川崎 協同 病院 事件。 川崎協同病院事件を通して日本の安楽死裁判を考える(1)

川崎協同病院|神奈川県川崎市川崎区

川崎 協同 病院 事件

1審判決は要請がなかったと認定しているが、合理的な疑いが残る。 治療中止を適法とする根拠には、患者の自己決定権と医師の治療義務の限界が挙げられるが、終末期に患者自身が治療方針を決定することは憲法上保障された自己決定権といえるかどうかや、どの段階を無意味な治療とみるかなど、いずれのアプローチにも解釈上の限界がある。 抜本的解決には、尊厳死を許容する法律の制定またはガイドラインの策定が必要だ。 より広い視野の下で国民的合意の形成を図るべきで、幅広い国民の意識や意見の聴取はもとより、終末期医療にかかわる医師ら医療関係者の意見聴取なども重要だ。 国を挙げて議論、検討すべきで、司法が抜本的な解決を図るような問題ではない。 他方、裁判所が治療中止を殺人に当たると認める以上、合理的な理由を示さなければならない。 具体的な事案の解決に必要な範囲で要件を仮定して検討するが、本件はいずれのアプローチでも適法とは判断できない。 被告は抜管の際、約1週間後には患者の死が不可避であるとも、患者の意思に基づくと判断していたとも認められず、患者が終末期治療にどんな考えを持っていたかは証拠上不明だ。 家族からの要請の有無は一種微妙な判断にかかるもので、明確な意思表示があったとまでは認められない。 患者の死期が切迫していたとも認められない。 【量刑の理由】 殺人罪成立を認めた1審判決の結論は正当だが、抜管について家族の意思確認を怠り独断で進めたという事実を前提とした量刑は相当ではない。 余命も正確に分からない状況で抜管に及んだことは早きに失した。 家族をあきらめの方向に誘導した嫌いもあり、家族の抜管要請を受けて直ちに抜管を決定したことは慎重さを欠いていた。 全体の推移をみれば、被告のイニシアチブで事態が進行していたといわざるを得ない。 尊厳死が絡む終末期医療では、家族の心情を十分に酌む姿勢が何よりも求められ、少しでも医師が独走すれば家族は引き留めるのが困難で、見方によっては医師の思うがままになりかねない。 本件も、家族の意向を再確認し、他の医師にも相談すべきだった。 独断で抜管を決断したことは結果的に患者を軽視したといわれても致し方ない。 一方、被告は法的規範も医療倫理も確立されていない状況で、家族の抜管要請に対し決断を迫られた。 この決断を事後的に非難するというのは酷な面もある。 筋弛緩剤投与は治療行為とはいえず許されないが、心ならずも投与に及んでしまったとみることができる。 その他の酌むべき事情を考慮すると、法律上最低限の刑を科した上で、その執行を猶予することが相当と判断した。

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川崎協同病院事件判決・決定に関する 評釈の論点整理

川崎 協同 病院 事件

Untitled Document 川崎協同病院事件 事件の経緯 神奈川県川崎市川崎区の川崎共同病院 患者は川崎公害病の国認定患者だった50代の男性患者(医師は 15 年くらい前から担当医) 1998年11月16日に事件が発生 11月2日 帰宅途中に持病の気管支喘息の発作のため、心肺・呼吸が停止 病院に搬送後、蘇生し心臓は動きだす 数日後 自発呼吸が戻るが、意識不明のまま 11月14日 主治医から、家族へ「人工呼吸機につないでいる気管内チューブ」の取り外し を提案 主治医の「楽にしてあげたい」という言葉の意味についての食い違い 11月16日 医師が家族全員病室に集まるように指示し、気管内チューブを取り外す 患者は呼吸困難に陥る これを見て、家族は「楽にしてあげたい」と発言(病院側発表) 医師が鎮静剤と「呼吸停止に至る」量の筋弛緩剤を投与 投薬はセルシン 10mg ・ドルミカム6A・ミオブロック点滴静脈注射 投薬の際、医師が「楽にしてあげるから」と発言 数分後に患者は死亡 死亡診断書には「無酸素性脳症」と記載 医師は「意識が戻らない状態が長く続くと思った。 上記の4要件と今回の事件を照らし合わせて考えると…。 そして、報道された記事から見る限り、家族と医師との間においても医療計画の話し合いがしっかりとなされていたとはいえないということだろう。 気管内チューブの抜管を家族に持ちかけたとき、医師は「9割9分9厘」脳死状態といったというが、脳死状態の判定は1人の医師が軽々しくすべきものだろうか。 医師の行為は、医療行為であるとはいえず、また4要件をどれひとつ満たしていないことからも、この事件はとても安楽死ではなく、医師の独善的な判断による殺人という判断がされるのではないだろうか。 病院側によると、「患者本人の明らかな意思表示」など、東海大安楽死事件で95年に横浜地裁が示した安楽死とされる4要件を満たしておらず、殺人罪に問われる可能性がある。 同病院によると、患者は98年11月、帰宅途中に持病の気管支ぜん息の発作が起こり、心肺と呼吸が停止した状態で同病院に運び込まれた。 蘇生後、心臓は動き出し、数日後に呼吸できるようになったが、意識不明の状態が続いた。 このため、入院から13日目に主治医が「これ以上の延命はしのびない」と家族に、人工呼吸器につないでいる気管内チューブの抜き取りを持ちかけた。 その2日後の夕方、主治医は気管内チューブ抜き取った後、鎮静剤と「呼吸停止にいたる量」の筋弛緩剤を投与した。 同病院は患者の死亡後、事実を知ったが、前病院長が主治医に厳重注意をしただけだった。 昨年10月に病院職員から指摘を受け、改めて事実関係の調査を実施。 安楽死の4要件にあてはまらないと判断。 19日朝、神奈川県警臨港署に事情を説明した。 主治医に対しては昨年12月に退職を勧告。 主治医は今年2月末に病院を辞めたが、今月、遺族に謝罪したという。 同病院は今後、外部識者を含めた調査委員会を設置する。 堀内院長は「医療倫理の原則にも反しており、許されない行為と考えている。 主治医と遺族の言い分に食い違いがあるが、2度とこうした事例が起きないよう信頼回復に全力を尽くしたい」と陳謝した。 病院側によると、「患者本人の明らかな意思表示」など、東海大安楽死事件で95年に横浜地裁が示した安楽死の4要件を満たしていないうえ、主治医はカルテに病死と表示しており、死亡診断書にも虚偽が記された疑いがある。 神奈川県警捜査1課と川崎臨港署は殺人容疑などでの立件を視野に入れ、20日にも主治医や遺族、病院関係者らから事情を聴く方針。 同病院によると、患者は98年11月、帰宅途中に持病の気管支ぜん息の発作が起こり、心肺が停止した状態で同病院に運び込まれた。 蘇生措置後、心臓は動き出したが、人工呼吸器が必要なうえ、意識不明の状態が続いた。 数日後、自発呼吸も可能な状態になったが、意識は戻らず、入院から13日目に主治医が「これ以上の延命はしのびない」と気道確保のための気管内チューブの抜き取りを持ち掛けた。 その2日後、主治医がチューブを抜き取ると、患者は呼吸困難に陥った。 その後、主治医は家族に対し「楽にしてあげるから」と言い、鎮静剤と「呼吸停止にいたる量」の筋弛緩剤を投与し、数分後患者は死亡した。 病院側の説明では、家族は気管内チューブを抜き取る行為が患者の死につながるという認識がなかったほか、主治医から筋弛緩剤を投与するという説明を受けなかったらしい。 堀内院長は「遺族は『ぜんそくで亡くなったと思っていた』と言っている。 主治医と遺族との言い分に食い違いがある」と話している。 患者は大気汚染による公害病の国認定患者だった。 同病院は患者の死亡後、事実を知ったが、前病院長が主治医に厳重注意をしただけだった。 昨年10月に病院職員から指摘を受け、改めて事実関係を調査。 今月13日、遺族に謝罪し、同19日、川崎臨港署に事情を説明した。 主治医に対しては昨年12月に退職を勧告。 主治医は今年2月末に病院を依願退職した。 同病院は来週にも、外部識者を含めた調査委員会を設置するという。 堀内院長は「医療倫理の原則にも反しており、許されない行為と考えている。 2度とこうした事例が起きないよう信頼回復に全力を尽くしたい」と陳謝した。 東海大病院の「安楽死」事件で横浜地裁は九五年、医師による安楽死が認められる要件として患者本人の意思表明などを示したが、病院側は「要件には当てはまらず、許容できない」と川崎臨港署に届けており、医師は殺人罪に問われる可能性がある。 医師は死亡診断書に事実と異なる死因を記載していたといい、虚偽の診断書を作成した疑いも出ている。 病院側によると、患者は九八年十一月上旬、気管支ぜんそくの発作が起き、心肺停止状態で運ばれた。 心臓は動いたが意識は戻らず、呼吸維持のため、気管内にチューブを挿入する状態が続いた。 主治医だった医師は、家族に「楽にしてあげたい」とチューブを抜くことを提案。 その二日後、入院から十五日目に当たる十一月中旬、家族の立ち会いの下でチューブを抜き、鎮静剤を投与した後、呼吸が止まる量の筋弛緩剤を投与し、死亡させたという。 堀内院長は「『楽にしてあげたい』という言葉の意味について、家族と医師の間で食い違いがあったのではないか」としている。 病院側は当時、医師に口頭で注意しただけだった。 昨年十月、職員の指摘で内部調査。 医師は勧告を受けて今年二月末に退職した。 病院側は今月十三日、家族に謝罪したが、筋弛緩剤の投与は明らかにせず「薬物使用により死に至らしめた」と説明したという。 〈医師と家族認識にズレ〉 川崎協同病院(川崎市)で、主治医の女性医師が男性患者に筋弛緩(しかん)剤を投与し死亡させた問題は、患者処置をめぐり、医師と家族の認識が大きく異なっていた可能性が出ている。 病院側によると、医師は、回復が見込めないのに気管内チューブを挿入して患者の呼吸を維持していることを「忍びない」と判断。 家族に「楽にしてあげたい。 チューブを抜くことを話し合ってほしい」と提案した。 それは「死」を意味していた。 ところが、これまでに三回、家族と面会し、当時の状況を聞いた病院側は「家族は『期待していたことと違うことをされた』と思っているようだ」としている。 家族が何を期待していたのか、チューブを抜くことを家族が同意していたのかについて、病院側はあいまいな説明を繰り返している。 〈事実なら医療逸脱〉 厚生労働省医政局総務課の話 治療行為ではなく、死なせるのが目的だということが事実ならば医療行為を逸脱している。 殺人なのか、自殺ほう助なのか、分からないが、刑法の範ちゅう。 報告を受ける仕組みになっていないので、詳細は分からないが、週明けに任意で話を聴くことはあるかもしれない。 安楽死については定義も設けておらず、国民的なコンセンサスは取れていないと考えている。 投与すると、呼吸困難に陥る。 投与後すぐにけいれんを起こし、呼吸が停止するため、通常は人工呼吸器を使って呼吸を確保する。 今回のケースについても、同省の幹部の1人は「病院側の発表通りなら、医師の行為は治療行為とは言えない」と話した。 安楽死を巡っては、東海大医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)で1991年4月、同大助手だった医師が末期がん患者を安楽死させるために塩化カリウムを注射、死亡させたとして殺人罪に問われたケースがある。 横浜地裁は95年3月、この助手に対して、懲役2年、執行猶予2年の有罪判決を言い渡し、確定した。 これ以後、医療現場でのひとつの指針となっている。 96年4月には、国保京北病院(京都府京北町)の院長(当時)が、やはり末期がん患者に対して、呼吸を停止させる作用がある筋弛緩剤を点滴投与し、死亡させたケースがあったが、京都地検は「直接、患者の死につながったとは断定できない」として、嫌疑不十分で不起訴処分とした。 海外では、オランダで今年4月、国家レベルとしては世界で初めて、安楽死を合法化する法律が発効したばかりだ。 その隣国のベルギーでも昨年10月、医師による安楽死を合法化する法案を可決した。 米国では、すでにオレゴン州で97年に安楽死が合法化されている。 一方、日本では旧厚生省が97年に行った末期医療に関する意識調査で、安楽死を容認する人は、国民全体の9%、医師や看護職員の1%に過ぎず、翌年まとまった検討会の報告書も「安楽死は一般には容認されていない」と結論付けた。 ただ、厚労省では、国民の意識の変化も考慮する必要があるとして、5年ごとに調査を実施、来月にも新たな検討会を設置する予定だ。 医事評論家の水野肇さんは、「日本では、安楽死を積極的に選ぶ医師はいないだろう。 そういう場面に直面したとしても、痛みに苦しむ患者や家族を前に、苦悩した末の選択になるに違いない」とみている。 川崎協同病院(川崎市川崎区)が19日、こう認めた、筋弛緩(しかん)剤の投与による気管支ぜんそく患者の「死」。 病院側は「男性患者の意思が確認できていなかった」とし、神奈川県警は殺人容疑を視野に入れ情報収集を始めた。 患者の死後、病院側は、主治医だった中年の女性医師の行為を把握しながら、徹底的な調査を行わず、当時の院長は医師に厳重注意しただけで済ませており、今後、病院側の管理体制も問われそうだ。 この日午後、同病院の堀内静夫院長(54)らは沈痛な表情で、川崎市役所での記者会見に臨んだ。 午後3時から始まった会見は、20日午前零時ごろまで約9時間に及ぶ異例の長さとなった。 堀内院長らによると、筋弛緩剤の投与があったのは1998年11月中旬の夕刻。 患者の家族らが見守る病室で、女性医師が気管内に挿入されていたチューブをはずした直後に、患者が苦しそうに体を動かしたため、鎮痛剤に続いて筋弛緩剤を投与。 その量は「呼吸停止に至る、間違った量」だったという。 患者の苦しむ姿を見た家族が「楽にしてあげたい」と医師に頼んだというが、堀内院長は「『楽にしてあげたい』という言葉が、痛みを和らげるように求めたのか、安楽死を求めたのかは分からない」と述べた。 カルテには投与した筋弛緩剤の量などが記されているが、堀内院長らは「警察の捜査が始まっている」として公表を拒んだ。 病院側は、この医師が担当した患者のカルテを過去5年間さかのぼって調査したが、同様のケースは見つかっていないという。 チューブ取りはずしなどは当時、病院内でも問題となったが、「問題のある行為という認識にとどまった。 当時の院長の厳重注意だけで済ませてしまった」(堀内院長)ため、徹底的な調査は行われなかった。 昨年10月末に職員が患者のカルテを発見、病院管理部が調査を開始し、12月末には「倫理上の問題がある」との確証を得たという。 病院側は同月末、医師に辞職を勧告したが、遺族側に説明を行ったのは今月13日になって。 「死因が薬物投与によるものである可能性がある」と説明したところ、遺族側は「基本的にぜんそくで亡くなったと思っていた」と答えたという。 堀内院長は「医師から説明を受けた患者の家族は、チューブを抜くことが死につながるという認識はなかったようだ」としている。 遺族への説明が遅れたことについて、院長は「反省している。 隠ぺいする気はなかった」と釈明。 「損害賠償はこれから検討するが、誠心誠意対応したい」と述べ、当時副院長だった自身を含む病院幹部の管理責任を問う考えを表明した。 殺人容疑に当たるかどうかについて、同席した弁護士は「刑事事件に当たる可能性があるとしか言えない」と明言を避けた。 【死亡診断書虚偽の記載】 会見では、女性医師が記入し、川崎市役所に提出された死亡診断書に、病院の調査結果による「呼吸筋マヒ」とは異なる記載があったことも明らかになった。 病院側は「虚偽の記載だった」と結論付けた。 堀内院長は、医師に自首を勧めたが応じていないとし、医師は「意識が戻らない状態が長く続くと思った。 本人と家族にとって延命は良くないと思った」と話しているという。 【主治医の女性「答え控える」】 女性医師は19日、読売新聞社の取材に、しばらく考えた後、「いろいろな問題が絡んでいますので、答えは控えます」と話した。 医師は今年2月に川崎協同病院を依願退職し、横浜市港北区で診療所を開業。 白衣姿の医師は、「警察から話を聞かれるなら、(その時)答えるので、今はそっとしておいてほしい」と言い残し、往診に出掛けた。 医師の行為を最後まで医療の一環と信じていたことが遺族自身の証言から分かった。 長男によると、98年11月16日、家族全員が病室に集まるよう女性医師から指示された。 集まった家族の前で、医師は気管内チューブを抜き取った。 その直後、父親は起き上がるような格好で体を反らし、苦しんだという。 「医師は父の肩に手を当て、父の名を呼びながら『楽にしてあげるからね』と声をかけた」 医師は看護婦から受け取った注射2本を父親に打った。 長男は苦しみを和らげるための措置と受け止めたが、握っていた父の手はみるみる冷たくなった。 亡くなるまでわずか30分だった。 「チューブを抜いてみたいので、家族と相談してほしい」との申し出は、2日前の14日、医師から母親に伝えられていた。 それが「死を招く処置」であるとの説明はなかったという。 「チューブを抜くという行為は治療のひとつだと思っていた」という。 当時から「この死はおかしいと思った」と、長男は振り返る。 「弁護士に依頼することも考えたが、父の死のショックで家族がボロボロになっていた。 おかしいと思うのは素人の考えで、これが医療の流れなのかも知れないと思った」 「大変なことが起きた」と病院から突然、電話があったのは今月13日。 その日、病院関係者が訪ねてきた。 「これは安楽死か、もしくは殺人じゃないのか」と長男が問い掛けると「私たちからは何も言えない」と口をつぐんだという。 「家族の同意がないままの処置だった。 これからの病院の動きをみたい」。 3年半の釈然としない思いを、長男は憤りととともに吐き出した。 これまでの病院側とのやり取りの中で、薬物投与についての明確な説明はまだないという。 しかし、結局、正式な幹部会議には諮られず、うやむやになっていたといい、桑島政臣副院長は「もみ消しと取られても仕方ない」と述べた。 また、神奈川県警は20日、堀内静夫病院長と事務長らから参考人として事情を聞くなど、本格的な真相究明に乗り出した。 同病院によると、前院長からの報告は、非公式のミーティングという形で数人の幹部だけを集めて行われた。 本来、同病院では医療ミスなどが起きた場合、月1回定例の「管理会議」に事実関係を報告する。 同会議は院長と3人の副院長を含む幹部10人で構成、出席者全員に議案の提案権があり、調査や関係者の処分を決めることができる。 議事録が作成されるが、男性患者の件については、管理会議に諮られることはなかったという。 当時副院長だった堀内院長は、この非公式ミーティングには出席しておらず、昨年10月、職員に指摘されてカルテを見るまで知らなかったという。 桑島副院長は出席したが、特に口止めされたわけではないとし、「自然とうやむやになってしまった」と釈明した。 長男によると、主治医の女性医師から「男性患者の口に入っているチューブを抜くので親族に来てほしい」と連絡があったのは1998年11月14日だった。 2日後の16日、病室に家族、親族合わせて十数人が集まった。 女性医師が口からチューブを抜くと、それまでこん睡状態で身動き一つしていなかった男性患者がうめき声を上げ、体を上下に波打つようによじり始めた。 女性医師は、男性患者の両肩に手を置いて、「すぐに楽にしてあげる」と話し掛け、注射を打った。 さらに付き添っていた看護婦に指示して、別の部屋から何かの薬品を持ってこさせ2本目の注射を打った 長男はベッドの傍らで男性患者の右手を握っていたが、その手がだんだん冷たくなっていったのを覚えている。 気が動転していったん病室を出たが、戻ると、女性医師に「ご臨終です」と言われたという。 病院側から示された死亡診断書の死因は「無酸素性脳症」。 しかし、病院側から詳しい説明はなかった。 当時、長男は「投薬ミスで死んだのではないか」と疑い、病院を提訴することも考えたが、家族の反対もあり我慢したという。 「チューブを外すとどうなるか、一切説明を受けていなかった。 15年くらい前からの担当医なのできっとよくなるだろうと信じていたのに」。 長男の言葉に悔しさがにじみ出た。 「(事件には)事前に関与したことは一切ない。 既に捜査が始まっており、予断を与えるような言動は慎みたい」とする前院長のコメントを発表した。 前院長は、協同病院を「家庭の事情」で辞めた後、昨年6月から実家近くの鳥取市内で働いている。 松本弁護士は「前院長は被疑者という立場にない」と強調。 「安楽死という微妙な問題で、正確な事実認定と高度な法律判断が必要となる。 捜査当局や病院の求めがあれば、真実を明らかにしたい」と話した。 医師が「楽にしてあげる」と注射を打った直後、心拍が乱れ、患者は家族らが動揺する中で死亡していたことも分かった。 長男は神奈川県警にも同様の証言をしており、医師の殺人容疑立件に向けた捜査に影響を与えるとみられる。 川崎市内で会社を経営する長男によると、男性は川崎公害病の認定患者。 九八年十一月十六日に死亡した。 その二日前、見舞いに来た母親に対し医師が「気管内に挿入しているチューブを抜きますので、家族で話し合い、病室に集まってください」と話した。 死亡当日、家族や親族十数人が見守る中、医師がチューブを抜くと、患者はたんが気道に詰まって苦しみ始めた。 医師は同じベッドに腰掛けて患者の両肩に手を置き「今、楽にしてあげるからね」と話し掛けた。 その直後、医師が注射を二本続けて打つと、心拍が乱れ、長男が握っていた患者の手が次第に冷たくなった。 家族らから「キャー」「どうしたの、何?」と悲鳴が上がり、病室内が騒然となる中、医師は「ご臨終です」と告げた。 長男は「親にはどんな形でも生きていてほしい。 チューブを抜くのは治療だと思っていた。 葬儀後、死に方がおかしいと思った」と話している。 会見では、カルテと看護記録に記された筋弛緩剤の投入量が異なっていたことも明らかにされたが、病院側は「病室に看護婦がいたかどうかについてもわからない」としており、内部調査がそもそも不十分だった疑いが出てきた。 一方、神奈川県警は同日、当時の事実関係を確認するため、前院長や男性患者の遺族から話を聞いた。 同日の堀内静夫院長の記者会見によると、女性医師から院長が正式に事情聴取したのは昨年11月下旬。 その後も、補足的に副院長らが女性医師から男性患者が死亡した当時の様子などを聞いたというが、事情を聞いたのは「女性医師からだけ」としている。 また、カルテを4、5人の内科医で分析したというが、看護記録に記載された筋弛緩剤の投入量がカルテの量とは異なる点については、「ともに男性の呼吸を止めるには十分な量。 極端な違いはなく、わずかな差に過ぎない」と判断。 男性の死亡時に、看護婦が男性の病室にいたかどうかや、筋弛緩剤がどこから持ち込まれたかについては、「看護記録の記述がわかりにくいためわからない」「筋弛緩剤が事前に用意されていたか、途中で持ち込まれたかはわからない」と、あいまいなままになっている。 これに対し、男性患者の遺族は、女性医師が男性患者の口からチューブを抜いた際、病室に看護婦が付き添っており、女性医師の指示で別の部屋から筋弛緩剤などを持ってきたと説明。 病院側は、遺族側に確認することもしていない。 女性医師は「楽にしてあげる」と言ったとされるが、病院側は「患者は苦痛を感じる状態ではなかった」など、「積極的安楽死」を許容する4要件にすべて当てはまらないと具体的に指摘した。 病院側によると、男性患者は、ぜんそくの発作で入院。 意識不明の状態が続いたが、自発呼吸ができ、血圧、脈拍も安定していた。 「積極的安楽死」が例外的に容認される場合の要件が示されたのは、東海大病院事件の横浜地裁判決。 堀内静夫院長は「2週間程度では『植物状態』とは言い難い状態。 脳障害は残ったにせよ、快方に向かう可能性はあった」と話している。 主治医だった女性医師 47 が、筋弛緩剤だけでなく、鎮静剤も患者を死亡させる目的で投与した疑いが新たに浮上したことになる。 当時の院長が副院長、看護部長、事務長との「四役会議」で事件を報告し「公にすることは家族に結果的に迷惑を掛けるので当面見送る」と隠ぺいを決めていたことも明らかになった。 市によると、気管内に挿入したチューブを抜かれ、苦しんでいる患者について、医師はカルテに「とても見ていられない」と記載。 筋弛緩剤は、病棟などに保管されておらず、市は「集中治療室(ICU)から持ち出したと考えられる」としている。 カルテと看護記録には鎮静・催眠薬の「ドルミカム」「セルシン」、筋弛緩剤の「ミオブロック」を患者に投与したことが記載されていた。 市は「常識的には考えられない量」と判断。 「気管内チューブを抜いた状態での投与は非常に疑問」としている。 また、看護師が記載する看護記録によると、鎮静剤の投与も致死量に達していたという。 同病院はこれまで、気管内チューブを抜いたことに関して「『見ているのは忍びない』と主治医が判断した」と説明。 家族も「女医の判断でチューブを外すことになった」などと話している。 同市が確認したカルテによると、男性患者は98年11月11日に気管内チューブを1度抜いたが、呼吸困難となり、再び挿入。 死亡当日の同月16日午後3時30分に「ファミリーが希望」し、同6時3分にチューブが外された。 患者の呼吸が激しくなり、女性医師は鎮静剤の「セルシン」を10ミリ・グラム注射。 効果がないため、別の鎮静剤「ドルミカム」を2回にわたって投与した。 1回目の投与量の記録はなく、2回目は6アンプル投与したという。 さらに、その後、筋弛緩剤の「ミオブロック」を点滴で投与。 男性患者は数分後の同7時すぎ、呼吸と心拍が停止したという。 カルテには、筋弛緩剤の投与量が記載されていないが、同市が確認した看護記録には、「ミオブロック」が3アンプル投与されたことになっている。 また、看護記録では「セルシン」が20ミリ・グラム、「ドルミカム」が80ミリ・グラムと50ミリ・グラムの2回に分けて投与されたという。 同市は「看護記録にあるドルミカムの総量だけでも十分な致死量。 また、ミオブロックも3アンプルで致死量」と話している。 一方、事件当時の同病院院長(57)に代理人を依頼された弁護士は22日、同院長の現在の勤務先がある鳥取市内で会見し、「事件には一切かかわっていない」と関与を否定した。 呼吸維持のため患者の気管内に挿入していたチューブを抜くよう、患者の妻に頼まれ「最期になる(死ぬ)」と説明、家族の了承を得たと強調。 その後の鎮静剤や筋弛緩(しかん)剤投与は「呼吸を止める目的ではなく、苦もんを取るためだった」としている。 だが患者の長男は「治療だと思っていた。 生きていてほしかった」と全面否定しており、双方の主張は真っ向から対立。 弁護団によると、患者が死亡する約四時間前の九八年十一月十六日午後三時ごろ、妻が「(チューブを)抜いてください」と医師に申し出たという。 医師は「最期になることですよ。 家族を集めてください」と言い午後五時半ごろ、集まった家族らに「抜管の希望が出ている。 抜管すると呼吸が弱くなる。 最期を見守って上げてください」と話した。 家族から質問や異論は出なかったという。 延命治療の断念は「家族の要請だった」とする病院側と、「生きていてほしかった」という遺族側。 双方の対立は「死」に対する考え方が多様になっている中で、現代医療そのものが抱え込む問題でもある。 ---------------------------------------- そもそもこの事件は一九九八年に起きた。 川崎公害病に認定されていた男性患者=当時 58 =が気管支ぜんそくの発作で入院。 その後、植物状態になったとして主治医の女性医師が気管支チューブを抜き取ったうえ、筋弛緩(しかん)剤を投与。 男性は入院から十五日目に死亡した。 この医療措置について、病院側と患者・家族の主張が今、真っ向から対立している。 まず問われるのは、三年半もの間、この事実が遺族への説明もなく病院側によって隠ぺいされていたことである。 昨年十月、病院職員からの指摘で調査し、今月になって遺族に謝罪、警察へ報告したという。 この病院側の対応は、遺族だけでなく社会全体に医療不信を抱かせ、許されないことだ。 だが、だれもが納得できる明快な見解はなく、今に至っている。 例えば九一年四月、東海大医学部付属病院で悪性リンパ腫の男性患者に主治医が塩化カリウムを注射し、死亡させた事件。 横浜地裁は殺人罪に問われたこの医師に懲役二年、執行猶予二年を言い渡し、確定した。 判決は安楽死を医療行為として認めた印象もないではないが、あくまで例外的な緊急避難としているにすぎない。 今回の事件で、医師の弁護団は患者の妻に頼まれ医療継続を断念、家族の了承を得た上での判断だと強調しているが、現状の日本では、命を縮める筋弛緩剤の使用はしてはいけない医療行為である。 だから神奈川県警でも医師の判断について殺人罪を視野に捜査を進めている。 末期がんや難病などで死を目前にした患者への治療行為は、いつの段階で、どのように打ち切られるのか。 重篤患者に医師が薬物を投与する行為は「積極的安楽死」などとされるが、日本ではまだ安楽死を認める法律は整備されていない。 患者や家族の意思確認の難しさは想像するに難くない。 だが、人の命を託された医者は、どんな場合でも常に冷静でなければならない。 今回もそうだが、安楽死の問題でよく医療側から出されるのが「患者、家族の要請があった」という言葉である。 しかし、人間だれでも本当はできるだけ長く生きたいものだ。 だから医師は、安楽死を求める側の「こんなに苦しいのなら」という前提を忘れてはいけないのだ。 医療行為の本質は、いつの時代であっても患者の命を短くする目的であってはならないと思う。 高齢化が進み、世の中の「死」に対する考えが多様になっている。 中には人間らしい「死に方」を選択する「尊厳死」を主張する人もいる。 近い将来、安楽死をひとつの死の在り方として正面からとらえた議論が必要になるに違いない。 その時は、医師と患者や家族の信頼関係をどうやって築いていくのかなど、議論はあらゆる観点から検証されなくてはならない。 海外ではオランダが安楽死の合法化に踏み切っているが、患者の意思確認や主治医の独断排除など厳しい条件が加えられているのは言うまでもない。 気管内チューブの撤去は男性の死亡につながる行為で、弁護団は「約三十分間で家族は十分話し合うことができた」としているが、専門家は「そんな短時間では、医師は家族に説明できないし、家族も理解できない」と指摘。 医師の対応が不十分だった可能性が高く、神奈川県警捜査一課は殺人の疑いがあるとみて捜査を進めている。 弁護団に対する医師の説明などによると、医師の求めで家族が病室に集まったのは九八年十一月十六日午後五時半ごろ。 「最期を見守ってください」と話して、午後六時ごろ気管内チューブを抜いた。 神奈川県警は、女性医師の殺人容疑を視野に入れて捜査しており、薬剤投与の意味が、今後の捜査の重大なポイントとなりそうだ。 女性医師が記入したカルテと、看護婦による看護記録の双方に、チューブを抜いた後の投与として3種類の薬剤が記録されていた。 鎮静剤の「セルシン」と「ドルミカム」、筋弛緩剤「ミオブロック」(いずれも商品名)で、セルシンとドルミカムは血圧を下げて患者の不安を除去し、ミオブロックはのどや胸の筋肉の働きを緩める効果がある。 人工呼吸器や気管内チューブを患者の口に挿入する際などに、この3つの薬剤がしばしば一緒に使用されるが、医療関係者らは抜いた後の使用に首をかしげる。 男性患者はミオブロック投与の数分後に呼吸と心拍が停止した。 千葉大の水口公信名誉教授(麻酔学)は「呼吸を楽にするためだけに、これらの薬剤を使うというのは考えにくい」と指摘する。 しかし、カルテには、「不思議」(医療関係者)なことに、セルシン以外の投与量が記されていない。 看護記録は通常、看護婦が後片づけをする際、空になった薬品のアンプル数から使用量を推定して記入する。 「カルテほどではないにせよ、証拠としても信頼できる」というのが一般的な考え方だ。 ある麻酔科医は、看護記録に残された量について、セルシンは一般的な成人男性への投与量の2倍で「致死になる場合もある量」、ドルミカムは同13倍で「十分な致死量」、ミオブロックは同2倍弱で「呼吸が完全に止まる量」と説明。 立ち入り検査した川崎市は「通常の治療では考えられない量」と指摘した。 病院側は「鎮静剤は患者の生命を短縮させる量。 さらに筋弛緩剤は呼吸を止めさせるほどの量であり、患者に害をなしてはいけないという医療倫理に反する」と言い切る。 これに対し、女性医師の弁護士は薬剤の投与について「患者の呼吸を止めるためでなく、苦しそうな呼吸を楽にするのが目的」とし、看護記録に記された量は「正確かどうか疑問」と指摘、病院側と食い違いを見せている。 同病院は事件を三年以上も隠し、しかも組織ぐるみで隠ぺい工作をしていた疑いが強い。 主治医と患者の家族との主張には大きな隔たりがあるが、医師側に納得し難いところが多い。 インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)がきちんと行われていたとは思えない。 まず呼吸維持のため気管に挿入されていたチューブの問題。 医師によると、こうだ。 患者の妻が「抜いてください」と申し出たため、医師は集まった家族に「抜管すると呼吸が弱くなる。 最期を見守ってあげてください」と話した。 患者の長男の主張は違う。 抜管を言い出したのは医師の側。 医師が妻に「チューブを抜きますので家族で話し合ってほしい」と要請。 しかし当日、医師から説明はなく、長男は「治療の一環と思った」そうだ。 死の直前に投与された鎮静剤と筋弛緩剤についても不審がある。 医師は「投与は呼吸を止める目的ではなく、苦もんを取るためだった」と強調。 ところが投与量は「鎮静剤だけでも十分な致死量。 常識的には考えられない」(川崎市)というのだから首をひねる。 さらに医師は苦もんを除いたとする一方で「患者の意識が回復しない中、家族は究極の選択をして決断。 その申し入れを受け、やむにやまれぬ決断をした」とも説明。 安楽死を主張しているようにも思える。 筋弛緩剤は、チューブを抜いた後、苦しそうな呼吸をしている患者を楽にさせるために投与した。 ただし、具体的な薬品名は家族に告げなかったという。 果たして、これで医師が主張するように家族の同意を得てやったと言えるだろうか。 医師の行為と説明には矛盾を感じる。 そもそも「楽にしてあげる」という医師の言葉が気になる。 情緒的であいまいだ。 極限的状況下にある医療現場で使うには特に慎重さが必要なはず。 家族の方は、患者の苦しさを何とか和らげて少しでも楽にしてやりたいとの思いで医師の言葉を受け取ったことは想像に難くない。 今回の例に限らず医療に関する説明は理解しづらい。 説明を受けても何のことかよく分からなかった、といった経験はだれでもあろう。 医師、医療機関には患者に対し丁寧さが欠けてはいないか。 坂口力厚労相は事件に関連して「医療を提供する側が優位に立ち、権力主義的になりがちな面があるが、一番大切なのは患者に接する姿勢だ」と述べ、さらに「それがなければ『ごう慢』の一言」と批判している。 関係者は真摯に受け止めてほしい。 ところで「患者の妻に頼まれ、家族の了承も得ていた」とする医師の主張が事実だった場合、医師の行為は安楽死として容認され得るか。 「患者の耐え難い苦痛」「本人の意思表示」など安楽死の四要件(横浜地裁判決)を満たしていない以上、板倉宏日大教授は「殺人罪に当たる」とみる。 一方で、土本武司筑波大名誉教授のように「四要件は一地裁の判断にすぎない」として安楽死の可能性があるとする見方も出ている。 しかし、安易に要件を緩めるべきではなかろう。 ともかく、なぜ致死量の鎮静剤を投与したのかなど謎が多い。 医師の行為と死との因果関係を詳しく調べ、真相を解明すべきだ。 医療現場で、よもや命が軽くとらえられているようなことはないと信じたい。 だが、その不安がなかなか消えない。 これらが同病院だけのものではなく、医療界共通の課題であることにも留意したい。 事件の捜査は神奈川県警が殺人罪を視野に入れて進めている。 「患者の気管内チューブを抜いたことで死期が早まった。 直接の死因は主治医が投与した筋弛緩剤」とする大学教授の鑑定が出された。 同県警は、この鑑定で主治医の行為と死亡との因果関係が裏付けられたとして主治医から事情聴取、殺人容疑で立件する方向のようだ。 そもそも、家族が治療行為と思ったという、抜管など主治医の一連の行為の目的は一体何だったのか。 患者を楽にするため? それとも独断で治療を打ち切ったのか。 そこを冷静に見定める必要があろうが、事件の原因や問題点を探る二つの報告書が公表された。 病院の内部調査委員会の最終報告書と、医療の専門家や弁護士などによる外部評価委員会の報告書だ。 内部調査委の最終報告によると、「主治医が気管内チューブを抜いたのは呼吸困難に陥らせて死亡させるため」で、その後の鎮静剤と筋弛緩剤の投与で、より確実に死に至らしめた。 患者の容体は死が切迫していたとは言えないという。 大学教授鑑定とほぼ同じ判断である。 抜管が医師側の主張のように家族の要請だったかどうかは双方から聴取できず不明。 この点は捜査による解明を待つしかあるまい。 外部評価委の報告も注目される。 「医療の民主化と安全文化」について言及。 事件を起こすに至った要因は川崎協同病院に特異的なものでなく、わが国の病院に潜在的に存在している組織構造にあると言う。 チーム医療が欠如、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)も不十分だったことが事件の背景にあり、単に一医師が引き起こしたとは断定し難いと指摘。 インフォームドコンセントに関するガイドラインも倫理委員会もないという、お寒い状態だったのである。 当初、「安楽死」論議も一部にあった。 しかし、安楽死容認の立場に立つとしても、最低限の条件である患者本人の意思表示はなかったのだから、主治医の行為がそれに当たらないのは明らかであろう。 ただ、終末期医療の在り方に問題があったのは間違いない。 終末に際し、どういう医療が最も適切で望ましいのか。 そこをないがしろにしていたと言われても仕方なかろう。 外部評価委の報告書も終末期医療について、「生命の終了には非常に難しい問題があり、しかも誤った結果は殺人という非常に厳しい結果となることを理解し、終末期の医療を行う必要がある」と重要性を強調。 「悩み、相談し、合議の上で行うべきだ」と訴えている。 患者、家族、医師、看護師らがきちんと話し合えるようにしたい。 川崎協同病院の事件は「患者のための医療」という意識が依然として薄い実態を照らし出して見せた。 そこには医療界に共通していると思われる、さまざまな課題がある。 医師が看護師より上位に立つことによるコミュニケーション不足の解消。 医療者全体で患者情報を共有化する取り組み。 倫理委員会での十分な討議。 患者家族との緊密なコミュニケーションを心掛けること…。 欠かせないものばかりである。 患者の犠牲の上に立った教訓だ。 医療界の真摯な対応を願う。 主治医を殺人容疑で逮捕 川崎・筋弛緩剤投与事件 asahi. 調べに対し、須田医師は、家族の要請を受けて死期を早めるための「正当な医療行為だった」と主張し、「内容が違う」と容疑を否認しているという。 調べでは、須田医師は98年11月16日夜、気管支ぜんそくの発作で入院し、意識がなかった公害病患者の男性(当時58)=川崎市川崎区=から呼吸を助ける気管内チューブを抜き、2種類の鎮静剤を投与し、さらに筋弛緩剤を投与して呼吸筋弛緩で窒息死させた疑い。 最大の焦点は、患者の状態をどう判断するかにあった。 入院当時、須田医師は、家族に「9割9分9厘、脳死状態」で「チューブを抜くと最期になる」と説明。 4月に事件が発覚した後は、家族の希望でチューブを抜き、「苦痛を和らげるため」に筋弛緩剤を投与したと主張していた。 県警は、鑑定や専門医の話から、自発呼吸があり、脳死状態になく、「余命がなかったとは考えられない」と判断。 チューブを抜いた後、人工呼吸器を用意しないで筋弛緩剤を投与すれば死亡することは医師なら分かったはず、とした。 須田医師の弁護団は事件発覚後、「家族の要請で治療行為の継続を断念した」と主張したため、県警は「安楽死」に当たるかどうかも視野に入れた。 しかし、県警は「死期が迫っていなかった」ことや、生前に患者の意思を示す言動などはなく、「条件はすべてあたらない」と判断した。 チューブを抜く行為は、終末期に近い患者に自然に死を迎えさせるために医療現場で行われることもあるが、県警は今回の患者の状態から、一般にされている「治療の中止」という方法にもあたらないとみて容疑事実に入れたとみられる。 また、県警はこの日の会見で動機について「今後調べる」と述べるにとどまった。 須田医師の弁護団は発覚当初、植物状態での介護に悩んでいた家族の意をくんだ、と説明したが、県警は家族の聴取から「最期の認識があった人は一人もいなかった」とし、「植物状態」も否定している。 県警は、当時の看護記録やカルテ、看護師らの証言などから、須田容疑者が気管内チューブを抜いたこと(抜管)で男性患者を呼吸困難に陥らせ、最終的に筋弛緩剤を投与して死亡させたと判断した。 家族へのインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)もなかったとみている。 須田容疑者は容疑について、「だいぶ違う」と否認しているという。 医師が医療行為に関連して殺人容疑で逮捕されるのは異例で、同課は逮捕と同時に、川崎臨港署に特捜本部を設置した。 調べによると、須田容疑者は同月16日午後5時半ごろ、気管支ぜんそくの発作で入院中の男性患者に挿入されていた気管内チューブを抜き取ったうえ、鎮静剤、筋弛緩剤を立て続けに投与し、同日午後7時10分ごろ、筋弛緩剤の投与による呼吸筋弛緩で窒息死させた疑い。 男性患者は同月2日、気管支ぜんそくの発作で同病院に運ばれ、一時は心肺停止状態に陥った。 心肺蘇生(そせい)で心拍は再開したが、その後も重度の意識障害が続いていた。 これについて、須田容疑者は同月8日、家族に「9割9分9厘は脳死状態」と説明。 抜管前、「チューブを抜くと最期になる。 家族の皆さんの確認が必要」と家族の希望を確認したうえで抜管し、筋弛緩剤を投与したとしていた。 その理由について、須田容疑者は県警の任意の事情聴取に「筋弛緩剤の投与は苦しそうな呼吸を楽にするため」「死なせることが目的でなかった」と説明していた。 医療行為を逸脱した殺人容疑が裏付けられたとしている。 東海大病院の医師が、末期がん患者に塩化カリウムなどを注射して殺人罪に問われた事件で、横浜地裁は95年、安楽死が許容される4要件を示したが、県警は、今回のケースは「安楽死」のいずれの要件にも当たらないとしている。 手術の麻酔時や気管内に管を挿入する際などに使われるが、用法を間違えると心停止や呼吸停止を起こす恐れがある。 1992年から93年に主婦ら5人が殺害された大阪の愛犬家連続殺人事件で犯行に使われたほか、昨年1月に発覚した仙台市の准看護師による患者の殺人・殺人未遂事件でも、点滴に筋弛緩剤が混入されたとされ、現在公判中。 県警は、回復の見込みはないとして独断で治療を打ち切り、呼吸維持の気管内チューブを抜き、鎮静剤と筋弛緩剤を投与して死期を早めた一連の行為は、医療行為を逸脱した殺人と判断。 川崎臨港署に捜査本部を設置した。 カルテには植物状態になった場合の家族の介護負担などに触れた記述もあり、詳しい動機の解明と殺意の立証を進める。 同医師は「だいぶ内容が違う」と容疑を否認したという。 両者のあるべき関係が問われた川崎協同病院(川崎市川崎区)の筋弛緩(しかん)剤投与事件は4日、殺人容疑での主治医の逮捕という局面を迎え、医療関係者に衝撃が広がった。 誤った病状説明と救命治療の放棄、家族の思いと医師の受け止め方との溝。 事件には、医療現場の抱える危うさが凝縮されている。 その行為を「医療行為」と主張し、筋弛緩剤を投与した理由を「チューブを抜いた後の苦しそうな呼吸を鎮めるため」と話していた。 しかし県警は、人工呼吸器を準備せずに筋弛緩剤を投与したこと自体を、殺意を示す状況と判断した。 さらに、病院側も、事件当時は患者の容体が安定していたことを認め、抜管などは正当化できないとの見解を示した。 水口公信・千葉大名誉教授(麻酔学)は「筋弛緩剤を投与すると患者は呼吸ができなくなる。 そのため医師は人工呼吸器などで呼吸を支える処置をしなければならない。 人工呼吸器なしに筋弛緩剤を使うというのは医学的にみて非常識」と指摘する。 須田容疑者は98年11月16日午後6時すぎ、病室で、12人の家族が見守る中、男性患者(当時58歳)の気管内チューブを抜いた。 患者は、苦悶(くもん)の表情を浮かべ上体を反らせたという。 その直後、須田容疑者はナースステーションにいた同僚医師に相談した。 「鎮静剤を使っても呼吸(状態)が下がらない。 あとは何を使えばよいのか?」。 同僚は筋弛緩剤をアドバイスしたが、当然、人工呼吸装置をつけていると思い込んでいたという。 須田容疑者は患者の病状について、家族にそう説明していた。 カルテには、自分の心情をこう書き留めている。 「家族も患者がかわいそうとのことで覚悟をきめられつつある。 あまり汚れないうちに終わりにしてあげたい」 しかし患者は、意識はなかったものの自発呼吸ができる状態で、「脳死」は明らかに誤った説明だった。 日本医師会によると「自発呼吸をしている患者を脳死と判断できないのは当然。 医師ひとりの判断で脳死と決めることなど普通はない」という。 カルテには「Family(家族)より抜管希望強し」との記載まであるが、県警の事情聴取に「患者を死なせることを医師に求めたことはない」と話した。 県警は、須田容疑者と遺族との間でインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)が十分でなかったとみている。 終末医療に詳しいある医師は話す。 「家族の意志を詳しく確かめもせずに、主観的な同情心で患者の生死を決めたとするとあまりに独善的。 医療以前の問題だ」 須田容疑者の逮捕の報せを聞いた男性患者の二男は「来る日が来た。 今は複雑な気持ちで、一言で言い表すのは難しいが、再スタートになった。 真実を明らかにしてもらいたい」と語った。 カルテの主な内容は次の通り。 (一部抜粋) <98年11月3日午前3時> 看護記録「自発呼吸しっかりしてきている」 <5日> 医師記録「fever(熱)、Bp(血圧)高め、自発(呼吸)もできている。 ある程度生命的にはのりきれそうだが…その先は…」 <8日> 看護記録「四肢硬直強い。 やはり脳の回復は期待できず」。 主治医病状説明「9割9分9厘は脳死状態でしょう。 生命的にはおちついてきた。 最悪の植物状態となり、安定すれば一旦退院方向もありえる」 <11日> 医師記録「family(家族)もpt(患者)がかわいそうでみてられないとのことで覚悟をきめられつつある。 あまり汚れないうちに終わりにしてあげたい」 <13日> 看護記録「Fa(家族)にムンテラ(面談)し、Faはあきらめた様子でナチュラルコースである。 点滴漸減していく方向」 <15日> 看護記録「呼吸状態安定」 <16日> 医師記録「Familyより抜管希望強し。 大変つらいが夕方family集まってから抜管することとする。 PM6:03familyの了承を得て抜管。 努力呼吸著明。 とてもみていられず。 セルシン(鎮静剤)10mg iv(静脈注射).するも効なし。 ドルミカムiv.もやはり効なし。 6A(アンプル)iv.でも努力様つづく。 7時前 ミオブロック点滴静脈内注入行う。 永眠され安らかな顔になられる」 注=ドルミカムは鎮静剤、ミオブロックは筋弛緩剤。 また須田医師は看護師に「抜管は患者の家族の希望」などと伝え、看護師はそのまま看護記録に記載していたことも判明。 捜査本部は、須田医師が患者の回復の見込みはないとし、殺人の起点となった抜管を独断で決意した疑いがあるとみて調べている。 川崎臨港署捜査本部は、須田容疑者が家族の意思を確認しないまま死に至る措置をしたことを裏付ける証言とみている。 須田容疑者は98年11月16日、患者の気管内チューブを抜いて鎮静剤と筋弛緩剤を投与、窒息死させた疑いで4日に逮捕された。 これまでの県警の聴取に「抜管すると呼吸が弱くなります。 最期を見守ってあげて下さい」などと説明してチューブを抜いたと主張している。 同容疑者の弁護士は「(この説明は)抜管すれば亡くなることを前提としていた」と言う。 だが病室にいた遺族、看護師はこれまでの聴取に「そのような説明はなかった」と証言しているという。 事件当日の看護記録には「fa(妻)より希望あり挿管チューブ抜管して欲しいとの事」との記載がある。 だが看護師は「家族の希望であることは医師(須田容疑者)から聞いてそう記録した。 自分が家族から聞いたわけではない」と証言していることも分かった。 須田容疑者は「9割9分9厘は脳死状態でしょう」と家族に伝えていた点について「医学的に脳死とみていたわけではない。 分かりやすくするため脳死の言葉を使った」と県警に説明。 「(筋弛緩剤投与で)死期を早めることは分かっていた」と話しているという。 筋弛緩剤をめぐっては、看護師の看護記録に使用量が記録されているが、医師のカルテには使用量が記載されていないこともわかっており、神奈川県警は、須田容疑者が発生当初、投与の具体的な事実を隠そうとした可能性もあると見て調べている。 調べによると、指示箋は、医師が看護師らに点滴、注射などの薬剤調達を指示する際に使用する4枚つづり伝票で、本来は、医師がカルテに添付するほか、医事課にも提出。 これをもとに診療報酬請求書(レセプト)が作成されることになっている。 しかし、男性患者が死亡した1998年11月16日のカルテには、栄養剤点滴などの指示箋が添付されていたにもかかわらず、筋弛緩剤と2種類の鎮静剤(「セルシン」「ドルミカム」=いずれも商品名)の指示箋は添付されていなかった。 看護師が記録した看護記録にはこの3種類が投与された事実が量と共に記録されているが、男性患者に投与された筋弛緩剤とドルミカムについては、指示箋がないため、レセプトに記載されておらず、病院からの診療報酬が請求されていないままになっている。 筋弛緩剤の投与については、今年4月、男性患者の死亡が筋弛緩剤の投与によるものであることが病院側によって公表されるまで、当時の幹部の意向もあり、約3年半にわたって、伏せられていた。 また、須田容疑者は今年2月、病院側から「法的に殺人事件の可能性がある」として捜査機関に出頭するよう勧められていたが、これに応じなかった。 このほか、薬剤の使用記録をめぐっては、須田容疑者が記入したカルテに「セルシン」の使用量は記載されているものの、筋弛緩剤と「ドルミカム」については使用の事実が記録されているだけで、量の記載がないこともわかっている。 神奈川県警川崎臨港署の特捜本部は5日午後、須田容疑者が所長を務めている横浜市港北区内の診療所を、殺人容疑で捜索した。 診療所には「本日休診」のプレートがかけられていた。 川崎の筋弛緩(しかん)剤事件で、殺人容疑で逮捕された医師須田セツ子容疑者(48)はカルテに心情をつづり、事件の4日前から積極的な治療を控えていた。 患者が植物状態になった場合の家族の負担や本人の尊厳を思ったのか。 同僚の医師らは彼女が一人、重大な判断をしようとしていることに気づかなかった。 患者を自宅に帰せますか」。 須田医師は事件直後、当時の院長にそう主張したとされる。 川崎協同病院はベッド数約270、スタッフ約400人を抱える大病院。 患者は1998年11月2日、気管支ぜんそくの発作から心肺停止状態で入院し、一命は取り留めたが意識は戻らなかった。 同4日に主治医になった須田医師は「9割9分は植物状態」と家族に説明。 5日のICU退室サマリと呼ばれる看護記録には「ワイフより 家族で介護する余裕がない」とある。 その後の8日、同医師はさらに「9割9分9厘は脳死状態」と説明し、患者が植物状態になれば在宅介護の可能性があることを家族に伝えた。 あまり汚れないうちに」。 11日のカルテには患者の「尊厳」を意識したかのような記述があり、12日以降は輸液を減らすなど積極的な治療を控えた。 13日の看護記録には「ファミリーはあきらめた様子でナチュラルコースである」。 ナチュラルコースとは、末期患者の延命治療をしないことを指す。 病室に集まった家族十数人の前で、須田医師は気管内チューブを抜いた。 呼吸困難に陥った患者は激しくもがいた。 家族は悲鳴を上げ、病室はパニックに。 同医師は2種類の鎮静剤を大量に投与したが、効かなかった。 「呼吸が下がらないのよ」。 予想外の事態だったのか、急きょ看護師に筋弛緩剤を取りに行かせた。 「私がやるんですか」。 経験期間1年7カ月の准看護師がためらうと、同医師は「使ってちょうだい」と指示。 筋弛緩剤を一気に静脈注射された患者は数分後に息を引き取った。 「楽にしてあげるからね」「そんなに頑張らなくていいのよ」。 筋弛緩剤投与の前後、須田医師は患者の両肩に手を置き、こう語り掛けたという。 事件直前、須田医師は家族に「九割九分九厘脳死」と説明しており、県警はなぜこうした説明をしたのか調べている。 看護記録などによると、患者が死亡する8日前、須田医師は「九割九分九厘は脳死状態でしょう」と家族に説明した。 しかし、県警が逮捕前に任意で事情を聴いたときに、須田医師は事実と異なる病状説明をしたという認識はあったという。 須田医師は「家族からチューブを抜いてほしいとの要請があった」と県警に説明している。 事実と異なる説明をすることで、須田医師は家族に死を覚悟させようとした可能性もあると県警はみている。 また、任意の調べの中で、須田医師は患者の気管内チューブを抜き、鎮静剤や筋弛緩剤を投与したことについて「死期を早めると分かっていた」と話した。 死期が迫る患者の治療行為を中止していく終末期医療を施す認識だったことを示唆したとみられる。 一方、チューブを抜いた際に、須田医師が「家族に、抜くと最期になると説明した」と主張している点について、家族も立ち会った看護師も「説明は聞いていない」と述べているという。 事件当日の看護記録に「家族(妻)より希望あり。 挿管チューブ外してほしいとの事」と記載されているが、看護師は家族から直接聞いたのではなく、須田医師から聞いて書いたと話しているという。 県警は抜管が「殺害行為の着手」にあたるとみており、死亡の8日前に抜管を決断した経緯に注目して調べている。 県警や同病院の内部調査委員会によると、男性は心肺停止状態で同月2日に入院したが、6日には、自発呼吸するようになり、人工呼吸器が取り外された。 にもかかわらず、須田容疑者はその2日後の8日、家族に対し、「9割9分9厘は脳死状態」と説明。 カルテには「高気圧酸素療法を予定するが、あまり期待できず」と記載していた。 高気圧酸素療法は、脳梗塞(こうそく)やガス中毒などの患者に、治療装置内でより多くの酸素を送り込む療法。 カルテによると、同10、11の両日、須田容疑者は男性にこの療法を施したが、11日、男性がけいれんを起こしたため中断した。 結局、須田容疑者は同16日、男性の気管内チューブを抜いたうえ、筋弛緩剤を投与して死亡させた。 県警は家族がこの間、「抜管を頼んでいない」と一貫して説明していることを重視。 さらに、須田容疑者が抜管を決めた経緯などを詳しく調べるが、須田容疑者は抜管については他の医師や看護師にも事前に説明していなかったという。 家族に対するインフォームドコンセント(十分な説明と同意)をめぐっては、同委員会も「大きな問題がある」と最終報告で指摘。 須田被告は調べに対し「本人と家族のために延命を中止した」と供述し、違法性を否定している。 起訴状などによると、須田被告は98年11月16日午後6時ごろ、ぜんそくの男性患者(当時58歳)の家族を立ち会わせ、自発呼吸を助けていた気管内チューブを抜いた。 さらに准看護師に指示して筋弛緩剤「ミオブロック」6ミリリットルを静脈注射させ午後7時11分、呼吸筋の弛緩で窒息死させた。 調べに対し、須田被告は抜管、筋弛緩剤投与によって患者の死期が早まると認識していたことを認めつつ「家族が要望、承諾していたので違法性や責任を問われる行為ではない」と供述している。 だが家族側は「頼んでいない」と否定。 被告が抜管に先立ち説明したと主張する「最期を迎える」との説明は、家族だけでなく、病室に立ち会った看護師も「聞いていない」と証言している。 地検は、被告独自の考え方から、回復困難とみていた患者を延命させるより穏やかに死なせる方が本人と家族のためだと勝手に思い込んだとみている。 また、死期が早まると認識していたのだから、明確な殺意があったと判断した。

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患者に寄り添うこと 〜看護師に学んだ“三つの視点”と民医連の職員養成〜

川崎 協同 病院 事件

Untitled Document 川崎協同病院事件 事件の経緯 神奈川県川崎市川崎区の川崎共同病院 患者は川崎公害病の国認定患者だった50代の男性患者(医師は 15 年くらい前から担当医) 1998年11月16日に事件が発生 11月2日 帰宅途中に持病の気管支喘息の発作のため、心肺・呼吸が停止 病院に搬送後、蘇生し心臓は動きだす 数日後 自発呼吸が戻るが、意識不明のまま 11月14日 主治医から、家族へ「人工呼吸機につないでいる気管内チューブ」の取り外し を提案 主治医の「楽にしてあげたい」という言葉の意味についての食い違い 11月16日 医師が家族全員病室に集まるように指示し、気管内チューブを取り外す 患者は呼吸困難に陥る これを見て、家族は「楽にしてあげたい」と発言(病院側発表) 医師が鎮静剤と「呼吸停止に至る」量の筋弛緩剤を投与 投薬はセルシン 10mg ・ドルミカム6A・ミオブロック点滴静脈注射 投薬の際、医師が「楽にしてあげるから」と発言 数分後に患者は死亡 死亡診断書には「無酸素性脳症」と記載 医師は「意識が戻らない状態が長く続くと思った。 上記の4要件と今回の事件を照らし合わせて考えると…。 そして、報道された記事から見る限り、家族と医師との間においても医療計画の話し合いがしっかりとなされていたとはいえないということだろう。 気管内チューブの抜管を家族に持ちかけたとき、医師は「9割9分9厘」脳死状態といったというが、脳死状態の判定は1人の医師が軽々しくすべきものだろうか。 医師の行為は、医療行為であるとはいえず、また4要件をどれひとつ満たしていないことからも、この事件はとても安楽死ではなく、医師の独善的な判断による殺人という判断がされるのではないだろうか。 病院側によると、「患者本人の明らかな意思表示」など、東海大安楽死事件で95年に横浜地裁が示した安楽死とされる4要件を満たしておらず、殺人罪に問われる可能性がある。 同病院によると、患者は98年11月、帰宅途中に持病の気管支ぜん息の発作が起こり、心肺と呼吸が停止した状態で同病院に運び込まれた。 蘇生後、心臓は動き出し、数日後に呼吸できるようになったが、意識不明の状態が続いた。 このため、入院から13日目に主治医が「これ以上の延命はしのびない」と家族に、人工呼吸器につないでいる気管内チューブの抜き取りを持ちかけた。 その2日後の夕方、主治医は気管内チューブ抜き取った後、鎮静剤と「呼吸停止にいたる量」の筋弛緩剤を投与した。 同病院は患者の死亡後、事実を知ったが、前病院長が主治医に厳重注意をしただけだった。 昨年10月に病院職員から指摘を受け、改めて事実関係の調査を実施。 安楽死の4要件にあてはまらないと判断。 19日朝、神奈川県警臨港署に事情を説明した。 主治医に対しては昨年12月に退職を勧告。 主治医は今年2月末に病院を辞めたが、今月、遺族に謝罪したという。 同病院は今後、外部識者を含めた調査委員会を設置する。 堀内院長は「医療倫理の原則にも反しており、許されない行為と考えている。 主治医と遺族の言い分に食い違いがあるが、2度とこうした事例が起きないよう信頼回復に全力を尽くしたい」と陳謝した。 病院側によると、「患者本人の明らかな意思表示」など、東海大安楽死事件で95年に横浜地裁が示した安楽死の4要件を満たしていないうえ、主治医はカルテに病死と表示しており、死亡診断書にも虚偽が記された疑いがある。 神奈川県警捜査1課と川崎臨港署は殺人容疑などでの立件を視野に入れ、20日にも主治医や遺族、病院関係者らから事情を聴く方針。 同病院によると、患者は98年11月、帰宅途中に持病の気管支ぜん息の発作が起こり、心肺が停止した状態で同病院に運び込まれた。 蘇生措置後、心臓は動き出したが、人工呼吸器が必要なうえ、意識不明の状態が続いた。 数日後、自発呼吸も可能な状態になったが、意識は戻らず、入院から13日目に主治医が「これ以上の延命はしのびない」と気道確保のための気管内チューブの抜き取りを持ち掛けた。 その2日後、主治医がチューブを抜き取ると、患者は呼吸困難に陥った。 その後、主治医は家族に対し「楽にしてあげるから」と言い、鎮静剤と「呼吸停止にいたる量」の筋弛緩剤を投与し、数分後患者は死亡した。 病院側の説明では、家族は気管内チューブを抜き取る行為が患者の死につながるという認識がなかったほか、主治医から筋弛緩剤を投与するという説明を受けなかったらしい。 堀内院長は「遺族は『ぜんそくで亡くなったと思っていた』と言っている。 主治医と遺族との言い分に食い違いがある」と話している。 患者は大気汚染による公害病の国認定患者だった。 同病院は患者の死亡後、事実を知ったが、前病院長が主治医に厳重注意をしただけだった。 昨年10月に病院職員から指摘を受け、改めて事実関係を調査。 今月13日、遺族に謝罪し、同19日、川崎臨港署に事情を説明した。 主治医に対しては昨年12月に退職を勧告。 主治医は今年2月末に病院を依願退職した。 同病院は来週にも、外部識者を含めた調査委員会を設置するという。 堀内院長は「医療倫理の原則にも反しており、許されない行為と考えている。 2度とこうした事例が起きないよう信頼回復に全力を尽くしたい」と陳謝した。 東海大病院の「安楽死」事件で横浜地裁は九五年、医師による安楽死が認められる要件として患者本人の意思表明などを示したが、病院側は「要件には当てはまらず、許容できない」と川崎臨港署に届けており、医師は殺人罪に問われる可能性がある。 医師は死亡診断書に事実と異なる死因を記載していたといい、虚偽の診断書を作成した疑いも出ている。 病院側によると、患者は九八年十一月上旬、気管支ぜんそくの発作が起き、心肺停止状態で運ばれた。 心臓は動いたが意識は戻らず、呼吸維持のため、気管内にチューブを挿入する状態が続いた。 主治医だった医師は、家族に「楽にしてあげたい」とチューブを抜くことを提案。 その二日後、入院から十五日目に当たる十一月中旬、家族の立ち会いの下でチューブを抜き、鎮静剤を投与した後、呼吸が止まる量の筋弛緩剤を投与し、死亡させたという。 堀内院長は「『楽にしてあげたい』という言葉の意味について、家族と医師の間で食い違いがあったのではないか」としている。 病院側は当時、医師に口頭で注意しただけだった。 昨年十月、職員の指摘で内部調査。 医師は勧告を受けて今年二月末に退職した。 病院側は今月十三日、家族に謝罪したが、筋弛緩剤の投与は明らかにせず「薬物使用により死に至らしめた」と説明したという。 〈医師と家族認識にズレ〉 川崎協同病院(川崎市)で、主治医の女性医師が男性患者に筋弛緩(しかん)剤を投与し死亡させた問題は、患者処置をめぐり、医師と家族の認識が大きく異なっていた可能性が出ている。 病院側によると、医師は、回復が見込めないのに気管内チューブを挿入して患者の呼吸を維持していることを「忍びない」と判断。 家族に「楽にしてあげたい。 チューブを抜くことを話し合ってほしい」と提案した。 それは「死」を意味していた。 ところが、これまでに三回、家族と面会し、当時の状況を聞いた病院側は「家族は『期待していたことと違うことをされた』と思っているようだ」としている。 家族が何を期待していたのか、チューブを抜くことを家族が同意していたのかについて、病院側はあいまいな説明を繰り返している。 〈事実なら医療逸脱〉 厚生労働省医政局総務課の話 治療行為ではなく、死なせるのが目的だということが事実ならば医療行為を逸脱している。 殺人なのか、自殺ほう助なのか、分からないが、刑法の範ちゅう。 報告を受ける仕組みになっていないので、詳細は分からないが、週明けに任意で話を聴くことはあるかもしれない。 安楽死については定義も設けておらず、国民的なコンセンサスは取れていないと考えている。 投与すると、呼吸困難に陥る。 投与後すぐにけいれんを起こし、呼吸が停止するため、通常は人工呼吸器を使って呼吸を確保する。 今回のケースについても、同省の幹部の1人は「病院側の発表通りなら、医師の行為は治療行為とは言えない」と話した。 安楽死を巡っては、東海大医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)で1991年4月、同大助手だった医師が末期がん患者を安楽死させるために塩化カリウムを注射、死亡させたとして殺人罪に問われたケースがある。 横浜地裁は95年3月、この助手に対して、懲役2年、執行猶予2年の有罪判決を言い渡し、確定した。 これ以後、医療現場でのひとつの指針となっている。 96年4月には、国保京北病院(京都府京北町)の院長(当時)が、やはり末期がん患者に対して、呼吸を停止させる作用がある筋弛緩剤を点滴投与し、死亡させたケースがあったが、京都地検は「直接、患者の死につながったとは断定できない」として、嫌疑不十分で不起訴処分とした。 海外では、オランダで今年4月、国家レベルとしては世界で初めて、安楽死を合法化する法律が発効したばかりだ。 その隣国のベルギーでも昨年10月、医師による安楽死を合法化する法案を可決した。 米国では、すでにオレゴン州で97年に安楽死が合法化されている。 一方、日本では旧厚生省が97年に行った末期医療に関する意識調査で、安楽死を容認する人は、国民全体の9%、医師や看護職員の1%に過ぎず、翌年まとまった検討会の報告書も「安楽死は一般には容認されていない」と結論付けた。 ただ、厚労省では、国民の意識の変化も考慮する必要があるとして、5年ごとに調査を実施、来月にも新たな検討会を設置する予定だ。 医事評論家の水野肇さんは、「日本では、安楽死を積極的に選ぶ医師はいないだろう。 そういう場面に直面したとしても、痛みに苦しむ患者や家族を前に、苦悩した末の選択になるに違いない」とみている。 川崎協同病院(川崎市川崎区)が19日、こう認めた、筋弛緩(しかん)剤の投与による気管支ぜんそく患者の「死」。 病院側は「男性患者の意思が確認できていなかった」とし、神奈川県警は殺人容疑を視野に入れ情報収集を始めた。 患者の死後、病院側は、主治医だった中年の女性医師の行為を把握しながら、徹底的な調査を行わず、当時の院長は医師に厳重注意しただけで済ませており、今後、病院側の管理体制も問われそうだ。 この日午後、同病院の堀内静夫院長(54)らは沈痛な表情で、川崎市役所での記者会見に臨んだ。 午後3時から始まった会見は、20日午前零時ごろまで約9時間に及ぶ異例の長さとなった。 堀内院長らによると、筋弛緩剤の投与があったのは1998年11月中旬の夕刻。 患者の家族らが見守る病室で、女性医師が気管内に挿入されていたチューブをはずした直後に、患者が苦しそうに体を動かしたため、鎮痛剤に続いて筋弛緩剤を投与。 その量は「呼吸停止に至る、間違った量」だったという。 患者の苦しむ姿を見た家族が「楽にしてあげたい」と医師に頼んだというが、堀内院長は「『楽にしてあげたい』という言葉が、痛みを和らげるように求めたのか、安楽死を求めたのかは分からない」と述べた。 カルテには投与した筋弛緩剤の量などが記されているが、堀内院長らは「警察の捜査が始まっている」として公表を拒んだ。 病院側は、この医師が担当した患者のカルテを過去5年間さかのぼって調査したが、同様のケースは見つかっていないという。 チューブ取りはずしなどは当時、病院内でも問題となったが、「問題のある行為という認識にとどまった。 当時の院長の厳重注意だけで済ませてしまった」(堀内院長)ため、徹底的な調査は行われなかった。 昨年10月末に職員が患者のカルテを発見、病院管理部が調査を開始し、12月末には「倫理上の問題がある」との確証を得たという。 病院側は同月末、医師に辞職を勧告したが、遺族側に説明を行ったのは今月13日になって。 「死因が薬物投与によるものである可能性がある」と説明したところ、遺族側は「基本的にぜんそくで亡くなったと思っていた」と答えたという。 堀内院長は「医師から説明を受けた患者の家族は、チューブを抜くことが死につながるという認識はなかったようだ」としている。 遺族への説明が遅れたことについて、院長は「反省している。 隠ぺいする気はなかった」と釈明。 「損害賠償はこれから検討するが、誠心誠意対応したい」と述べ、当時副院長だった自身を含む病院幹部の管理責任を問う考えを表明した。 殺人容疑に当たるかどうかについて、同席した弁護士は「刑事事件に当たる可能性があるとしか言えない」と明言を避けた。 【死亡診断書虚偽の記載】 会見では、女性医師が記入し、川崎市役所に提出された死亡診断書に、病院の調査結果による「呼吸筋マヒ」とは異なる記載があったことも明らかになった。 病院側は「虚偽の記載だった」と結論付けた。 堀内院長は、医師に自首を勧めたが応じていないとし、医師は「意識が戻らない状態が長く続くと思った。 本人と家族にとって延命は良くないと思った」と話しているという。 【主治医の女性「答え控える」】 女性医師は19日、読売新聞社の取材に、しばらく考えた後、「いろいろな問題が絡んでいますので、答えは控えます」と話した。 医師は今年2月に川崎協同病院を依願退職し、横浜市港北区で診療所を開業。 白衣姿の医師は、「警察から話を聞かれるなら、(その時)答えるので、今はそっとしておいてほしい」と言い残し、往診に出掛けた。 医師の行為を最後まで医療の一環と信じていたことが遺族自身の証言から分かった。 長男によると、98年11月16日、家族全員が病室に集まるよう女性医師から指示された。 集まった家族の前で、医師は気管内チューブを抜き取った。 その直後、父親は起き上がるような格好で体を反らし、苦しんだという。 「医師は父の肩に手を当て、父の名を呼びながら『楽にしてあげるからね』と声をかけた」 医師は看護婦から受け取った注射2本を父親に打った。 長男は苦しみを和らげるための措置と受け止めたが、握っていた父の手はみるみる冷たくなった。 亡くなるまでわずか30分だった。 「チューブを抜いてみたいので、家族と相談してほしい」との申し出は、2日前の14日、医師から母親に伝えられていた。 それが「死を招く処置」であるとの説明はなかったという。 「チューブを抜くという行為は治療のひとつだと思っていた」という。 当時から「この死はおかしいと思った」と、長男は振り返る。 「弁護士に依頼することも考えたが、父の死のショックで家族がボロボロになっていた。 おかしいと思うのは素人の考えで、これが医療の流れなのかも知れないと思った」 「大変なことが起きた」と病院から突然、電話があったのは今月13日。 その日、病院関係者が訪ねてきた。 「これは安楽死か、もしくは殺人じゃないのか」と長男が問い掛けると「私たちからは何も言えない」と口をつぐんだという。 「家族の同意がないままの処置だった。 これからの病院の動きをみたい」。 3年半の釈然としない思いを、長男は憤りととともに吐き出した。 これまでの病院側とのやり取りの中で、薬物投与についての明確な説明はまだないという。 しかし、結局、正式な幹部会議には諮られず、うやむやになっていたといい、桑島政臣副院長は「もみ消しと取られても仕方ない」と述べた。 また、神奈川県警は20日、堀内静夫病院長と事務長らから参考人として事情を聞くなど、本格的な真相究明に乗り出した。 同病院によると、前院長からの報告は、非公式のミーティングという形で数人の幹部だけを集めて行われた。 本来、同病院では医療ミスなどが起きた場合、月1回定例の「管理会議」に事実関係を報告する。 同会議は院長と3人の副院長を含む幹部10人で構成、出席者全員に議案の提案権があり、調査や関係者の処分を決めることができる。 議事録が作成されるが、男性患者の件については、管理会議に諮られることはなかったという。 当時副院長だった堀内院長は、この非公式ミーティングには出席しておらず、昨年10月、職員に指摘されてカルテを見るまで知らなかったという。 桑島副院長は出席したが、特に口止めされたわけではないとし、「自然とうやむやになってしまった」と釈明した。 長男によると、主治医の女性医師から「男性患者の口に入っているチューブを抜くので親族に来てほしい」と連絡があったのは1998年11月14日だった。 2日後の16日、病室に家族、親族合わせて十数人が集まった。 女性医師が口からチューブを抜くと、それまでこん睡状態で身動き一つしていなかった男性患者がうめき声を上げ、体を上下に波打つようによじり始めた。 女性医師は、男性患者の両肩に手を置いて、「すぐに楽にしてあげる」と話し掛け、注射を打った。 さらに付き添っていた看護婦に指示して、別の部屋から何かの薬品を持ってこさせ2本目の注射を打った 長男はベッドの傍らで男性患者の右手を握っていたが、その手がだんだん冷たくなっていったのを覚えている。 気が動転していったん病室を出たが、戻ると、女性医師に「ご臨終です」と言われたという。 病院側から示された死亡診断書の死因は「無酸素性脳症」。 しかし、病院側から詳しい説明はなかった。 当時、長男は「投薬ミスで死んだのではないか」と疑い、病院を提訴することも考えたが、家族の反対もあり我慢したという。 「チューブを外すとどうなるか、一切説明を受けていなかった。 15年くらい前からの担当医なのできっとよくなるだろうと信じていたのに」。 長男の言葉に悔しさがにじみ出た。 「(事件には)事前に関与したことは一切ない。 既に捜査が始まっており、予断を与えるような言動は慎みたい」とする前院長のコメントを発表した。 前院長は、協同病院を「家庭の事情」で辞めた後、昨年6月から実家近くの鳥取市内で働いている。 松本弁護士は「前院長は被疑者という立場にない」と強調。 「安楽死という微妙な問題で、正確な事実認定と高度な法律判断が必要となる。 捜査当局や病院の求めがあれば、真実を明らかにしたい」と話した。 医師が「楽にしてあげる」と注射を打った直後、心拍が乱れ、患者は家族らが動揺する中で死亡していたことも分かった。 長男は神奈川県警にも同様の証言をしており、医師の殺人容疑立件に向けた捜査に影響を与えるとみられる。 川崎市内で会社を経営する長男によると、男性は川崎公害病の認定患者。 九八年十一月十六日に死亡した。 その二日前、見舞いに来た母親に対し医師が「気管内に挿入しているチューブを抜きますので、家族で話し合い、病室に集まってください」と話した。 死亡当日、家族や親族十数人が見守る中、医師がチューブを抜くと、患者はたんが気道に詰まって苦しみ始めた。 医師は同じベッドに腰掛けて患者の両肩に手を置き「今、楽にしてあげるからね」と話し掛けた。 その直後、医師が注射を二本続けて打つと、心拍が乱れ、長男が握っていた患者の手が次第に冷たくなった。 家族らから「キャー」「どうしたの、何?」と悲鳴が上がり、病室内が騒然となる中、医師は「ご臨終です」と告げた。 長男は「親にはどんな形でも生きていてほしい。 チューブを抜くのは治療だと思っていた。 葬儀後、死に方がおかしいと思った」と話している。 会見では、カルテと看護記録に記された筋弛緩剤の投入量が異なっていたことも明らかにされたが、病院側は「病室に看護婦がいたかどうかについてもわからない」としており、内部調査がそもそも不十分だった疑いが出てきた。 一方、神奈川県警は同日、当時の事実関係を確認するため、前院長や男性患者の遺族から話を聞いた。 同日の堀内静夫院長の記者会見によると、女性医師から院長が正式に事情聴取したのは昨年11月下旬。 その後も、補足的に副院長らが女性医師から男性患者が死亡した当時の様子などを聞いたというが、事情を聞いたのは「女性医師からだけ」としている。 また、カルテを4、5人の内科医で分析したというが、看護記録に記載された筋弛緩剤の投入量がカルテの量とは異なる点については、「ともに男性の呼吸を止めるには十分な量。 極端な違いはなく、わずかな差に過ぎない」と判断。 男性の死亡時に、看護婦が男性の病室にいたかどうかや、筋弛緩剤がどこから持ち込まれたかについては、「看護記録の記述がわかりにくいためわからない」「筋弛緩剤が事前に用意されていたか、途中で持ち込まれたかはわからない」と、あいまいなままになっている。 これに対し、男性患者の遺族は、女性医師が男性患者の口からチューブを抜いた際、病室に看護婦が付き添っており、女性医師の指示で別の部屋から筋弛緩剤などを持ってきたと説明。 病院側は、遺族側に確認することもしていない。 女性医師は「楽にしてあげる」と言ったとされるが、病院側は「患者は苦痛を感じる状態ではなかった」など、「積極的安楽死」を許容する4要件にすべて当てはまらないと具体的に指摘した。 病院側によると、男性患者は、ぜんそくの発作で入院。 意識不明の状態が続いたが、自発呼吸ができ、血圧、脈拍も安定していた。 「積極的安楽死」が例外的に容認される場合の要件が示されたのは、東海大病院事件の横浜地裁判決。 堀内静夫院長は「2週間程度では『植物状態』とは言い難い状態。 脳障害は残ったにせよ、快方に向かう可能性はあった」と話している。 主治医だった女性医師 47 が、筋弛緩剤だけでなく、鎮静剤も患者を死亡させる目的で投与した疑いが新たに浮上したことになる。 当時の院長が副院長、看護部長、事務長との「四役会議」で事件を報告し「公にすることは家族に結果的に迷惑を掛けるので当面見送る」と隠ぺいを決めていたことも明らかになった。 市によると、気管内に挿入したチューブを抜かれ、苦しんでいる患者について、医師はカルテに「とても見ていられない」と記載。 筋弛緩剤は、病棟などに保管されておらず、市は「集中治療室(ICU)から持ち出したと考えられる」としている。 カルテと看護記録には鎮静・催眠薬の「ドルミカム」「セルシン」、筋弛緩剤の「ミオブロック」を患者に投与したことが記載されていた。 市は「常識的には考えられない量」と判断。 「気管内チューブを抜いた状態での投与は非常に疑問」としている。 また、看護師が記載する看護記録によると、鎮静剤の投与も致死量に達していたという。 同病院はこれまで、気管内チューブを抜いたことに関して「『見ているのは忍びない』と主治医が判断した」と説明。 家族も「女医の判断でチューブを外すことになった」などと話している。 同市が確認したカルテによると、男性患者は98年11月11日に気管内チューブを1度抜いたが、呼吸困難となり、再び挿入。 死亡当日の同月16日午後3時30分に「ファミリーが希望」し、同6時3分にチューブが外された。 患者の呼吸が激しくなり、女性医師は鎮静剤の「セルシン」を10ミリ・グラム注射。 効果がないため、別の鎮静剤「ドルミカム」を2回にわたって投与した。 1回目の投与量の記録はなく、2回目は6アンプル投与したという。 さらに、その後、筋弛緩剤の「ミオブロック」を点滴で投与。 男性患者は数分後の同7時すぎ、呼吸と心拍が停止したという。 カルテには、筋弛緩剤の投与量が記載されていないが、同市が確認した看護記録には、「ミオブロック」が3アンプル投与されたことになっている。 また、看護記録では「セルシン」が20ミリ・グラム、「ドルミカム」が80ミリ・グラムと50ミリ・グラムの2回に分けて投与されたという。 同市は「看護記録にあるドルミカムの総量だけでも十分な致死量。 また、ミオブロックも3アンプルで致死量」と話している。 一方、事件当時の同病院院長(57)に代理人を依頼された弁護士は22日、同院長の現在の勤務先がある鳥取市内で会見し、「事件には一切かかわっていない」と関与を否定した。 呼吸維持のため患者の気管内に挿入していたチューブを抜くよう、患者の妻に頼まれ「最期になる(死ぬ)」と説明、家族の了承を得たと強調。 その後の鎮静剤や筋弛緩(しかん)剤投与は「呼吸を止める目的ではなく、苦もんを取るためだった」としている。 だが患者の長男は「治療だと思っていた。 生きていてほしかった」と全面否定しており、双方の主張は真っ向から対立。 弁護団によると、患者が死亡する約四時間前の九八年十一月十六日午後三時ごろ、妻が「(チューブを)抜いてください」と医師に申し出たという。 医師は「最期になることですよ。 家族を集めてください」と言い午後五時半ごろ、集まった家族らに「抜管の希望が出ている。 抜管すると呼吸が弱くなる。 最期を見守って上げてください」と話した。 家族から質問や異論は出なかったという。 延命治療の断念は「家族の要請だった」とする病院側と、「生きていてほしかった」という遺族側。 双方の対立は「死」に対する考え方が多様になっている中で、現代医療そのものが抱え込む問題でもある。 ---------------------------------------- そもそもこの事件は一九九八年に起きた。 川崎公害病に認定されていた男性患者=当時 58 =が気管支ぜんそくの発作で入院。 その後、植物状態になったとして主治医の女性医師が気管支チューブを抜き取ったうえ、筋弛緩(しかん)剤を投与。 男性は入院から十五日目に死亡した。 この医療措置について、病院側と患者・家族の主張が今、真っ向から対立している。 まず問われるのは、三年半もの間、この事実が遺族への説明もなく病院側によって隠ぺいされていたことである。 昨年十月、病院職員からの指摘で調査し、今月になって遺族に謝罪、警察へ報告したという。 この病院側の対応は、遺族だけでなく社会全体に医療不信を抱かせ、許されないことだ。 だが、だれもが納得できる明快な見解はなく、今に至っている。 例えば九一年四月、東海大医学部付属病院で悪性リンパ腫の男性患者に主治医が塩化カリウムを注射し、死亡させた事件。 横浜地裁は殺人罪に問われたこの医師に懲役二年、執行猶予二年を言い渡し、確定した。 判決は安楽死を医療行為として認めた印象もないではないが、あくまで例外的な緊急避難としているにすぎない。 今回の事件で、医師の弁護団は患者の妻に頼まれ医療継続を断念、家族の了承を得た上での判断だと強調しているが、現状の日本では、命を縮める筋弛緩剤の使用はしてはいけない医療行為である。 だから神奈川県警でも医師の判断について殺人罪を視野に捜査を進めている。 末期がんや難病などで死を目前にした患者への治療行為は、いつの段階で、どのように打ち切られるのか。 重篤患者に医師が薬物を投与する行為は「積極的安楽死」などとされるが、日本ではまだ安楽死を認める法律は整備されていない。 患者や家族の意思確認の難しさは想像するに難くない。 だが、人の命を託された医者は、どんな場合でも常に冷静でなければならない。 今回もそうだが、安楽死の問題でよく医療側から出されるのが「患者、家族の要請があった」という言葉である。 しかし、人間だれでも本当はできるだけ長く生きたいものだ。 だから医師は、安楽死を求める側の「こんなに苦しいのなら」という前提を忘れてはいけないのだ。 医療行為の本質は、いつの時代であっても患者の命を短くする目的であってはならないと思う。 高齢化が進み、世の中の「死」に対する考えが多様になっている。 中には人間らしい「死に方」を選択する「尊厳死」を主張する人もいる。 近い将来、安楽死をひとつの死の在り方として正面からとらえた議論が必要になるに違いない。 その時は、医師と患者や家族の信頼関係をどうやって築いていくのかなど、議論はあらゆる観点から検証されなくてはならない。 海外ではオランダが安楽死の合法化に踏み切っているが、患者の意思確認や主治医の独断排除など厳しい条件が加えられているのは言うまでもない。 気管内チューブの撤去は男性の死亡につながる行為で、弁護団は「約三十分間で家族は十分話し合うことができた」としているが、専門家は「そんな短時間では、医師は家族に説明できないし、家族も理解できない」と指摘。 医師の対応が不十分だった可能性が高く、神奈川県警捜査一課は殺人の疑いがあるとみて捜査を進めている。 弁護団に対する医師の説明などによると、医師の求めで家族が病室に集まったのは九八年十一月十六日午後五時半ごろ。 「最期を見守ってください」と話して、午後六時ごろ気管内チューブを抜いた。 神奈川県警は、女性医師の殺人容疑を視野に入れて捜査しており、薬剤投与の意味が、今後の捜査の重大なポイントとなりそうだ。 女性医師が記入したカルテと、看護婦による看護記録の双方に、チューブを抜いた後の投与として3種類の薬剤が記録されていた。 鎮静剤の「セルシン」と「ドルミカム」、筋弛緩剤「ミオブロック」(いずれも商品名)で、セルシンとドルミカムは血圧を下げて患者の不安を除去し、ミオブロックはのどや胸の筋肉の働きを緩める効果がある。 人工呼吸器や気管内チューブを患者の口に挿入する際などに、この3つの薬剤がしばしば一緒に使用されるが、医療関係者らは抜いた後の使用に首をかしげる。 男性患者はミオブロック投与の数分後に呼吸と心拍が停止した。 千葉大の水口公信名誉教授(麻酔学)は「呼吸を楽にするためだけに、これらの薬剤を使うというのは考えにくい」と指摘する。 しかし、カルテには、「不思議」(医療関係者)なことに、セルシン以外の投与量が記されていない。 看護記録は通常、看護婦が後片づけをする際、空になった薬品のアンプル数から使用量を推定して記入する。 「カルテほどではないにせよ、証拠としても信頼できる」というのが一般的な考え方だ。 ある麻酔科医は、看護記録に残された量について、セルシンは一般的な成人男性への投与量の2倍で「致死になる場合もある量」、ドルミカムは同13倍で「十分な致死量」、ミオブロックは同2倍弱で「呼吸が完全に止まる量」と説明。 立ち入り検査した川崎市は「通常の治療では考えられない量」と指摘した。 病院側は「鎮静剤は患者の生命を短縮させる量。 さらに筋弛緩剤は呼吸を止めさせるほどの量であり、患者に害をなしてはいけないという医療倫理に反する」と言い切る。 これに対し、女性医師の弁護士は薬剤の投与について「患者の呼吸を止めるためでなく、苦しそうな呼吸を楽にするのが目的」とし、看護記録に記された量は「正確かどうか疑問」と指摘、病院側と食い違いを見せている。 同病院は事件を三年以上も隠し、しかも組織ぐるみで隠ぺい工作をしていた疑いが強い。 主治医と患者の家族との主張には大きな隔たりがあるが、医師側に納得し難いところが多い。 インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)がきちんと行われていたとは思えない。 まず呼吸維持のため気管に挿入されていたチューブの問題。 医師によると、こうだ。 患者の妻が「抜いてください」と申し出たため、医師は集まった家族に「抜管すると呼吸が弱くなる。 最期を見守ってあげてください」と話した。 患者の長男の主張は違う。 抜管を言い出したのは医師の側。 医師が妻に「チューブを抜きますので家族で話し合ってほしい」と要請。 しかし当日、医師から説明はなく、長男は「治療の一環と思った」そうだ。 死の直前に投与された鎮静剤と筋弛緩剤についても不審がある。 医師は「投与は呼吸を止める目的ではなく、苦もんを取るためだった」と強調。 ところが投与量は「鎮静剤だけでも十分な致死量。 常識的には考えられない」(川崎市)というのだから首をひねる。 さらに医師は苦もんを除いたとする一方で「患者の意識が回復しない中、家族は究極の選択をして決断。 その申し入れを受け、やむにやまれぬ決断をした」とも説明。 安楽死を主張しているようにも思える。 筋弛緩剤は、チューブを抜いた後、苦しそうな呼吸をしている患者を楽にさせるために投与した。 ただし、具体的な薬品名は家族に告げなかったという。 果たして、これで医師が主張するように家族の同意を得てやったと言えるだろうか。 医師の行為と説明には矛盾を感じる。 そもそも「楽にしてあげる」という医師の言葉が気になる。 情緒的であいまいだ。 極限的状況下にある医療現場で使うには特に慎重さが必要なはず。 家族の方は、患者の苦しさを何とか和らげて少しでも楽にしてやりたいとの思いで医師の言葉を受け取ったことは想像に難くない。 今回の例に限らず医療に関する説明は理解しづらい。 説明を受けても何のことかよく分からなかった、といった経験はだれでもあろう。 医師、医療機関には患者に対し丁寧さが欠けてはいないか。 坂口力厚労相は事件に関連して「医療を提供する側が優位に立ち、権力主義的になりがちな面があるが、一番大切なのは患者に接する姿勢だ」と述べ、さらに「それがなければ『ごう慢』の一言」と批判している。 関係者は真摯に受け止めてほしい。 ところで「患者の妻に頼まれ、家族の了承も得ていた」とする医師の主張が事実だった場合、医師の行為は安楽死として容認され得るか。 「患者の耐え難い苦痛」「本人の意思表示」など安楽死の四要件(横浜地裁判決)を満たしていない以上、板倉宏日大教授は「殺人罪に当たる」とみる。 一方で、土本武司筑波大名誉教授のように「四要件は一地裁の判断にすぎない」として安楽死の可能性があるとする見方も出ている。 しかし、安易に要件を緩めるべきではなかろう。 ともかく、なぜ致死量の鎮静剤を投与したのかなど謎が多い。 医師の行為と死との因果関係を詳しく調べ、真相を解明すべきだ。 医療現場で、よもや命が軽くとらえられているようなことはないと信じたい。 だが、その不安がなかなか消えない。 これらが同病院だけのものではなく、医療界共通の課題であることにも留意したい。 事件の捜査は神奈川県警が殺人罪を視野に入れて進めている。 「患者の気管内チューブを抜いたことで死期が早まった。 直接の死因は主治医が投与した筋弛緩剤」とする大学教授の鑑定が出された。 同県警は、この鑑定で主治医の行為と死亡との因果関係が裏付けられたとして主治医から事情聴取、殺人容疑で立件する方向のようだ。 そもそも、家族が治療行為と思ったという、抜管など主治医の一連の行為の目的は一体何だったのか。 患者を楽にするため? それとも独断で治療を打ち切ったのか。 そこを冷静に見定める必要があろうが、事件の原因や問題点を探る二つの報告書が公表された。 病院の内部調査委員会の最終報告書と、医療の専門家や弁護士などによる外部評価委員会の報告書だ。 内部調査委の最終報告によると、「主治医が気管内チューブを抜いたのは呼吸困難に陥らせて死亡させるため」で、その後の鎮静剤と筋弛緩剤の投与で、より確実に死に至らしめた。 患者の容体は死が切迫していたとは言えないという。 大学教授鑑定とほぼ同じ判断である。 抜管が医師側の主張のように家族の要請だったかどうかは双方から聴取できず不明。 この点は捜査による解明を待つしかあるまい。 外部評価委の報告も注目される。 「医療の民主化と安全文化」について言及。 事件を起こすに至った要因は川崎協同病院に特異的なものでなく、わが国の病院に潜在的に存在している組織構造にあると言う。 チーム医療が欠如、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)も不十分だったことが事件の背景にあり、単に一医師が引き起こしたとは断定し難いと指摘。 インフォームドコンセントに関するガイドラインも倫理委員会もないという、お寒い状態だったのである。 当初、「安楽死」論議も一部にあった。 しかし、安楽死容認の立場に立つとしても、最低限の条件である患者本人の意思表示はなかったのだから、主治医の行為がそれに当たらないのは明らかであろう。 ただ、終末期医療の在り方に問題があったのは間違いない。 終末に際し、どういう医療が最も適切で望ましいのか。 そこをないがしろにしていたと言われても仕方なかろう。 外部評価委の報告書も終末期医療について、「生命の終了には非常に難しい問題があり、しかも誤った結果は殺人という非常に厳しい結果となることを理解し、終末期の医療を行う必要がある」と重要性を強調。 「悩み、相談し、合議の上で行うべきだ」と訴えている。 患者、家族、医師、看護師らがきちんと話し合えるようにしたい。 川崎協同病院の事件は「患者のための医療」という意識が依然として薄い実態を照らし出して見せた。 そこには医療界に共通していると思われる、さまざまな課題がある。 医師が看護師より上位に立つことによるコミュニケーション不足の解消。 医療者全体で患者情報を共有化する取り組み。 倫理委員会での十分な討議。 患者家族との緊密なコミュニケーションを心掛けること…。 欠かせないものばかりである。 患者の犠牲の上に立った教訓だ。 医療界の真摯な対応を願う。 主治医を殺人容疑で逮捕 川崎・筋弛緩剤投与事件 asahi. 調べに対し、須田医師は、家族の要請を受けて死期を早めるための「正当な医療行為だった」と主張し、「内容が違う」と容疑を否認しているという。 調べでは、須田医師は98年11月16日夜、気管支ぜんそくの発作で入院し、意識がなかった公害病患者の男性(当時58)=川崎市川崎区=から呼吸を助ける気管内チューブを抜き、2種類の鎮静剤を投与し、さらに筋弛緩剤を投与して呼吸筋弛緩で窒息死させた疑い。 最大の焦点は、患者の状態をどう判断するかにあった。 入院当時、須田医師は、家族に「9割9分9厘、脳死状態」で「チューブを抜くと最期になる」と説明。 4月に事件が発覚した後は、家族の希望でチューブを抜き、「苦痛を和らげるため」に筋弛緩剤を投与したと主張していた。 県警は、鑑定や専門医の話から、自発呼吸があり、脳死状態になく、「余命がなかったとは考えられない」と判断。 チューブを抜いた後、人工呼吸器を用意しないで筋弛緩剤を投与すれば死亡することは医師なら分かったはず、とした。 須田医師の弁護団は事件発覚後、「家族の要請で治療行為の継続を断念した」と主張したため、県警は「安楽死」に当たるかどうかも視野に入れた。 しかし、県警は「死期が迫っていなかった」ことや、生前に患者の意思を示す言動などはなく、「条件はすべてあたらない」と判断した。 チューブを抜く行為は、終末期に近い患者に自然に死を迎えさせるために医療現場で行われることもあるが、県警は今回の患者の状態から、一般にされている「治療の中止」という方法にもあたらないとみて容疑事実に入れたとみられる。 また、県警はこの日の会見で動機について「今後調べる」と述べるにとどまった。 須田医師の弁護団は発覚当初、植物状態での介護に悩んでいた家族の意をくんだ、と説明したが、県警は家族の聴取から「最期の認識があった人は一人もいなかった」とし、「植物状態」も否定している。 県警は、当時の看護記録やカルテ、看護師らの証言などから、須田容疑者が気管内チューブを抜いたこと(抜管)で男性患者を呼吸困難に陥らせ、最終的に筋弛緩剤を投与して死亡させたと判断した。 家族へのインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)もなかったとみている。 須田容疑者は容疑について、「だいぶ違う」と否認しているという。 医師が医療行為に関連して殺人容疑で逮捕されるのは異例で、同課は逮捕と同時に、川崎臨港署に特捜本部を設置した。 調べによると、須田容疑者は同月16日午後5時半ごろ、気管支ぜんそくの発作で入院中の男性患者に挿入されていた気管内チューブを抜き取ったうえ、鎮静剤、筋弛緩剤を立て続けに投与し、同日午後7時10分ごろ、筋弛緩剤の投与による呼吸筋弛緩で窒息死させた疑い。 男性患者は同月2日、気管支ぜんそくの発作で同病院に運ばれ、一時は心肺停止状態に陥った。 心肺蘇生(そせい)で心拍は再開したが、その後も重度の意識障害が続いていた。 これについて、須田容疑者は同月8日、家族に「9割9分9厘は脳死状態」と説明。 抜管前、「チューブを抜くと最期になる。 家族の皆さんの確認が必要」と家族の希望を確認したうえで抜管し、筋弛緩剤を投与したとしていた。 その理由について、須田容疑者は県警の任意の事情聴取に「筋弛緩剤の投与は苦しそうな呼吸を楽にするため」「死なせることが目的でなかった」と説明していた。 医療行為を逸脱した殺人容疑が裏付けられたとしている。 東海大病院の医師が、末期がん患者に塩化カリウムなどを注射して殺人罪に問われた事件で、横浜地裁は95年、安楽死が許容される4要件を示したが、県警は、今回のケースは「安楽死」のいずれの要件にも当たらないとしている。 手術の麻酔時や気管内に管を挿入する際などに使われるが、用法を間違えると心停止や呼吸停止を起こす恐れがある。 1992年から93年に主婦ら5人が殺害された大阪の愛犬家連続殺人事件で犯行に使われたほか、昨年1月に発覚した仙台市の准看護師による患者の殺人・殺人未遂事件でも、点滴に筋弛緩剤が混入されたとされ、現在公判中。 県警は、回復の見込みはないとして独断で治療を打ち切り、呼吸維持の気管内チューブを抜き、鎮静剤と筋弛緩剤を投与して死期を早めた一連の行為は、医療行為を逸脱した殺人と判断。 川崎臨港署に捜査本部を設置した。 カルテには植物状態になった場合の家族の介護負担などに触れた記述もあり、詳しい動機の解明と殺意の立証を進める。 同医師は「だいぶ内容が違う」と容疑を否認したという。 両者のあるべき関係が問われた川崎協同病院(川崎市川崎区)の筋弛緩(しかん)剤投与事件は4日、殺人容疑での主治医の逮捕という局面を迎え、医療関係者に衝撃が広がった。 誤った病状説明と救命治療の放棄、家族の思いと医師の受け止め方との溝。 事件には、医療現場の抱える危うさが凝縮されている。 その行為を「医療行為」と主張し、筋弛緩剤を投与した理由を「チューブを抜いた後の苦しそうな呼吸を鎮めるため」と話していた。 しかし県警は、人工呼吸器を準備せずに筋弛緩剤を投与したこと自体を、殺意を示す状況と判断した。 さらに、病院側も、事件当時は患者の容体が安定していたことを認め、抜管などは正当化できないとの見解を示した。 水口公信・千葉大名誉教授(麻酔学)は「筋弛緩剤を投与すると患者は呼吸ができなくなる。 そのため医師は人工呼吸器などで呼吸を支える処置をしなければならない。 人工呼吸器なしに筋弛緩剤を使うというのは医学的にみて非常識」と指摘する。 須田容疑者は98年11月16日午後6時すぎ、病室で、12人の家族が見守る中、男性患者(当時58歳)の気管内チューブを抜いた。 患者は、苦悶(くもん)の表情を浮かべ上体を反らせたという。 その直後、須田容疑者はナースステーションにいた同僚医師に相談した。 「鎮静剤を使っても呼吸(状態)が下がらない。 あとは何を使えばよいのか?」。 同僚は筋弛緩剤をアドバイスしたが、当然、人工呼吸装置をつけていると思い込んでいたという。 須田容疑者は患者の病状について、家族にそう説明していた。 カルテには、自分の心情をこう書き留めている。 「家族も患者がかわいそうとのことで覚悟をきめられつつある。 あまり汚れないうちに終わりにしてあげたい」 しかし患者は、意識はなかったものの自発呼吸ができる状態で、「脳死」は明らかに誤った説明だった。 日本医師会によると「自発呼吸をしている患者を脳死と判断できないのは当然。 医師ひとりの判断で脳死と決めることなど普通はない」という。 カルテには「Family(家族)より抜管希望強し」との記載まであるが、県警の事情聴取に「患者を死なせることを医師に求めたことはない」と話した。 県警は、須田容疑者と遺族との間でインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)が十分でなかったとみている。 終末医療に詳しいある医師は話す。 「家族の意志を詳しく確かめもせずに、主観的な同情心で患者の生死を決めたとするとあまりに独善的。 医療以前の問題だ」 須田容疑者の逮捕の報せを聞いた男性患者の二男は「来る日が来た。 今は複雑な気持ちで、一言で言い表すのは難しいが、再スタートになった。 真実を明らかにしてもらいたい」と語った。 カルテの主な内容は次の通り。 (一部抜粋) <98年11月3日午前3時> 看護記録「自発呼吸しっかりしてきている」 <5日> 医師記録「fever(熱)、Bp(血圧)高め、自発(呼吸)もできている。 ある程度生命的にはのりきれそうだが…その先は…」 <8日> 看護記録「四肢硬直強い。 やはり脳の回復は期待できず」。 主治医病状説明「9割9分9厘は脳死状態でしょう。 生命的にはおちついてきた。 最悪の植物状態となり、安定すれば一旦退院方向もありえる」 <11日> 医師記録「family(家族)もpt(患者)がかわいそうでみてられないとのことで覚悟をきめられつつある。 あまり汚れないうちに終わりにしてあげたい」 <13日> 看護記録「Fa(家族)にムンテラ(面談)し、Faはあきらめた様子でナチュラルコースである。 点滴漸減していく方向」 <15日> 看護記録「呼吸状態安定」 <16日> 医師記録「Familyより抜管希望強し。 大変つらいが夕方family集まってから抜管することとする。 PM6:03familyの了承を得て抜管。 努力呼吸著明。 とてもみていられず。 セルシン(鎮静剤)10mg iv(静脈注射).するも効なし。 ドルミカムiv.もやはり効なし。 6A(アンプル)iv.でも努力様つづく。 7時前 ミオブロック点滴静脈内注入行う。 永眠され安らかな顔になられる」 注=ドルミカムは鎮静剤、ミオブロックは筋弛緩剤。 また須田医師は看護師に「抜管は患者の家族の希望」などと伝え、看護師はそのまま看護記録に記載していたことも判明。 捜査本部は、須田医師が患者の回復の見込みはないとし、殺人の起点となった抜管を独断で決意した疑いがあるとみて調べている。 川崎臨港署捜査本部は、須田容疑者が家族の意思を確認しないまま死に至る措置をしたことを裏付ける証言とみている。 須田容疑者は98年11月16日、患者の気管内チューブを抜いて鎮静剤と筋弛緩剤を投与、窒息死させた疑いで4日に逮捕された。 これまでの県警の聴取に「抜管すると呼吸が弱くなります。 最期を見守ってあげて下さい」などと説明してチューブを抜いたと主張している。 同容疑者の弁護士は「(この説明は)抜管すれば亡くなることを前提としていた」と言う。 だが病室にいた遺族、看護師はこれまでの聴取に「そのような説明はなかった」と証言しているという。 事件当日の看護記録には「fa(妻)より希望あり挿管チューブ抜管して欲しいとの事」との記載がある。 だが看護師は「家族の希望であることは医師(須田容疑者)から聞いてそう記録した。 自分が家族から聞いたわけではない」と証言していることも分かった。 須田容疑者は「9割9分9厘は脳死状態でしょう」と家族に伝えていた点について「医学的に脳死とみていたわけではない。 分かりやすくするため脳死の言葉を使った」と県警に説明。 「(筋弛緩剤投与で)死期を早めることは分かっていた」と話しているという。 筋弛緩剤をめぐっては、看護師の看護記録に使用量が記録されているが、医師のカルテには使用量が記載されていないこともわかっており、神奈川県警は、須田容疑者が発生当初、投与の具体的な事実を隠そうとした可能性もあると見て調べている。 調べによると、指示箋は、医師が看護師らに点滴、注射などの薬剤調達を指示する際に使用する4枚つづり伝票で、本来は、医師がカルテに添付するほか、医事課にも提出。 これをもとに診療報酬請求書(レセプト)が作成されることになっている。 しかし、男性患者が死亡した1998年11月16日のカルテには、栄養剤点滴などの指示箋が添付されていたにもかかわらず、筋弛緩剤と2種類の鎮静剤(「セルシン」「ドルミカム」=いずれも商品名)の指示箋は添付されていなかった。 看護師が記録した看護記録にはこの3種類が投与された事実が量と共に記録されているが、男性患者に投与された筋弛緩剤とドルミカムについては、指示箋がないため、レセプトに記載されておらず、病院からの診療報酬が請求されていないままになっている。 筋弛緩剤の投与については、今年4月、男性患者の死亡が筋弛緩剤の投与によるものであることが病院側によって公表されるまで、当時の幹部の意向もあり、約3年半にわたって、伏せられていた。 また、須田容疑者は今年2月、病院側から「法的に殺人事件の可能性がある」として捜査機関に出頭するよう勧められていたが、これに応じなかった。 このほか、薬剤の使用記録をめぐっては、須田容疑者が記入したカルテに「セルシン」の使用量は記載されているものの、筋弛緩剤と「ドルミカム」については使用の事実が記録されているだけで、量の記載がないこともわかっている。 神奈川県警川崎臨港署の特捜本部は5日午後、須田容疑者が所長を務めている横浜市港北区内の診療所を、殺人容疑で捜索した。 診療所には「本日休診」のプレートがかけられていた。 川崎の筋弛緩(しかん)剤事件で、殺人容疑で逮捕された医師須田セツ子容疑者(48)はカルテに心情をつづり、事件の4日前から積極的な治療を控えていた。 患者が植物状態になった場合の家族の負担や本人の尊厳を思ったのか。 同僚の医師らは彼女が一人、重大な判断をしようとしていることに気づかなかった。 患者を自宅に帰せますか」。 須田医師は事件直後、当時の院長にそう主張したとされる。 川崎協同病院はベッド数約270、スタッフ約400人を抱える大病院。 患者は1998年11月2日、気管支ぜんそくの発作から心肺停止状態で入院し、一命は取り留めたが意識は戻らなかった。 同4日に主治医になった須田医師は「9割9分は植物状態」と家族に説明。 5日のICU退室サマリと呼ばれる看護記録には「ワイフより 家族で介護する余裕がない」とある。 その後の8日、同医師はさらに「9割9分9厘は脳死状態」と説明し、患者が植物状態になれば在宅介護の可能性があることを家族に伝えた。 あまり汚れないうちに」。 11日のカルテには患者の「尊厳」を意識したかのような記述があり、12日以降は輸液を減らすなど積極的な治療を控えた。 13日の看護記録には「ファミリーはあきらめた様子でナチュラルコースである」。 ナチュラルコースとは、末期患者の延命治療をしないことを指す。 病室に集まった家族十数人の前で、須田医師は気管内チューブを抜いた。 呼吸困難に陥った患者は激しくもがいた。 家族は悲鳴を上げ、病室はパニックに。 同医師は2種類の鎮静剤を大量に投与したが、効かなかった。 「呼吸が下がらないのよ」。 予想外の事態だったのか、急きょ看護師に筋弛緩剤を取りに行かせた。 「私がやるんですか」。 経験期間1年7カ月の准看護師がためらうと、同医師は「使ってちょうだい」と指示。 筋弛緩剤を一気に静脈注射された患者は数分後に息を引き取った。 「楽にしてあげるからね」「そんなに頑張らなくていいのよ」。 筋弛緩剤投与の前後、須田医師は患者の両肩に手を置き、こう語り掛けたという。 事件直前、須田医師は家族に「九割九分九厘脳死」と説明しており、県警はなぜこうした説明をしたのか調べている。 看護記録などによると、患者が死亡する8日前、須田医師は「九割九分九厘は脳死状態でしょう」と家族に説明した。 しかし、県警が逮捕前に任意で事情を聴いたときに、須田医師は事実と異なる病状説明をしたという認識はあったという。 須田医師は「家族からチューブを抜いてほしいとの要請があった」と県警に説明している。 事実と異なる説明をすることで、須田医師は家族に死を覚悟させようとした可能性もあると県警はみている。 また、任意の調べの中で、須田医師は患者の気管内チューブを抜き、鎮静剤や筋弛緩剤を投与したことについて「死期を早めると分かっていた」と話した。 死期が迫る患者の治療行為を中止していく終末期医療を施す認識だったことを示唆したとみられる。 一方、チューブを抜いた際に、須田医師が「家族に、抜くと最期になると説明した」と主張している点について、家族も立ち会った看護師も「説明は聞いていない」と述べているという。 事件当日の看護記録に「家族(妻)より希望あり。 挿管チューブ外してほしいとの事」と記載されているが、看護師は家族から直接聞いたのではなく、須田医師から聞いて書いたと話しているという。 県警は抜管が「殺害行為の着手」にあたるとみており、死亡の8日前に抜管を決断した経緯に注目して調べている。 県警や同病院の内部調査委員会によると、男性は心肺停止状態で同月2日に入院したが、6日には、自発呼吸するようになり、人工呼吸器が取り外された。 にもかかわらず、須田容疑者はその2日後の8日、家族に対し、「9割9分9厘は脳死状態」と説明。 カルテには「高気圧酸素療法を予定するが、あまり期待できず」と記載していた。 高気圧酸素療法は、脳梗塞(こうそく)やガス中毒などの患者に、治療装置内でより多くの酸素を送り込む療法。 カルテによると、同10、11の両日、須田容疑者は男性にこの療法を施したが、11日、男性がけいれんを起こしたため中断した。 結局、須田容疑者は同16日、男性の気管内チューブを抜いたうえ、筋弛緩剤を投与して死亡させた。 県警は家族がこの間、「抜管を頼んでいない」と一貫して説明していることを重視。 さらに、須田容疑者が抜管を決めた経緯などを詳しく調べるが、須田容疑者は抜管については他の医師や看護師にも事前に説明していなかったという。 家族に対するインフォームドコンセント(十分な説明と同意)をめぐっては、同委員会も「大きな問題がある」と最終報告で指摘。 須田被告は調べに対し「本人と家族のために延命を中止した」と供述し、違法性を否定している。 起訴状などによると、須田被告は98年11月16日午後6時ごろ、ぜんそくの男性患者(当時58歳)の家族を立ち会わせ、自発呼吸を助けていた気管内チューブを抜いた。 さらに准看護師に指示して筋弛緩剤「ミオブロック」6ミリリットルを静脈注射させ午後7時11分、呼吸筋の弛緩で窒息死させた。 調べに対し、須田被告は抜管、筋弛緩剤投与によって患者の死期が早まると認識していたことを認めつつ「家族が要望、承諾していたので違法性や責任を問われる行為ではない」と供述している。 だが家族側は「頼んでいない」と否定。 被告が抜管に先立ち説明したと主張する「最期を迎える」との説明は、家族だけでなく、病室に立ち会った看護師も「聞いていない」と証言している。 地検は、被告独自の考え方から、回復困難とみていた患者を延命させるより穏やかに死なせる方が本人と家族のためだと勝手に思い込んだとみている。 また、死期が早まると認識していたのだから、明確な殺意があったと判断した。

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