鴻上 人生 相談。 鴻上尚史のほがらか人生相談での名言が話題に!言ってはいけない言葉は何?

いじめ、人間関係。鴻上尚史の名物人生相談が書籍に:書評

鴻上 人生 相談

- 06月18日 16:00 他人の人生相談に乗るような情けない大人にだけはなるまいと心に誓って生きてきたが 笑。 面白い人生相談というものは、たいていの場合、相談者の悩みにマトモに答えてはいない。 そもそも相談者の側に、本気で悩み相談しようって気があるのかどうかが、アヤシイものである。 人には告げられないはずの深刻な悩みを、なぜか大っぴらに公開して回答者の意見を伺おうというのだから、そこにはどうしたって何らかの「偽善」が混じらざるを得ない。 自分を正しく見せようとするあまりのウソや誤魔化しが、絶対と言ってよいほどに混じって来るのだ。 優秀な回答者は、そうした相談者の「偽善」を簡単に見破る。 取り繕った仮面のひび割れをつついて、陰に隠れている本当の素顔を白日の下に晒し、場合によっては一刀両断に切り伏せる。 慌てることになるのは相談者の方だろう。 読者はその顔を想像してほくそ笑むことになるのだ。 でもそれは「読者」にとっての面白さ、快感なのであって、相談者にとっては 本人は気づいていないかもしれないが 、笑いや涙のネタにされているだけなのだ。 いい面の皮、と言ってしまっては可哀想ではあるが、実際、相談者は、自分から「ネタにしてください」と「鴨ネギ」状態でやってくるのである。 回答者にとっても読者にとっても、初めから「さて、今回はどんな阿呆が相談を持ち掛けてくるかな」と手ぐすねを引いて待っているところに、自分から罠の中に飛び込んで来るのだから世話はない。 だいたい、雑誌や新聞なんかの人生相談って、回答者からの一方通行で終わるからね。 相談者が回答に不満を抱いても、反論のしようがない。 適当な回答をしたって、どこからも文句は出ないわけだよ。 なのに、世間には「素晴らしい回答だ!」なんて、やたらとお追従を述べる幇間野郎もいてね、人徳者扱いしてくれるものだから、こんなに美味しい商売もないのだ。 だからと言うか、やっぱりと言うか、人生相談を担当する識者とやらに善人はいない。 いた例しがない。 相談者も偽善者だが、回答者はそれ以上の偽善者であることが前提だったりするのだ。 当然、鴻上尚史とて例外ではない。 鴻上尚史が本気で自分のことを人生相談の達人と考えているのかどうかは定かではない。 そう思っているとしたら思い上がりも甚だしいが、思い上がってなければ誌上で人生相談なんかできるわけもないので、やっぱり思い上がっているのであろう。 実際、彼の一連の回答を見ていくと、その上から目線の回答の仕方に胸糞が悪くなることもしばしばである。 何を根拠にそこまでの物言いをするのか皆目見当がつかないのだが、「あなたは口ではこんなことを言っているが、実はこんな人だろう」と、相談者の内面を、自信満々で決めつけていることが多いのだ。 今回も、相談者が親への恨みを忘れられない理由について、「とことんまで話し合ってこなかったから」と断定している。 ずっと気になっていたのに、ちゃんと向き合わなかった結果、心の片隅で怒りは強く頑固に育ったのです。 母親と直接話さなければ、自分の記憶と想像力だけが『事件』を大きくするのです。 」 しかも鴻上尚史の小狡いところは、「相談者がもしも親ととことん話し合っていたら」、「アドバイスすることは何もない」と、あらかじめ逃げを打っている点である。 そりゃあ、どんなに話し合ったって、それでも恨みが断ち切れなきゃあ、その怨念を穏便に解消させる方法なんてあるわけがない。 答えなんて出せるはずのない問題について、いかにも相談者の親身になったフリをしてみせてはいるが、実質、回答を避けて、逆に相談者の責任であるかのように話をすり替えてみせる鴻上尚史の姿勢自体、卑劣極まりないものである。 これもまた、相談者以上に「偽善者」である鴻上尚史の姿なのだ。 親への恨みなんて、消えるはずがないのだ。 特に、自分が本当に大切にしていたものを奪われてしまった場合は。 たかがフィギュア、ビデオじゃないか、と言ってしまえる人には、「本当に大切なもの」が何もないのだ。 この相談者の母親は、子どもから単に「物」を奪ったのではなく、「心」を奪ってしまったことに気が付いていない。 「物」を捨てたのではなく、「子ども」を捨ててしまった自覚がないのである。 同様に、相談者の悩みを簡単に切り捨てた鴻上尚史にも心に誠実さはない。 愛がない。 彼にも本当に大切なものがないという証左だろう。 そんなのは勝手な決めつけじゃないかとは、鴻上尚史は決して言えないはずだ。 だって、自分が常に相談者の心情を勝手に忖度してきた過去が連綿とあるのだから。 もしも相談者に、何か恨みを晴らす手段があるとすれば、それは「親を捨てる」以外にないのではなかろうか。 もちろん、本当に親を山奥に捨ててくるわけにはいかない。 かと言って、合法的に親をとっちめる方法があるかっていうと、これもそんなに簡単なことではない。 一応、あえて下落が予想される株でも親に買わせて破産させる、なんて手もないわけじゃない。 けれども、その尻拭いを自分がしなきゃならない羽目に陥れば元も子もない。 「復讐は割に合わない」というのは、恨みは結局自分に跳ね返ってくることが多いからである。 親への憎悪は、巡り巡って自分に向けられることになる。 相談者の親が、子どもを愛することを放棄した結果、子どもからの憎しみを受けざるを得なくなったように、相談者自身も、その恨みを捨て去れないがゆえに、「幸せ」を感じられない人間になってしまったのだ。 こんな哀しみの連鎖はない。 鴻上尚史は、つい先日の回答で、「余計なお世話なんてするものじゃない」と語っていたが、「アドバイスはありません」と回答した後の部分は、全て蛇足で、余計なお世話そのものである。 こんな、人の心を勝手な決めつけで裁断するようなやり口しかできないのなら、鴻上尚史には、即刻、人生相談なんかやめてしまえ、もう演劇なんかやめて山奥に引っ込んでろと言いたくなる。 どうせもうろくな芝居も書けなくなってるんだしさ。 相談者も、こういう不誠実な回答者を、本物のアドバイザーだなんて勘違いしてるんじゃないよ。 笑いのネタにされてるだけだって、いい加減で気づこうよ。 2020年• 07月• 08月• 09月• 10月• 11月• 12月 2019年• 2018年• 2017年• 2016年• 2015年• 2014年• 2013年• 2012年• 2011年• 2010年• 2009年• 2008年• 2007年• 2006年• 2005年• 01月• 02月• 03月• 04月• 05月• 06月• 07月• 08月• 09月• 10月•

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スポンサーリンク 鴻上尚史のほがらか人生相談での名言が話題になっています。 友人もいない老後を憂う相談者に 鴻上尚史が指摘した、人間関係で絶対に言ってはいけない言葉。 鋭い指摘と素晴らしいアドバイスに拍手喝采です。 鴻上尚史のほがらか人生相談の相談内容 隠居後、孤独で、寂しくてたまりません(66歳 男性 有閑人) 隠居生活に入った男性が兄弟や妻に食事や旅行に誘っても煙たく思って距離を取られていると、途方に暮れて相談。 煙たがられている理由• 長男で母から優遇されすぎた• 弟たちの学歴や会社をバカにしてたのが態度に出すぎてた 相談者の言い分• 自分は兄弟のなかでも学歴も会社も一番上で、母の自慢。 弟たちを不甲斐ないと思ったこともありる。 それは私が努力したから。 弟たちにとって私は自慢の兄だろうと思ってきた。 弟たちの不甲斐なさをちょっとからかったこともありましたが、兄弟のこと。 弟や妻の言い分• 弟「兄貴と呑んでもえばった上司と話しているみたいで酔えんから」• 妻「旅行は友達と行ったほうが楽しいから」 とてもよく分かります、弟さんや奥さんの気持ちが。 ただ教訓を語ったり、アドバイスしたり、説教するだけの男性、多いですよね。 特に60歳を超えたような方。 横柄な態度で人のことをふがいないと怒ったり、強く注意してきます。 とても気分の悪い人だと思います。 私の近くにもこのような男性が居たら絶対に近寄らないようにします。 とても偉そうに「上から目線」の年配の男性。 関わらないことが一番と思っています。 スポンサーリンク 相談者の後悔• 弟たちの僻みも、家族のためにと頑張って出世して養ってきた私に薄情な妻にも、許せないという気持ちでいっときは怒りでいっぱいになりました。 妻が外出しようとしたとき、「食事ぐらい作ってからいけ」と怒鳴ってしまったこともあります。 後悔して自己嫌悪になりましたが、後の始末です。 妻とはさらに距離ができてしまいました。 誰にも言えませんが、最近、風呂に入っていると涙が出てきます。 弟たちのことだけでなく、振り返ればとくに心を割って話せる友人もいないことに今さら気づきました。 どうやってこの後の人生を過ごしていいか、お恥ずかしいですが、孤独で、寂しくてたまりません。 いまさら、私はこれからのありあまる時間を、どうしたらいいのでしょうか。 どうしたら、弟たちと仲良くできるのでしょうか。 楽しい人づきあいのコツはなんなのか全くわかりません。 解決法が浮かばず、途方に暮れています。 自分の価値観を強く信じて、それを周りに対して、意識的にも無意識的にも押しつけてきた人が慕われることはないですよね。 長年の嫌悪感は簡単には払拭されません。 私はサービス業に従事していますが、年配の男性の多くが 上から目線で見下してくるように感じています。 自分の価値観を押し付けて来て、自分の思うようにいかないと怒り出します。 この相談者のような方が大勢いらっしゃいます。 なので 途方に暮れても自業自得としかいえないと私は考えます。 鴻上尚史の名言(答え) 「まずは、対等な人間関係を学習しませんか?」 弟・妹さんと仲良くすることは、いったん、あきらめて、他に人間関係を作るのです。 見下すことも、見下されることもない関係の先に、 有閑人さんが求める「心を割って話せる友人」が生まれる可能性があるのです。 「 無意識に自分の価値観をおしつけない」 家族のためにと頑張って出世して養ってきた」という意識が、奥さんに対しての上から目線になります。 これは、 有閑人さんからの見方ですからね。 奥さんは、必死で有閑人さんを支えてきたのかもしれません。 でも、有閑人さんが、それを当然のこととし、自分が「養ってきた」と思っていると感じたら、やはり、弟・妹さんと同じように、一緒にいたくないと思うでしょ ダメな思考の流れ 「自分はちゃんとやってきた」ということですね。 自分がちゃんとできたんだから、あなたもしなさい。 自分はがんばって努力したから、あなたも努力しなさい。 きっとできるはずだ、それができないのは、あなたの努力が足らないからだ、という思考の流れです。 言ってはいけない事 新しい人間関係を探して行動した時に出会う「だらしない人」「努力しない人」「ふがいない人」に アドバイスしたくてムズムズしますが、決して自分からは、相手にアドバイスしないこと。 「それがこの人の生き方なんだ」と思って、言葉をぐっとのみ込むこと。 そこで、「あなたはこういう点がダメで~」と言い始めたら、間違いなく弟・妹さんと同じ関係になります。 「だらしない人」「努力しない人」というのは、有閑人さんからの見方でしかない、自分の価値観でしかない、それを他人に押しつけてはいけないと、肝に銘じましょう。 鴻上さんは素晴らしい方ですよね。 分かりやすく、何がよくないことかを説明して、どうしたら楽しくできるかを導いてくれています。 「自分は10年先から戻ってきたと思う」 66歳は決して、遅くありません。 会社という価値観を外れたことで、有閑人さんは新しい人生をスタートさせたのです。 新しい価値観と出会うことは、とてもワクワクすることです。 今までの価値観にしがみつかず、新しい出会いに飛び込んで下さい。 対等な人間関係はものすごく楽しいですよ! ネットの声 「鴻上尚史さんのアドバイスって優しさと応援に満ちてて素晴らしいな。 」 「鴻上尚史さんて、なんて理知的で論理的で悟った物書きさんなんだろうと息を呑んだ。 」 「相変わらずこの人の言葉は、ストンと腹に落ちるなあ。 」 「めちゃくちゃ心に染みる…。 」 「鴻上さんのアドバイスは優しくてスーッと心に入ってきます。 義父が相談者に似て見下したり暴言を吐きます。 」 「毎回の視点が中々良い。 今回の相談内容に関しては自分も気をつけねば」.

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いじめ、人間関係。鴻上尚史の名物人生相談が書籍に:書評

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長期OFFです。 引き続き余談を。 わたくしごとではありますが、中高生の頃はラジオがとても好きでした。 ラジオは自分に話しかけられているかのような錯覚に陥るとても親近感の湧くメディアで、深夜にやっていたオールナイトニッポンという番組が好きでずっと聞いてました。 深夜1時から3時までの番組でしたね。 当時のオールナイトニッポンのパーソナリティー(当時喋る人をこんな表現を使いました)たちは、中高生の頃に自分に語り掛けてくれた人たちなので、心のどこかで自分の兄貴分のような認識を持って今の活躍を見ています。 とんねるず、大槻ケンヂ、古田新太、伊集院光などなど・・・私の中では皆が私の兄貴分です。 劇団「第三舞台」を主宰していた鴻上尚史もその1人ですね。 誰この人?なんていう第一印象をくつがえして、とても楽しい放送で毎週聞いていたように記憶してます(ラジカセの録音機能も使ってw) 私にはラジオ由来の心の兄貴が芸能界に何人もいるのです。 その返答はブログ記事にして今も残ってます。 あー、なんだこの包み込むような優しい相談への回答は。 それでいて指摘も提案も的確。 さすが兄貴、鴻上尚史だなぁ。 鴻上尚史のオールナイトニッポンは終了3時直前、「泣かないように、負けないように、いい夢をみるんだよ」なんていうカッコつけた台詞で毎回終わってました。 そんな感想を抱きましたね。 そして、振り返って自分の回答について反省するのです。 もっと暖かく書けんか?もっと相談者の気持ちに寄り添って回答できただろうに。 アリストテレスの教訓が全く活きていない。 「共感」はどうした? アーカイブ•

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