふれる別府温泉の四季を織り交ぜながら描く、母と娘の絆の物語です。 【地上波放送日】2017年1月15日 すしバカ、ハワイへ行く <前編> <語り>渡部建(アンジャッシュ) 東京・四谷にある名店「すし匠(しょう)」の主人・中澤圭二を本物の食通たちは、敬愛をこめてこう呼ぶ…「日本一のすしバカ」。 すしとは何か、その答えを見つける旅路に人生の大半を費やし、24時間365日、自分のすしがどうしたらうまくなるかをただひたすら考える。 だから一貫一貫に、気が遠くなるほどの時間と手間をかけ、その味わいは進化し続ける。 そして、世界の富裕層が集まるワイキキのしきたりとアメリカの流儀が中澤を苦しめる。 工事の遅れ、仕上げの荒さ、高額な保険料。 そして最大の苦しみは、魚の乏しさ。 ハワイに揚がる魚は、想像以上に質が悪い。 とは言え、築地から仕入れたのでは意味がない。 さらに、中澤を苦しめる訃報が届く。 修業時代からの無二の親友であり最大のライバルだった男、名店・青山「海味」の長野充靖がこの世を去った。 実は、長野は中澤のハワイ行きを反対していた。 中澤の心が揺れ始めた…。 【地上波放送日】2017年2月19日 すしバカ、ハワイへ行く <後編> <語り>渡部建(アンジャッシュ) 東京・四谷にある名店「すし匠(しょう)」の主人・中澤圭二を本物の食通たちは敬愛をこめてこう呼ぶ…「日本一のすしバカ」。 すしとは何か、その答えを見つける旅路に人生の大半を費やし、今も探し続ける。 しかし、世界の富裕層が集まるワイキキのしきたりとアメリカの流儀が中澤を苦しめる。 工事の遅れ、仕上げの荒さ、高額な保険料。 そして最大の苦しみは、魚の乏しさ。 ハワイに揚がる魚は、想像以上に質が悪い。 とは言え、築地から仕入れたのでは意味がない。 さらに、中澤を苦しめる訃報が届く。 修業時代からの無二の親友であり最大のライバルだった男、名店・青山「海味」の長野充靖がこの世を去ったのだ。 「圭ちゃんなんでハワイなんて行くんだよ」。 病床の長野が中澤にそう言ったことがある。 揺れ動く中澤…、だが、2016年9月、ついにリッツカールトン・ワイキキ内に新生「すし匠」が誕生した。 その日に至るまで4年に渡る中澤の格闘、葛藤、技の集大成をカメラは捉え続けた。 【地上波放送日】2017年2月26日 中年純情物語 ~地下アイドルに恋して~ <語り>林原めぐみ 地下アイドル「カタモミ女子」の活動から見えてくる、ファンとの激しくも熱烈な結付きの深さには驚かされます ライブ後の「物販」でCDやチェキで金を集め、握手で返す地下アイドルの姿には、メジャーではない道を選んだ彼女たちの大変さが伺えます よくある売れないアイドル物語に出てくるアイドルでさえ彼女たちにとっては夢見る存在なのです 途中でメンバーが辞めることがわかってから卒業発表までの期間、ファンは何も知らないのに、物事がどんどん動いてゆきます いつ彼らは事実を知るのだろう、その時どう反応するのだろう そんな思いを抱きながら進む番組のスリリングな展開はドキュメンタリーならではの真実味にあふれています、メンバーが辞めることを知った瞬間のファンの反応には胸打たれると同時に、奇妙なおかしさも感じられます、事実の持つ力とでもいうのでしょうか 番組全体を通して地下アイドルというあまり知られない世界を舞台に描かれる「きよちゃん」と地下アイドル「りりあ」の絆の深さには、新鮮な驚きを覚えます こういう形の喜びってありなのかも、そう思わせる一種奇妙で不思議な恋の物語です オタクの街・秋葉原を舞台にした大人の童話のような素敵な時間を楽しんでください 【地上波放送日】2015年7月5日 その後の中年純情物語 <語り>武田祐子 あなたには何か夢中になれるものがありますか? 2年前私たちが秋葉原で出会った53歳にして独身のサラリーマン、きよちゃんは地下アイドルに夢中でした。 お相手は23歳のりあちゃん。 りあちゃんはカタモミ女子という名のアイドルグループに所属し、店でファンの肩を揉みながらステージに立つ地下アイドルでした。 30歳も年下のアイドルりあちゃんに抱く胸のときめき、そしてその成長を見守る喜び。 きよちゃんにとって、それは人生で初めて体験する甘美な思いでした。 そんなきよちゃんの思いを、優しく受け入れてくれるりあちゃん。 中年ファンとアイドルという枠を超えた二人の不思議な結びつきに驚かされました。 しかしグループが解散する日が来ます、もう会えなくなります。 きよちゃんはサヨナラ公演の後、「夢のような日々でした」と語りながら涙しました。 あれから2年、二人のその後はどうなったのでしょうか? 今年55歳になったきよちゃんが地下アイドルりあちゃんに抱く子供のような恋心、その後の顛末を描きます。 【地上波放送日】2017年4月2日 泣き虫舞妓ものがたり4 <語り>上白石萌音 はんなり…明るく華やかに、日本の伝統を受け継いできた芸妓、そして舞妓。 京都には、芸妓や舞妓が暮らす花街(かがい)が五つあります。 中でも最古の歴史を持つのが、今回の舞台となる上七軒(かみしちけん)。 私たちが、上七軒にあるお茶屋「大文字」で取材を始めたのは、2004年でした。 「大文字」は、芸妓や舞妓が暮らす置屋、京都でいう「屋形」も兼ねます。 伝統や格式、礼儀を重んじる「花街」という厳しい世界で、舞妓さんが成長していく姿を、10年間に亘って追いかけ続けてきました。 2012年3月。 舞妓になるために、一人の女の子がまた「大文字」の門を叩きました。 三島果帆さん、15歳。 高校進学を勧める両親から反対されましたが、「生まれ変わってでも舞妓になりたい」と両親を説得、中学卒業後すぐに、この世界へ身を投じました。 花街で舞妓になるための修行は、厳しいことで知られています。 耐え切れず、舞妓になる前に辞めていく子も少なくありません。 果帆さんの修行は、最初から全てが順調でした。 幾つもの稽古初日、それぞれのお師匠さんから、出来の良さを褒める言葉を頂きます。 花街の言葉もきちんと覚え、礼儀作法もきちんと身に着けていく果帆さん。 正に優等生です。 入門2ヶ月、3ヶ月、半年…果帆さんの口から出てくるのは、「楽しい」という言葉だけ。 辛いとか辞めたいという言葉は、決して出てきません。 今まで10年間取材してきた女の子達は、例外なく全ての子が、修行の辛さに涙を流してきました。 涙の数だけ成長してきたのです。 ところが、果帆さんだけは、入門以来、涙を流すことがありません。 このまま順調に行ってくれれば、型破りの新人として、メデタシメデタシだったのですが… 一方、天真爛漫な笑顔が取り柄の、勝瑠こと、小川千鶴さん。 彼女は、ガラス細工のような繊細すぎる心の持ち主で、舞妓時代は、些細なことで直ぐに涙を流す、泣き虫でした。 誰が名付けたか、「泣き虫舞妓」。 舞妓は、芸妓になるための修行期間です。 千鶴さんは、流した涙の数だけ成長し、ようやく目標だった芸妓になることが出来ました。 そして、六年間の年季奉公も勤め上げ、「大文字」から独立。 今では一人前の芸妓として、活躍中です。 勝瑠さんは、果帆さんのことが心配でならないと言います。 舞妓としての修行時代、自分は沢山の涙を流したが、その時々で感情を溜めずに吐き出してきた、果帆さんの様に弱い部分を見せないのは凄いことだが、修行で抱えるストレスを外に出さないと、いずれ破裂してしまうのでないか… 果帆さんを預かる「大文字」の女将さんや勝瑠さんをはじめとする周囲の心配通り、やはり大きな壁がやってきました。 予想外の理由で、果帆さんは、入門以来流すことのなかった、大粒の涙を流すことになったのです。 その理由とは… 果たして果帆さんは、立ち直って修行を続けていくことが出来るのでしょうか… そして、初代「泣き虫舞妓」の勝瑠こと、小川千鶴さんが人生の大きな決断をしました。 なんと、花街での8年間の生活に終止符を打つというのです。 千鶴さんの身に一体なにが起こったのでしょうか… 10年に亘る長期取材。 彼女たちの成長物語を、京都の豊かな四季と共に描きます。 【地上波放送日】2014年9月14日 みんな泣いている3 ~玄さんと家族の旅立ち~ <語り>本仮屋ユイカ NPO法人ソーシャル・マイノリティ協会・新宿救護センターの代表を務める玄秀盛。 歌舞伎町のど真ん中であらゆる弱者の相談に乗る「駆け込み寺」だ。 3年目を迎えた救護センターの新たな発展を、玄は考えていた。 カフェを併設させて人々の語らいの場を作ることだ。 そのためにボランティア寄付などを募り、精力的に働きかけていた玄だが、ある日、大口の寄付の話が飛び込んでくる。 それを元に、かねてより目をつけていた歌舞伎町の物件の申し込みをしていた。 一方、神戸の家はとうとう手放さなければならなくなった。 競売で売主が決まったのだ。 神戸に戻り、家族とともに移転先の公団アパートを下見する玄。 これまでの家の半分以下の広さ。 しかし、今の玄には、大きな家を家族に用意するだけの金がない。 また家族を犠牲にしてしまった…。 引っ越しを決め、東京に戻った玄に信じられないような展開が待っていた。 子どもたちも再び、玄の仕事ぶりを見にやってきた。 自分の中に欠けていた「愛」というものに、センターの活動を通して気づいた玄。 そして、その「愛」を家族に向けて気負いもてらいもなく表現することができるようになった玄。 その玄を見つめる子どもたちの視線も以前のものより温かいものになっていた。 「犠牲になっている私たちのためにもやり遂げてほしい」。 玄秀盛・新宿救護センター4年目の新たな出発である。 資金難から1人で24時間相談の電話を取り続ける玄さんは悪戦苦闘する。 「新宿救護センター」歌舞伎町のビルにあったその場所は、玄秀盛さんの活動原点である。 DV、家出、借金など現代の縮図ともいえる様々な問題と、それを解決していく玄さん。 多忙な活動とは裏腹に、玄さんは資金難に悩まされていた。 たった一人で24時間、相談を受け付けていたことも…そして、神戸に残した家族の元へ2年ぶりに帰る玄さん。 そこには意外な再会が待っていた。 家族を犠牲にしながら、人のために生きるのはなぜか…。 【地上波放送日】2014年2月9日 花嫁のれん物語3 <語り>竹内結子 能登の老舗旅館に嫁いだ女性を追いかけた「花嫁のれん物語」シリーズ第三弾。 2011年冬。 弥生さんが和倉温泉の老舗旅館「多田屋」に嫁いで5年の歳月が流れていました。 弥生さんの夫である多田屋専務の多田健太郎さんとの間に生まれた長女、光希ちゃんも1歳になり、弥生さん自身も子育てが中心だった生活から、本格的に旅館の仕事に復帰する時期を迎えていたのです。 そんな弥生さんは女将業の他に、フロントや予約、その他館内の食事処であるレストランの仕切りなど、現場の全ての指揮を任されることになりました。 光希ちゃんも保育園に預けられ、弥生さんも本格的に現場復帰です。 しかし、東日本大震災の影響は観光業に大きな打撃を与えました。 日本中が旅行を自粛する様になり、多田屋も予約が取れず休館を余儀なくされるようになります。 台湾でスーパーマーケットを経営する実業家の末娘で、何不自由なく育ったように見える彼女だが、中学生の頃にいじめにあい、以来、他人に心を閉ざすようになった。 しかし、彼女を待っていた新婚生活は、言葉の壁、過酷な仕事、大家族との同居などの現実。 「東京ラブストーリー」を始め数々のドラマ音楽を手掛けた日向敏文氏が、今回この番組のために挿入曲を書き下ろした。 花嫁のれん物語4 ~夫・健太郎 社長への道~ <語り>藤木直人 能登の老舗旅館に嫁いだ女性を追いかけた「花嫁のれん物語」シリーズの4作目。 今回は夫である健太郎さんを中心に描きます。 2012年夏。 能登の老舗旅館の跡取り息子、多田健太郎さんが赴任先の東京の営業所から、弥生さん(旧姓:岡田弥生)との結婚を機に実家に戻ってきて6年が過ぎていました。 長女の光希ちゃんも2歳半となりすくすくと成長しています。 そして弥生さんは、多田屋の7代目になるかもしれない子を身ごもっていました。 少しずつ客足が戻ってきた多田屋でしたが、人出不足は相変わらずです。 従業員総出で書き入れ時の夏休みを乗り切ろうとしていました。 しかし、健太郎さんにとって父親でもある社長の多田邦彦さんが、まったく会社に姿を見せなくなりました。 どこに行ったのか家族はもちろん従業員も誰も知りませんでした。 そんな父親の姿勢に怒り心頭の健太郎さんは、もはや父親をあてにしないで、専務として多田屋を切り盛りし始めます。 多田屋の次期社長としての自覚が健太郎さんに、強く芽生えていたのです。 目標であり、憧れでもあった父親をいつか越えて、多田屋の6代目の社長として活躍したい。 それは、健太郎さんを信じて千葉から能登までついて来た妻、弥生さんの期待にしっかり応えたいという健太郎さんの気持ちでもありました。 しかしそんな健太郎さんに不満を持っている人がいました。 多田屋の料理の要、酒井料理長でした。 酒井料理長は、健太郎さんに不満をぶつけますが…。 そしてさらに、健太郎さんがやり手社長に認めさせようと企画したブライダル。 その本番当日に、トラブルが発生します。 しかも、そのトラブルは、健太郎さんとの確執がある酒井料理長しか収めることができませんでした。 社長不在の多田屋を守るために健太郎さんは悪戦苦闘します。 しかし、そんな時、社長が問題を起し多田屋を混乱させました。 業を煮やした健太郎さんは社長を呼んで…。 シリーズ4作目は、頼りない旅館の跡取り息子であった健太郎さんが、かつて言葉も交わせないほど怖かった父親を乗り越えて行く姿を描きます。 【地上波放送日】2013年12月1日 私、ツヨくなりました ~その後の花嫁のれん物語~ <語り>梅津弥英子 能登の老舗旅館に女将として嫁いだ女性の姿を追いながら、新しい家族との関わりの中で、「愛とは何か」、そして「家族とは」といった、普遍的なテーマを掘り下げて来た「花嫁のれん物語」シリーズ。 今回の放送は10年以上撮り続けてきた素材の中から秘蔵映像も含め、弥生さんが老舗旅館、多田屋を若女将として背負って立つまでを丁寧に描きます。 今から11年前、千葉県から嫁いできた弥生さんは、地元の古い風習である「花嫁のれん」をくぐり多田屋の嫁として迎えられました。 多田屋は、能登半島の付け根にある和倉温泉の老舗旅館を代々営む家族。 弥生さんは、将来的には多田屋を背負う女将として迎え入れられたのです。 夫である健太郎さんの母親は女将、そして祖母は大女将。 弥生さんはこの二人のベテラン女将に指導され、懸命に女将修行を積んでいきます。 しかし、弥生さんを大いに悩ませたのが、なかなか子供ができなかった事。 結婚して3年が過ぎても、多田屋の後継ぎとなる子供を授かることができなかったのです。 思いつめた弥生さんは人工授精に踏み切ります…。 一方で、多田屋にも問題がありました。 それは、社長である多田邦彦さんと息子であり後継ぎの健太郎さんとの間にあった父と子の確執でした。 そして、多田屋は不景気の波に押され、経営的にも追い込まれて行きます。 そんな能登の老舗旅館に嫁ぎ、成長してきた弥生さんの10年に渡る物語です。 【地上波放送日】2017年4月9日 しっくりくる生きかた <語り>水川あさみ きらら当時38歳。 きららの日常は、凄絶だった。 仕事は解体業。 生活をそこまで切り詰めるワケは、あることが原因で背負った450万円もの借金。 人生どん底…そんな彼女が、時折うっとりとした表情で口にする言葉…「しっくりくる」その言葉にこだわるわけは、24歳まで男性として生きてきた、きららの過去にあった。 38歳にしてようやくみつけた、しっくりくる居場所、しっくりくる自分の姿…それは小さなライブハウスにあった。 満たされた気持ち、幸せを感じていた。 そんな矢先のことだった。 事故に遭い意識不明の状態で救急搬送。 仕事を失い、借金が返せない。 焦ったきららは、とにかく1日で高額の収入が得られる仕事に手を出すが… 「しっくりくる」ただそんな感覚に嘘をつかずに、自分の人生を生きたいともがく彼女の1年半を追った。 【地上波放送日】2017年2月12日 生きてます17歳 ~井上母娘・自立へ~ <語り>大坪千夏 生まれた時の体重が500グラムの少女がいます。 井上美由紀さん。 未熟児網膜症という病気によって光を失いました。 一時は助からないと思われた命…。 しかし、母親(井上美智代さん)の強い想いによって、美由紀さんは元気に生育することができました。 母の願いは、自分が亡くなった後も、目の見えない美由紀さんが自立して生活していくこと。 そのために、母の厳しい躾がありました。 美由紀さんに、雑巾がけをさせたり、料理をさせたり。 自転車を運転させるなどという無謀なことにも挑戦させました。 美由紀さんは時々に母親に反抗します。 そしてケンカに発展。 その母娘の激しいやりとりは、他人がみたら漫才のように微笑ましいものでした。 それは、何があっても娘を守り抜くという母親の愛が根底にあったからです。 17歳になった美由紀さんは将来どのような方向に進むのか、自立への決断に向かう母と娘の姿を追った感動ドキュメンタリー番組。 【地上波放送日】2002年10月20日 わ・す・れ・な・い 明日に向かって~運命の少年~ <語り>武田祐子 フジテレビでは「わすれない」と題した検証特番・ドキュメンタリー番組をこれまで14本にわたり放送、あの悲劇の検証、そして被災者の姿と復興の歩みを伝えてきました。 その中で、2012年3月放送「わ・す・れ・な・い~それでも僕らは生きていく」、そして2013年9月の「わ・す・れ・な・い~明日の君に逢いたい」では、家族や仲間、故郷を失った子供たちの姿を取材、そこには、小さくも歩み進んでいく健気な姿が映し出されました。 そして今回は、子供たちがこの5年で彼らなりに乗り越えた悲しみ、気づいた「大切なもの」、見つめ始めた「未来」に迫ります。 主人公は宮城・石巻市に暮らす2人の少年です。 一人は、全校児童のおよそ7割が犠牲となった「大川小学校」で、津波から奇跡的に助かった「てっちゃん」こと只野哲也くん(当時小5)。 最愛の家族、母・妹・祖父の3人、そしてたくさんの学校の仲間を失いました。 てっちゃんは5年間、メディアの取材を受け続けました。 もう一人の主人公は、家族全員を失くし伯母と暮らすことになった辺見佳祐くん(当時小1)。 2人の子供たちの5年、祖して周りの大人たちの姿に映し出された、明日に向かっての「現実」と「希望」を見つめます。 【地上波放送日】2016年3月6日 せいらの結婚 <語り>武田祐子 不仲の両親を見て育ち、結婚に憧れや夢を抱けなくなった女性がいます。 今回の主人公は、我那覇せいらさん、28歳。 彼女は幼い頃から争う両親の姿に心を痛めてきました。 こんなせいらさんでしたが、彼女の心を溶かす男性が現れました。 日本では数少ないプロのライフガードの音野太志さん、39歳。 11歳年上の太志さんと出会い、せいらさんは変わりました。 この上なく優しい太志さんと居る時、せいらさんは自然体でいられます。 太志さんからプロポーズをされ、せいらさんは太志さんと生涯を共にする決心をします。 ハワイで結婚式を挙げるために貯金をしていた二人を悲劇が襲います。 婚約者の大志さんが、野犬を車ではねてしまったのです。 ひき逃げしようかと考えましたが、優しい大志さんにはそれはできませんでした。 二人で貯めた結婚資金の全てを野犬の治療費に費やしたのです。 4時間に及ぶ大手術は無事に成功し、この野犬をマロと名付けて二人で育てることにしたのです。 しかし、半身不随となったマロの介護、治療やリハビリにかかるお金は想像を絶するものでした…。 行き詰ってしまうせいらさん。 でもマロは、最後に奇跡を起こすのです。 それは…。 【地上波放送日】2016年3月13日 夢を追う男、ついてゆく女 <語り>武田祐子 今回の主人公は、望月六郎さん(58歳)と、妻の克美さん(58歳)。 望月六郎といえば、ピンク映画から劇場用映画へと成り上がり、奇才と謳われた知る人ぞ知る映画監督。 1985年に「本番ビデオ、剥く」で鮮烈デビューを果たし、自伝的映画「スキンレスナイト」では海外から高く評価を受けた。 しかし、結婚して10年。 六郎さんは突然、演劇界へ進出。 踊り・歌・芝居で魅了する「踊り子女優化計画」をぶち上げます。 そして、劇団成功のあかつきには、俳優養成所を作るという壮大な夢を計画していたのです。 しかし、現実は違っていました。 公演をする度に赤字の連続。 克美さんは劇団のプロデューサーとして支えますが、劇団経営は全くの素人。 次の公演を行うには借金するしか方法がありません。 まさに火の車状態でした。 六郎さんは作品の内容にこだわるあまり脚本が遅れ、集まってくれた出演者にも迷惑をかける始末。 望月家は、夫婦と克美さんの両親の4人家族。 生活費は両親の年金と克美さんが介護ヘルパーの仕事で稼いだわずかなお金。 ところが、勝負を賭けた公演の最中、同居している母・静子さんが倒れ、緊急入院する事態が発生。 さらに、劇団10年目を迎えた節目の公演前に看板女優が突然退団したいと申し出てきたのです。 果たして、夫婦の運命はいかに…。 【地上波放送日】2016年8月21日 私、人生変わりました。 <語り>武田祐子 あなたには、夢中になれるものありますか? 取材を始めた時、晴吉はまだ16歳。 地元ではちょっと知られた不良でした。 学校、家族、友達…。 今の生活に何の不満もないのですが、なぜか心は満たされなかったのです。 ところが、ある人との出会いが晴吉の人生を大きく変えることになります。 スケさんは、39歳。 妻とは13年前に離婚。 以来、18歳の娘・沙希さんを一人で育ててきました。 スケさんの今の悩みは、沙希さんの進路。 卒業後は、実家を出て東京に働きに出たいと言い出したのです。 でも親子には、絆を結ぶ意外な趣味が…。 それは一体? 達也さんは、43歳。 妻と離婚し、今は一人暮らし。 仕事以外のほとんどを家で過ごしてきました。 でも、そんな達也さんを外に連れ出すある出来事が…。 それは、何だと思いますか? 【地上波放送日】2016年12月11日 横断5500キロ!僕の知らないアメリカ <語り>清水御冬 トランプ大統領の誕生によって、全世界の脚光を浴びる事になったメキシコとの国境と壁。 今、この国境近くに暮らす両国の人々は、何を思い、暮らしているのでしょうか。 今回の舞台は、そんなアメリカ側から見たメキシコとの国境線。 テレビディレクターの清水御冬がロサンゼルスを起点に東へ5500キロ、車、バス、列車を使って撮影を続けました。 国境の壁付近で、一体、何が起きているのか。 その長い道中で見えてきたもの。 それは、意外な事ばかりでした。 なぜかトランプ大統領を指示するメキシコ人家族。 一体なぜ?いとも簡単にメキシコに入国出来るアメリカ人。 この初老男性は、メキシコ人の恋人に会いに、国境を越えます。 そして、海まで続く国境の壁。 知られざるアメリカ。 緊急ドキュメントです。 【地上波放送日】2017年3月26日 われら百姓家族~子どもたちの15年~ <語り>松本明子 脱サラした父親と共に兵庫県の山村に移り住んだ6人の子供たち。 15年後…当時10歳だった双子の姉妹は24歳になった。 都会で暮らす彼女たちの心の中には… 30年近く前、脱サラして兵庫県の山村に移り住んだ家族がいます。 田畑を耕し、炭を焼き、鶏を飼う、一家は自給自足の生活を続けてきました。 子どもは6人。 母親は山の生活に馴染めず離別。 それからは父親と兄弟が力を合わせ生きてきたのです。 取材を始めたのは、15年前、当時末っ子の双子、あいちゃんとれいちゃんは10歳でした。 2人は、畑仕事や鶏の世話、そして家事をこなし、一家の労働の一部を担っていました。 そのため、2人はほとんど学校にも通わず、大人になりました。 その2人は、現在24歳。 都会に暮らしています。 一見すれば、都会に馴染んだ今時の女性。 しかし山村の価値観とは全く違う都会の生活に、あいちゃんは…。 【地上波放送日】2014年3月2日 シンデレラになりたくて… <語り>千葉雄大 人生を変えるために、美容整形を決意した若き女性たちがいます。 顔を変えてまで、今の自分と決別したい10代女性の整形事情とは…。 女性たちが救いを求めたのは「整形シンデレラオーディション」。 手術費は全額無料。 ファイナリストに選ばれれば、来場者3万人を超えるイベント「ガールズアワード」でランウェイを歩くことができ、さらにグランプリには賞金300万円が手渡される、まさに、現代のシンデレラストーリー。 2回目の開催となる今回は230人の応募者が集まりました。 市川睦さん。 年齢は19歳。 中学3年の時に顔の事でイジメを受け、高校に進学するも中退。 その後、仕事にも就かずに、いまは一日中メイクを繰り返す生活を送っています。 メイクが決まらないと、外出できないからです。 そんな自分の顔のコンプレックスを、すべて母親のせいにする睦さん。 親子の関係は破綻していました。 今の自分を変えるため、決心した美容整形。 母親との絆は修復することが出来るのでしょうか? もう一人は、後藤華さん。 19歳。 小学3年生から、10年間の引きこもり生活を続けています。 キッカケは友人の何気ない一言。 美容整形によって、華さんは外に出られるようになるのでしょうか? 顔のコンプレックスに囚われて、外の世界に踏み出せない二人の女性を追いました。 【地上波放送日】2017年4月30日 シンデレラになりたくて… <語り>千葉雄大 女性にとって身近になった美容整形。 自分を変えたいと強く願う女性たちが、美容整形の先に見るものとは? 昨年4月、日本最大級のファッションイベント「ガールズアワード」で異色の女性たちがランウェイを歩きました。 彼女たちは全員整形をした女性たち。 「整形シンデレラオーディション」と題されたこのイベント、手術費は全額無料、さらにグランプリには賞金300万円手渡される、まさに現代のシンデレラストーリーです。 馬場汐音さン。 23歳。 ボーイッシュに見られるのが悩みで、整形シンデレラに応募しました。 順調にオーディションを勝ち進む汐音さん。 しかし彼女には、ある秘密があったのです。 実は性同一性障害で一年前まで男性だったのです。 体も戸籍も女性になった今、女性らしさを追求する汐音さん。 夢のランウェイを歩くことが出来るのでしょうか? もう一人は、田中その子さん。 年齢は19歳。 若手女優 として芸能界に身を投じるも、自分の容姿に限界を感じ、「整形シンデレラオーディション」に夢を賭けました。 そして、後藤華さん、19歳。 小学3年生から10年間にわたる引きこもり生活を続けていた彼女は、美容整形によって、その生活から脱出。 グランプリの賞金300万円で海外留学し、失った学生時代を取り戻したいという夢を抱いていました。 はたして彼女たち3人は憧れのランウェイを歩くことができるのでしょうか!? 【地上波放送日】2017年5月7日 崩壊の音が聴こえる~さ迷う家出少女たち~ <語り>林原めぐみ 東京渋谷、2012年を迎えるカウントダウン。 深夜12時前、駅前のスクランブル交差点やセンター街には、新年を祝う若者たちで溢れ返っていた。 お祝いムードの街中で一人、人ごみから少し離れた場所で携帯を見つめている女性がいた。 NPO法人bond(ボンド)プロジェクト代表、橘ジュンさん。 彼女のもとに「私何で生まれてきたの?」「いいことなんて何一つない」といった、生きづらさを訴えるメールが届いていた。 ボンドプロジェクトでは、家庭環境・生活環境で精神的な拠り所のない少女たちを保護し、人間関係の不信感に対するメンタルケアやカウンセリングを実施している。 橘さんは、週末、夜の繁華街を歩き、気になる少女を見つけては、声をかけ、話を聞いている。 橘さんも18歳の時に暴走族のリーダーを務め、大人たちに対する不信感を抱き続けていた一人だった。 自身の経験を活かし、同じような境遇の少女たちの話を聞き続け、今の子達には仲間がいなくて孤立した子が多いと感じていた。 その後ライターに転身し、社会から孤立した少女たちの声を聞き続け、ますます助けたいという気持ちが強くなっていった。 話を聞く少女たちは、援助交際やリストカット、OD(薬物過剰摂取)などといった、広い意味での自傷行為を繰り返している子たちが多い。 橘さんは「街角をさ迷う少女たちの支えになりたい」と3年前にボンドプロジェクトを立ち上げた。 週一回実施している電話相談には、彼女の噂を聞きつけ全国から悩みを抱えた少女たちからの電話が絶えない。 渋谷の街で出会った二人の家出少女、カオルとミカ。 大人たちに窺い知れない部分で、孤独に陥り、自分の居場所や価値観を見つけられずにさ迷う。 少女たちは何を思い、どこに向かおうとしているのか。 彼女たちの不安や葛藤、声にならない思いは、現在、『家族』というものが崩壊している事を物語っていた。 橘さんはどのように彼女たちと向き合い、どのような言葉をかけるのか? 【地上波放送日】2013年2月10日 僕がホストになった理由~大阪・ミナミ青春物語~ <語り>伊藤蘭 2005年・夏、大阪ミナミの歓楽街に巨大ホストクラブがオープン。 そこに集まってきたのは、人には言えない過去を持ったワケありの若者たち。 しかし、その裏には不器用だけど熱くて人情味溢れる、ナニワの青春模様がありました。 番組では、200人のホストが在籍する関西最大のホストグループのホストたちに密着。 嘘や大金が飛び交い、うわべだけの華やかさに目を奪われがちなホスト界。 「ホストこそ基本的な人間性が大事」だと考える若きオーナーホストが、複雑な家庭関係に悩むホストや、家出同然で九州からやってきたホストなど、夜の世界を必死で生き抜こうとするワケありの若者たちに体当たりで挑んでいきます。 新人ホストが捨てたはずの過去と正面から向き合い、そして共に故郷の両親を訪ね、家族関係のわだかまりを修復すべく奔走。 そんなオーナーの熱意がいまどきの新人ホストたちに伝わり、失いかけていた家族への思いを蘇らせていきます。 失意と困難を乗り越えるナニワのホストたちの七転八倒人生に迫ります。 【地上波放送日】2006年1月22日 僕がホストになった理由2 友情と裏切りの街角 <語り>伊藤蘭 関西最大のホストクラブ「プリンスクラブ 紫苑」。 そこには一攫千金を求めてさまざまな若者が集まってきます。 借金を抱えた者、家庭に問題を抱えた者、家出同然の者など。 そんな若者たちを、ホストとしても人としても一人前に育て上げようとするオーナー・井上敬一、31歳。 かつては月収1600万円を誇ったナニワの伝説的ホスト。 彼は、悩みを抱えたホストに、まるで学校の先生のように熱いハートで接します。 そんな敬一に対して若者たちが徐々に心を開き、成長していきます。 しかし、オープンから1年が経ったホストクラブをのぞいてみると…ホスト同士のけんかやもめごとも増え、人間関係がくずれはじめていたのです。 そして敬一の方針に反発するホストの出現。 それは敬一がもっとも信頼を寄せていた教育係のホスト・タクマでした。 ベテランホストと新人との間には確執が生まれていたのです。 そんな中、タクマが新人ホスト・アイルとけんかをし、「辞めてしまえ」と怒鳴りつけてしまいます。 その後アイルは店に来なくなってしまいました。 それだけではありません。 タクマは店で酔っ払ってお客さんにケガをさせてしまったのです。 さらに苛立つタクマは体調を崩し入院してしまいます。 敬一はそんなタクマを、ホストの仕事をしてからまったく連絡をとっていなかった長崎の実家の母のもとへ連れて行きます。 しかし、母はまったくとりあってくれません。 悩み苦しむ敬一。 そして自分自身の気持ちを引き締めるためにも、なんと、敬一は自分の頭を丸めます。 そしてタクマがケガをさせてしまったお客さんに謝罪に行き、もう一度タクマの母のいる長崎へ。 なんとかタクマの母から理解をもらった二人。 タクマはそんな敬一の姿を見て、店に来なくなった新人ホスト・アイルを取れ戻すため、彼の実家を訪れるのでした…。 【地上波放送日】2006年10月22日 特選 女たちの約束~45年後の共同生活~ <語り>宮崎あおい かつて大阪でバスの車掌さんをしていた15人の少女達が、老後も一緒に暮らす約束をした。 45年後、お金を出し合って共同住居を建てた。 それぞれの人生をドキュメント。 見かけ上逆転しているが、男女であるため、戸籍上の結婚には問題ないのだ。 そんな二人には今、切実な悩みがある。 結婚した当初は、二人とも30代、40代の女盛り、男盛りで、このシリーズの第1弾が放送されたのが2008年だった。 それから8年が経ち、2人はタイトル通り、老いが迫りくる50代、60代になった。 今回は、就職難、生活苦、その世知辛い今を伝えながら、今までの過去三回のシリーズでは明かされなかった秘密の過去を再現ドラマで描く。 そこには、バブル全盛の頂点からの都落ち、恋人との破局…同性愛ならではの壮絶な苦悩と悲劇もあった。 同性愛者として生きる道を決心したものの、世間の波に翻弄され、自らの性に悩み、傷ついていく若き日の姿と老いの現実、そして二人の絆、ご期待ください。 【地上波放送日】2016年5月1日 マキさんの老後~絶望と希望の旅立ち~ 前編 <語り>武田祐子 ご存知、ゲイのマキさんとレズビアンのジョンさんの逆転夫婦。 2人は、老いが迫りくる50代後半、60代半ばになった。 忍び寄る肉体の衰え、二人の老後への不安と生活苦の中で、マキさんは、この状況から脱却しようと、かつての仕事仲間と滝行を決意する。 だが、それを知ったジョンさんは、マキさんと大げんか。 一体、ジョンさんに何が…? そんな中、マキさんは母校の早稲田大学に向かう。 当時、早稲田に通いながら、夜の六本木で仕事をしていたバブル全盛の頂点と、そこからの都落ち、恋人との破局…同性愛ならではの苦悩と悲劇。 マキさんの青春時代、学生時代の栄光と転落をマキさんは語りはじめる。 同性愛者として生きる道を決心したものの、世間の波に翻弄され、自らの性に悩み、傷つき、もがくマキさんとジョンさんの老いの現実をご覧下さい。 【地上波放送日】2017年6月4日 マキさんの老後~絶望と希望の旅立ち~ 後編 <語り>武田祐子 2008年放送から続く大人気シリーズ「マキさんの老後」。 ご存じ、おかまの夫、マキさんとオナベの妻、ジョンさんのあべこべ夫婦が主人公。 2人は、老いへの不安と生活苦の中でもがき苦しんでいた…。 そこへ、番組を見てマキさんに興味を持ったという1人の男優が現れる。 ポルノの帝王と呼ばれる久保新二さんである。 同性愛者の老いや多くの哀れな末路に、自らにも忍び寄る老いも重ね合わせ、2人に共感するものがあるというのだ。 久保さんは、マキさんに自分の舞台に出演するようお願いをする。 だが、この9年余、定職も持たず、ジョンさんの世話になってきたマキさんの煮え切らない態度に久保さんは怒り爆発、仕事の依頼もよそにマキさんをののしり始めてしまう。 痛いところを突かれたマキさんは、帰宅し、今度は、ジョンさんに八つ当たり、最悪の事態に…。 だが、強引で老獪な久保さんの話術にマキさんは、ついに老骨にむち打ち、ステージに立つ決意をする。 果たして、マキさんは、ショーダンサーとして復活できるのか…。 同性愛者として生きる道を決心したものの、世間の波に翻弄され、自らの性に悩み、傷つき、もがく老いた同性愛者2人のつらい現実と深い絆を描きます。 【地上波放送日】2017年6月11日 母さん!なぜ僕を捨てた4 ~母の幸せ~ <語り>宇梶剛士 昨年夏。 小林友和(21歳)、利男(29歳)兄弟の下から失踪した母・信子(57歳)が茨城県潮来市で見つかった。 母の暮らす家には知らない男性が一緒に住んでいた。 男性が言うには、駅のベンチで寝ていた信子さんを可哀想に思い、家に連れてきたという。 男性は「母を大切に思っている」という。 幸せそうに暮らしている母の姿を見て複雑な思いになる友和。 男性の名は、高橋進(64歳)。 妻と別れて30年前に北海道から出稼ぎで上京し建設関係を転々としながら暮らしてきた。 彼自身も友和と同じように母とは音信が途絶え、今は連絡先もわからないという。 アルコール依存症の母に酒をやめさせ大事にしてくれる高橋さん。 そんな彼に友和は感謝し、父の姿を重ねた。 一方、友和は一緒に住む兄・利男さんとの関係に溝ができはじめていた。 そして友和は置手紙を残し、一人暮らしに戻った。 そして再び信子さんがいなくなった。 高橋さんには心当たりがあったようで、ある男性の家を訪ねると、母はそこにいた。 高橋さんの目を盗んで再び酒に手を出し、男性の家に行ってしまったという。 信子さんに裏切られた高橋さんの怒りと失望。 「お母さんをよろしくお願いします」と頼まれた高橋さんは友和に合わせる顔がないと嘆くがそのことはすぐに友和の耳に入った。 友和は母をアルコール依存症の人たちの集まりにつれていき、母と高橋さんの暮らしは落ち着きを取り戻しつつあった。 友和と信子さんの関係を見ていて、高橋さんも 会っていない北海道の母に信子さんを紹介しようと旅立った…。 【地上波放送日】2006年12月10日 母さん!なぜ僕を捨てた特別編 ~運命の家族~ <語り>宇梶剛士 2004年から取材を続け、過去4回放送してきた話題作「母さん!なぜ僕を捨てた」。 数奇な運命をたどる母と子の物語に、息子の「今」を加えた特別編です。 塗装工として働いていた小林友和。 彼は5歳の頃、兄と共に養護施設に預けられ、母親は音信不通になっていた。 しかし2003年、18歳のとき母・信子(当時54歳)を捜し当て、ついに再会を果たす。 しかし母は友和たちを預けた後、離婚し、さらに酒に溺れアルコール依存症に悩んでいた。 そんな母と友和は翌年、13年ぶりに一緒に暮らし始める。 しかし収入の乏しさに加え、アルコール依存の後遺症が残る母との生活が次第に重荷になる。 それを察した母は、ある日友和の元から姿を消してしまった。 2005年春、母が無銭飲食で捕まって保護されていると警察から連絡が。 引き取りにいく友和と兄(当時28歳)。 そして兄は長男としての責任を感じ、母と同居することを決める。 しかし間もなく、兄も母との生活に悩み、今度は兄が失踪してしまった。 兄を探し出し連れ戻した友和は、6畳一間の自分のアパートに母と兄を引き取り、家族3人の生活が始まった。 一皿に盛った目玉焼きをつつきながら3人で食べる夕食。 貧しくても家族3人で暮らす生活に友和は、生まれて初めて「家族の絆」を感じる。 狭い部屋での3人暮らし…暮らしやすさを求めて友和は、広いアパートへ引っ越すことに。 ところが引越し2日前、またもや母が失踪してしまう。 「長男の自分がふがいないから友和や母を幸せに出来ない」と自分を責める兄…。 翌年、母が今度は、見知らぬ男性と一緒に暮らしていることが分かる。 しかし、その暮らしは以外にも幸せそうだった…。 それから5年。 2011年、26歳になった友和は、道路の舗装工事の仕事をしていた。 彼は現場を仕切るような立場になっていた。 そんな友和には、新たな目標ができていた…。 【地上波放送日】2011年10月9日 母さん!なぜ僕を捨てた ~幸せのカタチ~ <語り>宇梶剛士 幼い頃から児童養護施設で育った一人の青年が、行方知れずの母と兄弟を探し出し、自らの力で再び「家族」を作ろうと懸命にもがく姿を14年間、追い続けたドキュメンタリー・シリーズ「母さん!なぜ僕を捨てた」。 これまで過去5回にわたり放送してきたその完結編となる今回は、32歳になった主人公・小林友和さんが今、ついに手に入れようとしている「幸せ」を描く。 友和さんの取材が始まったのは2003年・夏。 養護施設を出て塗装工の仕事をしながら一人暮らしをしていた当時18歳の彼が、ふとしたきっかけで13年間、音信不通だった母・信子さんの住所を知ったことが物語の始まりだった。 すぐにその住所を頼りに母親のもとを訪ねる友和さん。 しかし、そこで目にしたのは、重度のアルコール依存症に苦しむ母の姿だった。 友和さんは、母とともに暮らすことを決意。 しかし…家族の記憶がない彼と母の生活はすぐにほころびを見せる。 その生活に友和さんの兄も加わり、彼らは新たな「家族」を作り上げようと懸命に模索を続けるが、アルコール依存症が癒えない信子さんは度重なる失踪騒動を起こし、共同生活はついに限界を迎えてしまう。 それから10年以上の月日が経った今年2月、友和さんはある決意を固めていた。 好きなだけ寝て、好きなことして過ごしたい」という思いを綴った「ニートの歩き方」(技術評論社2012)で、日本一有名なニートになったpha(ふぁ)さん、34歳。 (phaはインターネット上のハンドルネーム)。 京都大学を卒業後、就職するも、28歳で会社を辞め、定職を持たずに暮らしている。 ニートというと、ネガティブないめージが強いが、phaさんやその仲間たちは、「お金がなくても楽しく暮らす方法」を実践している。 Phaさんの収入源は、ブログの原稿料や広告料、たまにするバイトなどで月8万円ほど。 月8万円しか収入のないライターといえば、苦しそうだが、ニートなのに月8万円も収入がある、と考えたら結構いいのではないか、要は考え方次第だと言う。 食べて行くのに必要なギリギリの分だけ働いて、ゲームやマンガを楽しみ、お金をかけずに仲間と遊ぶ毎日だ。 額に汗して働くことを是としてきた世代からは批判されるが、格差が広がり、過労死、鬱病、引きこもり、高い自殺率など、資本主義が揺らぎ始めているなか、彼の生き方は人間らしい暮らしを取り戻すための挑戦にも見えてくる。 「弱い者は集まっていると死ににくい」「家族以外と暮らす方法もある」といい、仲間とシェアハウスに暮らす。 そんな生活なのに、彼は田舎に別荘を持っている。 費用はほとんどかからずに手に入れたという。 夏休みや正月は仲間とゆっくり田舎で過ごす。 Phaさんのまわりには、彼のように「お金にしばられずに」好きなことをして暮らす人たちが多い。 鈴木健太郎さん(31歳)もまた、お金をほとんどかけずに、東京・檜原村にゲストハウスをオープンした。 元は、「チームラボ」というIT業界の最先端が職場だった。 死ぬほど働いていた生活をやめて、田舎暮らしを選んだ。 彼らのように「働きすぎず」「お金がなくても楽しく暮らす」若者がじわじわと増えつつある。 働き続けてきた大人たちが築き上げたこの国がゆらぐ今、彼らの生き方は是か非か。 【地上波放送日】2014年7月13日 会社と家族にサヨナラ…ニートの先の幸せ 前編 <語り>又吉直樹 今回の主人公は、日本一有名なニートpha(ふぁ・ハンドルネーム)さん。 名門、京都大学を卒業しているのに、「働かない」生活を「ザ・ノンフィクション」では、2014年7月に「お金がなくても楽しく暮らす方法」で放送。 あれから3年。 phaさんは、以前、仲間達とシェアハウスに暮らしていましたが、今は、練馬区から浅草に近い都心のビルに引っ越していました。 そこは、ビルの1階、倉庫やガレージとして使われていた空間です。 彼らなりの工夫をして、面白おかしく生活を始めました。 phaさんはライターとして、自身の暮らしぶりを綴ったり、インターネット放送をチェックするバイトをしたり、相変わらず、定職にはつかずにいます。 一方で、働けない人、お金がない人のために、手軽に暮らせるスペースを作ったり、バイトの斡旋なども行っていました。 phaさんのモットーである、「弱い者は集まっていると死ににくい」を実践していたのです。 phaさんの仲間達にも変化が訪れていました。 定職につかず、webで漫画を発表していた小林銅蟲さんは、ついに漫画家のアシスタントとして働き始めました。 10年近く引きこもっていた銅蟲さんを変えたのは…?そして、銅蟲さん、さらなる変化をつづけ、ある大きな出来事が起こります。 働き始める人もいれば、そのままノンビリ暮らす人もいる。 phaさんとその仲間たちの新しい生き方を4年間追いかけました。 【地上波放送日】2017年6月18日 会社と家族にサヨナラ…ニートの先の幸せ 後編 <語り>又吉直樹 日本一有名なニート、pha(ふぁ・ハンドルネーム)さん。 名門、京都大学を卒業しているのに、「働かない」生活を送っています。 「ザ・ノンフィクション」ではphaさんの暮らしを2013年から4年間に渡って取材してきました。 前回の放送で(6月18日)、phaさんが練馬の一軒家から、秋葉原に近い、ビルの1階の倉庫に引っ越したところまでを紹介しました。 後編では、その後の彼らの意外な暮らしぶりをお届けします。 引っ越しから1年(2016年)、倉庫を改装したphaさんは、なんとバイトをしていました。 彼がバイトを始めた理由とは…?そして、phaさんは、あらたに「行き場のない人達のための住み処をつくる」ために、倉庫を改装、次々とスペースを広げていました。 新しい住人も増え、ギークハウスはますますにぎやかに。 その頃、小林銅蟲さんは、人気漫画家・松浦だるまさんのアシスタントを始めていました。 「働くことは苦手」と言っていた銅蟲さんですが、果たしてうまくいくのでしょうか。 その後、松浦さんの仕事場でまかない飯も担当することになり、これがきっかけで、銅蟲さん、いよいよ人気漫画雑誌での連載が…。 さらに、私生活でも大きなイベントを迎えました。 「働きたくない」「社会が苦手」というphaさん達ですが、それぞれのやり方で、自分の好きな生き方を実現しています。 彼らは一体どこにたどりつくのでしょうか? 【地上波放送日】2017年6月25日 特選 おっぱいと東京タワー ~私の乳がん日記~ <語り>石田ひかり 「私」は40代の独身テレビディレクター。 故郷の広島を離れ、仕事漬けの日々を送りつつ、心の中はいつも結婚、出産への焦りや、仕事でもっと成功している人への嫉妬で一杯で、いわば「自分の欲深さに苦しめられている」毎日を過ごしていた。 43歳で子宮筋腫のため子宮摘出。 44歳で列車事故に遭い骨盤骨折。 そして45歳で告知された乳がん。 しかし、死すら覚悟したこれらの経験は、「私」の心に、想像もしなかった変化をもたらしてくれた。 「私」の幸せのハードルは下がり、ささやかなことにも幸せを感じられるようになったのだ。 番組は乳がん闘病の様子を密着した映像を中心に、「私」の心の軌跡を「私」自身が語る一人称形式で描いていく。 ニューヨーク・フェスティバルで銀賞受賞。 2年後の彼女は… 【地上波放送日】2011年8月7日 渋谷黄昏ぱらだいす2~円山芸者の心意気~ <語り>谷原章介 東京、渋谷。 ファッション、カルチャー、ムーブメントなど情報発信地として全国の若者が集うこの街にひときわまぶしいネオンを放つエリアがあります。 渋谷円山町。 またの名を「ラブホ街」。 ホテルが乱立するちょっと怪しい場所。 しかし、この街に一歩足を踏み入れると、ネオンの間に一昔前、隆盛を謳歌した名残がひっそりと残っています。 雨戸を閉め切ったお屋敷の数々とそれを見守るように立つお地蔵様。 そう、ここはかつて、100軒以上の料亭が立ち並び、夜な夜な人々の笑い声と三味線の音色がたえない花柳界の街でした。 艶やかに振舞っていた芸者は、最盛期には400人いました。 しかし、現在はたったの2人。 三味線弾きの「小糸姐さん」と日本美人で踊りの名手でもある「鈴子姐さん」。 そのほかはみな、時代から取り残されていく花柳界に未練を残しながらも辞めていきました。 芸者を呼べる料亭もたったの2軒。 元料亭を営んでいた女将も「やっても客が来ないよ、客層が変わっちゃったね…」とポツリ。 残された2人の芸者、小糸姐さんと鈴子姐さん。 しかし、その小糸姐さんも年齢的なものから膝の容態が芳しくありません。 正座していることさえままならない状態です。 「芸者は手をついて立つとか、足が痛いとか言ったらもうダメよ」と小糸姐さんがポツリ。 でも体が動かなくなるまでやるつもりです。 一方、鈴子姐さんも「仕事になってないですよね、日本の芸は」とポツリ。 現状を打破したくても思うようにいかないこの世の中。 このままでは渋谷円山の花柳界が消える。 残された鈴子姐さん、ある捨て身の行動にでました…。 【地上波放送日】2006年7月30日 渋谷黄昏ぱらだいす ~2013愛と想い出の街~ <語り>安藤サクラ 渋谷駅東口に新たな巨大商業施設「ヒカリエ」が誕生した。 若者の街と云われて久しい渋谷の人の流れがまた変わり、よりビッグシティに変貌していく。 駅前のスクランブル交差点も今日もまた大勢の若者たちで賑う。 その一方、実は、渋谷は老人たちにも大人気の街なのだ。 今回は4人の元気な老人にスポットをあてました。 道玄坂の中ほど、雑居ビル4階にある麻雀店「ガラパゴス」では、「賭けない飲まない吸わない」を合言葉に「健康麻将」大会が開かれていて、老化防止のために訪れる大勢の年寄りたちで連日、満員の盛況ぶりだ。 なんと客の平均年齢は70歳代半ば!80代後半、90代なんて老人もザラ。 中には今年12月に満100歳を迎える超元気なお婆ちゃんもいる。 【地上波放送日】2013年4月21日 「負けるな!泣き虫三姉弟2」~楽屋は人生の教室だ~ <語り>貫地谷しほり 「子供たちに自分たちが残してやれるものは何なのか…親として恥ずかしくない背中を見せたい」。 こう語るのは大衆演劇の世界で活躍する、長谷川武弥劇団の女総座長・愛京花(あいきょうか)31歳。 劇団の看板女優であり、3人の子供の母親でもある。 長女・未来(みらい小4)と次女・詩音(しおん小1)は小学校に通いながら、長男・愁(しゅう6歳)も幼稚園には通わず、劇団の子役としてみんな舞台に上がっている。 「舞台に上がる以上は一人前の役者」。 愛の指導はとても厳しく、泣いても容赦はしない。 しつけもしかり。 愛の教育方針は学校優先。 親も大衆演劇の役者で、幼い頃から子役として舞台に立っていた愛。 学校にはほとんど行けず、遠足や運動会に参加することも出来なかった。 イジメにあい、友達もいなかった。 「自分と同じ経験を子供たちにはさせたくない」。 結婚する時の夫との約束だった。 夫の長谷川武弥(たけや)49歳も役者。 愛とは対照的で、子供たちにはとても甘い。 劇団は総勢14名。 ひとつ屋根の下で寝食をともにしながら生活をしている。 公演は一箇所一ヶ月、終わるとトラックで引越し。 日本全国をまわる。 1年で計12回、小学生の未来と詩音は12校を転校する。 毎月繰り返される出会いと別れ。 「母と同じ道を歩んで立派な役者になりたい」と未来は言う。 子供たちにとって楽屋は宿題をしたり、ご飯を食べたり、芝居の稽古をしたり、怒られたり、泣いたり、笑ったり、ケンカしたり…学校では学ぶことの出来ない人生勉強の場でもある。 取材開始から2年。 最初の頃は、泣いてばかりいた三姉弟。 未来は芝居の上達ぶりが目ざましく、そんな姉に妹の詩音はライバル意識を燃やしている。 舞台に立つのを嫌がっていた弟の愁もだんだんやる気を出して、日々成長している。 「子供たちに残してやれるものは何なのか…親として恥ずかしくない姿を見せたい」 子供たちに強烈なメッセージを送る母の姿を、長女・未来の目線を通して描く。 【地上波放送日】2012年4月15日 「負けるな!泣き虫三姉弟3」~新スター誕生~ <語り>冨永み~な この番組は、2011年2月「負けるな!泣き虫三姉弟」、2012年4月「負けるな!泣き虫三姉弟2」として放送された回の続編です。 アベノミクスもままならず、長引く不況の陰はこんなところにも…。 大衆演劇の世界で活躍する長谷川武弥劇団。 総座長は愛京花(34歳)。 劇団の看板女優であり、3人の子供の母親でもある。 夫も座長の長谷川武弥。 長女・未来(中学1年)、次女・詩音(小学4年)、長男・愁(小学3年)は学校に通いながら、劇団の子役としてみんな舞台に立っている。 「舞台に上がる以上は一人前の役者」。 愛さんの指導はとても厳しく、泣いても容赦はしない。 しつけもしかり。 子供たちにとって、楽屋は宿題をしたり、ご飯を食べたり、芝居の稽古をしたり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、ケンカしたり…。 学校では学ぶことの出来ない人生勉強の場でもある。 劇団の公演は一カ所一ヶ月。 1年で12回、日本全国を回り、子供たちは転校を繰り返す。 不況の影響を受け、今、劇団は最大のピンチを迎えている。 客が入っているのは、若いイケメンのいる劇団。 長谷川劇団も以前は16人の劇団員を抱え、中にはイケメンも在籍していたが、若い劇団員がどんどん辞め、今では愛京花さんの一家5人と長谷川舞さんの一家5人の計10人になってしまった。 このピンチに立ち上がったのが、子供たち。 若いイケメンに変わる劇団のスターの座を目指して奮闘。 中でも、舞さんの長男の一馬くん(中学1年)は、未来ちゃんと同い年で、一緒に楽屋で育った仲。 顔はいいが、やる気はなし。 今まで子役として舞台に上がるのを嫌がっていた一馬くんが、自分から舞台に上がると言い出したのだ。 化粧をするとなかなかのイケメン。 だんだんと人気の出てきた一馬くんに、総座長の愛さんが秘策を用意。 果たして、愛さんの秘策は、劇団の人気回復につながるのか…。 親の背中を間近に見ながら、逆境の中で子供たちがたくましく成長して行く姿を、5年前に取材した映像を織り交ぜながら描く。 【地上波放送日】2014年5月25日.

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