超 芸術 トマソン。 トマソンとは (トマソンとは) [単語記事]

路上観察・トマソンについて

超 芸術 トマソン

この記事は用のものかもしれません。 「トマソン」とはそういうもの です。 消えないうちに、 取り急ぎ観測 を要します。 トマソンとは、である。 とはがだと思って作るものですが、このというものは、が、だとも何とも知らずに意識に作るもの。 だからにははいてもはいない。 ただそこにを発見する者だけがいるのです - 原 トマソンとはなんであるか にが出る。 トマソンというである - 原 トマソンとは、正式な定義に従えば「不動産に付着していて美しく保存されている用の長物」であり、「」のいち部門である。 も見向きもしないようなの隅で、 に用なものが、にも関わらずそのまま残され、あまつさえ管理・補修を受けていることさえある。 その遺物こそがトマソンなのである。 諸氏は、建物の外に単独で突き出したヒサシを見たことはないだろうか。 塗り込められたに残るノブ、塞がれているのに元の形が綺麗る、外階段もないのにの外向きについたラ、重要なところだけ褪色して見えないバンといったものに、見覚えはないだろうか。 ご近所に、どうにも不可思議な位置、不可思議な構造をなす構造物があったりは、しないだろうか。 もしあったら、それがトマソンである。 より大がかりなところでは、の跡に残されたや台といったものもまた、トマソンの一種といえる。 たしかに、トマソン物件は、有用の営からは見捨てられながら、しかしの営にも入らずに、その中間体を漂っているという点でな存在だ - 照信 「トマソン」は、の雑誌『時代』内の原の連載によってその存在が発表された。 その後、彼は「トマソン」のをし、その分布を調し、ついに「路上観察学」という一分野を成すに至る。 偉大なるゲーリー・トマソン そこにはちゃんとしたボディがありながら、世の中の役に立つ機というものがない。 それをではちゃんとをかけてテイに保存している。 ことです。 いや皮ではない。 面な話、これはもう生きたというほかに解釈のしようがないではありませんか - 原 「トマソン」という名は、ほかならぬの四番打者、ゲーリー・トマソンに由来する。 彼はでに招聘されたが、二年であるには、四番打者でありながら「」と呼ばれるほどにを繰り返した。 その姿に 「美しく保存されている用の長物」を見た原とその一が、彼と同じような、中に保存された用物をす分野名として「トマソン」を採用したのである。 そしてそのゲーリー・トマソンが同年を最後に 「に球が当たらないという、ただそれだけの理由によって」された時、原はありとあらゆるトマソン物件のをそこに見ることとなる。 ただのと違い、はいつ破壊され、あるいは撤去されてしまうかわからない。 に観測されねばならない、と。 トマソンの発見 最初の発見はまで遡る。 原が四町の館、祥館の外に見つけた、ただ6段分上って下るだけの、どこにも通じていないコンート階段が発見第であった。 そしてその階段に取り付けられた木製の手すりに補修を認めた時、この階段は「まったく用でありながらではない(補修されている)何か」として観測されたのである。 これを、ただ純に上り下りするだけの用途しかい階段、すなわち純階段と呼ぶ。 第二の発見はその翌年。 偶然を訪れた原が、ベニヤで塞がれたを発見した。 それだけであればただの塞がれただが、台座となっている石に長年の摩擦によってできたがあり、視してもいいものをわざわざそのに綺麗に合わせてベニヤが切りだされていたことが、原に「確実に未知のもの」を感じさせた。 第三の発見は数カ後、、南伸坊によってのものである。 のの三楽に、立な門が存在していた。 その門は、ヒサシも門も、「三楽通用門」という看まで備えていながら、 ただだけがで見事に塗り込められているがために門としての用途を果たしていない。 南伸坊ので駆けつけた原も、これには「困った門です」と言うしかなかった。 この三つ、すなわち「四の純階段」、「江の用」、「のの用門」の三点がった時、ついに原は、「これはである」と認識するに至ったのである。 そしてそれには「トマソン」という名が付けられ、彼が教をとる美のや「時代」の誌上において、その観測と分類が進められることとなった。 ここに、 「探本部トマソン観測」が発足する。 やがて彼らの活動は「考現学」とも接続し、原、照信、南伸坊、丈二、とり・みき、一木努、荒俣といったそうそうたるをえた 「路上観察」の結成へと繋がってゆくのであった。 トマソンの分類 様々な種類があるが、一般的なものを紹介する。 用階段 上った先がどこにも繋がっていない、あるいは中やに繋がっており、的地が存在しない階段。 「純階段」とも呼ばれる。 用門 に塞がれているにもかかわらず、なお門の形をとどめている構造物。 あるいはただ門ないしだけがあり、周りにその続きとなる障がないため不必要な構造物。 全に門としての形を喪失している場合は含まれない。 用 「」とも。 覆っていたなどが塗り込められた後も撤去されずに残っているのこと。 建物のに、取り壊された隣の跡などがり付いているように見えるもの。 投下時、爆心地近くの人のがそのまま建物に焼きついていた故事を思い起こさせるためにこう呼ばれる。 高所 やたら高いところにあるラや、高いところにだけあって下に繋がっていない、階段などをす。 極の庭用の玄関がについていたりと、町並みに溶け込んださが魅。 上はその実例といえるチ。 急な斜面と高すぎる段に挟まれ常人には利用し難い位置に、つきつつもなお居座り続ける、玉座のごとき威をまとったチであり、高所のトマソンであると考えられる。 記事冒頭にくっついているようなヤツである。 から出っるの構造物。 引っ込んでいると「逆」と言われる。 アタゴ で第が発見された、際などのの突出物。 繰り返し補修されているものもある。 定 根元で切られた電信柱などの出っり。 定事件を思い起こさせる「痛い」切られ方をしていることから命名。 有名なもの 無用エントツ おそらくトマソン史上もっとも有名なもの。 トマソン観測活動当時の「ビルに沈む町」こと再開発直前の麻布町のどまんなかにぽつんと立ち尽くす一本の煙突であり、その根元はックによって守られていた。 発見後、飯村昭が謀にもたを単身その頂点まで上り詰め、そこで煙突のを取り、立ちあがって眼で下界を撮した。 そのときのは、原の著作『超芸術トマソン』の表に見ることができる。 のちに解体されたが、エントツのあったその場所には、ズの煙突が聳え立っている。 海部の無用トンネル 、のすぐ北にある短い(町内 まち)である。 建設時には山だった部分が住宅造成によりほとんど切り崩されたため、遂にはだけが残ってしまったもの。 かつて原『超芸術トマソン』でも紹介された、由緒正しきトマソンといえる。 掲載当時には周辺の物や木もなく、このよりさらにした姿であった。 でも残っており、から眺めることができる。 関連動画 関連商品 超芸術トマソンのは、人類史上、この私たちの時代になって、しかもこの私たちのにおいてはじめて姿を見せたものである。 その意味でこの本は、上の意識史に残る記念碑となるだろう。 人類がを持ち、その一方で意識を持っているかぎりは、そのと意識の関係に見え隠れして、超芸術トマソンはいつまでもあらわれてくるのである - 原『 超芸術トマソン』序文より 関連コミュニティ 関連項目• 路上観察• 南伸坊• 飯村昭.

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【超芸術】ここ最近見つけたトマソン集(地味ネタ含む)

超 芸術 トマソン

トマソンの語源 [ ] トマソンの語源は、プロ野球・元選手のに由来する。 トマソンは、元大リーガーとして移籍後1年目はそこそこの活躍を見せたものの、2年目は全くの不発であるにもかかわらずの位置に据えられ続けた。 空振りを見せるために四番に据えられ続けているかのようなその姿が、ちょうど「不動産に付着して(あたかも芸術のように)美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったため、名称として採用された。 固有名詞が名称として採用された理由は、それまでの言葉では説明しがたい新しい概念を持つものだったため、むしろしがらみのない新しい呼び名を必要としたためと考えられる。 のに似ている。 トマソン選手の名前の由来と「超芸術トマソン」の概念に関連はない。 超芸術トマソンの発見と命名 [ ] 、赤瀬川原平、、が、東京・()の旅館・祥平館脇の道を歩いているときに、上り下りする形態と機能はありながら、上った先には出入り口が無く、降りてくるしかない立派な階段を発見した。 しかもその手すりには補修の跡があり、大事に保存されていることがうかがわれた。 翌年、赤瀬川原平が、でベニヤ板で塞いである使われなくなった出札口(切符売り場の窓口)に気付いた。 そのベニヤ板は、長年の銭の出し入れでくぼんだ石の表面にあわせて必要以上に律儀に、微妙な曲線に切断されていた。 また、南伸坊が、ので、きわめて堂々とした造りでありながら、出入り口だけがきっちりとセメントでふさがれた通用門を発見し報告をした。 こうした物件は「四谷の純粋階段」「江古田の無用窓口」「お茶の水の無用門」と名付けられ、共通する概念として浮上した「超芸術」=《芸術のように実社会にまるで役に立たないのに芸術のように大事に保存されあたかも美しく展示・呈示されているかのようなたたずまいを持っている、それでありながら作品と思って造った者すらいない点で芸術よりも芸術らしい存在》の例として認識された。 「超芸術」の中でも不動産に付着するものをひと言で言い表す愛称、通称、のようなもの、固有名詞として、「トマソン」という名前が与えられた。 当時、赤瀬川が講師をしていた美学校「考現学教室」の生徒の議論の中でこの名前が決まった。 なお、トマソン選手の三振の記録は132(当時プロ野球歴代4位)で、途中で退団した1982年にはそれを上回るペースだった。 この概念が赤瀬川の連載のあったの雑誌『』で1982年に発表され、「考現学教室」の生徒たちの「探査」活動や赤瀬川自身の採集による「物件」の写真が赤瀬川の筆で発表され読者からの物件の報告を誌上で発表解説するというかたちがとられると一つのブームとなり一挙に「トマソン」の概念が広まった。 『写真時代』の連載は途中で白夜書房刊の単行本『超芸術トマソン』にまとめられた。 この単行本は連載途中までの掲載で、のちに筑摩文庫から文庫版で出る時に全てが収められた。 なお赤瀬川の連載は同じく編集長の雑誌「ウィークエンドスーパー」の連載「自宅でできるルポルタージュ」が雑誌名変更とともにいつのまにか「超芸術トマソン」に代わったものである。 影響 [ ] この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2017年2月) 1983年にトマソン観測センターによる「悶える町並み」という展覧会が新宿のギャラリー612で開かれ、赤瀬川原平の絵画や物件の写真が展示された。 その後出版社東京堂後援による東京での「トマソンバスツアー」や赤瀬川原平によるレクチャーが所々で開かれ、またやなどのTV番組で取り上げられ、単行本「超芸術トマソン」が出版されひとつのブームのピークを迎えた。 しかし当の赤瀬川やその生徒によるトマソン観測センターは、ブームの盛り上がりによってかえって疲弊してしまい、次第に活動は下火となっていった。 そのころらの建築探偵(古い市井の建物の観察・分析・コレクション)、のマンホールその他路上のもろもろの蒐集、南伸坊のハリガミ採集分析、一木努の建築破片収集などの路上にまつわるコレクションの活動とブッキングされて、筑摩書房から『路上観察学入門』が出版され、それに合わせて1986年、学士会館での発足式と称したイベントが開催され、記者会見などを行なった。 企画したのは筑摩書房の編集者である。 、パソコン用ソフト『超芸術トマソンの冒険』がより発売。 これは同社との提携によるもので、赤瀬川原平・南伸坊・松田哲夫の3人が出演する約45分の撮り下ろし動画、架空の町・苫の台(がモデル)のトマソンを探索するモードなどを収録。 にはトマソン観測センターがを開設、インターネットで物件の報告を受け付けたり、報告された物件をシェアするという形で広く紹介したり、また専用の報告用紙をネットでダウンロード出来る様にしたりと、インターネットと融合した新たな動きを始めている。 また物件報告会も年に2回程度開催されている。 トマソンは、映画などの分野にも影響を与えていて、映画『』において、トマソンの一種である「原爆タイプ」があるシーンに登場し、奇妙なリアリティを与えていたという例がある。 またの近未来小説『ヴァーチャル・ライト』にも超芸術トマソンが出てきており、そのことは合衆国の野球選手名鑑のサイトのトマソン選手の項目で言及されてもいる。 トマソンの分類 [ ] 暗渠化されたの上に残る橋桁と欄干。 無用橋トマソンの例。 (跡) ちくま文庫『トマソン大図鑑』による分類。 無用階段 純粋階段ともいわれる。 上って下りるだけの階段。 もともとは階段の先に扉などがあったものが多い。 設計変更などの原因で、新設当時から無用階段になってしまっていたものも存在する。 無用門 塞がれてしまってもいまだ門としての威厳を保っている門。 また、塀や壁などが無く、本来なら門を必要としないはずの開放された場所に設置されている門も「無用門」(『トマソン大図鑑』では松田が「逆無用門」という呼称も用いている)に分類される。 ヒサシ 庇。 無用庇ともいう。 下にあった窓や扉が無くなってしまったにもかかわらず、雨を防いでいる庇のこと。 無用窓 塞がれた窓。 塞ぎ方に念が入っているものが美しい。 ヌリカベ 無用門や無用窓と重なる。 塞いだ窓や門の跡。 コンクリートで塗り込めても完全には隠しきれていない領域。 周囲との微妙な差異を楽しむ。 原爆タイプ 平面状のトマソン。 建物などの痕跡が、壁にシルエット状に残っている物件。 密集して立てられていた建物群の一部が取り壊された場合などに出現する。 水により発生した場合は「水爆」、看板などがはずされたときにできたものは、「中性子爆弾」と言う。 なお、トマソン観測センターのFacebookでは、報告者に「原爆タイプ」の名称を避け「 影タイプ」等の名称に言い替えるよう推奨している。 高所 物体そのものは正常だが、普段ある場所よりも高いところに存在しているために違和感をもたらす構造物。 二階にある取っ手付のドアなど。 階段が取り壊された場合に出現することが多いが、内側にクレーンなどが格納されている実用的な扉であり、汎用の扉部品を使ったためにそうなったというものもある。 でべそ 塗り込めた壁からわずかに飛び出た、ドアノブや蛇口などの小さい突起物。 ウヤマ 看板や標識の文字が一部消えているもの。 最初の物件が「?はウヤマ/卯山?店」というものだったのでこの名前が付いた。 カステラ 壁面から飛び出した直方体状の部分。 出窓の塗りつぶしなどで発生する。 また、逆に引っ込んでいる部分は「逆カステラ」と呼ばれる。 アタゴ 道路脇にある意味不明の突起物。 車の駐車禁止のため役に立っている可能性もある。 トマソン探索初期、赤瀬川らが新橋からに向かう途中でこれの第一号を発見したため、アタゴという名前が付けられた。 生き埋め 路上の物件の一部がコンクリートなどで埋められているもの。 地層 地面に断層が形成されたもの。 同一箇所を複数回工事したときなどに見られる。 境界 ガードレール、柵、塀など、境界を表示する物件で、意味が即座に理解しがたいもの。 ねじれ 通常、まっすぐ直角に作られている建築物のなかにおいて、微妙なねじれを有する物件。 垂直並行規格で出回っている商品を、斜めに使用した際に発生する。 阿部定 途中で切られた電信柱の跡。 命名はより。 平面状の原爆タイプ。 広義では地層物件に含まれる。 もの喰う木 木が、柵やワイヤーなどを飲み込みながら成長しているもの。 ただし、これ自体は植物の成長に伴う「巻き込み」などと呼ばれる現象であり、さほど希少な現象ではない上に、(障害物の設置以外の要素には)人間はからんでおらず、単なる自然現象である。 『超芸術トマソン』に於いては「植物は強しタイプ」という呼称も見られる。 無用橋 埋め立てられた川に架かる橋など、無用となっている橋。 ただし、化されているケースでは、地下に空洞があるため、自動車などの重量物を通す道は橋梁構造にしておく必要がある。 そのため、本格的に無用であるとは言い切れず、「外見的に無駄に見える」というだけの理由による。 純粋タイプ 分類不能で、実用的意味が考えられないもの。 空けると壁面の「純粋シャッター」、山の無い場所にトンネルだけが存在している「純粋トンネル」など。 四谷階段もこちらに分類される。 蒸発 看板の褪色や、記念碑の一部損壊などで、もともとの意味がわかりにくくなっているもの。 物質の材質的寿命によることが多い。 特に看板では目立つ色として使われる赤系統のペイントは褪色しやすく、一番のキャッチコピーや商品名が時間経過とともに読めなくなるといった現象が現れやすい。 脚注 [ ] は列挙するだけでなく、などを用いてしてください。 記事のにご協力をお願いいたします。 ( 2017年8月)• 赤瀬川原平編 『超芸術トマソン』 筑摩書房、1987年、• 赤瀬川原平・南伸坊・藤森照信 共編『路上観察學入門』 筑摩書房、1986年、• 赤瀬川原平編 『トマソン大図鑑・無の巻』 筑摩書房、1996年、• 赤瀬川原平編 『トマソン大図鑑・空の巻』 筑摩書房、1996年、 関連項目 [ ]• - 純粋に機能のみ有し用途のない機械 対義語的項目 [ ]• (「」など)• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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超芸術トマソン

超 芸術 トマソン

「どうしてこんなところに階段が!?」と二度見せずにはいられない、奇妙な写真がTwitterに投稿され話題になっている。 あなたはご存じだろうか、これが「超芸術トマソン」の世界だ。 その階段の写真は、異世界を感じさせる奇妙なものだった。 そして「トマソン」という謎のワード…。 二度見せずにはいられない奇妙さだ。 違和感しかない。 異世界へ続く道のようにも見える。 これらは、おそらく設計変更や新しくできた建物の影響により、意味をなさなくなった階段だろう。 不気味でありつつも、どこか不思議な魅力のある写真だ。 このように無用の長物となってしまったものを「トマソン」と呼ぶらしい。 超芸術トマソンとは、赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。 不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。 存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。 端的に言うと、役に立たなくなった階段や扉に注目した芸術が「超芸術トマソン」だ。 その役立たなさに芸術性を感じるらしく、アートの世界は素人に分からない深淵なものということか。 ちなみに1980年代に雑誌に特集されたのをきっかけにブームに火がついたので、名前くらいは聞いたことがあるという方も多いだろう。 このツイートに触発されたのか、全国各地から「トマソン」の写真が投稿された。 秋葉原にあるそうだ。 これぞ無用の長物。 こんなに昔から「トマソン」はあった。 ぼーっとエスカレーターに乗っていると危ない! ちなみに、「トマソン」の語源は、かつて読売ジャイアンツに在籍した、ダメ助っ人外国人のゲーリー・トマソンに由来する。 1981~1982年、読売ジャイアンツに在籍した。 トマソンは、元大リーガーとして移籍後1年目はそこそこの活躍を見せたものの、2年目は全くの不発であるにもかかわらず四番打者の位置に据えられ続けた。 空振りを見せるために四番に据えられ続けているかのようなその姿が、ちょうど「不動産に付着して(あたかも芸術のように) 美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったため、名称として採用された。 ネーミングからして、実に破天荒な芸術概念だ。 なお、トマソンの創始者、美術家の赤瀬川原平氏の遺志を継ぐ「超芸術トマソン観測センター」がFacebookにを開設している。 各地で撮影されたトマソンの写真なども多く展示されているので、気になる方はチェックしてみていただきたい。 アイコンもしっかりとトマソンだ。 最後に、今回リサーチした中で最大のトマソンをご紹介したい。 トマソンに相応しい役立たなさだ。 今回ご紹介したもの以外にも、全国のトマソンを撮った写真が続々とTwitterに投稿されている。 いかに役に立たないものが身近に溢れているかということが分かる。 なお、語源となったゲーリー・トーマス選手は、引退後に親のビジネスを引き継いで実業家となったそうだ。 当の本人は、21世紀になってもこんなところで名前が使われ続けていることに気づいているのだろうか。

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