日ハム 河野。 日ハム ドラフト会議 2019の指名結果と評価は?

日ハム1位指名の河野(鳴門高出身、JFE西日本)「徳島代表の気持ちで頑張り、新人王狙う」|スポーツ|徳島ニュース|徳島新聞

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プロ野球の新人選択会議(ドラフト会議)が17日、東京都内のホテルで開かれ、鳴門市出身でJFE西日本の河野竜生投手(21)=鳴門高出=がパ・リーグの日本ハムから1位指名された。 徳島県出身選手のドラフト指名(育成選手を除く)は、ソフトバンクから4位指名された昨年の板東湧梧投手に続いて2年連続。 1位指名は平成以降では西武・潮崎哲也、中日・川上憲伸、ロッテ・服部泰卓の3投手に続き4人目。 河野投手は174センチ、81キロの左投げ左打ち。 最速150キロ超のストレートと多彩な変化球で緩急を操る投球術にたけている。 鳴門高では3年続けて夏の甲子園で先発し、3年の2016年にはベスト8入りした。 17年にJFE西日本に入社。 3年目の今季は公式戦9試合に登板し4勝2敗、防御率1・79と安定感のある投球が光った。 河野投手は「1位で選んでもらえるとは思っていなかった。 素直にうれしい。 ここからが本当の勝負。 徳島代表の気持ちで頑張り、1年目は新人王を狙いたい」などと話した。 徳島県関係選手ではこのほか、吉野川市出身で青森・八戸学院光星高の武岡龍世内野手(18)=鴨島一中出=がヤクルト6位、四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックス(IS)からは、上間永遠(とわ)投手(18)と岸潤一郎外野手(22)が西武からそれぞれ7、8位で指名され、牟岐町出身の平間隼人内野手=鳴門渦潮高出=が巨人の育成1位指名を受けた。

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日ハム1位指名の河野(鳴門高出身、JFE西日本)「徳島代表の気持ちで頑張り、新人王狙う」|スポーツ|徳島ニュース|徳島新聞

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経歴 [ ] プロ入りまで [ ] では四番打者、兼投手として夏の決勝に進むが、のエースに抑えられ惜敗、甲子園出場を逸する。 高校同期にのがいた。 卒業後は横田とともにに進学。 ではに、1年上の鍋島博()との二本柱で春秋季連続優勝。 秋季リーグでは3試合連続完封勝利を含む6勝0敗、防御率0. 90の活躍で最優秀投手とベストナインに選ばれた。 同年のでも決勝でを降し優勝、ではに敗れ準優勝。 日本代表にも選出され、1試合14奪三振の大会記録(当時)を樹立、最優秀投手に選ばれた。 大学の1年上には鍋島以外にのがいた。 翌秋季リーグでも在学中3回目の優勝を飾り、4勝0敗、防御率1. 40で2度目の最優秀投手とベストナインに選ばれた。 同年の日米大学野球選手権大会日本代表に2年連続選出され、明治神宮野球大会でも決勝でのに投げ勝ち優勝。 リーグ通算34試合登板し15勝3敗、防御率1. 91、132奪三振。 現役時代 [ ] でからの外れ1位指名を受けて入団。 1年目のから一軍に定着し、8勝を挙げた。 翌年以降は不振が続いたが、には先発・リリーフ兼任で防御率2. 38の好成績でを獲得した。 オフに権を行使して(巨人)へ移籍。 移籍1年目のには序盤こそ二軍にいたが、中盤に一軍に上がってから初めてリリーフ専任となり、7月の月間MVPにも選ばれる。 39試合に登板して6勝1敗3セーブを挙げリーグ優勝に貢献。 同年度のの初代になった。 とのでは2試合に登板。 第1戦では9回からリリーフに立つが、延長10回、に決勝本塁打を喫し敗戦投手となる。 この年のオフ、テレビ番組の企画で当時に所属していたを訪ね、を教わるも、実践で使えるまでにはならなかった。 それ以降は若手の台頭もあって徐々に登板機会が減少、にとなる。 はでプレーするが、同年限りで現役を引退。 引退後 [ ] からまで、のでコーチを務めた。 3月24日に放送された「」によると、現在は元西武・の薦め で農業を営んでいる。 またその際、妻・広子が2009年8月2日にがんで逝去(享年41)したことも報じられた。 、栽培しているを使用したなどの食品加工会社「げんちゃん」をに設立、同年暮に本社をに移転し1月には事務所内に販売所を設けている。 「にも注文してもらっている」というタマネギを全国にも通信販売し、2017年には農林水産大臣賞に輝いた。 仲間たちと、株式会社ドリームチームを設立。 愛称は ゲンちゃん。 風貌がに似ていることから。 本人によると、名付けたのは日本ハム時代の先輩投手・で、日本ハム時代に発行された選手名鑑のニックネーム欄にも「ゲンちゃん」と掲載されていた(学生時代は「牛」と呼ばれていた)。 この愛称を本人は気に入っており、巨人時代のにはを「ゲンちゃん」に変更しようと試みている。 から「ちゃん付けは不謹慎だ」という理由で却下されたが、巨人時代の・は投手交代の際に球審に対し、「ピッチャー、 ゲンちゃん」と告げ 、球審が「河野ですね」と確認していたという。 本人によると「監督からは(巨人在籍4年間で)一度も『河野』と呼ばれなかった」。 巨人時代の1997年当時、外国人窃盗団による盗難事件が多発していた。 河野も宿泊先ののホテルで愛車のベンツが盗まれ、後日窃盗団が摘発された際に、の貨物船の中から河野のベンツが他の大量のベンツとともに発見された。 当初は巨人の一部の人間だけが知っている話だったが、「巨人の投手も被害」と大々的に報道されてしまった。 失踪騒動 [ ] 5月24日、河野は試合前に東京ドームのフェンスを駆け上がる遊びをしていたところ を断裂し 、全治6ヶ月と診断され二軍落ちとなる。 しかし8月途中頃からマネージャーが連絡を取ろうと思っても取れず、音信不通状態になっていた。 事を大きくしたくない球団はこの件を外部に漏らさずにしてきたが、それも限界となり10月31日に当時球団常務であったによって河野が所在不明であることが公表され 、マスコミで河野失踪と大きく報じられる事となる。 その公表の10数時間後に母親に連れられて球団事務所に姿を現した河野は、記者会見で「球団側から『』を申し渡され、クビだと思って実家に帰り、球団からの連絡をシャットアウトしていた」と釈明を行った。 なお、任意引退とは「球団に保有権がある引退」のことであるが、当時は任意引退であっても選手として球団に所属し続ける者がいた。 これは当時、各球団の支配下登録選手が60名までと指定されていたことが関係している。 その60名の範囲内で戦力を有効活用するために、故障で長期間の治療が必要な選手やマイナーリーグへの野球留学で日本球界の試合に出る見込みの無い選手を任意引退扱いにすることが各球団で行われ、実績を残した選手も上記の理由で現役時代に任意引退扱いを経験している。 日本ハム球団が河野に任意引退を通告したのも、河野を怪我の治療に専念させて、代わりの選手を登録する枠を空けることが目的であった。 この一件以来、から外れた選手は「準支配下選手」という肩書きとなり(1992年から支配下選手は70名に拡大され準支配下選手は廃止)、「任意引退」は球団から籍を除外するときのみ使用するよう、球団やマスコミ内で見解が統一された。 詳細情報 [ ] 年度別投手成績 [ ] 36 28 7 1 0 8 13 0 --. 381 753 170. 2 166 27 87 1 6 104 4 0 92 79 4. 17 1. 48 36 16 1 1 0 1 10 0 --. 091 428 100. 0 85 20 47 0 2 58 2 0 64 55 4. 95 1. 32 37 17 3 2 0 4 6 0 --. 400 586 136. 2 115 18 70 0 5 78 5 0 55 50 3. 29 1. 35 46 13 5 2 0 6 5 9 --. 545 585 144. 0 118 16 53 3 5 111 5 1 41 38 2. 38 1. 19 36 8 1 0 0 0 6 1 --. 000 316 73. 2 66 12 39 0 2 42 1 0 40 38 4. 64 1. 43 4 1 0 0 0 0 1 0 --. 000 50 11. 0 7 0 11 0 1 7 1 0 4 4 3. 27 1. 64 17 2 0 0 0 0 2 0 --. 000 127 28. 2 30 4 13 0 1 15 0 0 15 15 4. 71 1. 50 28 10 0 0 0 4 4 0 --. 500 266 58. 1 58 9 37 1 1 41 6 0 33 32 4. 94 1. 63 25 18 3 2 0 7 3 0 --. 700 400 97. 2 78 11 33 0 4 66 3 0 37 37 3. 41 1. 14 33 25 3 1 0 8 10 0 --. 444 626 143. 0 148 20 66 2 2 94 3 0 67 61 3. 84 1. 50 27 26 3 0 1 6 8 0 --. 429 598 140. 2 129 26 64 0 3 95 3 1 76 74 4. 73 1. 37 39 0 0 0 0 6 1 3 --. 857 203 52. 0 33 3 22 5 0 39 1 0 19 19 3. 29 1. 06 22 0 0 0 0 0 1 0 --. 000 91 21. 1 19 2 10 2 1 15 0 0 10 9 3. 80 1. 36 27 0 0 0 0 3 0 1 -- 1. 000 112 26. 0 15 2 15 1 4 20 0 0 10 7 2. 42 1. 15 20 0 0 0 0 1 2 1 --. 333 75 15. 2 19 3 9 0 2 13 0 0 14 13 7. 47 1. 79 29 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 137 30. 0 31 5 17 0 1 30 3 0 19 14 4. 20 1. 60 通算:16年 462 164 26 9 1 54 72 15 --. 429 5353 1249. 1 1117 178 593 15 40 828 37 2 596 545 3. 93 1. 各年度の 太字はリーグ最高 タイトル [ ]• :1回 (1988年)• :1回 (1996年) 表彰 [ ]• :1回 (1996年8月) 記録 [ ] 初記録• 初奪三振:同上、9回表にから• 初先発:1985年4月14日、対2回戦()、5回1失点• 初勝利・初完投勝利・初完封勝利:1985年5月1日、対西武ライオンズ3回戦()• 18 (1985年 - 1995年)• 40 (1996年 - 1999年)• 46 (2000年)• 77 (2008年 - 2009年) 脚注 [ ].

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24日の公示 阪神がガンケルを登録 楽天は涌井、日ハムはドラ1河野ら登録(フルカウント)

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ドラフト会議 2019 日ハムの結果 1位 河野 竜生 かわの りゅうせい(JFE西日本) 2位 立野 和明 たての かずあき(東海理化) 3位 上野 響平 うえの きょうへい(京都国際高) 4位 鈴木 健矢 すずき けんや(JX-ENEOS) 5位 望月 大希 もちづき だいき(創価大) 6位 梅林 優貴 うめばやし ゆうき(広島文化学園大) 7位 片岡 将人 かたおか しょうと(東日本国際大) 日ハム ドラフト会議 指名選手の評価 1位の河野竜生は最速151キロ左腕。 佐々木朗希を外したとはいえ、河野は社会人No. 1と言われていた逸材です。 高校卒業後、JFE西日本に入り3年。 21歳で若いですし、3年社会人で経験してきているだけに、即戦力としての期待は大きいですね。 開幕ローテーション入りまではないとしても、早い段階で、まずは先発で起用されると予想しています。 その結果次第では、2軍で調整、中継ぎ起用などの方針が決まるでしょうが、まずは先発で試すことになるでしょうね。 育成で定評のある日ハムですが、2019シーズンを振り返ってみても、投手陣の強化が必要です。 堀 瑞樹と同期ですが、堀はなかなか結果がでないだけに、同じ左腕で河野が活躍すれば、堀にとっても刺激になりますね。 2位の立野は181㎝の投手。 長い手足を生かしたダイナミックなフォームが特徴。 変化球も多彩なので、プロの打者にも通用するようであれば、1年目から1軍で活躍する可能性があります。 最初は中継ぎで様子を見るかもしれませんね。 3位の上野響平は内野(遊撃)手。 とにかくフットワークが軽い。 身長が172㎝と小柄ではありますが、守備はすぐにでもプロで通用するレベルだと思います。 2軍で打撃も結果を残せば1軍に呼ばれるでしょうが、まずは育成の方針でしょうね。 4位、鈴木健矢は投手。 サイドハンドから繰り出すスライダー、チェンジアップの精度が高いところが評判なだけに、この2種がプロで通用するか?マウンド度胸が抜群なだけに、中継ぎやワンポイントでの起用から始めるのではないでしょうか。 宮西の跡を継いでけるような投手になればいいですね。 5位の望月大希は投手。 187㎝と長身で、上から投げ下ろすストレートが最大の魅力。 変化球を上手く使いながら直球を思い切って投げ込めるようなら活躍の可能性がありますね。 6位梅林優貴は捕手。 強肩がウリで、遠投は110m。 打撃に走力も大学ではトップレベル。 打撃が通用するようなら、積極的に起用されるのではないでしょうか。 7位の片岡将人は、身長184㎝で大型外野手。 守備には安定感があります。 バットコントロールに優れ、左右に打ち分ける技術を持っているだけに、守備固めで起用しつつ、打撃次第で出場機会が増えると思います。 日ハム ドラフトの評価 狙い通りだったか いち早く指名を宣言していた佐々木朗希は、残念ながらロッテへ。 しかし、上記のように日ハムは、社会人、大学生を中心に指名しました。 結果的に高校生は上野響平ひとりでした。 2019シーズンは、後半失速しましたし、1年を通して連敗が目立ちました。 投手では上沢の怪我が痛かったのですが、それにしても、戦力不足の印象はありました。 来シーズンは上沢が復活、吉田輝星、清宮幸太郎らが飛躍してほしいところですが、社会人・大学生を中心に指名した、今回のドラフト結果は良かったと言っていいのではないでしょうか。 100点まではいかないけれども、80点には達していると思います。 まとめ ドラフト会議から日が経ちましたが、日ハムの指名結果について振り返ってみました。 この7人の中から、何とか2020年のシーズンで活躍できる選手が出てきてほしいです。 特に河野投手には「ドラフト1位で指名出来て良かった!」と言われるくらい活躍してほしいですね。

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