北方領土。 北方領土とは/ 2月7日は「北方領土の日」

ロシアが北方領土を返さない理由。返還のメリットとデメリット

北方領土

ロシアで憲法改正の是非を問う全国投票が行われ、賛成多数で成立しました。 新憲法には「領土の引き渡しの禁止」が盛り込まれていて、今後の北方領土交渉がより難しくなることは確実です。 関根 弘貴 記者:「新型コロナウイルス対策で、投票期間が1週間と異例の対応となった全国投票。 消毒を済ませた有権者が続々と票を入れています」 7月1日までロシアで行われた憲法改正の是非を問う全国投票は、賛成77. 9%で賛成多数で成立しました。 これにより、プーチン大統領は最長で2036年まで続投が可能になります。 新憲法には「領土引き渡しの禁止」も盛り込まれていて、北方領土交渉がより難しくなることは確実です。 ロシア国民:「(北方領土は)ロシアのもの。 手放してはいけない」 ロシア国民:「(北方領土を)日本に引き渡すのはもったいない」 元島民からは不安の声が。 千島連盟根室支部 宮谷内 亮一 支部長:「外交交渉が厳しくなる。 墓参についても危惧しています」 千島連盟根室支部 角鹿 康司 副支部長:「元島民はもどかしい。 これからさらに(交渉が)長くなるのではと」 新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、プーチン大統領が強行した国民投票。 政権の求心力を高め、影響力の低下を避けるのが狙いとみられます。

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北方領土問題とは?|外務省

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粟野仁雄 あわの・まさお [ジャーナリスト] 1956年生まれ。 兵庫県西宮市出身。 大阪大学文学部西洋史学科卒業。 ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。 翌年からフリーランスとなる。 社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。 痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。 神戸市在住。 ニュース3面鏡 インターネットの登場以来、以前にもまして巷にはニュースがあふれ返っています。 そうしたニュースや出来事の中から、DOL編集部が気になる出来事を厳選し、正面のみならず右から左から、価値あるニュース、楽しいニュースをお届けします。 日本人が返還を切望する北方領土のことをきちんと知っている人は、実際のところどれくらいいるのか。 写真は野付半島から見た国後島 Photo by Masao Awano ロシアにとっては「南方領土」 北方領土と日本の複雑すぎる関係 「今、日本でニュースになっているクリル列島(千島列島)の問題をどう思いますか。 日本じゃ北方領土と呼ぶのだけれど……」 1月末、モスクワでの首脳会談に合わせて旧島民たちの取材に訪れた筆者は、北海道根室市のラーメン店で、隣に座った若いロシア人男性に拙いロシア語でこう尋ねた。 サハリンから商売に来ていた体格のよい男は、「北方領土ではないよ。 あの島は絶対に我国の『南方領土』なんだ。 でも日本はいい国だよ。 仲良くしたいね」と笑った。 安倍首相とプーチン大統領による日ロ首脳会談の度に取り沙汰される北方領土問題だが、3月15日、ロシアの『コメルサント』紙が「大きく交渉スピードが後退した」とプーチン大統領が発言していたことを報じた。 足もとでは、5月上旬の対ロ協議を前に、河野太郎外相が国会答弁においてロシア側を刺激しない配慮を見せるなど、交渉の「難しさ」が伝わってくる。 近づいたとか思うと離れるブーメランのような「北方領土」とは、日本人にとってどんな存在なのか。 筆者が若き記者時代から関わったこのテーマについて、まずは地理や歴史などの基本事項を解説したい。 納沙布岬の灯台 Photo by M. 背の低い白い灯台が立つ根室半島先端の納沙布岬。 眼下の岩礁にはかつて作家の三島由紀夫を信奉する国粋主義団体「楯の会」がペンキで描いた「千島を返せ」の文字があったが、積年の波で消えている。 沖へ視線をやると、水平線上にまっ平で樹木の1本もない不思議な水晶島が見える。 貝殻島の「日本時代」からの古い灯台が見える。 右には勇留(ゆり)島。 いずれもロシアの実効支配下にある歯舞群島の1つだ。 若いカップルが驚いていたが、寒がって車に引っ込んでしまった。 夏のシーズンは濃霧で見にくいため寒い時期がいいのだが、この地域の冬の寒さは半端ではない。 見えていた数隻の漁船は、あまりの近さに日本の船かと思いたくなるが、潜水でウニを採るロシアの船である。 ここから日露の海上の「中間ライン」(固有の領土、領海を主張してきた国は国境とは言えない)はわずか1. 7キロだ。 「ロシア人はウニなんて食べないから、みんな日本に売るんです。 この寒いのによく潜るよ」とは食堂兼土産物店「請望苑」を経営する竹村秀夫さんだ。 訪問者たちの「北方領土って、こんなに近かったんですか」の言葉に地元民は辟易しているが、北海道旅行も根室まで行く人は少ないから、それも仕方がない。

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北方領土

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1945年(昭和20年)、日本が、ポツダム宣言を受諾し降伏する意図を明らかにしたあとになって、ソ連は、一度も外国の領土になったことのない我が国の固有の領土である北方四島に侵攻しました。 その後、ソ連は一方的にソ連領に「編入」し、全ての日本人を強制退去させました。 ソ連が崩壊してロシアとなった現在も、ロシアは北方四島を法的根拠なく占拠し続けています。 (1)「北方領土」とはどの島々のことか? 北方領土は、北海道本島の北東洋上に連なる歯舞(はぼまい)群島、色丹(しこたん)島、国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島の島々です。 (2)何故、「北方領土は日本固有の領土である」といえるのか? 江戸幕府の時代、1799年から1800年にかけて北方領土のほか、千島、樺太を含む蝦夷地を直轄地として日本人が開拓しました。 1855年には日本とロシアとの間で平和的・友好的な形で日魯通好条約が調印され、その条約は、それまでに自然に成立していた択捉島とウルップ島との間の国境を、そのまま確認しました。 樺太千島交換条約:1875年(明治8年)、我が国は「千島列島」(シュムシュ島からウルップ島までの18の島々)をロシアから譲り受けるかわりに、ロシアに対して樺太全島を放棄することを決定しました。 この結果、千島列島全島が日本の領土になりました。 日露戦争の結果、1905年(明治38年)、ポーツマス条約により、樺太の北緯50度より南の部分が日本の領土となりました。 1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦しました。 第二次世界大戦直後、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日の間に北方四島のすべてを占領しました。 当時、四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までにすべての日本人を強制退去させました。 ソ連はこの条約に署名せず、条約の当事国となっていません。

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