返しにも及ばず、袖を引き放ちて逃げられにけり。 逸著聞集 巻之下

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返しにも及ばず、袖を引き放ちて逃げられにけり

「十訓抄:大江山」の現代語訳 和泉式部、保昌が妻 めにて、丹後 たんごに下りけるほどに、京に歌合 うたあはせありけるに、小式部内侍、歌詠みにとられて、詠みけるを、 和泉式部が、保昌の妻として、丹後に下った頃に、京で歌合せがあったところ、小式部内侍が、歌詠みに選ばれて、(歌を)詠んだのを、 定頼中納言戯 たはぶれて、小式部内侍ありけるに、「丹後へ遣はしける人は参りたりや。 いかに心もとなく思 おぼすらむ。 」と言ひて、 定頼中納言がふざけて、小式部内侍が(局に)いた時に、「丹後(の母のもと)へおやりになった人は(帰って)参りましたか。 どんなにか待ち遠しくお思いのことでしょう。 」と言って、 局 つぼねの前を過ぎられけるを、御簾 みすより半 なからばかり出 いでて、わづかに直衣 なほしの袖をひかへて、 局の前を通り過ぎられたのを、御簾から半分ばかり(身を)乗り出して、ほんの少し直衣の袖を引っ張って、 大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立 大江山を越え、生野を通って行く道のりが(京から)遠いので、(母がいる丹後の)天の橋立はまだ踏んでみたことはありませんし、(母からの)手紙もまだ見ていません。 と詠みかけけり。 と(歌を)詠みかけた。 思はずに、あさましくて、「こはいかに。 かかるやうやはある。 」とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。 (定頼は)思いもかけぬことに、驚いて、「これはまあなんとしたことだ。 こんな(=当意即妙に歌を詠む)ことがあろうか、いや、あるはずがない。 」とだけ言って、返事もできず、(引っ張られている直衣の)袖を引き払って、お逃げになった。 小式部、これより歌詠みの世に覚え出で来にけり。 小式部(内侍)は、この時から歌詠みの世界に名声が広まったということだ。 これはうちまかせての理運のことなれども、かの卿 きやうの心には、これほどの歌、ただいま詠み出だすべしとは、知られざりけるにや。 こうしたことは(小式部内侍にとっては)ごく普通の当然のことであったけれど、あの(定頼中納言)卿の心の中には、これほどの歌を、すぐに詠み出すことができるとは、おわかりにならなかったのであろうか。 (十訓抄) 脚注• 和泉式部 生没年未詳。 平安時代中期の名高い歌人。 歌合 歌人が左右二組に分かれ、歌の優劣を競う催し。 直衣 男性貴族の平服 出典 十訓抄 参考 「国語総合(古典編)」三省堂 「教科書ガイド国語総合(古典編)三省堂版」文研出版.

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古今著聞集小式部の内侍大江山品詞分解現代語訳

返しにも及ばず、袖を引き放ちて逃げられにけり

譯者又識す わが最初の境界 羅馬 ( ロオマ )に往きしことある人は ピアツツア、バルベリイニを知りたるべし。 こは貝殼持てる トリイトンの神の像に造り 做 ( な )したる、美しき 噴井 ( ふんせい )ある、大なる廣こうぢの名なり。 貝殼よりは水湧き出でゝその高さ數尺に及べり。 羅馬に往きしことなき人もかの廣こうぢのさまをば銅板畫にて見つることあらむ。 かゝる畫には ヰア、フエリチエの角なる家の見えぬこそ恨なれ。 わがいふ家の石垣よりのぞきたる三條の 樋 ( ひ )の口は水を吐きて石盤に入らしむ。 この家はわがためには 尋常 ( よのつね )ならぬおもしろ味あり。 そをいかにといふにわれはこの家にて生れぬ。 首 ( かうべ )を 囘 ( めぐら )してわが 穉 ( をさな )かりける程の事をおもへば、目もくるめくばかりいろ/\なる記念の多きことよ。 我はいづこより語り始めむかと心迷ひて 爲 ( せ )むすべを知らず。 又我世の 傳奇 ( ドラマ )の全局を見わたせば、われはいよ/\これを寫す手段に 苦 ( くるし )めり。 いかなる事をか緊要ならずとして棄て置くべき。 いかなる事をか全畫圖をおもひ浮べしめむために殊更に數へ擧ぐべき。 わがためには面白きことも 外人 ( よそびと )のためには何の興もなきものあらむ。 われは我世のおほいなる 穉物語 ( をさなものがたり )をありのまゝに僞り飾ることなくして語らむとす。 されどわれは人の意を迎へて自ら喜ぶ 性 ( さが )のこゝにもまぎれ入らむことを恐る。 この性は早くもわが穉き時に、畠の中なる雜草の如く萌え出でゝ、やうやく聖經に見えたる 芥子 ( かいし )の如く高く空に向ひて長じ、つひには一株の大木となりて、そが枝の間にわが七情は巣食ひたり。 わが最初の記念の一つは既にその 芽生 ( めばえ )を見せたり。 おもふにわれは最早六つになりし時の事ならむ。 われはおのれより穉き子供二三人と向ひなる 尖帽僧 ( カツプチノオ )の寺の前にて遊びき。 寺の扉には 小 ( ちひさ )き眞鍮の十字架を打ち付けたりき。 その處はおほよそ扉の中程にてわれは僅に手をさし伸べてこれに達することを得き。 母上は我を伴ひてかの扉の前を過ぐるごとに、必ずわれを掻き抱きてかの十字架に接吻せしめ給ひき。 あるときわれ又子供と遊びたりしに、甚だ 穉 ( をさな )き一人がいふやう。 いかなれば 耶蘇 ( やそ )の穉子は一たびもこの群に來て、われ等と共に遊ばざるといひき。 われさかしく答ふるやう。 むべなり、耶蘇の穉子は十字架にかゝりたればといひき。 さてわれ等は十字架の下にゆきぬ。 かしこには何物も見えざりしかど、われ等は猶母に教へられし如く耶蘇に接吻せむとおもひき。 一人の子のさし上げられて僅に唇を尖らせたるを、抱いたる子力足らねば落しつ。 この時母上通りかゝり給へり。 この遊のさまを見て立ち 住 ( と )まり、指組みあはせて 宣 ( のたま )ふやう。 汝等はまことの天使なり。 さて汝はといひさして、母上はわれに接吻し給ひ、汝はわが天使なりといひ給ひき。 母上は隣家の女子の前にて、わがいかに罪なき子なるかを繰り返して語り給ひぬ。 われはこれを聞きしが、この物語はいたくわが心に 協 ( かな )ひたり。 わが罪なきことは 固 ( もと )よりこれがために前には及ばずなりぬ。 人の意を迎へて自ら喜ぶ 性 ( さが )の種は、この時始めて日光を吸ひ込みたりしなり。 造化は我におとなしく 軟 ( やはらか )なる心を授けたりき。 さるを母上はつねに我がこゝろのおとなしきを我に告げ、わがまことに持てる長處と母上のわが持てりと思ひ給へる長處とを我にさし示して、小兒の罪なさはかの醜き「バジリスコ」の獸におなじきをおもひ給はざりき。 かれもこれもおのが姿を見るときは死なでかなはぬ者なるを。 彼 ( かの ) 尖帽宗 ( カツプチヨオ )の寺の僧に フラア・マルチノといへるあり。 こは母上の懺悔を聞く人なりき。 かの僧に母上はわがおとなしさを告げ給ひき。 祈のこゝろをばわれ知らざりしかど、祈の詞をばわれ善く 諳 ( そらん )じて洩らすことなかりき。 僧は我をかはゆきものにおもひて、あるとき我に一枚の圖をおくりしことあり。 圖の中なる 聖母 ( マドンナ )のこぼし給ふおほいなる涙の露は地獄の ( ほのほ )の上におちかかれり。 亡者は爭ひてかの露の滴りおつるを 承 ( う )けむとせり。 僧は又一たびわれを伴ひてその僧舍にかへりぬ。 當時わが目にとまりしは、 方 ( けた )なる形に作りたる圓柱の廊なりき。 廊に圍まれたるは 小 ( ちさ )き 馬鈴藷圃 ( ばれいしよばたけ )にて、そこにはいとすぎ(チプレツソオ)の木二株、 檸檬 ( リモネ )の木一株立てりき。 開 ( あ )け放ちたる廊には世を 逝 ( みまか )りし僧どもの像をならべ懸けたり。 部屋といふ部屋の戸には獻身者の傳記より撰び出したる畫圖を貼り付けたり。 當時わがこの圖を觀し心は、後になりて ラフアエロ、 アンドレア・デル・サルトオが作を觀る心におなじかりき。 僧はそちは心 猛 ( たけ )き童なり、いで死人を見せむといひて、小き戸を開きつ。 こゝは 廊 ( わたどの )より二三級低きところなりき。 われは 延 ( ひ )かれて級を降りて見しに、こゝも小き廊にて、四圍悉く 髑髏 ( どくろ )なりき。 髑髏は髑髏と接して壁を成し、壁はその並びざまにて 許多 ( あまた )の 小龕 ( せうがん )に分れたり。 おほいなる龕には頭のみならで、胴をも手足をも具へたる骨あり。 こは高位の僧のみまかりたるなり。 かゝる骨には褐色の尖帽を 被 ( き )せて、腹に繩を結び、手には一卷の經文若くは枯れたる花束を持たせたり。 贄卓 ( にへづくゑ )、 花形 ( はながた )の燭臺、そのほかの飾をば 肩胛 ( かひがらぼね )、 脊椎 ( せのつちぼね )などにて細工したり。 人骨の 浮彫 ( うきぼり )あり。 これのみならず忌まはしくも、又趣なきはこゝの拵へざまの全體なるべし。 僧は祈の詞を唱へつゝ行くに、われはひたと寄り添ひて從へり。 僧は唱へ 畢 ( をは )りていふやう。 われも 早晩 ( いつか )こゝに眠らむ。 その時汝はわれを見舞ふべきかといふ。 われは一語をも出すこと能はずして、僧と僧のめぐりなる氣味わるきものとを驚き ( み )たり。 まことに我が如き穉子をかゝるところに伴ひ入りしは、いとおろかなる 業 ( わざ )なりき。 われはかしこにて見しものに心を動かさるゝこと甚しかりければ、歸りて僧の小房に入りしとき 纔 ( わづか )に生き返りたるやうなりき。 この小房の窓には黄金色なる 柑子 ( かうじ )のいと美しきありて、殆ど一間の中に垂れむとす。 又聖母の畫あり。 その姿は天使に擔ひ上げられて日光明なるところに浮び出でたり。 下には聖母の 息 ( いこ )ひたまひし墓穴ありて、もゝいろちいろの花これを 掩 ( おほ )ひたり。 われはかの柑子を見、この畫を見るに及びて、わづかに我にかへりしなり。 この始めて僧房をたづねし時の事は、久しき間わが空想に好き材料を與へき。 今もかの時の事をおもへば、めづらしくあざやかに目の前に浮び出でむとす。 わが當時の心にては、僧といふ者は全く我等の知りたる常の人とは殊なるやうなりき。 かの僧が褐色の衣を着たる死人の殆どおのれとおなじさまなると共に 棲 ( す )めること、かの僧があまたの尊き人の上を語り、あまたの不思議の 蹟 ( あと )を話すこと、かの僧の尊さをば我母のいたく敬ひ給ふことなどを思ひ合する程に、われも人と生れたる 甲斐 ( かひ )にかゝる人にならばやと折々おもふことありき。 母上は未亡人なりき。 活計 ( くらし )を立つるには、 鍼仕事 ( はりしごと )して得給ふ錢と、むかし我等が住みたりしおほいなる部屋を人に借して得給ふ 價 ( あたひ )とあるのみなりき。 われ等は 屋根裏 ( やねうら )の小部屋に住めり。 かのおほいなる部屋に引き移りたるは フエデリゴといふ年 少 ( わか )き畫工なりき。 フエデリゴは心 敏 ( さと )く世をおもしろく暮らす少年なりき。 かれはいとも/\遠きところより來ぬといふ。 母上の物語り給ふを聞けば、かれが故郷にては聖母をも耶蘇の穉子をも知らずとぞ。 その國の名をば 馬 ( デンマルク )といへり。 當時われは世の中にいろ/\の國語ありといふことを解せねば、畫工が我が言ふことを 曉 ( さと )らぬを耳とほきがためならむとおもひ、おなじ詞を繰り返して聲の限り高くいふに、かれはわれを 可笑 ( をか )しきものにおもひて、をり/\ 果 ( このみ )をわれに取らせ、又わがために兵卒、馬、家などの形をゑがきあたへしことあり。 われと畫工とは幾時も立たぬに中善くなりぬ。 われは畫工を愛しき。 母上もをり/\かれは善き人なりと 宣 ( のたま )ひき。 さるほどにわれはとある夕母上と フラア・マルチノとの話を聞きしが、これを聞きてよりわがかの技藝家の少年の上をおもふ心あやしく動かされぬ。 かの異國人は地獄に 墜 ( お )ちて永く浮ぶ瀬あらざるべきかと母上問ひ給ひぬ。 そはひとりかの男の上のみにはあらじ。 異國人のうちにはかの男の如く惡しき事をば一たびもせざるもの多し。 かの 輩 ( ともがら )は貧き人に逢ふときは物取らせて 吝 ( をし )むことなし。 かの輩は債あるときは期を 愆 ( あやま )たず額をたがへずして拂ふなり。 然 ( しか )のみならず、かの輩は吾邦人のうちなる多人數の作る如き罪をば作らざるやうにおもはる。 母上の問はおほよそ此の如くなりき。 フラア・マルチノの答へけるやう。 さなり。 まことにいはるゝ如き事あり。 かの輩のうちには善き人少からず。 されどおん身は何故に然るかを知り給ふか。 見給へ。 世中をめぐりありく惡魔は、邪宗の人の所詮おのが手に落つべきを知りたるゆゑ、強ひてこれを誘はむとすることなし。 このゆゑに彼輩は何の苦もなく善行をなし、罪惡をのがる。 惡魔はわれ等を誘ふなり。 われ等は弱きものなればその手の中に落つること多し。 されど邪宗の人は肉體にも惡魔にも誘はるゝことなしと答へき。 母上はこれを聞きて復た言ふべきこともあらねば、 便 ( びん )なき少年の上をおもひて 大息 ( といき )つき給ひぬ。 かたへ 聞 ( ぎき )せしわれは泣き出しつ。 こはかの人の永く地獄にありて に苦められむつらさをおもひければなり。 かの人は善き人なるに、わがために美しき畫をかく人なるに。 わが穉きころ、わがためにおほいなる意味ありと覺えし第三の人は ペツポのをぢなりき。 惡人 ( あくにん ) ペツポといふも 西班牙磴 ( スパニアいしだん )の王といふも皆その人の 綽號 ( あだな )なりき。 此王は日ごとに西班牙磴の上に 出御 ( しゆつぎよ )ましましき。 (西班牙廣こうぢより モンテ、ピンチヨオの上なる街に登るには高く廣き石級あり。 この石級は羅馬の 乞兒 ( かたゐ )の集まるところなり。 西班牙廣こうぢより登るところなればかく名づけられしなり。 ) ペツポのをぢは生れつき兩の 足痿 ( な )えたる人なり。 當時そを十字に組みて折り敷き居たり。 されど穉きときよりの熟錬にて、をぢは兩手もて歩くこといと巧なり。 其手には革紐を結びて、これに板を掛けたるが、をぢがこの道具にて歩む速さは 健 ( すこや )かなる脚もて行く人に劣らず。 をぢは日ごとに上にもいへるが如く西班牙磴の上に坐したり。 さりとて外の乞兒の如く憐を乞ふにもあらず。 唯だおのが前を過ぐる人あるごとに、 詐 ( いつはり )ありげに 面 ( おもて )をしかめて「ボン、ジヨオルノオ」(我俗の今日はといふ如し)と呼べり。 日は既に入りたる後もその呼ぶ詞はかはらざりき。 母上はこのをぢを敬ひ給ふことさまでならざりき。 あらず。 親族 ( みうち )にかゝる人あるをば心のうちに恥ぢ給へり。 されど母上はしば/\我に向ひて、そなたのためならば、彼につきあひおくとのたまひき。 餘所 ( よそ )の人の此世にありて求むるものをば、かの人 筐 ( かたみ )の底に 藏 ( をさ )めて持ちたり。 若し臨終に、寺に納めだにせずば、そを讓り受くべき人、わが外にはあらぬを、母上は 恃 ( たの )みたまひき。 をぢも我に親むやうなるところありしが、我は其側にあるごとに、まことに喜ばしくおもふこと絶てなかりき。 或る時、我はをぢの振舞を見て、心に怖を懷きはじめき。 こは、をぢの本性をも見るに足りぬべき事なりき。 例の石級の下に老いたる 盲 ( めくら )の 乞兒 ( かたゐ )ありて、往きかふ人の「バヨツコ」(我二錢 許 ( ばかり )に當る銅貨)一つ投げ入れむを願ひて、 薄葉鐵 ( トルヲ )の小筒をさら/\と鳴らし居たり。 我がをぢは、面にやさしげなる色を見せて、帽を 揮 ( ふ )り動しなどすれど、人々その前をばいたづらに過ぎゆきて、かの盲人の何の會釋もせざるに、錢を與へき。 三人かく過ぐるまでは、をぢ傍より見居たりしが、四人めの客かの盲人に小貨幣二つ三つ與へしとき、をぢは毒蛇の身をひねりて行く如く、石級を下りて、盲の乞兒の面を打ちしに、盲の乞兒は錢をも杖をも取りおとしつ。 ペツポの叫びけるやう。 うぬは盜人なり。 我錢を 竊 ( ぬす )む 奴 ( やつ )なり。 立派に 廢人 ( かたは )といはるべき身にもあらで、たゞ目の見えぬを手柄顏に、わが口に入らむとする「パン」を奪ふこそ心得られねといひき。 われはこゝまでは聞きつれど、こゝまでは見てありつれど、この時買ひに出でたる、一「フオリエツタ」(一勺)の酒をひさげて、急ぎて家にかへりぬ。 大祭日には、母につきてをぢがり 祝 ( よろこび )にゆきぬ。 その折には 苞苴 ( みやげ )もてゆくことなるが、そはをぢが 嗜 ( たしな )めるおほ房の葡萄二つ三つか、さらずば砂糖につけたる林檎なんどなりき。 われはをぢ 御 ( ご )と呼びかけて、その手に接吻しき。 をぢはあやしげに笑ひて、われに半「バヨツコ」を與へ、果子をな買ひそ、果子は食ひ 畢 ( をは )りたるとき、迹かたもなくなるものなれど、この錢はいつまでも貯へらるゝものぞと教へき。 をぢが住めるところは、暗くして見苦しかりき。 一 間 ( ま )には窓といふものなく、また一 間 ( ま )には壁の上の端に、 破硝子 ( やれガラス )を紙もて補ひたる小窓ありき。 臥床 ( ふしど )の用をもなしたる大箱と、衣を 藏 ( をさ )むる小桶二つとの外には、家具といふものなし。 をぢがり往け、といはるゝときは、われ必ず泣きぬ。 これも無理ならず。 母上はをぢにやさしくせよ、と我にをしへながら、我を 嚇 ( おど )さむとおもふときは、必ずをぢを 案山子 ( かゝし )に使ひ給ひき。 母上の 宣 ( の )たまひけるやう。 かく 惡劇 ( いたづら )せば、好きをぢ御の許にやるべし。 さらば汝も 磴 ( いしだん )の上に坐して、をぢと共に袖乞するならむ、歌をうたひて「バヨツコ」をめぐまるゝを待つならむとのたまふ。 われはこの詞を聞きても、あながち恐るゝことなかりき。 母上は我をいつくしみ給ふこと、目の球にも優れるを知りたれば。 向ひの家の壁には、 小龕 ( せうがん )をしつらひて、それに聖母の像を据ゑ、その前にはいつも燈を燃やしたり。 「アヱ、マリア」の鐘鳴るころ、われは近隣の子供と像の前に 跪 ( ひざまづ )きて歌ひき。 燈の光ゆらめくときは、聖母も、いろ/\の紐、珠、銀色したる 心 ( しん )の臟などにて飾りたる耶蘇のをさな子も、共に動きて、我等が面を見て笑み給ふ如くなりき。 われは高く朗なる聲して歌ひしに、人々聞きて善き聲なりといひき。 或る時 英吉利 ( イギリス )人の一家族、我歌を聞きて立ちとまり、歌ひ 畢 ( をは )るを待ちて、 長 ( をさ )らしき人われに銀貨一つ與へき。 母に語りしに、そなたが聲のめでたさ故、とのたまひき。 されどこの詞は、その後我祈を妨ぐること、いかばかりなりしを知らず。 それよりは、聖母の前にて歌ふごとに、聖母の上をのみ思ふこと能はずして、必ず我聲の美しきを聞く人やあると思ひ、かく思ひつゝも、聖母のわがあだし心を懷けるを 嫉 ( にく )み給はむかとあやぶみ、聖母に向ひて罪を謝し、あはれなる子に慈悲の眸を垂れ給へと願ひき。 わが餘所の子供に出で逢ふは、この夕の祈の時のみなりき。 わが世は靜けかりき。 わが自ら作りたる夢の世に心を潜め、仰ぎ臥して開きたる窓に向ひ、 伊太利 ( イタリア )の美しき青空を眺め、日の西に傾くとき、紫の光ある雲の黄金色したる地の上に垂れかゝりたるをめで、時の 遷 ( うつ )るを知らざることしば/\なりき。 ある時は、遠く クヰリナアル(丘の名にて、其上に法皇の宮居あり)と家々の 棟 ( むね )とを越えて、紅に染まりたる地平線のわたりに、 眞黒 ( まくろ )に浮き出でゝ見ゆる「ピニヨロ」の木々の方へ、飛び行かばや、と願ひき。 我部屋には、この眺ある窓の外、中庭に向へる窓ありき。 我家の中庭は、隣の家の中庭に並びて、いづれもいと狹く、上の方は木の「アルタナ」(物見のやうにしたる屋根)にて 鎖 ( とざ )されたり。 庭ごとに石にて 甃 ( たゝ )みたる井ありしが、家々の壁と井との間をば、人ひとり僅かに通らるゝほどなれば、我は上より覗きて、二つの井の内を見るのみなりき。 緑なるほうらいしだ(アヂアンツム)生ひ茂りて、深きところは唯だ黒くのみぞ見えたる。 俯してこれを見るたびに、われは地の底を見おろすやうに覺えて、ここにも怪しき境ありとおもひき。 かゝるとき、母上は杖の 尖 ( さき )にて窓硝子を淨め、なんぢ井に墜ちて溺れだにせずば、この窓に當りたる木々の枝には、汝が食ふべき 果 ( このみ )おほく熟すべしとのたまひき。 隧道、ちご 我家に宿りたる畫工は、廓外に出づるをり、我を伴ひゆくことありき。 畫を作る間は、われかれを妨ぐることなかりき。 さて作り 畢 ( をは )りたるとき、われ 穉 ( をさな )き物語して慰むるに、かれも今はわが國の詞を 解 ( げ )して、面白がりたり。 われは既に一たび畫工に隨ひて、「クリア、ホスチリア」にゆき、昔游戲の日まで猛獸を押し込めおきて、つねに 無辜 ( むこ )の俘囚を獅子、「イヱナ」獸なんどの餌としたりと聞く、かの暗き洞の深き處まで入りしことあり。 洞の 裡 ( うち )なる暗き道に、我等を導きてくゞり入り、燃ゆる 松火 ( たいまつ )を、絶えず石壁に振り當てたる僧、深き池の水の、鏡の如く 明 ( あきらか )にて、目の前には何もなきやうなれば、その足もとまで湛へ寄せたるを知らむには、松火もて觸れ探らではかなはざるほどなる、いづれもわが空想を激したりき。 われは怖をば懷かざりき。 そは危しといふことを知らねばなりけり。 街のはつる處に、「コリゼエオ」( 大觀棚 ( おほさじき ))の頂見えたるとき、われ等はかの洞の方へゆくにや、と畫工に問ひしに、否、あれよりは ( はるか )に大なる洞にゆきて、面白きものを見せ、そなたをも景色と 倶 ( とも )に寫すべし、と答へき。 葡萄圃の間を過ぎ、古の 混堂 ( ゆや )の 址 ( あと )を圍みたる白き石垣に沿ひて、ひたすら進みゆく程に羅馬の府の外に出でぬ。 日はいと烈しかりき。 緑の枝を手折りて、車の上に し、農夫はその下に眠りたるに、馬は車の片側に 弔 ( つ )り下げたる一束の 秣 ( まぐさ )を食ひつゝ、ひとり 徐 ( しづか )に歩みゆけり。 やう/\女神 エジエリアの洞にたどり着きて、われ等は 朝餐 ( あさげ )を 食 ( たう )べ、岩間より湧き出づる泉の水に、葡萄酒混ぜて飮みき。 洞の 裏 ( うち )には、天井にも四方の壁にも、すべて絹、 天鵝絨 ( びろおど )なんどにて張りたらむやうに、緑こまやかなる苔生ひたり。 露けく茂りたる 蔦 ( つた )の、おほいなる洞門にかゝりたるさまは、 カラブリア州の 谿間 ( たにま )なる 葡萄架 ( ぶだうだな )を見る心地す。 洞の前數歩には、その頃いと寂しき一軒の家ありて、「カタコンバ」のうちの一つに造りかけたりき。 この家今は 潰 ( つひ )えて斷礎をのみぞ留めたる。 「カタコンバ」は人も知りたる如く、羅馬城とこれに接したる村々とを通ずる 隧道 ( すゐだう )なりしが、 半 ( なかば )はおのづから壞れ、半は盜人、ぬけうりする人なんどの隱家となるを厭ひて、石もて塞がれたるなり。 當時猶存じたるは、聖 セバスチヤノ寺の内なる穹窿の墓穴よりの入口と、わが言へる一軒家よりの入口とのみなりき。 さてわれ等はかの一軒家のうちなる入口より進み入りしが、おもふに最後に此道を通りたるはわれ等二人なりしなるべし。 いかにといふに此入口はわれ等が危き目に逢ひたる後、いまだ 幾 ( いくばく )もあらぬに塞がれて、後には寺の内なる入口のみ殘りぬ。 かしこには今も僧一人居りて、旅人を導きて穴に入らしむ。 深きところには、 軟 ( やはらか )なる土に掘りこみたる道の行き違ひたるあり。 その枝の多き、その樣の相似たる、おもなる筋を知りたる人も踏み迷ふべきほどなり。 われは 穉心 ( をさなごゝろ )に何ともおもはず。 畫工はまた豫め其心して、我を伴ひ入りぬ。 先づ蝋燭一つ 點 ( とも )し、一をば猶衣のかくしの中に貯へおき、 一卷 ( ひとまき )の絲の端を入口に結びつけ、さて我手を引きて進み入りぬ。 忽ち天井低くなりて、われのみ立ちて歩まるゝところあり、忽ち又岐路の出づるところ廣がりて方形をなし、見上ぐるばかりなる穹窿をなしたるあり。 われ等は中央に小き石卓を据ゑたる圓堂を 過 ( よぎ )りぬ。 こゝは始て基督教に 歸依 ( きえ )したる人々の、異教の民に逐はるゝごとに、ひそかに集りて神に仕へまつりしところなりとぞ。 フエデリゴはこゝにて、この壁中に葬られたる法皇十四人、その外數千の獻身者の事を物語りぬ。 われ等は石龕のわれ目に 燭火 ( ともしび )さしつけて、中なる白骨を見き。 (こゝの墓には何の飾もなし。 拿破里 ( ナポリ )に近き聖 ヤヌアリウスの「カタコンバ」には聖像をも文字をも彫りつけたるあれど、これも技術上の價あるにあらず。 基督教徒の墓には、魚を彫りたり。 希臘 ( ギリシア )文の魚といふ字は「イヒトユス」なれば、暗に「イエソウス、クリストス、テオウ ウイオス、ソオテエル」の文の首字を集めて語をなしたるなり。 此希臘文はこゝに 耶蘇 ( やそ ) 基督 ( キリスト ) 神子 ( かみのこ )救世者と云ふ。 )われ等はこれより入ること二三歩にして立ち留りぬ。 ほぐし來たる絲はこゝにて盡きたればなり。 畫工は絲の端を 控鈕 ( ボタン )の孔に結びて、蝋燭を拾ひ集めたる小石の間に立て、さてそこに 蹲 ( うづくま )りて、隧道の摸樣を寫し始めき。 われは傍なる石に 踞 ( こしか )けて合掌し、上の方を仰ぎ視ゐたり。 燭は半ば流れたり。 されどさきに貯へおきたる新なる蝋燭をば、今取り出してその側におきたる上、火打道具さへ帶びたれば、消えなむ折に火を點すべき用意ありしなり。 この時われ等が周圍には寂として何の聲も聞えず、唯だ忽ち斷え忽ち續く、物寂しき岩間の雫の音を聞くのみなりき。 われはかく 由 ( よし )なき妄想を懷きてしばしあたりを忘れ居たるに、ふと心づきて畫工の方を見やれば、あな 訝 ( いぶ )かし、畫工は大息つきて一つところを馳せめぐりたり。 その間かれは 頻 ( しきり )に俯して、地上のものを搜し 索 ( もと )むる如し。 かれは又火を新なる蝋燭に點じて再びあたりをたづねたり。 その 氣色 ( けしき )ただならず覺えければ、われも立ちあがりて泣き出しつ。 この時畫工は聲を勵まして、こは何事ぞ、善き子なれば、そこに 坐 ( すわ )りゐよ、と云ひしが、又眉を 顰 ( ひそ )めて地を見たり。 われは畫工の手に取りすがりて、最早登りゆくべし、こゝには居りたくなし、とむつかりたり。 畫工は、そちは善き子なり、畫かきてや遣らむ、果子をや與へむ、こゝに錢もあり、といひつゝ、衣のかくしを探して、財布を取り出し、中なる錢をば、ことごとく我に與へき。 我はこれを受くるとき、畫工の手の氷の如く 冷 ( ひやゝか )になりて、いたく震ひたるに心づきぬ。 我はいよ/\騷ぎ出し、母を呼びてます/\泣きぬ。 畫工はこの時我肩を掴みて、 劇 ( はげ )しくゆすり 搖 ( うご )かし、靜にせずば 打擲 ( ちやうちやく )せむ、といひしが、急に 手巾 ( ハンケチ )を引き出して、我腕を縛りて、しかと其端を取り、さて俯してあまたゝび我に接吻し、かはゆき子なり、そちも聖母に願へ、といひき。 絲をや失ひ給ひし、と我は叫びぬ。 今こそ見出さめ、といひ/\、畫工は又地上をかいさぐりぬ。 さる程に、地上なりし蝋燭は流れ畢りぬ。 手に持ちたる蝋燭も、かなたこなたを搜し 索 ( もと )むる忙しさに、流るゝこといよ/\早く、今は手の際まで燃え來りぬ。 畫工の周章は大方ならざりき。 そも無理ならず。 若し絲なくして歩を運ばば、われ等は次第に深きところに入りて、遂に活路なきに至らむも計られざればなり。 畫工は再び氣を勵まして探りしが、こたびも絲を得ざりしかば、力拔けて地上に坐し、我頸を抱きて大息つき、あはれなる子よ、とつぶやきぬ。 われはこの詞を聞きて、最早家に還られざることぞ、とおもひければ、いたく泣きぬ。 畫工にあまりに 緊 ( きび )しく抱き寄せられて、我が縛られたる手はいざり落ちて地に達したり。 我は覺えず埃の間に指さし入れしに、例の絲を 撮 ( つま )み得たり。 あはれ、われ等二人の命はこの絲にぞ繋ぎ留められける。 われ等の再び外に歩み出でたるときは、日の暖に照りたる、天の蒼く晴れたる、木々の梢のうるはしく緑なる、皆常にも増してよろこばしかりき。 されど此事を得忘れ給はざるは、始終の事を聞き給ひし母上なりき。 フエデリゴはこれより後、我を伴ひて出づることを許されざりき。 フラア・マルチノもいふやう。 かの時二人の命の助かりしは、全く 聖母 ( マドンナ )のおほん惠にて、邪宗の フエデリゴが手には授け給はざる絲を、善く神に仕ふる、やさしき子の手には與へ給ひしなり。 されば聖母の恩をば、身を終ふるまで、ゆめ忘るゝこと 勿 ( なか )れといひき。 フラア・マルチノがこの詞と、或る知人の 戲 ( たはむれ )に、 アントニオはあやしき子なるかな、うみの母をば愛するやうなれど、外の女をばことごとく嫌ふと見ゆれば、あれをば、人となりて後僧にこそすべきなれ、といひしことあるとによりて、母上はわれに出家せしめむとおもひ給ひき。 まことに我は 奈何 ( いか )なる故とも知らねど、女といふ女は側に來らるゝだに厭はしう覺えき。 母上のところに來る婦人は、人の妻ともいはず、 處女 ( をとめ )ともいはず、我が穉き詞にて、このあやしき好憎の心を語るを聞きて、いとおもしろき事におもひ 做 ( な )し、 強 ( し )ひて我に接吻せむとしたり。 就中 ( なかんづく ) マリウチアといふ娘は、この戲にて我を泣かすること 屡 ( しば/\ )なりき。 マリウチアは活溌なる少女なりき。 農家の子なれど、裁縫店にて雛形娘をつとむるゆゑ、 華靡 ( はで )やかなる色の衣をよそひて、幅廣き白き麻布もて髮を卷けり。 この少女 フエデリゴが畫の雛形をもつとめ、又母上のところにも遊びに來て、その度ごとに自らわがいひなづけの妻なりといひ、我を小き夫なりといひて、迫りて接吻せむとしたり。 われ 諾 ( うけが )はねば、この少女しば/\武を用ゐき。 或る日われまた脅されて泣き出しゝに、さては猶 穉兒 ( をさなご )なりけり、乳房 啣 ( ふく )ませずては、啼き止むまじ、とて我を掻き抱かむとす。 われ慌てゝ 迯 ( に )ぐるを、少女はすかさず追ひすがりて、兩膝にて我身をしかと挾み、いやがりて振り向かむとする頭を、やう/\胸の方へ引き寄せたり。 われは少女が したる銀の矢を拔きたるに、豐なる髮は波打ちて、我身をも、 露 ( あらは )れたる少女が肩をも 掩 ( おほ )はむとす。 母上は室の隅に立ちて、笑みつゝ マリウチアがなすわざを勸め勵まし給へり。 この時 フエデリゴは戸の片蔭にかくれて、 竊 ( ひそか )に此群をゑがきぬ。 われは母上にいふやう。 われは生涯妻といふものをば持たざるべし。 われは フラア・マルチノの君のやうなる僧とこそならめといひき。 夕ごとにわが怪しく何の詞もなく坐したるを、母上は出家せしむるにたよりよき 性 ( さが )なりとおもひ給ひき。 われはかゝる時、いつも人となりたる後、金あまた得たらむには、いかなる寺、いかなる城をか建つべき、寺の主、城の主となりなん日には、「カルヂナアレ」の僧の如く、赤き 衷甸 ( ばしや )に乘りて、金色に裝ひたる 僕 ( しもべ )あまた隨へ、そこより出入せんとおもひき。 或るときは又 フラア・マルチノに聞きたる、種々なる獻身者の話によそへて、おのれ獻身者とならむをりの事をおもひ、世の人いかにおのれを責むとも、おのれは聖母のめぐみにて、つゆばかりも苦痛を覺えざるべしとおもひき。 殊に願はしく覺えしは、 フエデリゴが故郷にたづねゆきて、かしこなる邪宗の人々をまことの道に歸依せしむる事なりき。 母上のいかに フラア・マルチノと 謀 ( はか )り給ひて、その日とはなりけむ。 そはわれ知らでありしに、或る朝母上は、我に 小 ( ちひさ )き衣を着せ、其上に白衣を打掛け給ひぬ。 此白衣は膝のあたりまで屆きて、寺に仕ふる 兒 ( ちご )の着るものに同じかりき。 母上はかく爲立てゝ、我を鏡に向はせ給ひき。 我は此日より 尖帽宗 ( カツプチヨオ )の寺にゆきてちごとなり、 火伴 ( なかま )の童達と共に、おほいなる 弔香爐 ( つりかうろ )を提げて儀にあづかり、また 贄卓 ( にへづくゑ )の前に出でゝ讚美歌をうたひき。 總ての指圖をば フラア・マルチノなしつ。 (聖 ミケルが大なる翼ある美少年の姿にて、惡鬼の頭を踏みつけ、鎗をその上に加へたるは、名高き畫なり。 ) 美小鬟、即興詩人 萬聖祭には 衆人 ( もろひと )と 倶 ( とも )に 骨龕 ( ほねのほくら )にありき。 こは フラア・マルチノの嘗て我を伴ひて入りにしところなり。 僧どもは皆經を 誦 ( じゆ )するに、我は 火伴 ( なかま )の童二人と共に、髑髏の 贄卓 ( にへづくゑ )の前に立ちて、 提香爐 ( ひさげかうろ )を振り動したり。 骨もて作りたる燭臺に、けふは火を點したり。 僧侶の遺骨の手足全きは、けふ額に新しき花の環を戴きて、手に露けき花の一束を取りたり。 この祭にも、いつもの如く、人あまた集ひ來ぬ。 歌ふ僧の「ミゼレエレ」(「ミゼレエレ、メイ、ドミネ」、主よ、我を 愍 ( あはれ )み給へ、と唱へ出す 加特力 ( カトリコオ )教の歌をいふ)唱へはじむるとき、人々は膝を 屈 ( かゞ )めて拜したり。 髑髏の色白みたる、髑髏と我との間に渦卷ける香の烟の怪しげなる形に見ゆるなどを、我は久しく打ち 目守 ( まも )り居たりしに、こはいかに、我身の 周圍 ( めぐり )の物、皆 獨樂 ( こま )の如くに り出しつ。 物を見るに、すべて大なる虹を隔てゝ望むが如し。 耳には寺の鐘 百 ( もゝ )ばかりも、一時に鳴るらむやうなる音聞ゆ。 我心は早き流を舟にて下る如くにて、譬へむやうなく目出たかりき。 これより後の事は知らず。 我は氣を喪ひき。 人あまた集ひて、 鬱陶 ( うつたう )しくなりたるに、我空想の燃え上りたるや、この 眩暈 ( めまひ )のもとなりけむ。 醒めたるときは、寺の園なる 檸檬 ( リモネ )の木の下にて、 フラア・マルチノが膝に抱かれ居たり。 わが夢の裡に見きといふ、首尾整はざる事を、 フラア・マルチノを始として、僧ども皆神の 業 ( わざ )なりといひき。 聖 ( ひじり )のみたまは面前を飛び過ぎ給ひしかど、はるかなき童のそのひかり 耀 ( かゞや )けるさまにえ堪へで、卒倒したるならむといひき。 これより後、われは怪しき夢をみること頻なりき。 そを母上に語れば、母上は又友なる女どもに傳へ給ひき。 そが中には、われまことにさる夢を見しにはあらねど、見きと 詐 ( いつは )りて語りしもありき。 これによりて、我を神のおん子なりとする、人々の惑は、日にけに深くなりまさりぬ。 さる程に嬉しき聖誕祭は近づきぬ。 つねは山住ひする牧者の笛ふき(ピツフエラリ)となりたるが、短き外套着て、紐あまた下げ、尖りたる帽を戴き、聖母の像ある家ごとに 音信 ( おとづ )れ來て、救世主の 誕 ( うま )れ給ひしは今ぞ、と笛の音に知らせありきぬ。 この單調にして悲しげなる聲を聞きて、我は朝な/\ 覺 ( さ )むるが常となりぬ。 覺むれば説教の稽古す。 おほよそ聖誕日と新年との間には、「サンタ、マリア、アラチエリ」の寺なる 基督 ( キリスト )の像のみまへにて、童男童女の説教あること、年ごとの例なるが、我はことし其一人に當りたるなり。 吾齡 ( わがよはひ )は 甫 ( はじ )めて九つなるに、かしこにて説教せむこと、いとめでたき事なりとて、歡びあふは、母上、 マリウチア、我の三人のみかは。 わがありあふ卓の上に登りて、一たびさらへ聞かせたるを聞きし、畫工 フエデリゴもこよなうめでたがりぬ。 さて其日になりければ、寺のうちなる卓の上に押しあげられぬ。 我家のとは違ひて、この卓には 毯 ( かも )を被ひたり。 われはよその子供の如く、 諳 ( そらん )じたるまゝの説教をなしき。 聖母の 心 ( むね )より血汐出でたる、穉き基督のめでたさなど、説教のたねなりき。 我順番になりて、衆人に仰ぎ見られしとき、我胸跳りしは、恐ろしさゆゑにはあらで、喜ばしさのためなりき。 これ迄の小兒の中にて、尤も人々の氣に入りしもの、即ち我なること疑なかりき。 さるをわが後に、卓の上に立たせられたるは、小き女の子なるが、その言ふべからず優しき姿、驚くべきまでしほらしき顏つき、 調 ( しらべ )清き樂に似たる 聲音 ( こわね )に、人々これぞ神のみつかひなるべき、とさゝやきぬ。 母上は、我子に優る子はあらじ、といはまほしう思ひ給ひけむが、これさへ聲高く、あの女の子の贄卓に畫ける神のみつかひに似たることよ、とのたまひき。 母上は我に向ひて、かの女子の怪しく濃き目の色、 鴉青 ( からすば )いろの髮、をさなくて又 怜悧 ( さかし )げなる顏、美しき 紅葉 ( もみぢ )のやうなる手などを、繰りかへして譽め給ふに、わが心には 妬 ( ねた )ましきやうなる情起りぬ。 母上は我上をも神のみつかひに譬へ給ひしかども。 鶯の歌あり。 まだ巣ごもり居て、 薔薇 ( さうび )の枝の緑の葉を 啄 ( ついば )めども、今生ぜむとする蕾をば見ざりき。 二月三月の後、薔薇の花は開きぬ。 今は鶯これにのみ鳴きて聞かせ、つひには 刺 ( はり )の間に飛び入りて、血を流して死にき。 われ人となりて後、しば/\此歌の事をおもひき。 されど「アラチエリ」の寺にては、我耳も未だこれを聞かず、我心も未だこれを 會 ( ゑ )せざりき。 母上、 マリウチア、その外女どもあまたの前にて、寺にてせし説教をくりかへすこと、しば/\ありき。 わが自ら喜ぶ心はこれにて慰められき。 されど我が未だ語り 厭 ( あ )かぬ間に、かれ等は早く聽き 倦 ( う )みき。 われは聽衆を失はじの心より、自ら新しき説教一段を作りき。 その詞は、まことの聖誕日の説教といはむよりは、寺の祭を敍したるものといふべき詞なりき。 そを最初に聞きしは フエデリゴなるが、かれは打ち笑ひ乍らも、そちが説教は、兎も角も フラア・マルチノが教へしよりは善し、そちが身には詩人や 舍 ( やど )れる、といひき。 フラア・マルチノより善しといへる詞は、わがためにいと喜ばしく、さて詩人とはいかなるものならむとおもひ煩ひ、おそらくは我身の内に舍れる善き神のみつかひならむと判じ、又夢のうちに我に面白きものを見するものにやと疑ひぬ。 母上は家を離れて遠く出で給ふこと稀なりき。 されば或日の晝すぎ、 トラステヱエル( テヱエル河の右岸なる羅馬の市區)なる友だちを訪はむ、とのたまひしは、我がためには祭に往くごとくなりき。 日曜に着る衣をきよそひぬ。 中單 ( チヨキ )の代にその頃着る習なりし絹の胸當をば、針にて上衣の下に縫ひ留めき。 領巾 ( えりぎぬ )をば幅廣き 襞 ( ひだ )に 摺 ( たゝ )みたり。 頭には縫とりしたる帽を戴きつ。 我姿はいとやさしかりき。 とぶらひ 畢 ( をは )りて、家路に向ふころは、はや頗る遲くなりたれど、月影さやけく、空の色青く、風いと心地好かりき。 路に近き丘の上には、「チプレツソオ」、「ピニヨロ」なんどの 常磐樹 ( ときはぎ )立てるが、怪しげなる輪廓を、鋭く空に 畫 ( ゑが )きたり。 人の世にあるや、とある夕、何事もあらざりしを、久しくえ忘れぬやうに、美しう思ふことあるものなるが、かの歸路の景色、また 然 ( さ )る 類 ( たぐひ )なりき。 國を去りての後も、 テヱエルの流のさまを思ふごとに、かの夕の景色のみぞ心には浮ぶなる。 黄なる河水のいと 濃 ( こ )げに見ゆるに、月の光はさしたり。 碾穀車 ( こひきぐるま )の鳴り響く水の上に、朽ち果てたる橋柱、黒き影を印して立てり。 この景色心に浮べば、あの折の心輕げなる 少女子 ( をとめご )さへ、 扁鼓 ( ひらづゝみ )手に 把 ( と )りて、「サルタレルロ」舞ひつゝ過ぐらむ心地す。 (「サルタレルロ」の事をば 聊 ( いさゝか )注すべし。 こは單調なる曲につれて踊り舞ふ羅馬の民の技藝なり。 一人にて踊ることあり。 又二人にても舞へど、その身の相觸るゝことはなし。 大抵男子二人、若くは女子二人なるが、 跳 ( は )ねる如き早足にて半圈に動き、その間手をも休むることなく、羅馬人に産れ付きたる、しなやかなる振をなせり。 女子は 裳裾 ( もすそ )を 蹇 ( かゝ )ぐ。 鼓をば自ら打ち、又人にも打たす。 其調の變化といふは、唯遲速のみなり。 ) サンタ、マリア、デルラ、ロツンダの街に來て見れば、こゝはまだいと賑はし。 魚蝋 ( ぎよらふ )の烟を風のまにまに吹き 靡 ( なび )かせて、前に木机を据ゑ、そが上に 月桂 ( ラウレオ )の青枝もて編みたる籠に 貨物 ( しろもの )を載せたるを飾りたるは、肉 鬻 ( ひさ )ぐ男、 果 ( くだもの )賣る女などなり。 剥栗 ( むきぐり )並べたる釜の下よりは、火 立昇りたり。 賈人 ( あきうど )の物いひかはす聲の高きは、伊太利ことば知らぬ旅人聞かば、命をも顧みざる爭とやおもふらむ。 魚賣る女の店の前にて、母上識る人に逢ひ給ひぬ。 女子の間とて、物語長きに、店の蝋燭流れ盡むとしたり。 さて連れ立ちて、其人の家の戸口までおくり行くに、街の上はいふもさらなり、「コルソオ」の大道さへ物寂しう見えぬ。 されど美しき水盤を築きたる ピアツツア、ヂ、トレヰイに曲り出でしときは、又賑はしきさま前の如し。 こゝに古き殿づくりあり。 意 ( こゝろ )なく投げ 疊 ( かさ )ねたらむやうに見ゆる、 礎 ( いしずゑ )の間より、水流れ落ちて、月は 恰 ( あたか )も好し棟の上にぞ照りわたれる。 河伯 ( うみのかみ )の像は、重き 石衣 ( いしごろも )を風に吹かせて、大なる瀧を見おろしたり。 瀧のほとりには、 喇叭 ( らつぱ )吹く トリイトンの神二人海馬を馭したり。 その下には、豐に水を 湛 ( たゝ )へたる大水盤あり。 盤を 繞 ( めぐ )れる石級を見れば農夫どもあまた心地好げに月明の裡に臥したり。 截 ( き )り碎きたる西瓜より、紅の露滴りたるが其傍にあり。 骨組太き童一人、身に着けたるものとては、薄き 汗衫 ( じゆばん )一枚、 鞣革 ( なめしがは )の 袴 ( はかま )一つなるが、その袴さへ、 控鈕 ( ボタン ) 脱 ( はづ )れて膝のあたりに垂れかゝりたるを、心ともせずや、「キタルラ」の 絃 ( いと )、おもしろげに掻き鳴して坐したり。 忽ちにして歌ふこと一句、忽にして又 奏 ( かな )づること一節。 農夫どもは 掌 ( たなそこ )打ち鳴しつ。 母上は立ちとまり給ひぬ。 この時童の歌ひたる歌こそは、いたく我心を動かしつれ。 あはれ此歌よ。 こは 尋常 ( よのつね )の歌にあらず。 この童の歌ふは、目の前に見え、耳のほとりに聞ゆるが儘なりき。 母上も我も亦曲中の人となりぬ。 さるに其歌には韻脚あり、其調はいと 妙 ( たへ )なり。 童の歌ひけるやう。 青き空を 衾 ( ふすま )として、白き石を枕としたる寢ごゝろの好さよ。 かくて 笛手 ( ふえふき )二人の曲をこそ聞け。 童は斯く歌ひて、「トリイトン」の石像を指したり。 童の又歌ひけるやう。 こゝに西瓜の血汐を酌める、百姓の一群は、皆戀人の上安かれと祈るなり。 その戀人は今は寢て、 聖 ( サン ) ピエトロの寺の塔、その法皇の都にゆきし、人の上をも夢みるらむ。 人々の戀人の上安かれと祈りて飮まむ。 又世の中にあらむ限の、 箭 ( や )の手開かぬ少女が上をも、皆安かれと祈りて飮まむ。 (箭の手開かぬ少女とは、髮に す箭をいへるにて、處女の箭には握りたる手あり、 嫁 ( とつ )ぎたる女の箭には開きたる手あり。 母上善くぞ歌ひしと讚め給へば、農夫どもゝ ジヤコモが 旨 ( うま )さよ、と手打ち鳴してさゞめきぬ。 この時ふと小き寺の石級の上を見しに、こゝには識る人ひとりあり。 そは鉛筆取りて、この月明の中なる群を、寫さむとしたる畫工 フエデリゴなりき。 歸途には畫工と母上と、かの歌うたひし童の上につきて、語り戲れき。 その時畫工は、かの童を即興詩人とぞいひける。 フエデリゴの我にいふやう。 アントニオ聞け。 そなたも即興の詩を作れ。 そなたは固より詩人なり。 たゞ例の説教を韻語にして歌へ。 これを聞きて、我初めて詩人といふことあきらかにさとれり。 まことに詩人とは、見るもの、聞くものにつけて、おもしろく歌ふ人にぞありける。 げにこは面白き業なり。 想ふにあながち難からむとは思はれず、「キタルラ」一つだにあらましかば。 わが初の作の 料 ( たね )になりしは、向ひなる 枯肉鋪 ( ひものみせ )なりしこそ 可笑 ( をか )しけれ。 此家の 貨物 ( しろもの )の 排 ( なら )べ方は、旅人の目にさへ留まるやうなりければ、早くも我空想を襲ひしなり。 月桂 ( ラウレオ )の枝美しく編みたる間には、おほいなる駝鳥の卵の如く、乾酪の塊懸りたり。 「オルガノ」の笛の如く、金紙卷きたる燭は並び立てり。 柱のやうに立てたる腸づめの肉の上には、琥珀の如く光を放ちて、「パルミジヤノ」の乾酪据わりたり。 夕になれば、燭に火を點ずるほどに、其光は腸づめの肉と「プレシチウツトオ」(らかん)との間に燃ゆる、聖母像前の紅玻璃燈と共に、この 幻 ( まぼろし )の境を照せり。 我詩には、店の卓の上なる 猫兒 ( ねこ )、店の女房と價を爭ひたる、若き「カツプチノ」僧さへ、殘ることなく入りぬ。 此詩をば、幾度か心の内にて吟じ試みて、さて フエデリゴに歌ひて聞かせしに、 フエデリゴめでたがりければ、つひに家の中に廣まり、又街を 踰 ( こ )えて、向ひなるひものやの女房の耳にも入りぬ。 女房聞きて、げに珍らしき詩なるかな、 ダンテの 神曲 ( ヂヰナ、コメヂア )とはかゝるものか、とぞ 稱 ( たゝ )へける。 これを手始に、物として我詩に入らぬはなきやうになりぬ。 我世は夢の世、空想の世となりぬ。 寺にありて、僧の歌ふとき、 提香爐 ( ひさげかうろ )を打ち振りても、街にありて、叫ぶ 賈人 ( あきうど )、 轟 ( とゞろ )く車の間に立ちても、聖母の像と靈水盛りたる瓶の下なる、 小 ( ちさ )き 臥床 ( ふしど )の中にありても、たゞ詩をおもふより外あらざりき。 冬の夕暮、鍛冶の火高く燃えて、道ゆく百姓の立ち 倚 ( よ )りて手を温むるとき、我は家の窓に坐して、これを見つゝ、時の過ぐるを知らず。 かの鍛冶の火の中には、我空想の世の如き 殊 ( こと )なる世ありとぞ覺えし。 北山おろし 劇 ( はげ )しうして、白雪街を籠め、廣こうぢの石の「トリイトン」に氷の鬚おふるときは、我喜限なかりき。 憾 ( うら )むらくは、かゝる時の長からぬことよ。 かゝる日には年ゆたかなる 兆 ( きざし )とて、羊の 裘 ( かはころも )きたる農夫ども、手を 拍 ( う )ちて「トリイトン」のめぐりを踊りまはりき。 噴き出づる水に雨は、晴れなんとする空にかゝれる虹の影映りて。 花祭 六月の事なりき。 年ごとに ジエンツアノにて執行せらるゝ、名高き花祭の期は近づきぬ。 ( ジエンツアノは アルバノ山間の小都會なり。 羅馬と沼澤との間なる街道に近し。 )母上とも、 マリウチアとも仲好き女房ありて、かしこなる料理屋の妻となりたり。 (伊太利の小料理屋にて「オステリア、エエ、クチイナ」と 招牌 ( かんばん )懸けたる類なるべし。 )母上と マリウチアとが此祭にゆかむと約したるは、數年前よりの事なれども、いつも思ひ掛けぬ事に妨げられて、えも果さゞりき。 今年は必ず約を 履 ( ふ )まむとなり。 道遠ければ、祭の前日にいで立たむとす。 かしまだちの前の夕には、喜ばしさの餘に、我眠の 穩 ( おだやか )ならざりしも、 理 ( ことわり )なるべし。 「ヱツツリノ」といふ車の門前に來しときは、日未だ昇らざりき。 我等は直に車に上りぬ。 是れより先には、われ未だ山に入りしことあらざりき。 祭の事を思ひての喜に胸さわぎのみぞせられたる。 身の 邊 ( ほとり )なる自然と生活とを、人となりての後、當時の情もて 觀 ( み )ましかば、我が作る詩こそ類なき妙品ならめ。 道の傍に十字架あり。 そが上には 枯髏 ( されこうべ )殘れり。 こは 辜 ( つみ )なき人を脅したる 報 ( むくい )に、こゝに刑せられし 強人 ( ぬすびと )の骨なるべし。 これさへ我心を動すことたゞならざりき。 山中の水を羅馬の市に導くなる、 許多 ( あまた )の 筧 ( かけひ )の數をば、はじめこそ讀み見むとしつれ、幾程もあらぬに、 倦 ( う )みて思ひとゞまりつ。 さて我は母上と マリウチアとに問ひはじめき。 壞れ傾きたる墓標のめぐりにて、牧者が焚く火は何のためぞ。 羊の群のめぐりに引きめぐらしたる網は何のためぞ。 問はるゝ人はいかにうるさかりけむ。 アルバノに着きて車を下りぬ。 こゝより アリチアを越す美しき道の程をば 徒 ( かち )にてぞゆく。 木犀草 ( もくせいさう )(レセダ)又はにほひあらせいとう(ヘイランツス)の花など道の傍に野生したり。 緑なる葉の茂れる 橄欖樹 ( オリワ )の蔭は涼しくして、憩ふ人待貌なり。 遠き海をば、我も望み見ることを得き。 十字架立ちたる山腹を過ぐるとき、少女子の一群笑ひ戲れて過ぐるに逢ひぬ。 笑ひ戲れながらも、十字架に接吻することをば忘れざりき。 アリチアの寺の屋根、黒き橄欖の林の間に見えたるをば、神の使が 戲 ( たはむれ )に据ゑかへたる 聖 ( サン ) ピエトロ寺の屋根ならむとおもひき。 索にて 牽 ( ひ )かれたる熊の、人の如くに立ちて舞へるあり。 人あまた其 周 ( めぐり )につどひたり。 熊を牽ける男の吹く笛を聞けば、こは羅馬に來て聖母の前に立ちて吹く、「ピツフエラリ」が曲におなじかりき。 男に軍曹と呼ばるゝ猿あり。 美しき軍服着て、熊の頭の上、脊の上などにて 翻筋斗 ( とんぼがへり )す。 われは面白さにこゝに止らむとおもふほどなりき。 ジエンツアノの祭も明日のことなれば、止まればとて遲るゝにもあらず。 されど母上は早く往きて、友なる女房の環飾編むを助けむとのたまへば、甲斐なかりき。 幾程もなく到り着きて、 アンジエリカが家をたづね得つ。 ジエンツアノの市にて、 ネミといふ湖に向へる方にありき。 家はいとめでたし。 壁よりは泉湧き出でゝ、石盤に流れ落つ。 驢馬あまたそを飮まむとて、めぐりに集ひたり。 料理屋に立ち入りて見るに賑しき物音我等を迎へたり。 竈 ( かまど )には火燃えて、鍋の裡なる食は煮え上りたり。 長き卓あり。 市人も田舍人も、それに倚りて、酒飮み、 藏 ( しほづけ )にせる豚を食へり。 聖母の御影の前には、青磁の花瓶に、美しき薔薇花を活けたるが、其傍なる燈は、棚引く烟に壓されて、善くも燃えず。 帳場のほとりなる卓に置きたる乾酪の上をば、猫跳り越えたり、鷄の群は、我等が脚にまつはれて、踏まるゝをも厭はじと覺ゆ。 アンジエリカは快く我等を迎へき。 險しき 梯 ( はしご )を登りて、烟突の傍なる小部屋に入り、こゝにて食を饗せられき。 我心にては、國王の 宴 ( うたげ )に召されたるかとおぼえつ。 物として美しからぬはなく、一「フオリエツタ」の葡萄酒さへ其瓶に飾ありて、いとめでたかりき。 瓶の口に栓がはりに したるは、 纔 ( わづか )に開きたる薔薇花なり。 主客三人の女房、互に接吻したり。 我も 否 ( いな )とも 諾 ( う )とも云ふ暇なくして、接吻せられき。 母上片手にて我頬を 撫 ( さす )り、片手にて我衣をなほし給ふ。 手尖 ( てさき )の隱るゝまで袖を引き、又頸を越すまで襟を揚げなどして、やう/\心を 安 ( やすん )じ給ひき。 アンジエリカは我を 佳 ( よ )き兒なりと讚めき。 食後には面白き事はじまりぬ。 紅なる花、緑なる梢を摘みて、環飾を編まむとて、人々皆出でぬ。 低き戸口をくゞれば庭あり。 そのめぐりは幾尺かあらむ。 すべてのさま唯だ一つの 四阿屋 ( あづまや )めきたり。 細き 欄 ( おばしま )をば、こゝに野生したる 蘆薈 ( ろくわい )の、太く堅き葉にて援けたり。 これ自然の 籬 ( まがき )なり。 看卸 ( みおろ )せば深き湖の面いと靜なり。 昔こゝは火坑にて、一たびは焔の柱天に朝したることもありきといふ。 庭を出でゝ山腹を歩み、大なる葡萄 架 ( だな )、茂れる「プラタノ」の林のほとりを過ぐ。 葡萄の蔓は高く這ひのぼりて、林の木々にさへ纏ひたり。 彼方の山腹の尖りたるところに ネミの市あり。 其影は湖の底に 印 ( うつ )りたり。 我等は花を採り、梢を折りて、且行き且編みたり。 あらせいとうの間には、露けき橄欖の葉を織り込めつ。 高き青空と深き碧水とは、 乍 ( たちま )ち草木に遮られ、乍ち又一樣なる限なき色に現れ出づ。 我がためには、物としてめでたく、珍らかならざるなし。 平和なる歡喜の情は、我魂を震はしめき。 今に到るまで、この折の事は、埋沒したる古城の 彩石壁畫 ( ムザイコゑ )の如く、我心目に浮び出づることあり。 日は烈しかりき。 湖の 畔 ( ほとり )に降りゆきて、 葡萄蔓 ( えびかづら )纏へる「プラタノ」の古樹の、長き枝を水の面にさしおろしたる蔭にやすらひたる時、我等は纔に涼しさを迎へて、編みものに心籠むることを得つ。 水草の美しき頭の、蔭にありて、 徐 ( しづか )に 頷 ( うなづ )くさま、夢みる人の如し。 これをも祈りて編み込めつ。 暫しありて、日の光は最早水面に及ばずなりて、 ネミと ジエンツアノとの家々の屋根をさまよへり。 我等が坐したるところは、次第にほの暗うなりぬ。 我は遊ばむとて、群を離れたれど、岸低く、湖の深きを母上氣づかひ給へば、數歩の外には出でざりき。 こゝには古き ヂアナの 祠 ( ほこら )の 址 ( あと )あり。 その破壞して 形 ( かた )ばかりになりたる裡に、大なる 無花果樹 ( いちじゆく )あり。 蔦蘿 ( つたかづら )は隙なきまでに、これにまつはれたり。 われは此樹に 攀 ( よ )ぢ上りて、環飾編みつゝ、流行の小歌うたひたり。 ) 忽ち フラスカアチの農家の婦人の裝したる 媼 ( おうな )ありて、我前に立ち現れぬ。 その脊はあやしき迄眞直なり。 その顏の色の目立ちて黒く見ゆるは、頭より肩に垂れたる、長き白紗のためにや。 膚 ( はだへ )の皺は繁くして、縮めたる網の如し。 黒き瞳は ( まぶち )を 填 ( う )めん程なり。 この媼は初め 微笑 ( ほゝゑ )みつゝ我を見しが、俄に色を正して、我面を打ちまもりたるさま、傍なる木に寄せ掛けたる 木乃伊 ( みいら )にはあらずや、と疑はる。 暫しありていふやう。 花はそちが手にありて美しくぞなるべき。 彼の目には 福 ( さいはひ )の星ありといふ。 我は編みかけたる環飾を、我唇におし當てたるまゝ、驚きて彼の方を見居たり。 媼またいはく。 その月桂の葉は、美しけれど毒あり。 飾に編むは好し。 唇にな當てそといふ。 此時 アンジエリカ 籬 ( まがき )の後より出でゝいふやう。 賢き老女、 フラスカアチの フルヰア。 そなたも明日の祭の料にとて、環飾編まむとするか。 さらずは日の カムパニアのあなたに入りてより、常ならぬ花束を作らむとするかといふ。 媼はかく問はれても、顧みもせで我面のみ打ち目守り、詞を 續 ( つ )ぎていふやう。 賢き目なり。 日の金牛宮を過ぐるとき 誕 ( うま )れぬ。 名も 財 ( たから )も牛の角にかゝりたりといふ。 此時母上も歩み寄りてのたまふやう。 吾子が受領すべきは、 緇 ( くろ )き衣と大なる帽となり。 かくて後は、 護摩 ( ごま )焚きて神に仕ふべきか、 棘 ( いばら )の道を走るべきか。 そはかれが運命に任せてむ、とのたまふ。 媼は聞きて、我を僧とすべしといふ 意 ( こゝろ )ぞ、とは心得たりと覺えられき。 されど當時は、我等悉く媼が詞の 顛末 ( もとすゑ )を 解 ( げ )すること能はざりき。 媼のいふやう。 あらず。 此兒が 衆人 ( もろひと )の前にて説くところは、げに格子の 裏 ( うち )なる尼少女の歌より優しく、 アルバノの山の雷より烈しかるべし。 されどその時戴くものは大なる帽にあらず。 福 ( さいはひ )の座は、かの羊の群の間に白雲立てる、 カヲの山より高きものぞといふ。 この詞のめでたげなるに、母上は喜び給ひながら、猶 訝 ( いぶか )しげにもてなして、太き息つきつゝ 宣給 ( のたま )ふやう。 あはれなる兒なり。 行末をば聖母こそ知り給はめ。 アルバノの農夫の車より 福 ( さいはひ )の車は高きものを、かゝるをさな子のいかでか上り得むとのたまふ。 媼のいはく。 農車の輪のめぐるを見ずや。 下なる 輻 ( や )は上なる輻となれば、足を低き輻に踏みかけて、 旋 ( めぐ )るに任せて登るときは、忽ち車の上にあるべし。 ( アルバノの農車はいと高ければ、農夫等かくして登るといふ。 )唯だ道なる石に心せよ。 市に舞ふ人もこれに 躓 ( つまづ )く習ぞといふ。 母上は半ば戲のやうに、さらばその福の車に、われも倶に登るべきか、と問ひ給ひしが、俄に打ち驚きてあなやと叫び給ひき。 この時大なる 鷙鳥 ( してう )ありて、さと落し來たりしに、その翼の前なる湖を撃ちたるとき、飛沫は我等が面を 濕 ( うるほ )しき。 雲の上にて、鋭くも水面に浮びたる大魚を見付け、矢を射る如く來りて 攫 ( つか )みたるなり。 刃の如き爪は魚の脊を 穿 ( うが )ちたり。 さて再び空に揚らむとするに、騷ぐ波にて測るにも、その大さはよの常ならぬ魚にしあれば、力を極めて引かれじと爭ひたり。 鳥も打ち込みたる爪拔けざれば、今更にその獲ものを放つこと能はず。 魚と鳥との鬪はいよ/\激しく、湖水の面ゆらぐまに/\、幾重ともなき大なる環を畫き出せり。 鳥の翼は忽ち 斂 ( をさ )まり、忽ち放たれ、魚の背は浮ぶかと見れば又沈みつ。 數分時の後、雙翼靜に水を蔽ひて、鳥は憩ふが如く見えしが、俄にはたゝく勢に、偏翼 摧 ( くだ )け折るゝ聲、岸のほとりに聞えぬ。 鳥は殘れる翼にて、二たび三たび水を敲き、つひに沈みて見えずなりぬ。 魚は最後の力を出して、敵を負ひて水底に下りしならむ。 鳥も魚も、しばしが程に、底のみくづとなるならむ。 我等は詞もあらで、此 光景 ( ありさま )を眺め居たり。 事果てゝ後顧みれば、かの媼は在らざりき。 我等は詞少く歸路をいそぎぬ。 森の 木葉 ( このは )のしげみは、闇を吐き出だす如くなれど、 夕照 ( ゆふばえ )は湖水に映じて 纔 ( わづか )にゆくてに迷はざらしむ。 この時聞ゆる單調なる物音は 粉碾車 ( こひきぐるま )の 轢 ( きし )るなり。 すべてのさま物凄く恐ろしげなり。 アンジエリカはゆく/\怪しき老女が上を物語りぬ。 かの媼は藥草を識りて、能く人を殺し、能く人を惑はしむ。 オレワアノといふ所に、 テレザといふ少女ありき。 ジユウゼツペといふ若者が、山を越えて北の方へゆきたるを戀ひて、日にけに痩せ衰へけり。 媼さらば其男を喚び返して得させむとて テレザが髮と ジユウゼツペが髮とを結び合せて、銅の器に入れ、藥草を 雜 ( まじ )へて煮き。 ジユウゼツペは其日より、晝も夜も、 テレザが上のみ案ぜられければ、何事をも打ち棄てゝ歸り來ぬとぞ。 我は此物語を聞きつゝ、「アヱ、マリア」の祈をなしつ。 アンジエリカが家に歸り着きて、我心は纔におちゐたり。 新に編みたる環飾一つを懸けたる、眞鍮の燈には、 四條 ( よすぢ )の 心 ( しん )に殘なく火を點し、「モンツアノ、アル、ポミドロ」といふ 旨 ( うま )きものに、善き酒一瓶を添へて供せられき。 農夫等は下なる一間にて飮み歌へり。 我が子供と共に、燃ゆる竈の傍なる聖母の像のみまへにゆきて、讚美歌唱へはじめしとき、農夫等は聲を止めて、我曲を聽き、好き聲なりと 稱 ( たゝ )へき。 その嬉しさに我は暗き林をも、怪しき老女をも忘れ果てつ。 我は農夫等と共に、即興の詩を歌はむとおもひしに、母上とゞめて 宣給 ( のたま )ふやう。 そちは香爐を 提 ( ひさ )ぐる子ならずや。 行末は人の前に出でゝ、神のみことばをも傳ふべきに、今いかでかさる戲せらるべき。 謝肉 ( カルネワレ )の祭はまだ來ぬものを、とのたまひき。 されど我が アンジエリカが家の廣き 臥床 ( ふしど )に上りしときは、母上我枕の低きを厭ひて、肱さし伸べて枕せさせ、 頼 ( たのみ )ある子ぞ、と胸に抱き寄せて眠り給ひき。 我は 旭 ( あさひ )の光窓を照して、美しき花祭の我を 喚 ( よ )び 醒 ( さま )すまで、穩なる夢を結びぬ。 その 旦 ( あした )先づ目に觸れし街の有樣、その彩色したる活畫圖を、當時の心になりて寫し出さむには、いかに筆を下すべきか。 少しく爪尖あがりになりたる、長き街をば、すべて花もて 掩 ( おほ )ひたり。 地は青く見えたり。 かく色を揃へて花を飾るには、 園生 ( そのふ )の草をも、野に茂る枝をも、摘み盡し、折り盡したるかと疑はる。 兩側には大なる緑の葉を、帶の如く引きたり。 その上には薔薇の花を隙間なきまで並べたり。 この帶の隣には又似寄りたる帶を引きて、その間をば暗紅なる花もて填めたり。 これを街の 氈 ( かも )の 小縁 ( さゝへり )とす。 中央には黄なる花多く 簇 ( あつ )めて、その角立ちたる紋を成したる群を星とし、その輪の如き紋を成したる束を日とす。 これよりも骨折りて造り出でけんと思はるゝは、人の 名頭 ( ながしら )の字を花もて現したるにぞありける。 こゝにては花と花と 聯 ( つら )ね、葉と葉と合せて形を作りたり。 總ての摸樣は、まことに活きたる五色の 氈 ( かも )と見るべく、又 彩石 ( ムザイコ )を組み合せたる 牀 ( とこ )と見るべし。 されど ポムペイにありといふ床にも、かく美しき色あるはあらじ。 このあした、風といふもの絶てなかりき。 花の落着きたるさまは、重き寶石を据ゑたらむが如くなり。 窓といふ窓よりは、大なる氈を垂れて石の壁を 掩 ( おほ )ひたり。 この氈も、花と葉とにて織りて、おほくは聖書に出でたる事蹟の圖を成したり。 こゝには聖母と 穉 ( をさな )き基督とを 騎 ( の )せたる 驢 ( うさぎうま )あり、 ジユウゼツペその口を取りたり。 顏、手、足なんどをば、薔薇の花もて作りたり。 こあらせいとう(マチオラ)の花、青き「アネモオネ」の花などにて、風に 翻 ( ひるがへ )りたる衣を織り成せり。 その冠を見れば、 ネミの湖にて摘みたる白き 睡蓮 ( ひつじぐさ )(ニユムフエア)の花なりき。 かしこには尊き ミケルの毒龍と鬪へるあり。 尊き ロザリアは深碧なる地球の上に、薔薇の花を散らしたり。 いづかたに向ひて見ても、花は我に聖書の事蹟を語れり。 いづかたに向ひて見ても、人の面は我と同じく樂しげなり。 美しき衣 着裝 ( きよそ )ひて、出張りたる窓に立てるは、山のあなたより來し 異國人 ( ことくにびと )なるべし。 街の側には、おのがじし飾り繕ひたる人の波打つ如く行くあり。 街の曲り角にて、大なる噴井あるところに、母上は腰掛け給へり。 我は水よりさしのぞきたる サチロ(羊脚の神)の神の 頭 ( かうべ )の前に立てり。 日は烈しく照りたり。 市中の鐘ことごとく鳴りはじめぬ。 この時美しき花の氈を踏みて、祭の行列過ぐ。 めでたき音樂、謳歌の聲は、その近づくを知らせたり。 贄櫃 ( モンストランチア )の前には、 兒 ( ちご )あまた 提香爐 ( ひさげかうろ )を振り動かして歩めり。 これに續きたるは、こゝらあたりの美しき少女を 撰 ( え )り出でて、花の環を取らせたるなり。 もろ肌ぬぎて、翼を負ひたる、あはれなる小兒等は、 高卓 ( たかづくゑ )の前に立ちて、神の使の歌をうたひて、行列の來るを待てり。 若人等は尖りたる帽の上に、聖母の像を印したる紐のひら/\としたるを付けたり。 鎖に金銀の環を繋ぎて、頸に懸けたり。 斜に肩に掛けたる、 彩 ( いろど )りたる紐は、黒 天鵝絨 ( びろおど )の上衣に映じて美し。 アルバノ、 フラスカアチの少女の群は、髮を編みて、 銀 ( しろがね )の 箭 ( や )にて留め、薄き 面紗 ( ヴエール )の端を、やさしく 髻 ( もとゞり )の上にて結びたり。 ヱルレトリの少女の群は、頭に環かざりを戴き、美しき肩、圓き乳房の 露 ( あらは )るゝやうに着たる衣に、襟の 邊 ( あたり )より、 彩 ( いろど )りたる 巾 ( きれ )を下げたり。 アプルツチイよりも、 大澤 ( たいたく )よりも、おほよそ近きほとりの民悉くつどひ來て、おの/\古風を存じたる 打扮 ( いでたち )したれば、その入り亂れたるを見るときは、 餘所 ( よそ )の國にはあるまじき奇觀なるべし。 花を飾りたる天蓋の下に、 華美 ( はでやか )なる式の衣を着けて歩み來たるは、「カルヂナアレ」なり。 行列のことごとく寺を離るゝとき、群衆はその後に 跟 ( つ )いて動きはじめき。 我等もこの間にありしが、母上はしかと我肩を 按 ( おさ )へて、人に押し隔てられじとし給へり。 我等は人に揉まれつゝ歩を移せり。 我目に見ゆるは、唯だ頭上の青空のみ。 忽ち我等がめぐりに、人々の 諸聲 ( もろごゑ )に叫ぶを聞きつ。 我等は彼方へおし遣られ、又此方へおし戻されき。 こは一二頭の 仗馬 ( ぢやうめ )の物に 怯 ( お )ぢて駈け出したるなり。 われは 纔 ( わづか )にこの事を聞きたる時、騷ぎ立ちたる人々に推し倒されぬ。 目の前は黒くなりて、頭の上には 瀑布 ( たき )の水漲り落つる如くなりき。 あはれ、神の母よ、哀なる事なりき。 われは今に至るまで、その時の事を憶ふごとに、身うち震ひて止まず。 我にかへりしとき、 マリウチアは泣き叫びつゝ、我頭を膝の上に載せ居たり。 側には母上地に 横 ( よこたは )り居給ふ。 これを圍みたるは、見もしらぬ人々なり。 馬は車を引きたる 儘 ( まゝ )にて、 仆 ( たふ )れたる母上の上を過ぎ、 轍 ( わだち )は胸を碎きしなり。 母上の口よりは血流れたり。 母上は早や事きれ給へり。 人々は母上の目を 瞑 ( ねむ )らせ、その掌を合せたり。 この掌の温きをば今まで我肩に覺えしものを。 遺體をば、僧たち寺に 舁 ( か )き入れぬ。 マリウチアは手に 淺痍 ( あさで )負ひたる我を伴ひて、さきの 酒店 ( さかみせ )に歸りぬ。 きのふは此酒店にて、樂しき事のみおもひつゝ、花を編み、母上の 腕 ( かひな )を枕にして眠りしものを。 當時わがいよ/\まことの 孤 ( みなしご )になりしをば、まだ 熟 ( よ )くも思ひ得ざりしかど、わが穉き心にも、唯だ何となく物悲しかりき。 人々は我に 果子 ( くわし )、くだもの、 玩具 ( もてあそびもの )など與へて、なだめ 賺 ( すか )し、おん身が母は今聖母の許にいませば、日ごとに花祭ありて、めでたき事のみなりといふ。 又あすは今一度母上に逢はせんと慰めつ。 人々は我にはかく言ふのみなれど、互にさゝやぎあひて、きのふの 鷙鳥 ( してう )の事、怪しき 媼 ( おうな )の事、母上の夢の事など語り、誰も/\母上の死をば豫め知りたりと誇れり。 暴馬 ( あれうま )は街はづれにて、立木に突きあたりて止まりぬ。 車中よりは、 人々齡 ( よはひ )四十の上を一つ二つ 踰 ( こ )えたる貴人の驚怖のあまりに氣を 喪 ( うしな )はんとしたるを助け出だしき。 人の噂を聞くに、この貴人は ボルゲエゼの 族 ( うから )にて、 アルバノと フラスカアチとの間に、大なる 別墅 ( べつしよ )を 搆 ( かま )へ、そこの 苑 ( その )にはめづらしき草花を植ゑて 樂 ( たのしみ )とせりとなり。 世にはこの 翁 ( おきな )もあやしき藥草を知ること、かの フルヰアといふ媼に劣らずなど云ふものありとぞ。 此貴人の使なりとて、「リフレア」着たる 僕 ( しもべ ) 盾銀 ( たてぎん )(スクヂイ)二十枚入りたる 嚢 ( ふくろ )を我に 貽 ( おく )りぬ。 翌日の夕まだ「アヱ、マリア」の鐘鳴らぬほどに、人々我を伴ひて寺にゆき、母上に 暇乞 ( いとまごひ )せしめき。 きのふ祭見にゆきし 晴衣 ( はれぎ )のまゝにて、狹き木棺の 裡 ( うち )に臥し給へり。 我は合せたる掌に接吻するに、人々 共音 ( ともね )に泣きぬ。 寺門には 柩 ( ひつぎ )を擔ふ人立てり。 送りゆく僧は白衣着て、帽を垂れ面を覆へり。 柩は人の肩に上りぬ。 「カツプチノ」僧は蝋燭に火をうつして挽歌をうたひ始めたり。 マリウチアは我を 牽 ( ひ )きて柩の 旁 ( かたへ )に隨へり。 斜日 ( ゆふひ )は 蓋 ( おほ )はざる棺を射て、母上のおん顏は生けるが如く見えぬ。 知らぬ子供あまたおもしろげに我めぐりを馳せ りて、燭涙の地に墜ちて凝りたるを拾ひ、 反古 ( ほご )を 捩 ( ひね )りて作りたる筒に入れたり。 我等が行くは、きのふ祭の行列の 過 ( よぎ )りし街なり。 木葉 ( このは )も草花も猶地上にあり。 されど當時織り成したる華紋は、吾少時の 福 ( さいはひ )と倶に、きのふの祭の樂と倶に、今や跡なくなりぬ。 幽堂 ( つかあな )の穹窿を 塞 ( ふさ )ぎたる大石を推し退け、柩を下ししに、底なる 他 ( ほか )の柩と相觸れて、かすかなる響をなせり。 僧等の去りしあとにて、 マリウチアは我を石上に 跪 ( ひざまづ )かせ、「オオラ、プロオ、ノオビス」( 祷爲我等 ( いのれわれらがために ))を唱へしめき。 ジエンツアノを立ちしは月あかき夜なりき。 フエデリゴと知らぬ人ふたりと我を伴ひゆく。 濃き雲は アルバノの 巓 ( いたゞき )を 繞 ( めぐ )れり。 我が カムパニアの野を飛びゆく輕き霧を眺むる間、人々はもの言ふこと少かりき。 幾 ( いくばく )もあらぬに、我は車の中に眠り、聖母を夢み、花を夢み、母上を夢みき。 母上は猶生きて、我にものいひ、我顏を見てほゝ笑み給へり。 蹇丐 羅馬なる母上の住み給ひし家に歸りし後、人々は我をいかにせんかと議するが中に、 フラア・マルチノは カムパニアの野に羊飼へる、 マリウチアが父母にあづけんといふ。 盾銀二十は、牧者が上にては得易からぬ寶なれば、この兒を家におきて養ふはいふもさらなり、又心のうちに喜びて迎ふるならん。 さはあれ、この兒は既に半ば出家したるものなり。 カムパニアの野にゆきては、香爐を提げて寺中の職をなさんやうなし。 かく マルチノの心たゆたふと共に、 フエデリゴも云ふやう。 われは此兒を カムパニアにやりて、百姓にせんこと惜しければ、この羅馬市中にて、然るべき人を見立て、これにあづくるに 若 ( し )かずといふ。 マルチノ思ひ定めかねて、僧たちと 謀 ( はか )らんとて 去 ( いぬ )る折柄、 ペツポのをぢは例の 木履 ( きぐつ )を手に 穿 ( は )きていざり來ぬ。 をぢは母上のみまかり給ひしを聞き、又人の我に盾銀二十を 貽 ( おく )りしを聞き、母上の 追悼 ( くやみ )よりは、かの金の 發落 ( なりゆき )のこゝろづかひのために、こゝには 訪 ( おとづ )れ來ぬるなり。 をぢは聲振り立てゝいふやう。 この 孤 ( みなしご )の 族 ( うから )にて世にあるものは、今われひとりなり。 孤をばわれ引き取りて世話すべし。 その代りには、此家に殘りたる物悉くわが方へ受け收むべし。 かの盾銀二十は勿論なりといふ。 マリウチアは臆面せぬ女なれば、進み出でゝ、おのれ フラア・マルチノ其餘の人々とこゝの始末をば油斷なく取り行ふべければ、おのが一身をだにもてあましたる 乞丐 ( かたゐ )の益なきこと言はんより、疾く歸れといふ。 フエデリゴは席を立ちぬ。 マリウチアと ペツポのをぢとは、跡に殘りてはしたなく言ひ罵り、いづれも多少の利慾を離れざる、きたなき爭をなしたり。 マリウチアのいふやう。 この兒をさほど 欲 ( ほ )しと思はゞ、直に連れて歸りても好し。 若し 肋 ( あばら )二三本打ち折りて、おなじやうなる 畸形 ( かたは )となし、 往來 ( ゆきゝ )の人の袖に縋らせんとならば、それも好し。 盾銀二十枚をば、われこゝに持ち居れば、 フラア・マルチノの來給ふまで、決して他人に渡さじといふ。 ペツポ怒りて、 頑 ( かたくな )なる女かな、この木履もてそちが頭に、 ピアツツア、デル、ポヽロの 通衢 ( おほぢ )のやうなる穴を 穿 ( あ )けんと叫びぬ。 われは二人が間に立ちて、泣き居たるに、 マリウチアは我を推しやり、をぢは我を引き寄せたり。 をぢのいふやう。 唯だ我に隨ひ來よ。 我を頼めよ。 この負擔だに我方にあらば、その報酬も受けらるべし。 羅馬の裁判所に公平なる沙汰なからんや。 かく云ひつゝ、強ひて我を ( ひ )きて戸を出でたるに、こゝには 襤褸 ( ぼろ )着たる 童 ( わらべ )ありて、一頭の 驢 ( うさぎうま )を 牽 ( ひ )けり。 をぢは遠きところに往くとき、又急ぐことあるときは、枯れたる足を、驢の兩脇にひたと押し付け、おのが身と驢と一つ體になりたるやうにし、例の木履のかはりに走らするが常なれば、けふもかく 騎 ( の )りて來しなるべし。 をぢは我をも 驢背 ( ろはい )に抱き上げたるに、かの童は後より一鞭加へて驅け 出 ( いだ )させつ。 途すがらをぢは、いつもの厭はしきさまに 賺 ( すか )し慰めき。 見よ吾兒。 よき驢にあらずや。 走るさまは、「コルソオ」の競馬にも似ずや。 我家にゆき着かば、樂しき世を送らせん。 神の使もえ 享 ( う )けぬやうなる 饗應 ( もてなし )すべし。 この話の末は、 マリウチアを罵る千言萬句、いつ果つべしとも覺えざりき。 をぢは家を遠ざかるにつれて、驢を 策 ( むちう )たしむること少ければ、道行く人々皆このあやしき 凹騎 ( ふたりのり )に目を 注 ( つ )けて、美しき兒なり、何處よりか盜み來し、と問ひぬ。 をぢはその度ごとに 我 ( わが )身上話を繰り返しつ。 この話をば、ほと/\道の曲りめごとに 浚 ( さら )へ行くほどに、 賣漿婆 ( みづうりばゞ )はをぢが長物語の 酬 ( むくい )に、 檸檬 ( リモネ )水 一杯 ( ひとつき )を 白 ( たゞ )にて與へ、をぢと我とに分ち飮ましめ、又別に臨みて我に 核 ( さね )の落ち去りたる 松子 ( まつのみ )一つ得させつ。 まだをぢが 栖 ( すみか )にゆき着かぬに、日は暮れぬ。 我は一言をも出さず、顏を 掩 ( おほ )うて泣き居たり。 をぢは我を抱き 卸 ( おろ )して、例の大部屋の側なる狹き一間につれゆき、一隅に 玉蜀黍 ( たうもろこし )の 莢 ( さや )敷きたるを指し示し、あれこそ汝が 臥床 ( ふしど )なれ、さきには善き檸檬水呑ませたれば、まだ喉も乾かざるべく、腹も減らざるべし、と我頬を撫でゝ 微笑 ( ほゝゑ )みたる、その面恐しきこと 譬 ( たと )へんに物なし。 マリウチアが持ちたる嚢には、猶銀幾ばくかある。 馭者 ( エツツリノ )に與ふる錢をも、あの中よりや出しゝ。 貴人の僕は、金もて來しとき、何といひしか。 かく問ひ掛けられて、我はたゞ知らずとのみ答へ、はては泣聲になりて、いつまでもこゝに居ることにや、あすは家に歸らるゝことにや、と問ひぬ。 勿論なり。 いかでか歸られぬ事あらん。 おとなしくそこに寐よ。 「アヱ、マリア」を唱ふることを忘るな。 人の眠る時は鬼の醒めたる時なり。 十字を 截 ( き )りて寐よ。 この鐵壁をば 吼 ( たけ )る 獅子 ( しゝ )も越えずといふ。 神を祈らば、あの マリウチアの 腐女 ( くさりをんな )が、そちにも我にも難儀を掛けたるを訴へて、毒に 中 ( あた )り、惡瘡を發するやうに呪へかし。 おとなしく寐よ。 小窓をば開けておくべし。 涼風 ( すゞかぜ )は 夕餉 ( ゆふげ )の半といふ諺あり。 蝙蝠 ( かはほり )をなおそれそ。 かなたこなたへ飛びめぐれど、入るものにはあらず。 神の子と共に 熟寐 ( うまい )せよ。 斯く云ひ 畢 ( をは )りて、をぢは戸を 鎖 ( と )ぢて去りぬ。 部屋のさまは見まほしけれど、枯れたる玉蜀黍の莢のさわ/\と鳴らば、おそろしきをぢの又入來ることもやと、いと 徐 ( しづか )に起き上りて、戸の隙に目をさし寄せつ。 燈心は二すぢともに燃えたり。 卓には 麺包 ( パン )あり、 莱 ( だいこん )あり。 一瓶の酒を置いて、 丐兒 ( かたゐ )あまた 杯 ( さかづき )のとりやりす。 一人として 畸形 ( かたは )ならぬはなし。 いつもの顏色には似もやらねど、知らぬものにはあらず。 晝は モンテ、ピンチヨオの草を 褥 ( しとね )とし、繃帶したる頭を木の幹によせかけ、僅に唇を 搖 ( うごか )すのみにて、傍に 侍 ( はべ )らせたる妻といふ女に、熱にて死に 垂 ( なん/\ )としたる我夫を憐み給へ、といはせたる ロレンツオは、 高趺 ( たかあぐら )かきて面白げに 饒舌 ( しやべ )り立てたり。 モンテ、ピンチヨオには公園あり。 西班牙 ( スパニヤ ) 磴 ( いしだん )、 法蘭西 ( フランス )大學院より ポルタ、デル、ポヽロに至る。 羅馬の市の過半と ヰルラ、ボルゲエゼの内苑とはこゝより見ゆ。 )十指墮ちたる フランチアは盲婦 カテリナが肩を叩きて、「カワリエエレ、トルキノ」の曲を歌へり。 戸に近き二人三人は蔭になりて見えわかず。 話は我上なり。 我胸は騷ぎ立ちぬ。 あの 小童 ( こわつぱ )物の用に立つべきか、身内に何の 畸形 ( かたは )なるところかある、と一人云へば、をぢ答へて。 聖母は無慈悲にも、創一つなく育たせしに、 丈 ( たけ )伸びて美しければ、貴族の子かとおもはるゝ程なりといふ。 幸 ( さち )なきことよ、と皆口々に笑ひぬ。 瞽 ( めしひ )たる カテリナのいふやう。 さりとて聖母の天上の飯を 賜 ( たま )ふまでは、此世の飯をもらふすべなくては叶はず。 手にもあれ、足にもあれ、人の目に立つべき創つけて、我等が群に入れよといふ。 否 母親だに迂闊ならずば、今日を待たず、善き金の蔓となすべかりしものを。 神の使のやうなる善き聲なり。 法皇の伶人には恰好なる童なり。 人々は我齡を算へ、我がために 作 ( な )さでかなはぬ事を商量したり。 その何事なるかは知らねど、善きことにはあらず。 奈何 ( いかに )してこゝをば ( のが )れむ。 われは 穉心 ( をさなごころ )にあらん限りの智慧を絞り出しつ。 固 ( もと )よりいづこをさして往かんと迄は、一たびも思ひ計らざりき。 鋪板 ( ゆか )を這ひて窓の下にいたり、 木片 ( きのきれ )ありしを踏臺にして窓に上りぬ。 家は皆戸を閉ぢたり。 街には人行絶えたり。 るゝには飛びおるゝより外に道なし。 されどそれも恐ろし。 とつおいつする折しも、この挾き間の戸ざしに手を掛くる如き音したれば、覺えず 窓縁 ( まどぶち )をすべりおちて、石垣づたひに地に 墜 ( お )ちぬ。 身は少し痛みしが、幸にこゝは草の上なりき。 跳ね起きて、いづくを 宛 ( あて )ともなく、狹く曲りたる 巷 ( ちまた )を走りぬ。 途にて逢ひたるは、杖もて敷石を 敲 ( たゝ )き、高聲にて歌ふ男一人のみなりき。 しばらくして廣きところに出でぬ。 こゝは見覺ある フオヽルム、ロマアヌムなりき。 常は牛市と呼ぶところなり。 露宿、わかれ 月は カピトリウム(羅馬七陵の一)の背後を照せり。 セプチミウス・セヱルス帝の凱旋門に登る 磴 ( いしだん )の上には、大外套被りて臥したる 乞兒 ( かたゐ )二三人あり。 古 ( いにしへ )の神殿のなごりなる高き石柱は、長き影を地上に印せり。 われはこの夕まで、日暮れてこゝに來しことなかりき。 鬼氣は少年の衣を襲へり。 歩をうつす間、高草の底に横はりたる大理石の柱頭に 蹶 ( つまづ )きて倒れ、また起き上りて 帝王堡 ( ていわうはう )の方を仰ぎ見つ。 高き石がきは、 纏 ( まつ )はれたる蔦かづらのために、いよゝおそろし 氣 ( げ )なり。 毀 ( こぼ )れたる柱、碎けたる石の間には、 放飼 ( はなしがひ )の 驢 ( うさぎうま )あり、牛ありて草を 食 ( は )みたり。 あはれ、こゝには猶我に迫り、我を 窘 ( くるし )めざる生物こそあれ。 月あきらかなれば、物として見えぬはなし。 遠き方より人の來り近づくあり。 若し我を 索 ( もと )むるものならば奈何せん。 われは巨巖の如くに我前に在る「コリゼエオ」に 匿 ( かく )れたり。 われは猶きのふ 落 ( らく )したる如き重廊の上に立てり。 こゝは暗くして 且 ( また ) 冷 ( ひやゝか )なり。 われは二あし三あし進み入りぬ。 されど 谺響 ( こだま )にひゞく 足音 ( あのと )おそろしければ、 徐 ( しづか )に歩を運びたり。 先の方には焚火する人あり。 三人の形明に見ゆ。 寂しき カムパニアの野邊を夜更けては過ぎじとて、こゝに宿りし農夫にやあらん。 さらずばこゝを 戍 ( まも )る兵土にや。 はた 盜 ( ぬすびと )にや。 さおもへば打物の石に觸るゝ音も聞ゆる如し。 われは 却歩 ( あとしざり )して、高き圓柱の上に、 木梢 ( こずゑ )と 蔦蘿 ( つたかづら )とのおほひをなしたるところに出でぬ。 石がきの面をばあやしき影往來す。 處々に 抽 ( ぬ )け出でたる 截石 ( きりいし )の 將 ( まさ )に 墜 ( おち )んとして僅に懸りたるさま、唯だ蔓草にのみ支へられたるかと疑はる。 上の方なる中の廊を行く人あり。 旅人の此古跡の月を見んとて來ぬるなるべし。 その一群のうちには白き衣着たる婦人あり。 案内者に 續松 ( ついまつ )とらせて行きつゝ、柱しげき間に、忽ち 顯 ( あらは )れ忽ち隱るゝ光景今も見ゆらん心地す。 暗碧なる夜は大地を覆ひ來たり、高低さまざまなる木は 天鵝絨 ( びろうど )の如き色に見ゆ。 一葉ごとに夜氣を吐けり。 旅人のかへり行くあとを見送りて、ついまつの赤き光さへ見えずなりぬる時、あたりは 闃 ( げき )として物音絶えたり。 この 遺址 ( ゐし )のうちには、耶蘇教徒が立てたる木卓あまたあり。 その一つの片かげに、柱頭ありて草に埋もれたれば、われはこれに腰掛けつ。 石は氷の如く冷なるに、我頭の熱さは熱を病むが如くなりき。 寐られぬまゝに思ひ出づるは、この「コリゼエオ」の昔語なり。 猶太 ( ユダヤ )教奉ずる囚人が、羅馬の 帝 ( みかど )の嚴しき仰によりて、大石を引き上げさせられしこと、この平地にて獸を鬪はせ、又人と獸と相 搏 ( う )たせて、前低く後高き廊の上より、あまたの市民これを觀きといふ事、皆我當時の心頭に上りぬ。 この 場 ( には )のあらん限は 内日 ( うちひ ) 刺 ( さ )す都もあらん このにはのなからん時は うちひさす都もあらじ うちひさす都あらずば あはれ/\この 世間 ( よのなか )もあらじとぞおもふ 頭の上にあたりて物音こそすれ。 見あぐれば物の動くやうにこそおもはるれ。 影の如き人ありて、 椎 ( つち )を 揮 ( ふる )ひ石をたゝむが如し。 その人を見れば、色蒼ざめて黒き髯長く生ひたり。 これ話に聞きし猶太教徒なるべし。 積み疊ぬる石は見る見る高くなりぬ。 「コリゼエオ」は再び昔のさまに立ちて、幾千萬とも知られぬ人これに滿ちたり。 長き白き衣着たる ヱスタの神の 巫女 ( みこ )あり。 帝王の座も設けられたり。 赤條々 ( あかはだか )なる力士の血を流せるあり。 低き廊の方より叫ぶ聲、 吼 ( ほ )ゆる聲聞ゆ。 忽ち虎豹の群ありて我前を 奔 ( はし )り過ぐ。 我はその血ばしる眼を見、その熱き息に觸れたり。 あまりのおそろしさに、かの柱頭にひたと抱きつきて、聖母の御名をとなふれども、物騷がしさは未だ止まず。 この怪しき物共の 群 ( むらが )りたる間にも、幸なるかな、大なる十字架の 屹 ( きつ )として立てるあり。 こはわがこゝを過ぐるごとに接吻したるものなり。 これを目當に走り寄りて、 緊 ( しか )と抱きつくほどに、石落ち柱倒れ、人も獸もあらずなりて、我は 復 ( ま )た人事をしらず。 人心地つきたる時は、熱すでに退きたれど、身は尚いたく疲れて、われはかの木づくりの十字架の下に臥したり。 あたりを見るに、怪しき事もなし。 夜は靜にして、高き石垣の上には鶯鳴けり。 われは耶蘇をおもひ、その母をおもひぬ。 わが母上は今あらねば、これよりは耶蘇の母ぞ我母なるべき。 われは十字架を抱きて、その柱に頭を寄せて眠りぬ。 幾時をか眠りけん。 歌の聲に 醒 ( さ )むれば、石垣の頂には日の光かゞやき、「カツプチノ」僧二三人蝋燭を 把 ( と )りて卓より卓に歩みゆきつゝ、「キユリエ、エレイソン」(主よ、 憫 ( あはれ )め)と歌へり。 僧は十字架に來り近づきぬ。 俯して我面を見るものは、 フラア・マルチノなりき。 わが色蒼ざめてこゝにあるを 訝 ( いぶか )りて、何事のありしぞと問ひぬ。 われはいかに答へしか知らず。 されど ペツポのをぢの恐ろしさを聞きたるのみにて、僧は我上を推し得たり。 我は衣の袖に縋りて、我を見棄て給ふなと願ひぬ。 連なる僧もわれをあはれと思へる如し。 かれ等は皆我を知れり。 われはその部屋をおとづれ、彼等と共に寺にて歌ひしことあり。 僧は我を伴ひて寺に歸りぬ。 壁に木板の畫を 貼 ( てう )したる房に入り、 檸檬 ( リモネ )樹の枝さし入れたる窓を見て、われはきのふの苦を忘れぬ。 フラア・マルチノは我を ペツポが許へは 還 ( かへ )さじと誓ひ給へり。 同寮の僧にも、このちごをば 蹇 ( あしな )へたる 丐兒 ( かたゐ )にわたされずとのたまふを聞きつ。 午のころ僧は 莱 ( あほね )、 麪包 ( パン )、葡萄酒を取り來りて我に 飮啖 ( いんたん )せしめ、さて 容 ( かたち )を正していふやう。 便 ( びん )なき童よ。 母だに世にあらば、この 別 ( わかれ )はあるまじきを。 母だに世にあらば、この寺の内にありて、尊き御蔭を被り、安らかに人となるべかりしを。 今は是非なき事となりぬ。 そちは波風荒き海に浮ばんとす。 寄るところは一ひらの板のみ。 血を流し給へる耶蘇、涙を 墮 ( おと )し給ふ聖母をな忘れそ。 汝が 族 ( うから )といふものは、その外にあらじかし。 此詞を聞きて、われは身を震はせ、さらば我をばいづかたにか遣らんとし給ふと問ひぬ。 これより僧は、われを カムパニアの野なる牧者夫婦にあづくること、二人をば父母の如く敬ふべき事、かねて教へおきし祈祷の詞を忘るべからざる事など語り出でぬ。 夕暮に マリウチアと其父とは寺門迄迎へに來ぬ。 僧はわれを伴ひ出でゝ引き渡しつ。 この牧者のさまを見るに、衣は ペツポのをぢのより 舊 ( ふ )りたるべし。 塵を蒙り、裂けやぶれたる皮靴を 穿 ( は )き、膝を 露 ( あらは )し、野の花を したる 尖帽 ( せんばう )を戴けり。 かれは 跪 ( ひざまづ )きて僧の手に接吻し、我を顧みて、かゝる美しき童なれば、我のみかは、妻も喜びてもり育てんと誓ひぬ。 マリウチアは財嚢を父にわたしつ。 われ等四人はこれより寺に入りて、人々皆默祷す。 われも共に跪きしが、祈祷の詞は出でざりき。 我眼は久しき 馴染 ( なじみ )の諸像を見たり。 戸の上高きところを舟に乘りてゆき給ふ耶蘇、 贄卓 ( にへづくゑ )の神の使、美しき ミケルはいふもさらなり、蔦かづらの環を戴きたる 髑髏 ( どくろ )にも暇乞しつ。 別に臨みて、 フラア・マルチノは手を我頭上に加へ、晩餐式施行法(モオドオ、ヂ、セルヰレ、ラ、サンクタ、メツサア)と題したる、繪入の小册子を 贈 ( おく )りぬ。 既に別れて、 ピアツツア、バルベリイニの街を過ぐとて、仰いで母上の住み給ひし家をみれば、窓といふ窓悉く開け放たれたり。 新しきあるじを待つにやあらん。 曠野 ( あらの ) 羅馬城のめぐりなる 大曠野 ( だいくわうや )は、今我すみかとなりぬ。 古跡をたづね、美術を究めんと、初て テヱエル河畔の古都に近づくものは、必ずこの荒野に歩をとゞめて、これを萬國史の一ひらと 看做 ( みな )すなり。 起 ( た )てる丘、伏したる谷、おほよそ眼に觸るゝもの、一つとして史册中の奇怪なる古文字にあらざるなし。 畫工の來るや、古の水道のなごりなる、寂しき櫛形 迫持 ( せりもち )を寫し、羊の群を 牽 ( ひき )ゐたる牧者を寫し、さてその前に枯れたる 薊 ( あざみ )を寫すのみ。 歸りてこれを人に示せば、看るもの皆めでくつがへるなるべし。 されど我と牧者とは、おの/\其情を殊にせり。 牧者は久しくこゝに住ひて、この 焦 ( こが )れたる如き草を見、この熱き風に吹かれ、こゝに行はるゝ 疫癘 ( えやみ )に苦められたれば、唯だあしき方、忌まはしき方のみをや思ふらん。 我は此景に對して、いと面白くぞ覺えし。 平原の一面たる山々の濃淡いろいろなる緑を染め出したる、おそろしき水牛、 テヱエルの黄なる流、これを 溯 ( さかのぼ )る舟、岸邊を牽かるゝ 軛 ( くびき ) 負 ( お )ひたる牧牛、皆目新しきものゝみなりき。 われ等は流に溯りて行きぬ。 足の下なるは丈低く黄なる草、身のめぐりなるは莖長く枯れたる薊のみ。 十字架の側を過ぐ。 こは人の殺されたるあとに立てしなり。 架 ( か )に近きところには、盜人の屍の切り碎きて棄てたるなり。 隻腕 ( かたうで )、 隻脚 ( かたあし )は猶その形を存じたり。 それさへ心を寒からしむるに、我 栖 ( すみか )はこゝより遠からずとぞいふなる。 此家は古の墳墓の 址 ( あと )なり。 この 類 ( たぐひ )の穴こゝらあれば、牧者となるもの大抵これに住みて、身を 戍 ( まも )るにも、又身を安んずるにも、事足れりとおもへるなり。 用なき 窪 ( くぼみ )をば 填 ( う )め、いらぬ 罅 ( すきま )をば塞ぎ、上に草を 葺 ( ふ )けば、家すでに成れり。 我牧者の家は丘の上にありて兩層あり。 隘 ( せば )き戸口なる コリントスがたの柱は、當初墳墓を築きしときの面影なるべし。 石垣の間なる、幅廣き三條の柱は、後の修繕ならん。 おもふに中古は 砦 ( とりで )にやしたりけん。 戸口の上に穴あり。 これ窓なるべし。 屋根の半は 葦簾 ( よしすだれ )に枯枝をまじへて葺き、半は又枝さしかはしたる古木をその儘に用ゐたるが、その梢よりは 忍冬 ( にんどう )(カプリフオリウム)の蔓長く垂れて石垣にかゝりたり。 こゝが家ぞ、と途すがら一言も物いはざりし ベネデツトオ告げぬ。 われは怪しげなる家を望み、またかの盜人の屍をかへり見て、こゝに住むことか、と問ひかへしつ。 翁 ( おきな )に ドメニカ、 ドメニカと呼ばれて、 荒 ( あらたへ )の 汗衫 ( はだぎ )ひとつ着たる 媼 ( おうな ) 出 ( い )でぬ。 手足をばことごとく 露 ( あらは )して髮をばふり亂したり。 媼は我を抱き寄せて、あまたゝび接吻す。 夫の詞少きとはうらうへにて、この媼はめづらしき 饒舌 ( ぜうぜつ )なり。 そなたは薊生ふる沙原より、われ等に授けられたる イスマエル( 亞伯拉罕 ( アブラハム )の子)なるぞ。 されどわが 饗應 ( もてなし )には足らぬことあらせじ。 天上なる聖母に代りて、われ汝を育つべし。 臥床 ( ふしど )はすでにこしらへ置きぬ。 豆も 烹 ( に )えたるべし。 ベネデツトオもそなたも食卓に就け。 マリウチアはともに來ざりしか。 尊き 爺 ( てゝ )(法皇)を拜まざりしか。 豚 ( ラカン )をば忘れざりしならん。 眞鍮の 鉤 ( かぎ )をも。 新しき聖母の像をも。 舊きをば最早形見えわかぬ迄接吻したり。 ベネデツトオよ。 おん身ほど物覺好き人はあらじ。 わがかはゆき ベネデツトオよ。 かく語りつゞけて、狹き一間に伴ひ入りぬ。 後にはこの一間、わがためには「ワチカアノ」(法皇の宮)の廣間の如く思はれぬ。 おもふに我詩才を産み出ししは、此ひとつ家ならんか。 若き 棕櫚 ( しゆろ )は 重 ( おもき )を負ふこといよ/\大にして、長ずることいよ/\早しといふ。 我空想も亦この狹き處にとぢ込められて、 却 ( かへ )りて大に發達せしならん。 古の墳墓の常とて、此家には中央なる廣間あり。 そのめぐりには、 許多 ( あまた )の 小龕 ( せうがん )並びたり。 又二重の幅 闊 ( ひろ )き棚あり。 處々色かはりたる石を 甃 ( たゝ )みて紋を成せり。 一つの龕をば食堂とし、一つには壺鉢などを藏し、一つをば 廚 ( くりや )となして豆を煮たり。 老夫婦は祈祷して卓に就けり。 食 畢 ( をは )りて媼は我を 牽 ( ひ )きて 梯 ( はしご )を登り、二階なる二 龕 ( がん )にいたりぬ。 是れわれ等三人の 臥房 ( ねべや )なり。 わが龕は戸口の向ひにて、戸口よりは最も遠きところにあり。 臥床の側には、二條の木を 交叉 ( くひちが )はせて、其間に布を張り、これにをさな子一人寐せたり。 マリウチアが子なるべし。 媼が我に「アヱ、マリア」唱へしむるとき、美しき 色澤 ( いろつや )ある 蜥蝪 ( とかげ )我が側を走り過ぎぬ。 おそろしき物にはあらず、人をおそれこそすれ、絶てものそこなふものにはあらず、と云ひつゝ、かの穉兒をおのが龕のかたへ 遷 ( うつ )しつ。 壁に石一つ 抽 ( ぬ )け落ちたるところあり。 こゝより青空見ゆ。 黒き 蔦 ( つた )の葉の鳥なんどの如く風に搖らるゝも見ゆ。 我は十字を切りて眠に就きぬ。 亡 ( な )き母上、聖母、刑せられたる盜人の手足、皆わが怪しき夢に入りぬ。 翌朝より雨ふりつゞきて、戸は開けたれどいと闇き小部屋に籠り居たり。 わが帆木綿の上なる穉子をゆすぶる傍にて、媼は 苧 ( を )うみつゝ、我に新しき祈祷を教へ、まだ聞かぬ 聖 ( ひじり )の上を語り、またこの野邊に出づる 劫盜 ( ひはぎ )の事を話せり。 劫盜は旅人を 覗 ( ねら )ふのみにて、牧者の家 抔 ( など )へは來ることなしとぞ。 食は葱、 麺包 ( パン )などなり。 皆 旨 ( うま )し。 されど一間にのみ籠り居らんこと物憂きに堪へねば、媼は我を慰めんとて、戸の前に小溝を掘りたり。 この小 テヱエル河は、をやみなき雨に黄なる流となりて、いと緩やかにながるめり。 さて木を刻み葦を截りて作りたるは羅馬より オスチア( テヱエル河口の港)にかよふなる帆かけ舟なり。 雨あまり 劇 ( はげ )しきときは、戸をさして闇黒裡に坐し、媼は苧をうみ、われは羅馬なる寺のさまを思へり。 舟に乘りたる耶蘇は今面前に見ゆる心地す。 聖母の雲に 駕 ( の )りて、神の使の童供に 舁 ( か )かせ給ふも見ゆ。 環かざりしたる 髑髏 ( されかうべ )も見ゆ。 雨の時過ぐれば、月を 踰 ( こ )ゆれども曇ることなし。 われは走り出でゝ遊びありくに、媼は 戒 ( いまし )めて遠く行かしめず、又 テヱエルの河近く寄らしめず。 この岸は土 鬆 ( ゆる )ければ、踏むに從ひて 頽 ( くづ )るることありといへり。 そが上、岸近きところには水牛あまたあり。 こは猛き獸にて、怒るときは人を殺すと聞く。 されど我はこの獸を見ることを好めり。 蠎蛇 ( をろち )の鳥を呑むときは、鳥自ら飛びて其 咽 ( のんど )に入るといふ類にやあらん。 この獸の赤き目には、怪しき光ありて、我を引き寄せんとする如し。 又此獸の馬の如く走るさま、力を極めて相鬪ふさま、皆わがために興ある事なりき。 我は見たるところを 沙 ( すな )に畫き、又歌につゞりて歌ひぬ。 媼は我聲のめでたきを 稱 ( たゝ )へて止まず。 時は暑に向ひぬ。 カムパニアの野は火の海とならんとす。 瀦水 ( たまりみづ )は惡臭を放てり。 朝夕のほかは、戸外に出づべからず。 かゝる苦熱は モンテ、ピンチヨオにありし身の知らざる所なり。 かしこの夏をば、我猶 記 ( おぼ )えたり。 乞兒 ( かたゐ )は人に小銅貨をねだり、 麪包 ( パン )をば買はで氷水を飮めり。 二つに割りたる大西瓜の肉赤く 核 ( さね )黒きは、いづれの店にもありき。 これをおもへば 唾 ( つ ) 湧 ( わ )きて堪へがたし。 この野邊にては、日光ますぐに射下せり。 我が立てる影さへ我脚下に沒せんばかりなり。 水牛は或は死せるが如く枯草の上に臥し、或は狂せるが如く驅けめぐりたり。 われは物語に聞ける 亞弗利加 ( アフリカ )沙漠の旅人になりたらんやうにおもひき。 大海の孤舟にあるが如き念をなすこと二月間、何の用事をも朝夕の涼しき間に濟ませ、終日我も出でず人も來ざりき。 ( や )く如き熱、腐りたる蒸氣の中にありて、我血は湧きかへらんとす。 沼は涸れたり。 テヱエルの黄なる水は 生温 ( なまぬる )くなりて、眠たげに流れたり。 西瓜の汁も温し。 土石の底に藏したる葡萄酒も 酸 ( す )くして、半ば 烹 ( に )たる如し。 我喉は一滴の冷露を嘗むること能はざりき。 天には一纖雲なく、いつもおなじ碧色にて、吹く風は唯だ熱き「シロツコ」(東南風)のみなり。 われ等は日ごとに雨を祈り、媼は朝夕山ある方を眺めて、雲や起ると待てども甲斐なし。

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返しにも及ばず、袖を引き放ちて逃げられにけり

〈本文〉 和泉式部(いづみしきぶ)、保昌(やすまさ)が妻(め)にて、丹後に下りけるほどに、京に歌合(うたあはせ)ありけるに、小式部内侍(こしきぶのないし)、歌よみにとられて、歌をよみけるを、定頼中納言(さだよりのちゅうなごん)、たはぶれて、小式部内侍、局(つぼね)にありけるに、「丹後へ遣はしける人は参りたりや。 いかに心もとなくおぼすらん。 」と言ひて、局の前を過ぎられけるを、御簾(みす)より半(なか)らばかり出でて、わづかに直衣(なほし)の袖をひかえて、 大江山(おほえやま)いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立(あまのはしだて) とよみかけけり。 思はずにあさましくて、「こはいかに、かかるやうやはある。 」とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて逃げられけり。 小式部、これより、歌よみの世におぼえ出できにけり。 これはうちまかせて、理運のことなれども、かの卿(きゃう)の心には、これほどの歌、ただいまよみ出だすべしとは。 知られざりけるにや。 〈juppo〉暑くてダラダラしている間に、あっという間にオリンピックも終わり、夏休みも終わったり終わりつつあったりしていますね。 皆さん夏休みの宿題の進行状況はいかがでしょうか。 毎年、夏休みの宿題に追われる子供たちを見る度に、大人になって良かったなぁあ、と心からの喜びに浸るすっかり大人な私です。 皆さんもしばし我慢して、早く無責任な大人になってくださいね。 さて今回は、また『十訓抄』の作品です。 和泉式部は『和泉式部日記』を書いた人で、小式部内侍はその娘ですが、お父さんは保昌ではありません。 和泉式部の人生はハリウッドのセレブ並みにいろいろあった模様です。 お母さんが歌人で有名な和泉式部なので、その娘に対して定頼が「お母さんに歌のアドバイスを求めて手紙を書いたんじゃないの〜?その返事はもう来たの〜?」と、からかっているのです。 ところがすぐさま小式部がそれに答える完璧な歌を詠んだので、歌を詠まれたら返歌をするのが礼儀であるにもかかわらず、定頼はそれも出来ずにすたこら逃げ去った、という話です。 大江山・・の歌は、百人一首に入っている歌でもあります。 「いくの」が「行く」と「生野」に、「ふみ」が「文」と「踏み」にかかる掛詞になっています。 相手が小娘だからといって(小娘でなくても)侮ってはいけないよ、という教訓になっているのだそうです。 なるほど。

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