ローズ ギャラリー 銀座。 日本女装昔話 [第17回] 和製ブルーボーイ、銀座ローズ(1960年代)

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日本初 高級バラ専門店の現代表をリサーチせよ! ローズギャリー銀座 代表 松村 吉章さん 東京都 中央区 銀座 近づいてきた「母の日」。 何か贈り物は決めましたか? 入学式やセレモニーを開催することが出来ない今、起こっているのがロスフラワー。 花が余ってしまい、大量に廃棄されてしまっているとか。 そんな今こそ花のプレゼントはどうでしょう? 今週のゆっぴーは日本初の高級バラ専門店をリサーチしました。 ローズギャラリー銀座。 電話でお話したのは代表の松村吉章さん。 ここの商品は生花とプリザーブドフラワーの2種類。 店頭では両方買うことができて、オンラインショップでもプリザーブドフラワーを販売しています。 今回のリサーチにあたっては、事前に生花とプリザーブドフラワーを手配して頂きました。 生花のバラはゆっぴーへのプレゼントです。 バラの花束をプレゼントしてもらったことがなかったゆっぴー。 赤、ピンク、黄色、10本ほどの美しい花束にテンションも俄然、上がります。 なんといってもバラの花が大きく、一本一本しっかりとしているので、かなりの重厚感。 そこは高級バラ専門店、信頼できる農家に生産を委託しているのです。 プリザーブドフラワーは高級時計かジュエリーが入っているような黒いボックス入り。 蓋をを開けると真紅の美しいバラの花、大きなものが一輪、小さなものが三輪。 さらに、さりげなくダイヤモンドカットを施したスワロフスキー。 漆黒のボックスに生える真紅のバラとスワロフスキー。 これをプレゼントされたら、誰もがうっとりするでしょう。 プリザーブドフラワーには、いろんなタイプの商品があるので公式サイトをご覧下さい。 5月10日までの期間、ローズギャラリー銀座ではドライブスルーでの販売も行っています。 事前に予約をすれば、お店の方と接触することなく買い物ができる方法。 ロスフラワーを何とかしたい。 バラ農家の苦境を何とかしたい。 そんな思いからの取り組みです。 長引く自粛生活で多くの人は、鬱々としたり、ストレスが溜まったりしているもの。 今のような状況だからこそ、きれいなバラのプレゼントは心を潤すことでしょう。 「母の日」はもちろん、何かの「記念日」でも、別に何の日でなくても。 奥さんや恋人に、こんなプレゼントをしたら喜ばれること間違いなし。 松村さんの言葉を借りれば「STAY HOMEがSWEET HOME変わる」はず。 バラの花のプレゼント、どうですか? ちなみに、つかっちーもさっそく大阪のお母さんへ。 プリザーブドフラワーを手配していました。 ================== ローズギャリー銀座 東京都中央区銀座8-4-27 03-3571-2066 日曜日定休 ローズギャラリー銀座 ONLINE SHOP さまざまな写真や様子が見られるHonda Smile Mission 番組Facebookページはこちら•

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日本女装昔話 [第17回] 和製ブルーボーイ、銀座ローズ 1960年代 日本女装昔話 【 第17回】 和製ブルーボーイ、銀座ローズ (1960年代) 皆さんは、銀座ローズの名前をご存知ですか?。 彼女は1960年代の日本で最も有名な性転換女性でした。 銀座ローズこと武藤真理子は、1930年(昭和5)、北海道旭川市で寿司屋を営む武藤家の長男(本名:隆夫)として生まれました。 子供の頃から女っぽく、小学生の時にはおかっぱ髪でランドセルの上に赤いショルダーバッグを下げて通い、中学生の夏休みには女装して子役の踊り子として興行師とともに北海道中を巡業したそうです。 1958年(昭和33)に大阪OSミュージックで本格的な舞台デビューをして「謎の舞姫」として話題になり、60年頃に去勢手術、62年頃に大阪曾根崎の荻家整形外科病院で造膣手術を受けました。 その翌年の1963年の暮、フランスはパリの「カルーゼル」の性転換ダンサーたちが来日公演して大きな話題になり「ブルーボーイ・ブーム」が起こりました。 銀座ローズは「和製ブルー・ボーイ」ダンサーとしてその波に乗り、興行界を賑わせることになります。 彼女の舞台は、幼い頃から鍛えた和洋両方の踊りに加えて歌も上手、その女性的な美貌もあって人気を呼び、1965〜66年頃の全盛期には一般の週刊誌などにも数多く紹介されています。 当時、「和製ブルー・ボーイ」として彼女のライバルだったのが、1964年に日劇ミュージックホールでデビューしたカルーセル麻紀でした。 とは言え、まだ性転換手術を完了していなかったカルーセルに対し銀座ローズは性転換済みで、興行実績的にも彼女に軍配が上がります。 舞台以外に彼女を有名にした要素が二つありました。 一つは彼女が男性と「結婚」(夫が彼女の弟として入籍)生活を営んでたことで、1961年には盛大な結婚式を上げ「妻になった男」として話題になりました。 もう一つは、妹の静子との対照です。 静子は女性的な兄とはまったく逆で「荒縄のおシズ」の異名をとったほど男性的で、成人後は男装で過ごし「シー坊」と呼ばれ、兄の真理子と共に「性を取り替えた兄妹」としてマスコミに紹介されました。 ところで、銀座ローズのことを書こうと思いながらなかなか書けなかったのは、彼女の生年が確定できなかったからでした。 全盛期のインタビューなどでは巧みにごまかして年齢を明らかにしていません。 彼女についての最も新しい記事である「戦後風俗史オトコとオンナの証人たち」(『FOCUS』1995年8月29日臨時増刊号)に基づけば、1936年(昭和11)旧満州の生れとなりますが、どうも話の辻褄が合わないところがありました。 今回、彼女に関する初期の記事が見つかり、1930年、北海道生まれとやっと確定できました。 年齢のサバを読むのは女心の常ですし、また営業的にもある程度は必要なこと。 私もさんざんサバ読みをしたので、人のことを非難できませんが、社会史研究者としてはとても苦労させられました。 彼女の生年が明らかになったことによって、その全盛期が短かったのは、年齢が理由ではなかったかという推定が浮かんできました。 大阪でのデビューが28歳、人気を得た1965年にはすでに35歳だったことになります。 ライバルのカルーセル麻紀(1942年生)とはちょうど一回り12歳の差ですから、60年代末に、銀座ローズがブルーボーイ・ダンサーのトップの座をカルーセルに明け渡さざるを得なかったのも仕方がないことかもしれません。 銀座ローズは、1967年にホストクラブ「ヘラクレス」を、88年には浅草でゲイバー「銀座ローズ」を開店し、ママとして店の経営に腕をふるう一方で、31年間連れ添った旦那さんと娘さん(養女)を育てあげました。 高度経済成長期の夜を妖しく彩った名花の「女の一生」は、意外に家庭的だったのかもしれません。 [画像資料] 画像をクリックしていただければ大きな画像が見られます 「資料17-1」 「資料17-2」 「資料17-3」 「資料17-4」 資料 17-1 美貌とスタイルの良さがわかります。 (『100万人のよる』1963年3月号 季節風書房) 資料 17-2 「妻になった男」 (『100万人のよる』1963年3月号 季節風書房) 資料17-3 銀座でショッピングする銀座ローズ (『風俗奇譚』1965年1月臨時増刊) 資料17-4 銀座ローズのステージ (『風俗奇譚』1965年1月臨時増刊).

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