ほぼ日手帳。 私が「ほぼ日手帳」ではなく「Discover」手帳を選択した3つの理由。

『おおきいほぼ日5年手帳』の使い方と感想、5年後のわたしに向けてメッセージを綴っていく

ほぼ日手帳

きっかけは、ほぼ日手帳5年目 それまで毎年迷いなくほぼ日手帳を購入していたのに、なんとなく違う手帳を使ってみたくなったのです。 ほぼ日手帳自体に不満があるわけではなかったのですが、 『来年もほぼ日手帳を買おうかな、それとも違う手帳を買おうかな』 と、他の手帳をネットで検索している自分がいました。 しかし沢山の手帳の存在に迷ってしまい、もう一度手帳の意味について考えてみることにしました。 1日1ページが続かなくなった そもそもなぜ、 ほぼ日手帳をやめて他の手帳に乗り換えようと思ったか。 それは、 毎日時間をかけて絵や文字で1ページを潰すのが続かなくなったからです。 実は4、5年目からうすうす気づいていました。 白紙のページが多くなっていたことに。 たまに気が向いたら絵や出来事を書いていたくらいで、振り返れば白紙だらけの手帳になっていたのです。 何年か後にどんなことを書いていたかワクワクしながら振り返りたいのに、 白紙ばかりで未来の自分が見てもつまらない手帳になってしまっていたのです。 白紙が多くてもいいじゃない!と思うかもしれません。 しかし、『あとで読み返した時が楽しい』までが私がほぼ日手帳に望んでいたことなのに、それが 白紙だらけでそうじゃなくなってしまうことが、自分の中で許せなかったのです。 今考えたら、どんだけこだわり持ってんのかよ!とツッコミたくなりますね… 振り返ると案外恥ずかしい 前述と矛盾しているのですが、あとで振り返るのも楽しみのひとつだったほぼ日手帳が、実際に 何年か後に読み返すと案外恥ずかしいということに気付いたのです。 1日1ページだと文章も書く欄がタップリで、その時の感情なども長々と書いてしまうんですよね。 その時は良くても、何年も経って振り返ってみると恥ずかしい日記を書いてるなと思うことも結構ありました。 子供の成長記録とか誰かのために書いた手帳であればいいのですが、自分の記録のために感情を込めて書いた手帳は私には恥ずかしさが先行して、懐かしむということができなかったのです。 結局、 予定や行動などの記録や、ちょっとしたメモがあればいいと思えたのです。 捨てにくい 過去の手帳ってどうしていますか? シュレッダーにかけられますか? ほぼ日手帳は保管しているという方も多いかもしれません。 私も当時は、おばあちゃんになるまで ほぼ日手帳 を持っておこうと思っていました。 (壮大な人生設計) しかし、悲しいことに気持ちは変わるものです。 今は物を減らして好きな物だけで生活したい願望の私にとって、 過去の手帳は捨てるに捨てられないお荷物となってしまったのです。 そこで、これからは 何年か経過したら処分できる手帳、もしくは、薄くて置き場に困らない手帳を持つことに決めました。 手帳が趣味になっていた 私にとってほぼ日手帳は、趣味のひとつになっていました。 趣味というと一見良さそうですが、一旦情熱が薄れると しばらくもういいやとなってしまう性分が災いしてしまいました。 単純に ひとつの趣味への熱意が冷めてしまっていたのです。 とはいえ、5年も継続して続けられる趣味は珍しいほうです。 手帳を開くだけで楽しいような情熱は薄れましたが、またいつかほぼ日手帳を使いこなしたいという気持ちもあります。

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ほぼ日手帳へあまり書かなくなった人は、無印の文庫本ノートがおすすめ!

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スマートフォンがどんなに普及しても、やはり手帳は根強い人気があります。 自分の字で、しっかりと予定を書き込み、デジタル環境がなくても、気軽にチェックできるというのはデジタルにはない強みです。 また、年月がたっても本棚に置いておくと、その年になにをしたかというのがすぐにチェックできる、振り返ることができるのも魅力です。 手帳のなかで人気があるのが「ほぼ日手帳です」。 糸井重里さんが主宰している、ほぼ日刊イトイ新聞から派生した年間70万部も売れている大人気の手帳です。 ほぼ日手帳は、1日1頁(ページ)が基本となっており大きなスペースをたっぷり使って、自由に記入できるというのが魅力です。 しかし、私は「Discover社」の1日1頁(ページ)の手帳に購入することにしました。 大人気の「ほぼ日手帳」を選択しなかったのか、その理由を書いていきます。 ほぼ日手帳は「下部スペース」が使えない Img src: ほぼ日手帳は、コピーライターの糸井さんが発行しているだけあって、1日1頁の下の部分に短い言葉が添えられています。 忙しい毎日のなかで、ちょっと視点を変えて、脱力できるような、気のきいたメッセージが添えられています。 すごく忙しい一日だと、「書くスペースが足りないので、メッセージがなくてもいいので、そこに書かせてくれませんか?」という感覚になる事がありました。 また、手帳は予定などを見直すために何度も開きますので、そのメッセージの強烈さが半端じゃないんです。 私は集中力がない性質の為、集中して仕事をしているときにメッセージが目に入ると、気持ちがメッセージに入ってしまって現実と非現実がわからなくなったりします。 しかも、良いメッセージだなと思うほどメッセージ内の非現実の世界に没入してしまうこともありました。 また、お偉い方との対談の言葉なども添えられていることもありますが、自分が住んでいる世界とは全く違った言葉に思えることもありました。 魅力的なメッセージではありますが、本来一分一秒を惜しんで仕事をしているときには、ないほうが効率があがると考えるようになりました。 「ほぼ日手帳」はカバーなしでもお値段がお高め。 ほぼ日手帳は、普通の手帳と比較してお値段が高くなっています。 その分、製品の品質に手がかかっている分だという事は分かります。 例えば、Discover手帳にはケースがついて3024円ですが、ほぼ日手帳はケースなしで3700円となっています。 ケースなしのほぼ日手帳は、一冊の単行本のような形状になっているので、そのまま持ち歩くのはちょっとカッコ悪いので、ケースをつける必要があります。 ほぼ日手帳にどんなケースをつけようかとネットで検索してみたところ、安くても3000円程度からでした。 しかし、3000円くらいのケースの場合は、購入者レビューと評価が芳しくないものも多く、ある程度気にいったレベルの手帳カバーとなると10000円前後もすることがわかりました。 すると、お気に入りのカバーをつけて、ほぼ日手帳を使おうとすると14,000円の出費となってしまいます。 同じデイリー手帳でかたや3000円、かたや14000円という事になると、ちょっと価格が開きすぎていますね。 カバーにこだわらなければいいのでしょうが、やはりビジネスの場で使うものなので、それなりの品質は保っておきたいというのが本音です。 それに対して、Discover手帳は純正で最初からついているケースの為、多少色味などが気になったとしても「こういう商品です!」と、最初から割り切って使う事ができます。 ほぼ日手帳は時間軸がタテ仕様、Discover手帳の時間軸はヨコ仕様。 Img src: ほぼ日手帳の時間軸 上記画像のように「ほぼ日手帳」は、紙の左側にタテ軸に時間軸が表示されています。 Img src:(Discover手帳の時間軸 対して、「Discover手帳は紙の上部にヨコ軸で時間軸が記載されています。 些細なことに思えますが、実は意外と重要なポイントでした。 ディスカバー手帳の場合、上部だけはフリースペースと分離して使う、別ブロックで使えるという意識が明確になります。 日本人の場合は左から右に書くのが一般的です。 ほぼ日手帳は、マス目があるだけで後はフリースペースなので、タテ書きをすることもできますが、仕様上は左から右になっているように感じます。 それに対してDiscover手帳は、紙の上部33%の時系列はタテ書きのスペースとして使う事ができます。 スケジュールは縦書き、メモなどは横書きとして活用できますので、情報のブロッキング 区画わけ ができて、手帳の中でスケジュールとタスクが混ざらないんです。 たくさん書き込んで使用する1日1頁の手帳において情報が、しっかり整理できるというのは、とても大切なポイントだと思います。 以上、3つの理由からほぼ日手帳ではなくDiscover手帳を選択した主な理由です。 しかし、あるページの存在が理由で、購入する直前ギリギリまでどちらにするか悩みました。 それはDiscover手帳にはなく、ほぼ日手帳には搭載されている、あるページが理由でした。

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ほぼ日刊イトイ新聞

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・どうして、お風呂のなかでアイディアは出るのだろう。 これまで、何度も、「アイデイアが出なかったら お風呂に入ればいい」と言ってきたし、 じぶんでも、そうしてきた。 アイディアを出すつもりでなくお風呂に入ったのに、 お湯から上がる直前に、ついアイディアが出ちゃったり、 ついでに、それをすぐに忘れちゃったりもしてきた。 世の中に、アイディアを必要としない人はいない。 それこそ、お金じゃないけど、あって困るものじゃない。 もちろん、たいしたことないアイディアで、 家族にも聞いてももらえないようなアイディアは、 たしかに価値はないのだろうけれど、 アイディアを出す通路を確保しておくためにも、 いつもよく出しておくに越したことはない。 お風呂と、いまでは当たり前になっている西洋式トイレ、 このふたつがなかったら、ぼくは、 アイディアの要る仕事をし続けてこられなかったと思う。 お風呂は、ぼくにとっての特級の「開発室」なのである。 いままで、アイディアを出させてくれるお風呂について、 ありがたがっているばかりで、 どうしてそういうことが起こるのかについては、 考えたことがなかった…のだけれど、 幸いなるかな、今日、お風呂のなかで答えがわかった。 簡単なことだった、つまり、「安心しきっている」から。 まるっきり裸になって、お湯に浸かっている。 とんでもなく無防備である。 なんの緊張感もなく、なんの恐れもない。 アイディアとは、こういうときに、 「おもらし」のように出てくるものなのだ。 行き詰まったり、真剣にひねり出そうとしているとき、 アイディアは出てきてくれない。 緊張感は、アイディアを整理したりするためには、 とても大事なものなのだと思うのだけれどね。 ぼくはいま、あらためて実用的な助言として言い放つ。 アイディアの質量をもっともっと増やすためには、 もっとどんどん風呂に入るべきである、と。 今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。 シャワーみたいな機能優先はいかん。 湯船だ、バスタブだ。

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