悪魔 画像。 悪魔 (タロット)

悪魔とは一体何者なのか?伝承される悪魔の種類と契約した狂気の人物

悪魔 画像

カードの意味 [ ] 正位置の意味 裏切り、拘束、堕落、束縛、誘惑、悪循環、嗜虐的、破天荒、憎悪、嫉妬心、憎しみ、恨み、根に持つ、 憤怒、破滅。 逆位置の意味 回復、覚醒、新たな出会い、リセット、生真面目。 のにおける解説では「・激烈・前もって定められ動かせぬもの・」を意味するとされる。 「」の説ではティファレトとホドのセフィラを結合する経に関連付けられている。 占星術との対応 [ ] 以下のような諸説がある。 星座:説、説、説、説• 惑星:説 、説、説 寓意画の解釈 [ ] の名が示す通り、の象徴として解釈が行われる。 では、頭部に黄金のと、背中にのような羽をもち、手には鋭いを備え、左手に柄の無いを持つ悪魔の姿が描かれている。 「悪魔」が最も強調している象徴は 「訳がわからない」である。 頭部の角はの形であるが、手にはを思わせる爪を備えている上、背中の羽はであるコウモリの形である。 また、股間の膨らみはを象徴するが、の胸部を意図した図形を胸に模している。 これは「悪魔」が(など)人間に接触する際のとして、女性の純粋さや無邪気さを装い、悪魔の持つ「残忍さ」や「姑息な心」を覆い隠そうとしているためと考えられている。 これを最も象徴しているのが、「悪魔」の持つ剣である。 剣自体はの他のカードにもしばしば登場し、のにも採用されている象徴であるが、「悪魔」では「刃の部分を持った状態」で描かれている。 つまり「悪魔」は剣の使い方はおろか 持ち方すら知らないのである。 「悪魔」に描かれる剣は、誰にも制御されない極めて危険なの象徴である。 このことから、「悪魔」の頭部の冠を北欧神話のの冠として結びつける説がある。 オーディンはにおけるであるが、プライドが高く、癇癪(かんしゃく)を起こしやすい激情家としての側面を持つことから、「悪魔」の冠をオーディンのそういった面を象徴していると解釈されている。 一方で、「悪魔」を「救世主」と見ることもできる。 悪魔はにおいてイヴをそそのかしを食させたが、見方を変えれば(逆位置)、悪魔の意思がどうであれ、人間にとってはを発展させ上に種を広げる良い結果 をもたらしたといえる。 これは「意図の有る無しに関わらず、当人の望む望まぬに関わらず、結果的に起こる奇跡」、即ちを意味する。 また「悪魔」の下段には、頭部に角を思わせる飾り物を装着し、のような耳とを生やした2人の人物が、「悪魔」の立つ台座に繋がれた状態で描かれている。 この2人は「悪魔」のしもべと解釈される。 これは、絵の構図が「」と対になっていることから由来しているとされる。 人間の内面的部分が「悪魔」に仕えることによって起き得る様々な影響や、またその役割自体も よく解っていない状態を表し、何の葛藤も感じず、何の成長も無いのような小さな存在であることが、「教皇」同様に中心の人物との対比によって示されている。 加えて、2人の人物が薄ら笑いを浮かべている様子は「自分の行動を完全にコントロールできる」と思い込んでいる人などによく見かける表情である。 つまり、この2人も「悪魔」が「教皇」と違い、「独裁的」で「自己中心的」な律法を司ることを示す要因ともなっている。 故に、「教皇」のカードでは悪魔が教皇となり、下の2人が後ろ向きで描かれている。 しかし「悪魔」としもべを繋ぐ縄はゆるく、自覚さえあればしもべは「悪魔」の支配を脱することができることも意味している。 に描かれる悪魔は、()を象徴するの角、やの要素である鉤爪状の足、蝙蝠のような翼が生えた姿で描かれており、や、農耕を司る神 がモチーフとされる。 この悪魔の下にいる、四角状の黒い台座に繋がれた鎖に捕われた1組の男女にも角と尻尾があり、悪魔と同化していることが伺える。 左の女性の尻尾は古代からワインなどで用いられているの房が描かれており、右の男性の尻尾には、悪魔の左手に持っている松明から着火して燃えている様子が描かれている。 これらはいずれも欲望や快楽から夜を騒がせてきた犯罪者、独裁者を示すものとされる。 悪魔の頭上には五芒星が上下逆に描かれていて、これが示すものは堕ちた人間、堕落の象徴とされている。 台座の色と背景の黒は、本来人が関わるべきでない闇の世界が一面に広がった、悪徳の元凶がここにあるという構図としている。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 山羊座にあてるのはの説だが彼はと悪魔の両方を山羊座としている(伊泉龍一『完全マスタータロット占術大全』ではウィルトの説を誤ってパピュスの説として紹介しているが 悪魔のほうが抜け落ちている。 水星説は日本の。 多くの絵画などで、悪魔は左手に剣やを持った状態で描かれる。 このことから左手は邪悪・不浄とされる。 現在の日本においても、左手を「不浄の手」として(握手などで)嫌う慣習がある。 正確には、女性の胸部を胸に描いている、あるいはそのような胸当てを装着しているとされる。 勿論、実際に女性同様の胸部を備えているという説も存在するが、マルセイユ版では先述の説が通説となっている。 しかし、絵画に描かれるオーディンは「片目が無く、長い白髭を蓄えた老人で、つばの広い帽子を被り、グングニルという槍を持った姿で表される」(より抜粋)ことが多く、有力な説とは言い難い。 への言及やへの賛美ではなくとしての見解。 そもそも、キリスト教においては悪魔の存在が重要な要素であるが、唯一神教であるためではないことに留意されたい。 「慌てふためくこと」を意味する「パニック panic 」の語源もここから来ている。 出典 [ ].

次の

悪魔

悪魔 画像

夢に見そう。 アレクサンドル・カパネルによるこの絵では涙もこぼしていて、神への憎悪と悔しさが見てとれます。 同じく悪魔とされるタコも描かれています。 堕天した彼らは異形と化し、天使軍に追われる身となります。 【二人の堕天使】純白の翼を保ちつつも見るからに悪人面な天使。 悪魔への変貌は精神から始まります。 天使だった頃の面影はすでになく、醜い角と翼を生やした悪魔に成り下がるばかり。 右翼には地獄で責め苦を受ける人間たちの様子が描かれています。 昆虫とも甲冑ともつかない悪魔ににじり寄られる生理的嫌悪はまさに地獄。 鳥や犬の頭を持つ悪魔に追い立てられる人間たち。 死の床にありながらなお悪魔の差し出す金貨袋に手を伸ばす守銭奴を、死神が待ち構えています。 どうしたらこんなおぞましいパーツの組み合わせを思いつけるのでしょうか。 とりあえず食べる。 逃げようとしてもモリで押し込めて食べる。 まずは上司が手本にならねばとばかりに罪人をばりばりいってます。 体をはって教える上司に続く悪魔たち。 さすがの悪魔の所業です。 その入り口となる怪物の口の上で、大歓迎とばかりに踊る悪魔がいました。 何やら楽しげですが明らかに腹に一物ありそう。 悪魔の吐き出す猛火によって、まるで紙切れのように人間が吹き上げられていきます。 憎しみ合い獣のように戦う人間を、実に愉快とばかりに高見の見物な悪魔の姿が描かれています。 この楽しげな表情からするに、人間にとっては嬉しくない話であることが一目瞭然。 悪魔たちはそんな彼をあの手この手で誘惑しました。 こんな幻覚に昼となく夜となくさいなまれながらも自己を保つなんて、想像を絶する精神力ですね。 もはや趣味。 その趣味の人類最古の犠牲者がローマのテオフィルスです。 聖職者でありながら恨みの念に染まった彼に、悪魔はためらわず手を貸しました。 そんな聖人中の聖人でさえも、修行中には悪魔の誘惑に悩まされています。 旧約聖書では、ヨブの信仰心を試すためにあえてサタンに好き放題させています。 家族と財産を失い、全身腫れものというえぐい有様で、しれっと傍観できる神様も実は悪魔なのでは疑惑が生まれても致し方ないレベル。 好色をあらわす馬の姿をとり、普通に一般市民の夢に潜りこんでいたずらしまくり。 この絵でも十字架で悪魔を追い出そうと奮闘中ですが、こう見えて位の高い悪魔なのか全く効いていない様子。 自ら悪魔に心酔するという毒をもって毒を制する的な方向に走る人々もいます。 魔女の集会・サバトは有名ですね。 ミハイル・ヴルーベリもその一人。 彼の目にはこの絵のような悪魔が映っていたのでしょうか。 こちらは中世の「ギガス写本」に描かれた悪魔。 ある修道僧がよりによって悪魔の力を借りて書き上げたといういわくつきで、「悪魔の聖書」とも呼ばれています。 【フランスの写本挿絵】現代ではゲームや漫画にも数多く登場し、凛々しい姿や圧倒的な力でおなじみの存在になっている悪魔たち。 それだけに、絵画に描かれてきた悪魔本来の恐ろしさには驚かされますね。

次の

天使と悪魔 【グレゴリウス講座】

悪魔 画像

神はまた、人間を天使の姿を模して創造しました。 天使たちには自発的に神を崇めるという試みが課されました。 神は人間に天使以上の愛情を注ぎました。 それに反発したのは、神から最も信頼を得ていた大天使ルシファーでした。 同志である他の天使と共に神に挑みましたが、神に従う天使たちに敗北し、堕天されてしまいます。 地上へ堕ちたルシファーたちは悪魔として人間に挑むようになりました。 図は、アルブレヒト・デューラー作『堕天』です(Wikipediaより)。 天使の位階には、父と子と聖霊に対応した三つの階級があり、ひとつの階級に三つの段階があります。 つまり天使の世界には合計九つの位階が存在します。 キリスト教世界において守護天使の概念を大きく発展させたのは偽ディオニシウス・アレオパギタです。 東方教会および西方教会の正統信仰では、天使たちはそれぞれ神によって指定された人間を守ります。 トマス・アクィナスは、守護天使として仕えるのは最下位の天使たちだとしています。 これに対しドゥンス・スコトゥスは、どの天使もこの役目を引き受けるだろうとしています。 図は、マットホイス・ケルン作『守護天使』です(Wikipediaより)。 偽ディオニシウス・アレオパギタのリストでは、下から二番目に大天使(アルヒアンゲロイ)がありますが、この三人の天使は最上位の熾天使(セラフィム)であると解釈されることもあるようです。 図は、フランチェスコ・ボッティチーニ作『トビアスと三人の大天使』です(Wikipediaより)。 新約聖書『ユダの手紙』には、ミカエルがモーセの死体について悪魔と論じ争ったことが述べられています。 また、『ヨハネの黙示録』12章では、ミカエルと天使たちが悪魔である巨大な竜と戦い、竜は地に投げ落とされます。 ミカエルは守護者というイメージが強く、中世には兵士の守り手、キリスト教軍の保護者でした。 図は、クレムリン大天使カテドラルのイコン『大天使ミカエル』です(Wikipediaより)。 ラファエルは道中トビアスを守り、目が見えなかった父トビトを癒した後で、自分がラファエルであることを告げます。 ラファエルという名前はヘブライ語で神は癒されるという意味であり、ユダヤ教の伝統で癒しをつかさどる天使とされてきました。 図は、17世紀に描かれた『大天使ラファエルとトビアス』(作者不詳)です(Wikipediaより)。 ガブリエルは、ペルシャ王キュロスの出現とユダヤ人の解放、エルサレム神殿の再建について語ります。 ガブリエルはキリスト教の伝統の中ではしばしば神のメッセンジャーという役割を担います。 新約聖書『ルカによる福音書』では、祭司ザカリアスのもとに現れて洗礼者ヨハネの誕生を告げ、聖母マリアのもとに現れてイエス・キリストの誕生を告げます。 図は、フラ・アンジェリコ作『受胎告知』です(Wikipediaより)。 『ヨハネの黙示録』12章7節はしばしばその追放劇と同定されます。 イヴと浮気をしていたという説があります。 また、ミカエルとは双子の兄弟であったという説もあり、ルシファーが兄にあたります。 ルシファーの名前は、旧約聖書『イザヤ書』14章12節の天から落ちた「明けの明星」のラテン語訳に由来するとのことです。 図は、ギュスターヴ・ドレによるミルトン『失楽園』のための挿絵です(Wikipediaより)。 イヴはその実を取って食べ、アダムにも与えました。 神はアダムとイヴが「命の木」の実をも食べることをおそれ、二人をエデンの園から追放し、園の東にケルビムと輝く炎の剣を置いて「命の木」を守らせます。 ミルトンの『失楽園』では、蛇はルシファー、ケルビムはミカエルとされます。 反逆して敗れた堕天使ルシファーは、人間に対する嫉妬から、謀略により人間の楽園追放を実現させます。 図は、15世紀フランスの時祷書の挿絵『イヴの魂を救おうとするミカエル』です(Wikipediaより)。 【グレゴリウス講座について】 当サイトの「グレゴリウス講座」は、関心を持ったテーマをミニプレゼンテーションにまとめることを試みています。 内容の妥当性を心がけていますが、素人の判断の域を出ませんので、ご了承ください。 このページの作成には、画像も含め、おもにWikipediaを利用しました。 ただし、忠実な引用ではない場合があります。

次の